ソフト/クワイエット('22)   レッドラインを越えていく女たち

 

作り手の覚悟・胆力が映し出す、全編ワンカットの圧巻の90分間。

 

以下、梗概。

 

 

1  「毎日妻に軽蔑されたい?…男なら勇気を出して礼儀を教えてやるの」

 

 

 

幼稚園教師のエミリーは、トイレに入って妊娠テストをする。

 

「お願い。今度こそ…」

 

しかし、またも不妊だったと分かって涙するエミリーは、外で母親が迎えに来るのを待っていた元生徒のブライアンに声をかけ、初めて書いたという絵本の最初の読者になってもらう。

 

その時、ブライアンが絵本を音読する声を掻(か)き消す、有色人種の清掃員が清掃具を転がす音に不快感を持ったエミリーはブライアンに指示する。

 

「彼女に伝えてきて。“生徒が帰るまでモップ掛けをするな”と。足を滑らせて大ケガをしたら大変よ。男の子なら、勇気を出さなきゃ。自分を守るために闘うの…さあ、行ってきて」

 

そこに迎えに来たブライアンの母親に事情を説明する。

 

「迷惑な清掃員のせいで、滑ってケガするところだった。ブライアンは優しい子よ。困ってる子がいたら、すぐに手を貸すわ。だからこそ、強さを教えたいの。自分を守るために闘えと。安全に関わることだもの」

 

事実ではないエピソードを虚言し、自分の信条を植え付けようとするエミリー。

 

ブライアンが戻り、母親に「助かったわ。いい母親になれる」とお礼を言われ、一瞬、表情が固まったエミリーは、次に自分で焼いたパイを持って林の奥の教会へ向かう。

 

途中で声をかけた初対面のレスリーと共に教会の2階へ上がると、既に参加者たちが集まっていた。

 

エミリーがパイのふたを開けると鍵十字が刻まれており、「クソヤバい」、「教会の中よ」などの声が上がるが、エミリーは「単なる、おふざけよ。あんまり真剣に取らないで」と言って皆で笑い合う。

 

エミリーのスピーチが始まった。

 

「会合を開けて本当に嬉しいわ。今日の目的は、お互いをよく知ることよ。検討すべき議題があるわけじゃない。私たちは手を取り合って、多文化主義と闘うの。これまで私は洗脳されてた。白人であることを恥じ、罪の意識さえ感じてたの。西欧諸国の繁栄は、私たちの夫や父や兄弟のおかげよ。なのに、その恩恵を他民族ばかりが享受してる」

「みんな洗脳されてた」

「私は町の学校で教員として働いてるの。私の望みは母親になること。でも、子供を授かるのに少しだけ苦労してる。きっと大事な使命があるのね。このグループよ」

「ステキな名称ね。次の世代に引き継げる」

 

ホワイトボードには、“アーリア人団結を目指す娘たち”と書かれている。

 

ここから参加者の自己紹介が始まった。

 

トップバッターはマージョリー

 

「怒らせたくないけど、私は場違いかも…職場のことに悩んでるの…実はこの町で仕事をしてて、先に言っとくけど、これは個人の悪口じゃない。私は毎日1時間かけてバスで職場に通い、2年間、がむしゃらに働いてきたの。管理職になるためにね。でも残念なことに、少しあとに雇われたコロンビア人の女性が管理職に昇進したの」

「…あなたが感じた気持ちは間違ってない」とエミリー。

「とにかく私は闘おうと思って、上司に理由を聞いたの…上司の答えは、“彼女の方が指導力がある”。それを聞いて、頭に血がのぼってキレちゃった。“逆差別よ”。なのに同僚たちは誰も味方してくれない。私が変なの?」

「違うわ」

「意味不明よね。“多様性”とか“受容”とか。暗号みたいな言葉にはウンザリ。役所や感謝の書類にも書かれてる…もう途方に暮れてるの。それが参加の理由」

 

マージョリーの発言を受けて、エミリーが主張する。

 

「不当な優遇に声を上げたのは立派よ…メキシコ人や黒人は、気軽に不満を口にするわ。“白人は本当にひどい”・“白人はクズ”とまで言ったとしても、誰にも咎められない。なのに白人が一言でも批判した途端、“人種差別だ!”」

 

マージョリーに同調する参加者たち。

 

「アジア系が企業を乗っ取っても私は黙ってる。名前も書けない黒人が一流大学に入るのも、私は非難してない。なのに、コロンビア人が同情を買って昇進し、それを責めたらレイシストなの?この国には夢も希望もない。私は善人で働き者なのに、年を取っても貧乏なまま。それでも文句を言うなって?毎日、ギリギリの生活に苦しんでるのよ」とマージョリー

 

ここで、エミリーが独身のマージョリーレスリーのために、“お見合いの仲介”とホワイトボードに書く。

 

「紹介できる男性を10人考えてくるの」

 

続いて、アリスの自己紹介。

 

「私はもう疲れた。いつも一人で考え事ばかり。そんな生活は寂しすぎる。だから、この会を育てて、新しい仲間を増やしたい。こうして、みんなの話を聞いてるだけで、自分に戻れる…」

 

アリスは渡されたペンで、“メンバー集め”とボードに書く。

 

「白人も結束すべきよ。黒人は自分たちの命が大切だと主張して、若者たちを扇動してる。私たちの命も同じ。誰の命も大切なの。白人は優秀で寿命も長い。支え合いは得意なの。それが事実よ。事実を認めるのが悪いこと?」

 

アリスをハグしたジェシカが続いて自己紹介する。

 

「私の父は、KKK(クー・クラックス・クラン)の支部長を務めてたの。私も生まれた時からメンバーよ。今は活動の場がインターネットに移ってる。普段は人にKKKだとは言わないの。風当たりが強いでしょ。マスコミにも叩かれてる。恐ろしい怪物みたいに。私が怪物に見える?4人の母親で5人目がお腹にいるのよ。この会がすごく気に入ったわ。変化は母親から始まるの。赤ちゃんを教育するから。私は暴動を起こす気はないわ。“黒人をリンチしろ”なんて言わない。常識的な話をしたいだけ。多文化主義は失敗よ。これからも有色人種は白人を嫌い続ける。お互い様よ」

 

次に二人の子供を持つキム。

 

「もっと産みたかったけどお金がなくて。融資を受けたいと思っても、ユダヤ系の銀行はまず通らない…1776年に白人がアメリカを建国したのよね?その国が目の前で奪われようとしてる。夫が経営してる店だって収支はギリギリよ」

「不法移民が万引きするから」

「有色人種の若者は、文句ばかりで礼儀知らず。店に押しかけては大騒ぎするの…イラつかせる作戦としか思えない。最も理想的なのは、単一民族の社会よ。国民が一つになり、市場も正常化するわ。ジャーナリズム専攻だった。この知識を活動に生かしたいの。マスコミをユダヤ系から取り戻さないと。その前にまず、会報を発行したいと考えてる。それを配れば、私たちの思想は広まるわ」

 

最後に、キムの店で2週間前から働き始めたレスリー

 

「正直に言うと、キムに誘われてきたの。昔の私は、ひどい友達が多かった。生まれが悪いせいでね。だけど、刑務所に入って、いい仲間に出会えたの。あの生活が懐かしい。毎日指示に従って行動するのは気持ちがよかった。それで、出所後に仲間の紹介で、キムの店へ。おかげで心が安定している。子供たちが本当に可愛くて、2人のためなら何でもできる。あんな家族を持ちたい。こんなあたしを何も言わずに受け入れてくれた。だから何かの役に立ちたいの」

 

エミリーが「この目標も加えたいの」と言って、白板に書かれた「“女性解放よりも、女性らしさを”」という文字を指差す。

 

「女性解放論者(フェミニスト)はこう言うわ。女性の権利のために闘うと。男と同じになれと言ってる。考えてみて。男性が求めるのは、どんな女性?…病気が蔓延する国から来た、ぜい肉の塊みたいな茶色い肌の女性?強くて才能のある白人男性にふさわしいのは…従順な妻よ。分かる?聖書が示す妻の役割を果たしてこそ、強い家族を築ける…なのに夫婦の在り方は、1960年代(公民権運動のこと/筆者注)に変わってしまった。伝統的な家族が崩壊したの。それが間違いよ」

 

嗚咽を漏らしながら話すエミリーに同調し、称賛する参加者たち。

 

しかし、アリスが議事録をメールで送ると言った際、「証拠を残すのはマズいわ」とマージョリーが指摘すると、エミリーは興奮して食って掛かる。

 

「何がマズいわけ?今日私たちが、1つでも法を犯した?」

「いえ、ごめんなさい」

 

そこでキムが、会報について話す。

 

「うちは自宅教育を始めるから、役に立つ教材が必要なの。学校ときたら…」

「ゆがんだ教育を教えるのね。手伝うわ」とエミリー。

 

レスリーは「いっそ、学校作ったら?」と提案し、「素晴らしいアイディアね」とエミリーは、「実は、もう絵本を描いているの」と皆に見せる。

 

会報の話に戻り、「この辺りに住む、不法移民のリストを作る?居住地を知らせるの」とマージョリーが提案する。

 

それに対しエミリーは、「創刊号は慎重にいきましょ。あくまで主流から外れず、過激な内容は避けるの。表向きはソフトに、そうすれば人々にすんなり受け入れられる。私たちは誰にも怪しまれない秘密兵器よ。ひそかに心に入り込むの」(「ソフト/クワイエット」の含意/筆者注)

 

会が盛り上がる中、エミリーは教会の神父に呼ばれた。

 

「帰ってくれ。面倒はごめんだ…帰るなら通報はしない。今すぐだ」

 

問答無用に言い渡されたエミリーはすぐに切り替え、皆に自宅でワインを飲まないかと誘う。

 

ジェシカとアリスは帰路に就き、マージョリーレスリーは、キムの店でワインを買うエミリーと共に、キムの車に乗り込んだ。

 

車の中でレスリーは、古着のネットショップを作るつもりで、その売り上げを活動に使えないかとエミリーに話しかけ、その服のモデルになってくれないかと頼むのだった。

 

エミリーは了解し、学校開設の願望を口にする。

 

店でエミリーが品物を選んでいると、「ちょっと、店に入らないで」という声が聞こえ、アジア系の女性二人が店に買い物に入って来たのを見て、咄嗟(とっさ)にエミリーは身を隠した。

 

「閉店中よ」とキム。

「すぐ済むわ。ワインを買うだけ」とリリー。

「関係ない。閉店なの」。

「私も仕事で疲れているの。一番高いワインを買うから…」とアン。

「ここは私の店よ。拒否する権利があるの」

「そうだけど、疲れたオバサンの意地悪でしょ」とリリー。

 

この言葉にキレたエミリーが前面に出て来て、アンは「帰ろう」とリリーを誘うが、リリーは「たまには言い返して」と動こうとしない。

 

「ジェフの妹よ、行こう」とアンがエミリーの方を差して、リリーが振り向いた。

 

「待って。買いなさいよ。さっき言ったわね。一番高いワインを買うと…」

 

帰ろうとした二人だったが、アンはワインを取ってレジに向かい、300ドル払った。

 

ドアに向かうと、立ちはだかっていたマージョリーが、言いがかりをつけてくる。

 

「現金で300ドルも持ってるなんて、売春婦か泥棒?」

「ウェートレスよ」

「待ちなよ。国はどこなの?」

密入国者とヤる中国人かな」とレスリー

「“見下してもいい人種”だと思ってるのね。通して…」

「ヘイ!お礼は?レズビアン」とマージョリー

「姉妹よ…バカ女」

 

ここでマージョリーが「何て言った?」とアンを突き飛ばし、それを見たリリーが「アンに触るな」とマージョリーに向かっていくと、掴み合いになる。

 

そこにキムが拳銃を持って二人に向け、「出て行って」と店から追い出す。

 

窓の外からリリーがエミリーに向かって言い放つ。

 

「刑務所の兄貴がどうなるか知ってる?レイプ犯はヤられるのよ!」

 

「あんな話、ウソでしょ?」とマージョリー

「あの子が誘ったの。レイプなんてウソよ!」とエミリー。

 

これも虚言だった。

 

そこにエミリーの夫・クレイグが迎えに店に入って来て、興奮して泣くエミリーを抱き締める。

 

「何があった?」

「脅されたの」

「ジェフを刑務所送りにした女よ」とキム。

 

アンはエミリーの同級生だったと分かったレスリーは、二人の家へ行こうと言い出す。

 

「あの女を思い知らせなきゃ。住所分かる?」

「ええ」

「今すぐ行こう。嫌がらせしてやるの。パスポートを盗むとか。バレないよ」

「もういいよ」とクレイグ。

「痛い目に遭わせなきゃ、分からない連中よ」とマージョリー

「みんながイヤなら、あたしだけでも行く。許しちゃダメ」とレスリー

 

レスリーが盛んに扇動し、マージョリーもそれに乗り、エミリーも笑顔になっていく。

 

「エミリーが行くなら…少しだけよ」とキム。

「いいわ。気を晴らしに行こう」

「高校時代みたい。盛り上がってきたわ!」

 

それに対し、クレイグは否定的な反応を示す。

 

「分かっているのか?」

「ただのイタズラよ」

「どう考えても重罪だ。いいか。不妊治療がうまくいかなくて、君も取り乱している」

「赤ちゃんのことは関係ない…腰抜けになりたいなら止めないわ。毎日妻に軽蔑されたい?…男なら勇気を出して礼儀を教えてやるの。自分の妻がバカにされたのよ…私にタマなしだと思われたいの?」

「いや…」

 

エミリーに説得されたクレイグは、位置情報でバレるからと、全員に携帯を置いて行くように指示する。

 

全員がキムの車に乗り込んで、マージョリーが音楽をかけ盛り上げるが、クレイグはそれを止めされる。

 

クレイグはあくまで冷静で、人に見つかった際の逃げ道などを確認する。

 

アンの家は高台にあり、湖が見え、持ち家だなどと知っているエミリーは、クレイグに聞かれ、「たまに来て監視してるの」と答え、「もうやめるんだ」とクレイグが諭すがエミリーは首を横に振る。

 

ここから開かれるのは、想像だにしない女たちの潜在的機能(予期せぬ結果)たる暴走の光景だった。

 

人生論的映画評論・続: ソフト/クワイエット('22)   レッドラインを越えていく女たち  ベス・デ・アラウージョ

ニトラム/NITRAM('21)   「自分が何者であるのか」という問いを立てる力

 

1  「2人で行きたい。本物の家族みたいに」

 

 

 

ロイヤル・ホバート病院、熱傷センターで入院する子供たちにテレビのレポーターがインタビューをする。

 

「君はどうして火傷を?」

「ええと、寝室に上がっていく時に、ライターで火をつけてみたくなったんだ。打ち上げ花火があったから。芯がどれだけ速く燃えるか、見たくて火をつけた。すごく速く燃えたから、消そうとして…でも消えなくて…花火を折ってみたけど、消えなくて、ジーパンに穴が開いた」

「入院して長い?」

「一週間くらい」

「もう花火では遊ばない?」

「遊ぶよ」

「懲りてないの?」

「懲りたけど、花火はやるよ」

 

テレビに映る、その少年の名はニトラム。

 

【ニトラムとは、自分の名を逆さ読みにされ、子供の頃につけられた侮蔑的な仇名】

 

オーストラリア・タスマニア島のポート・アーサーに、両親と暮らすニトラムは、自宅前の庭でロケット花火を上げ、近所から「クソ野郎!静かにしろ!毎晩うるさいんだよ!恥さらしめ!」と怒鳴られるが、意に介さず花火を続ける。

 

その様子を腕組みをして見ているニトラムの母親。

 

「取り上げて」と母親。

「害はないさ」と父親。

 

戻って来たニトラムに、母親が「花火をパパに渡して。近所の嫌われ者よ」と言うと、素直に持っていた花火を父親に渡す。

 

食事の前に汚れた服を洗濯機に入れてくるよう母親に言われたニトラムが、父親の顔を見ると、「そのままでいい」と父親。

 

母親に再度促され、ニトラムは服を洗濯機に入れ、パンツ一枚で戻り椅子に座って食事を始める。

 

母親に連れられサーフボードを買いに来たが、ニトラムは金が足りないと戻って来た。

 

「泳ぎもしないのにサーフボード?」

「ほしいんだ。スキューバはする」

「今はしてないでしょ。納屋で装具が朽ちてるわ…もうお金を無駄にしないわよ。サーフィンは向いてない」

 

ニトラムは、自在にサーフィンを楽しむウェットスーツ姿の男たちを遠くの浜から、羨望の眼差しで眺めている。

 

後ろで岩に座っている女性に声をかけるニトラム。

 

「名前は?」

「ライリーよ」

「きれいな名前だ」

「ありがとう」

 

その時、海から戻ったサーファーに近づきキスをする。

 

「彼は誰?」

「知らない人」

「やあ、ジェイミー。よくここでサーフィンを?」

 

二人はニトラムの問いを無視して去って行った。

 

ニトラムは納屋から古い芝刈り機を持ち出し、芝刈りの仕事を求めて家を訪ねるが断られる。

 

今度は、昼休みの小学生を相手に花火と爆竹で遊んで見せるニトラム。

 

生徒に花火を手渡していると、教師が慌ててやって来て、生徒たちから花火を取り上げ、「離れろ!」と命じて教室に戻らせる.

 

「どうして?」とニトラム。

「何をしてる?学校の外で花火?非常識だ」と教師。

 

車で駆けつけたニトラムの父親が、ニトラムを車に戻し、教師に謝罪する。

 

「学校の回りをうろつかさせないでくれ」

「二度とさせない。約束する」

 

今度は、車のクラクションを鳴らし続けるニトラムを止めさせると、車を蹴り続けて感情を爆発させるのだ。

 

「どうした?お前は、おかしいぞ」

「おかしいのは彼だ。僕を嫌ってる」

「嫌ってないさ。生徒たちが昼休みに花火で遊ぶのを止めただけ」

「ママが何かしろって…」

「だが、これじゃない」

「…皆、友達だ」

「ああ、分かってる」

「皆、僕が好き」

「だけど約束してくれ。四六時中、お前を見張れない。いいな?…こうしよう。ドライブに行くぞ」

 

父親が連れて行ったのは、融資の目途が立ち、B&B(民宿)として購入する予定の家がある場所だった。

 

「すてきだろ…経営を手伝ってくれ」

 

ニトラムは嬉しそうに頷く。

 

「お前が結婚したら、ここは子育てにも適してる。いずれはお前の場所だ。絶対に買いたい」

 

そんな夢を語る父親の顔を見つめるニトラム。

 

母親がニトラムを精神科へ連れて行く。

 

「大変でしょうに。よくお越しくださいました。彼がどうしているか、心配してました。薬を常用してたんでしたね?抗うつ薬を飲むと落ち着く?」

「もうないんです。飲むと落ち着くから楽になります」

「あなたにとって楽?それとも彼?」

「…誰にとっても」

「薬を止めてもいい時期かもしれません…薬に頼るだけでなく、カウンセリングを受けてみては?」

 

母親はそれを断り、給付金(障害者給付金)を受け取るため、新しい診断書を書いてもらって薬の処方箋を受け取る。

 

ニトラムは再び芝刈り機を転がして仕事先を探していると、広い屋敷から出て来た中年女性のヘレンに承諾された。

 

ところが、機械が思うように動かず、ニトラムが足で蹴飛ばしているのを見たヘレンは、それを面白がり、芝刈りができないことを謝るニトラムに、翌日からは犬の散歩の仕事を頼むのだった。

 

早速、10頭近くもの犬の散歩をし、エサを与え、ヘレンに2本指のピアノを習ったニトラムは、決して見下すことなく優しく接してくれるヘレンに心を寄せていく。

 

ヘレンは高級車の販売店にニトラムを連れて行くが、車内で燥(はしゃ)ぎ過ぎ、ヘレンが試乗するハンドルに手を出して運転を危うくする行為を制止しても止めないニトラムに対し、販売員が激怒して試乗を止めさせる。

 

ヘレンがその車の購入のサインをしている間、その販売員はニトラムの頭をハンドルに激しく打ち付けながら脅迫する。

 

「次はその脳みそを何とかしてこい。今度またやったら、タダじゃおかないぞ」

 

ショック状態のニトラムは平静を装い、ヘレンから自分が乗っているボルボのキーを渡されると、「金持ちなのか」と尋ね、ヘレンは自分がタスマニアの宝くじ会社のオーナーであると明かす。

 

ニトラムがボルボで自宅に戻り、両親に「ただいま」と挨拶をしたあと、「この家を出る」と唐突に伝える。

 

「行く所がないでしょ」

「ヘレンが誘ってくれた」

 

歌手で俳優だという初めて聞くヘレンについて、何のことか両親は理解できなかったが、荷物をまとめているうちに過呼吸となったニトラムを母親が案じるや、その荷物を壁に叩きつけてしまうのだ。

 

「いいわよ、お友達のところに行きなさい」

「ここが大嫌いだ」

「私も清々するわ。あなたが出ていくとね」

 

遠巻きに見ているだけの父親は、ニトラムが出て行ってから、「君はいつもあの子を追い詰める。連れ戻してみる」とニトラムを追いかけようとする。

 

「戻ってくるわよ。誰もあの子とは暮らせない」

 

ヘレンがオペラ歌手の衣装を纏い、かつての栄光を偲んで涙を流して歌っているところに、ニトラムが荷物を持ってやって来た。

 

「ここに住みたい」

「いいわよ」

 

ニトラムは未婚のヘレンが使っていた部屋を案内され、二人の同棲が始まった。

 

ヘレンはニトラムの誕生日を両親を共に祝うが、母親はヘレンに疑問を呈する。

 

「いったいどういう状況?芝刈りをしたら、車を与え、今度は同棲。次は結婚?」

「車が必要だった」

「免許もないのよ」

「知らなかった」

 

母親は、ヘレンが子供も夫もいないことを聞き出し、「彼はどっちなの?夫?息子?」と質問するが、ヘレンは答えなかった。

 

ニトラムと父親が庭に出て行って、母親は更にヘレンに質問していく。

 

「なぜ彼なの?息子のどこがいいの?」

「思いやりがある。頼りになる。面白い…特別な人だわ。大切なお友達」

 

腕組みをした母親は、ニトラムが子供の頃の話を始めた。

 

「彼が子供の頃、生地店でやる遊びがあった。生地に巻いた長い筒の間に息子が隠れるの。私は彼を見つける役。5歳くらいの頃よ。息子も私も大好きな遊びだったの…でもある時、彼を探したけど見つからなかった。あちこち探した…どこにもいない。見つからなかった。他の店にも行き、知らない人にも助けられ、一時間以上捜したわ。涙を流しながらね。半狂乱だった。だって一番の悪夢だわ。母親が子を失うのはね」

「どうなさったの?」

「あきらめて車に戻った。警察に行くつもりだった。でもそうしたら、誰かの笑い声がしたの。後ろを振り返ると、息子がいた。後部座席に寝そべり、笑いながら私を見上げてた。私の苦悩を笑ってた。最高に面白そうにね」 

 

父親がニトラムを連れ、資金を用意して不動産会社に行き、再び、「経営を手伝ってくれるね?」と聞くと、少し考えたニトラムは頷き父の肩を撫でる。

 

今、ニトラムにはヘレンとの関係が絶対的だったので、父への反応も弱いのだ。

 

しかし、担当者から、資金繰りを待っている間に民宿が別の夫婦に競り落とされたと聞かされた父は、「あれは私のものだと…もっと出せば?」と食い下がったが、すでに契約済みであり、別の物件を探しましょうと、断られてしまった。

 

激しく落胆した父親が車に戻って、悔し涙を流すのを見ていたニトラムは、不動産会社にあった飴をバラまく。

 

ニトラムはヘレンの家の庭で、子供の頃、父親にもらったというエアライフルを撃ちまくり、不安に思ったヘレンが、「処分して。見たくない」とニトラムに言い渡した。

 

少し考えてから、ニトラムは家に戻り、今度は本物の銃を買って欲しいとヘレンに強請(ねだ)るが頑なに拒否され、その夜、ヘレンの部屋へ来て「ごめん」と謝る。

 

「もう銃はいらないよ。僕らの好きな映画を作ってるハリウッドに行こう」

 

そう言って、パンフレットをヘレンに手渡す。

 

アメリカに行きたい?」

「2人で行きたい。本物の家族みたいに」

「いいわよ」

 

早速、旅行会社に手配して、空港へ向かう車の中で、二人はオペラを楽しく歌ってると、ここでもニトラムが燥(はしゃ)いで、またも運転するヘレンのハンドルに手を出して、今度は本当に車が横転してしまう事故を起こしてしまうのだ。

 

病院で目を覚ましたニトラムは、ヘレンが死んだことを知らされた。

 

「警察が話を聞きたいと…」と父親。

「追い払って」

「…スピードを出してた?」

「何も分からない…僕は眠ってた」

「…分かった。パパが話してくるよ。お前は休め」

 

その直後、ニトラムは激しく興奮して声を上げ、パニック状態になった。

 

「彼はいい子よ…」

 

母親は虚しく呟いた。

 

人生論的映画評論・続: ニトラム/NITRAM('21)   「自分が何者であるのか」という問いを立てる力  ジャスティン・カーゼル

ゲット・アウト('17)   社会派スリラーの傑作

 

1  「妙な連中ばかりさ。俺以外の黒人もだ」

 

 

 

夜道に迷った黒人男性が、ゆっくりと歩調に合わせて走る不審な車に気づき、最初は知らん顔して歩き続けようとしたが、「襲われたら最後だ。逃げるぞ」と呟き、来た道を戻るが、何者かに襲われ車で連れ去られた。

 

カメラマンのクリス・ワシントン(以下、クリス)は、恋人ローズ・アーミテージ(以下、ローズ)の両親に紹介されるために、出かける支度をしながら、自分が黒人であることを話したかとローズに問う。

 

「両親に反対され、銃で追い返されるかも」

オバマに3期目があればパパは投票してる。熱心な支持者よ…パパ、ただ社交的じゃないだけ。差別主義者じゃない」

 

ローズの運転で実家に向かう森の中の道を走っていると、横切ってきた鹿と衝突して衝撃を受け、ローズは車を停止した。

 

クリスは森の中で鹿が横たわるのを見て、かつて交通事故で喪った母親のことを思い出し、物思いに耽っている。

 

警察官が運転していなかったクリスにまで免許証の提示を求めてきたので、ローズは言われた通り出そうとするクリスを止めさせ、その必要ないと抗議してクリスを守る。

 

再び運転して実家に着くと、ローズの脳神経外科医の父・ディーンと、精神科医の母・ミッシーはクリスをハグして歓待し、ディーンは家の中をクリスに案内して回る。

 

そこで、壁に飾ってある家族写真を差しながら、祖父がアスリートで、最終選考で敗北したJ・オーエンスがベルリン五輪大会で優勝し、その会場にはヒトラーがいたと話す。

 

ヒトラーは白人の優越性を証明したかったが、この黒人男性は奴が間違いだと世界に証明」

 

そして、母親が愛したというキッチンを案内したディーンは、そこに立っている使用人のジョージナにクリスを紹介する。

 

庭に出ると、庭の管理人の黒人男性・ウォルターがクリスの方を見たところで、ディーンは、クリスが「“白人家庭に黒人の使用人たち。典型的だ”」と思っただろうと弁明する。

 

「彼らを雇ったのは、親の介護のためだが、親が死んでも解雇する気になれなくてね。それでもやはり、人目は気になる」

「分かります」

オバマに3期目があれば、投票してるよ。素晴らしい大統領だ」

「同感です」

 

庭でテーブルを囲んでお茶をしながら、ディーンがクリスに両親のことを訊ねた。

 

「父とは疎遠で、母は僕が11歳の時に死んだ」

「残念ね。死因は?」とミッシー。

「ひき逃げ」

「可哀そうに…」

「当時のことは、あまり記憶になくて…」

 

禁煙中のクリスが我慢している様子がディーンに伝わり、ミッシーに治してもらえと勧める。

 

「方法は?」

「独自の催眠療法。魔法のように効く」とディーン。

 

クリスは「遠慮しておきます」と断った。

 

「それより、君を親睦会に呼べてうれしいよ」とディーン。

「何の親睦会?」とクリス。

「ローズの祖父のパーティーよ」とミッシー。

「聞いてないわ」とローズ。

 

ジョージナがジュースを注いで回り、クリスのグラスに入れながら、ふと気を逸(そ)らして零しそうになり、それを見たミッシーがジョージナに休むようにと促す。

 

そこに、ローズの弟の医学生のジェレミーが帰って来た。

 

団欒の場で酔っ払ったジェレミーが、子供の頃、柔道をやっていたと言うクリスに絡む。

 

「柔道?その体格と遺伝子構造だ。本気で鍛えれば、訓練次第だがな、とんでもない野獣になる…」

 

2階の部屋でローズは家族への不満をクリスにぶつける。

 

「パパは黒人を気取るし、何よ、あの口調。使い慣れてないのに、今じゃ口ぐせ。ママはジョージナにキツいし、ありえない。うちの家族もあの警官と同類。余計ガッカリよ」

 

ベッドに入ったクリスは、森の中で見た撥ねられ横たわる鹿にハエがたかっているのを想像する。

 

眠れずに起きたクリスは外へ出て煙草を吸おうとすると、全速力でウォルターがクリスの横を走り抜けて行った。

 

窓辺にジョージナが立っているのを見て、一驚(いっきょう)を喫するクリス。

 

部屋に戻ろうとすると、ミッシーに呼び止められ、改めて禁煙を勧められた。

 

ミッシーは母親のことを聞き、紅茶の砂糖をスプーンで掻き回して、クリスに催眠術をかけていく。

 

母親が戻らなかった雨の日、何もせずテレビを観て動こうとしなかったのことを思い浮かべ、涙を流すクリス。

 

体が動かなくなり、底に沈んでいくクリス。

 

ミッシーに目を閉じられるや否や、クリスは夢から覚め、ベッドから跳ね起きた。

 

翌日、クリスはカメラを持って家の周りで写真を撮っていると、上階の窓にジョージナが鏡の前でひたすら髪を整えているのが見えた。

 

カメラを向けズームアップしたら、突然こちらを向いたので、すぐカメラの方向を変えた。

 

次にクリスは薪を割っているウォルターに声をかけ、挨拶をすると、昨夜のことを驚かせたと詫び、「成功した?」と尋ねてきた。

 

ウォルターはミッシーから催眠術をかけられたことを知っていたのだ。

 

続々と白人たちが集合し、車から降りた招待客を、ウォルターはハグして歓待する。

 

ローズは親睦会にウンザリと言いながら、クリスには笑顔を通すように求め、次々に招待客を紹介する。

 

誰もがクリスと笑顔で接するが、明らかに黒人を意識した言動や振る舞いが見られた。

 

「それにしても、ハンサムね」と言って筋肉を触り、「強いの?」ローズに聞く中年女性。

 

「白い肌が好まれたのはこの200年ほどか、だが流行は繰り返す。時代は黒だよ」と初老の男。

 

リベラルぶってみせるが、クリスはカメラを撮って来ると言って、その場を離れた。

 

クリスはファインダー越しにパーティーの参加者を覗いて、その中に一人の黒人を見つけた。

 

「黒人がいて心強い」と声をかけると、振り返った男は「ええ、確かに」と答えたが、その仕草に違和感を覚えるクリス。

 

ローガン・キングと名乗るその黒人の元に、パートナーの中年婦人が近づき、その黒人を連れて別の招待客のところへ連れて行く。

 

少し離れた場所で椅子に座る杖を持った盲目の男。

 

「無知だ」

「誰が?」

「全員。口先だけで人の苦しみを分かってない。(私は)ジム・ハドソンだ」

「クリス」

「知ってる。君のファンだよ。いい目をしてる」

「まさか。ハドソン画廊のオーナー?」

「盲目の美術商への皮肉はよしてくれよ」

 

家の中に戻り、2階へ階段を上って行くと、招待客全員が、その足音に耳を傾け、耳を澄ませ、クリスの挙動に注目する。

 

部屋に戻ると、携帯の充電器の線が抜かれ、それをジョージナのせいだとローズに話すクリス。

 

「嫌がらせさ」

 

ローズは呆れて部屋を出て行く。

 

クリスは親友でローズとも顔見知りのTSA(運輸保安庁)に勤務するロッドに電話をかけ、様子を話す。

 

「まるで見せ物だな」

「妙な連中ばかりさ。俺以外の黒人もだ」

 

そして、精神科医のローズの母親から催眠術を受け、禁煙が成功したことを報告する。

 

「それ、ヤバくないか。奴らに操られるぞ…」

「ノーマルな家族だ」

 

電話を切ると、突然、後ろからジョージナが声をかけ、「無断で所有物に触った」と謝ってきた。

 

「いや、とまどっただけだ」

「でも保証します。変なことはしていない」

 

掃除中に充電器から線が抜けたと説明したジョージナに、クリスは「チクらない」と答えた。

 

「誰の下でもない」とジョージナ。

「へえ。(俺は)時々なるんだ。白人だらけで神経質に」

 

その言葉を聞いて、ずっと笑顔だったジョージナの顔が急に曇って、泣き出しそうになるのを押し殺し、無理に笑顔を作りながらも、目から涙が零れ落ちる。

 

続けて、声を上げて笑い、「ノーノーノー…」と繰り返す。

 

「変わった人。私は経験ないわ。一度もね。アーミテージ家はよくしてくれる。家族のようにね」

 

そう言い残してジョージナは部屋を出て行った。

 

「ブキミな女だ…イカれてる」

 

庭に出ると、集まっている招待客を、ディーンがクリスに次々に紹介していく。

 

「みなさん、どうも」とクリスは笑顔で挨拶する。

 

タナカという男が訊ねた。

 

アフリカ系アメリカ人は、有利かな?それとも、現代社会では不利かな?」

「どうだろ」

 

そこにローガンが通りかかり、クリスは声をかける。

 

「アフリカ系の経験を語れよ」

「おやおや。アフリカ系に生まれて私はほぼ満足だ。ただ詳しくは語れないよ。家から出たいとは思わなくてね…」

 

クリスは携帯を取り出し、話をしているローガンの写真を撮る。

 

フラッシュが光り、驚いたローガンの顔から鼻血が流れ出る。

 

「出ていけ」

 

震えながらクリスに言い放つローガン。

 

「ごめん」

 

更に「出ていけ!とローガンが叫びながらクリスに向かって胸倉を掴むが、ローガンはジェレミーに抑えられ引き離された。

 

「発作で不安になり攻撃的に」とディーンがクリスに説明する。

「それで無差別に襲う?」とローズ。

「無差別じゃない。君のフラッシュが刺激した」

 

妻に支えられてローガンが来て、落ち着いたとクリスに謝罪した。

 

人生論的映画評論・続: ゲット・アウト('17)   社会派スリラーの傑作  ジョーダン・ピール

戦場のメリークリスマス('07)   「神秘的で聖なる何ものか」に平伏す男の脆さ

 

1  「自分を何だと思ってる。お前は悪魔か」「そう。あんたに禍を」

 

 

 

1942年 ジャワ

 

白人と東洋人の男が後ろ手に縛られて、地面に横たわっている。

 

「前代未聞の不祥事が起こった。所長大尉殿に報告せず、ハラの一存で処断する」

 

ハラ軍曹(以下、ハラ)が証人になってもらうと、日本語を話す連絡将校のロレンス陸軍中佐(以下、ロレンス)に説明する。

 

ハラは、オランダ兵の捕虜デ・ヨンを差し、バナナを盗んで一週間営倉に入っていただけだと言い、その営倉に忍び込んた朝鮮人軍属のカネモトがデ・ヨンに何をしたかを言ってみろと、カネモトを甚振る。

 

「どうやって、その白んぼのケツにぶち込んだ?」

 

ハラはここでやってみろと、カネモトの縄を解かせる。

 

「見事やってのけたら、切腹させてやる」

 

「狂ったか!」と拒絶反応を示すロレンスに対し、「日本人の切腹を見たいだろ」とハラ。

 

切腹を見ずして、日本人を見た事にはならないからな」

 

ロレンスがデ・ヨンに経緯を説明させていると、突然カネモトは兵士の刀を奪い、腹に突き刺すが、周りの兵士に止められた。

 

しかし、ハラはそのままカネモトに切腹しろと命じ、自ら介錯しようとしたところに、所長のヨノイ大尉が現れ、中断する。

 

「罪があるなら、なぜ本官に報告せんのか?」

「これは武士の情けであります。勤務中の事故死とすれば、カネモトの遺族に恩給が下がります。カネモトの家族も食うや食わずの生活をしてるに違いありません」

「この軍属は、何の罪を犯したのか?」

 

しかし、その答えを聞く間もなく、ヨノイは軍律会議に出席のため、報告は帰ってからでいいと言って、引き揚げて行った。

 

その軍律会議において裁かれるのは、ジャク・セリアズという、ジャワ島でゲリラ作戦を決行し、日本軍に捕らえられた英国陸軍少佐だった。

 

セリアズは死刑を言い渡されると、「私は無罪だ。犯罪者ではない」と主張する。

 

「一カ月前、私は山を捨てて、日本軍に投降してスカブミの獄房に送られた。3日間独房に入れられて、イトー中尉の取り調べを。彼は姓名と階級を尋ね、“答えに間違いはないか”と聞かれ、私は答えた。“私は英国軍人だ”。死ぬ運命の人間が、何のために偽名を使う」

日本兵なら捕らえられれば、偽名を名乗る。そもそも彼らは決して降伏などしない。死を選ぶ」とイワタ法務中尉

「私は日本人ではない」

「…なぜ自分の過去を話さぬ」

「私の過去は私のものだ」

「お前がわが軍に投降した理由はなんだ」とフジムラ中佐(軍律会議審判長)。

「そこに書いてある。私が投降せねば、村人が殺された」

「その時、お前には何人の部下がいた」

「私一人だ。ウソではない。輸送隊を襲撃した時の4人はみな戦死した」

「お前は原住民も率いていた…隠さずに吐くんだ」とイワタ。

「原住民を率いた事はない。なぜ弁護士がいない。これはどういう裁判だ。茶番もいいとこだ」

 

このやり取りを聞きながら、毅然とした態度のセリアズに見入っていたヨノイ大尉は、自ら尋問して、フジムラ審判長に上からの命令の正規の戦闘行為として俘虜にすべきだと意見する。

 

ここから合議に入り、有罪となり銃殺刑が執行されたが、銃は空砲だった。

 

セリアズに関心を持つヨノイ大尉の指示だった。

 

そのセリアズは、ヨノイ大尉が管轄する収容所に俘虜として引き受けられた。

 

ロレンスはセリアズと一緒に戦った仲で、倒れ込んだセリアズに声をかけ、起き上がらせようとすると、ロレンスは兵士に殴られる。

 

そこにヨノイ大尉がやって来て、ロレンスを殴った兵士を何度も鞭を叩きつけた。

 

「おい、将校。知り合いか?」とヨノイ大尉がロレンスに訊ねる。

 

リビア戦線で、ドイツ軍相手に戦った仲だ」

 

ヨノイ大尉はすぐに、セリアズを医務室に連れて行くよう兵卒に命じた。

 

ヨノイ大尉は、更にロレンスセリアズのことを聞き出そうとする。

 

「りっぱな軍人だ。第8軍では、“掃討のジャック”と呼ばれていた…“兵士の中の兵士”の事だ…」

 

そこに部屋に入って来たハラに医者が何と言っているかを訊ね、明確に答えられないと、「バカ者!」と怒鳴りつける。

 

そして、ヨノイ大尉は「一日も早く彼を回復されるのだ」とロレンスに指示し、衛生兵をつけることを命じる。

 

「彼は拒むよ。なぜ、彼に関心を?」

 

ヨノイ大尉はそれには答えず、呼び出したヒックスリー俘虜長に、「兵器や鉄砲に詳しい捕虜の名」を訊ね、名簿を出すように命じた。

 

「協力はできん。国際法が味方だ」

「…ここにジュネーブ協定はない。協力を拒むなら、君を交代させる」

 

それでもヒックスリーは、頑として譲らず帰ってしまった。

 

「ヨノイ大尉、彼を理解してください。彼は名誉を重んじる男です」

「だが俘虜長は、ほかの男が望ましい」

 

捕虜が作業へ出かける際、ヒックスリーがロレンスに話かける。

 

「名簿の件だが、何とか引きのばし作戦を。あの若い“東條”は気づかないよ」

「奴らはバカじゃありません」

「戦局が不利な事は奴らも知ってる。2カ月で終戦だよ」

「それまで生きのびましょう。私は彼らを知ってます。私の意見も聞いてください」

「奴らは我々の敵だよ。君は英国軍人だ」

「彼らはロシアに勝った事もあるんです」

 

夜寝静まった病舎にハラがやって来て、ロレンスを起こし、セリアズの病棟を案内させる。

 

「こいつがそんなに立派な将校なら、なぜ捕虜になった」

「捕虜になったと言うより、降伏したんだ」

「隊長殿がなぜ、あいつを俘虜長にしたがるのか分からねえ…」

「彼が生まれつきのリーダーだからだろう」

「ロレンス、お前はなぜ死なないんだ。俺はお前が死んだら、もっとお前が好きになったのに。お前ほどの将校が、なぜこんな恥に耐えることができるんだ。なぜ自決しない」

「我々は、恥とは呼ばない。捕虜になるのも時の運だ。我々も捕虜になったの喜んでいるわけではない…戦争には勝ちたい…自殺もしない」

「死ぬのが怖いだけだ。俺は違うんだ!俺はな、17歳で志願して、入営する前の晩に村の神社にお参りして以来、このハラ・ゲンゴはな、お国に命を捧げてるんだ」

「あなたは死んでないよ」

 

セリアズが目を覚まし、二人を見上げて訊ねた。

 

「ヨノイは、なぜ僕を助けた」

「分からん」とロレンス。

 

そこにヨノイ大尉が入って来て、二人は陰に潜み、様子を伺う。

 

兵卒がセリアズに懐中電灯の光を当てると、ヨノイ大尉は、「彼を早く回復させるのだ」とだけ指示して、出て行った。

 

翌朝早く、剣道の訓練をしているヨノイ大尉の剣道の掛け声を耳にしたセリアズは、「あの叫び声はなんだ」とロレンスに聞く。

 

「神に近づく気なんだよ。彼らは過去に生きてる」

「救われないな…」

「君が来てから、あの通りだ」

「何か言いたいのなら、言えばいいんだ」

「あれが彼の表現だ」

 

ハラはロレンスに頼まれ、あまりの気合の鋭さに俘虜が動揺しているとヨノイ大尉に伝えると、ヨノイ大尉はロレンスと話し合う。

 

「俘虜が気合に怯えてるそうだが…あの将校も?」

「セリアズか。彼も気にしている」

「俘虜が怯えるならやめよう」

「ありがとう」

「できる事なら、君ら全員を招き、満開の桜の木の下で、宴会を開きたかった」

 

ロレンスは、日本の思い出は雪だと答えると、ヨノイ大尉は「あの日も雪だった」と1936年2月26日の決起に、満州にいて参加できなかったことを打ち明けた。

 

「後悔を?」

「同志はみな処刑された。私は死におくれたわけだ」

「あなたは、あの青年将校の一人だった」

 

突然、ヨノイ大尉はハラにカネモトの処刑を命じ、俘虜たちに立会いをさせた。

 

カネモトは切腹するが顔をあげられず、介錯を失敗する兵士に代わって、ハラがカネモトの首を刎(は)ね落とした。

 

同時にデ・ヨンは舌を噛み切る。

 

「あんたは間違ってる!」とヒックスリー。

「このことは発表があるまで口外してはならぬ」

「君は正しいんだろ。なぜ隠す」

「公式の発表を待つ。それが正しい順序だ」

 

ヨノイがロレンスに同意を求める。

 

「間違ってる。我々、みんなが間違ってる」

 

ヨノイ大尉は、俘虜全員に労務は中止し、収容所内に48時間留まり、“行”(ぎょう)つまり、断食を命じて去って行った。

 

ヒックスリーに聞かれ、ロレンスは、“行”について説明する。

 

「怠惰を直す日本のやり方だ…彼が言うのは精神的なたるみだ。空の胃がそれをたたき直す」

「ナンセンスだ」

「これだけは確かだ。我々がやれば彼もやる」

 

デ・ヨンは死の弔いに、“行”の最中にも関わらず、セリアズは戸外へ出て、籠に摘んできた赤い花とマンジュウと俘虜たちに配った。

 

セリアズの一件が報告され、査察に来た日本兵に反抗的なセリアズは、殴られ引き摺り出されて行く。

 

駆け付けたヨノイ大尉に赤い花を差し出すセリアズ。

 

「自分を何だと思ってる。お前は悪魔か」

「そう。あんたに禍を」

 

そう言い切って、赤い花を食べて見せるセリアズ。

 

懲罰房に入れられたセリアズを殺害しに来た従卒のヤジマを、セリアズは逆に反撃して逃走し、病舎で無線機が見つかった責任で捕縛されたロレンスを救い、担いで脱走を試みた。

 

二人の前にヨノイ大尉が現れ剣を抜いたが、セリアズは剣を下ろし、見透かすようにヨノイ大尉を見上げる。

 

「なぜ私を倒せば、自由になれるぞ」

 

そこに到着したハラが、「殺します」とセリアズに拳銃を向けると、ヨノイ大尉はその前に立ちはだかる。

 

ロレンスは、「彼に好かれているようだな」とセリアズに囁いた。

 

「房へ戻せ」とハラに命じるヨノイ大尉。

 

そこに、セリアズを殺そうとしたヤジマが切腹を願い出て、「あの男は隊長殿の心を乱す悪魔です」と言い残し、果てて逝った。

 

 

人生論的映画評論・続: 戦場のメリークリスマス('07)   「神秘的で聖なる何ものか」に平伏す男の脆さ  大島渚

キサラギ('07)   エンタメ純度満点の密室劇

 

台詞を正確に起こしてみて納得尽くのワンシチュエーション映画の秀作。

 

伏線の全てが回収され、驚かされた。

 

以下、かなり長くなるが、5人の男たちの艱難(かんなん)なジグソーパズルの醍醐味をシリアス含みで描き切った本篇の要旨をまとめた投稿文です。

 

 

1  「そもそも、この会を提案したのも、この男を誘(おび)き出すためでした」

 

 

 

2007年2月4日、『如月ミキ一周忌追悼会』に集まった、アイドル・如月ミキのファンサイトに参加する5人の男たち。

 

サイトの管理人であり、この追悼会の主催者である家元は、借りたビルの空き部屋に、自身の“如月ミキパーフェクトコレクション”を展示し、初めて会う参加者が訪れるのを待っていた。

 

最初に、福島で農業を営む安男という、本名をハンドルネームとする男がやって来た。

 

お菓子作りが趣味の安男は、作ってきたアップルパイをコンビニに忘れたと言って部屋を出て行った。

 

次にスネークという雑貨屋に勤める軽いノリの男が来て、続いて入って来た、一周忌企画者のオダ・ユージ(以下、オダ)が家元に深々とお辞儀をし、差し入れの日本酒を手渡す。

 

ハンドルネームを突っ込まれたオダは、たまたまテレビで目について付けたもので、同姓同名でも憧れの人でもないと弁明する。

 

そのオダは、「ラフな感じで楽しくやろう」と普段着姿の家元に対して、追悼会に相応しくない、礼節がないと批判する。

 

慌てた家元は、派手な飾りつけを片付け、喪服に着替えに出て行った。

 

そこに、部屋の陰から怪しげな中年男が現れ、最初は大家さんと間違われたが、その男が5人目の参加者であるいちご娘だった。

 

安男と喪服に着替えた家元が戻り、同じく喪服に着替えたいちご娘も加わって、追悼会がスタートした。

 

まずは家元が挨拶する。

 

「本日は、若くして残念ながらこの世を去った、我らがアイドル如月ミキの一周忌追悼会にお越し頂き、ありがとうございます。今まで文字のやり取りしかしていなかった皆さんに、お会いできて本当に嬉しいです。わたくし、如月ミキ愛好家、家元でございます。普段はしがない公務員ですが、如月ミキに関することなら、誰よりも詳しいと自負しております…」

 

続いて自己紹介が始まり、そこでオダは本名を名乗ろうとするが、皆ハンドルネームを使っているからと制止される。

 

カチューシャをしておどおどとしているいちご娘は、「無職」と一言。

 

自分一人が喪服でないことを気にし、黙々とアップルパイを食べていた安男は、このままでは盛り上がれないと言うや、喪服を買いにまた出て行った。

 

その間、家元の如月ミキに関するレアなグラビアや記事のコレクションを見て、参加者たちは大いに興奮する。

 

更に極めつけと称して、家元は如月ミキ直筆の手紙を見せた。

 

「僕は3年間、毎週必ず一通は送っています。計200通近く書いたことになります」

 

本物かどうかを疑ういちご娘に対し、家元は漢字が異常に少なく、誤字脱字が異常に多いのは、事務所がチェックしていない証拠だと反論する。

 

「“家元さんのお手紙にいつも励まされています。落ちこんで辛いことがあっても、家元さんのお手紙を見ると、お仕事ガンバロー~!と思るんです。ミキの命より大事は宝物です…”」

 

オダがその手紙を読み上げる。

 

コピーを欲しいというスネークは、難色する家元に生写真とのトレードを持ちかけた。

 

更に大磯ロングビーチのイベントの写真に写っている如月ミキのマネージャーをスネークが嫌な奴で許せないと指差し、「デブッチャー」と罵ると、いちご娘も握手会で突き飛ばされたと言う。

 

「まあ、本人も仕事でしょう」と口を挟んだオダが、続いて皆に問いかける。

 

「皆さんは、見てみたかったですか?ヘアヌード写真集ですよ。出るって噂、流れたでしょう」

「見たくないに決まってんだろ。ヘアヌードなんて。遅れてきた清純派だ」とスネーク。

「脱いだらダメだよ、絶対に」といちご娘。

 

家元もミキの最大の魅力は目であり、脱ぐ必要はないと答える。

 

歌も下手でおっちょこちょいで、走って倒れても笑っていたミキを、「いつだって笑ってるところがいいんだ…」とスネークがしみじみ言うと、いちご娘が泣き出した。

 

すると、オダがまた冷静な口調で皆に訊ねた。

 

「去年の今日なんですね。なぜ、自殺なんかしたんでしょう。皆さん、どう思います?如月ミキは、なぜ自殺を…」

「知るかよ」とスネーク。

「仕事が思うように行かず、悩んでいたと」と家元。

「新聞には書いていてありました。そんな理由で納得できますか?これが自殺をするような子の笑顔ですか」とオダ。

「そりゃ、納得なんかできねえけどさ!」とスネーク。

 

なおも、死に方もおかしいと話を続けるオダに対し、いちご娘は「やめてくれ!」と耳を塞ぐ。

 

「この話、止めませんか?」と家元。

「なぜです?」

「一周忌です。楽しくやりたいんです」

「一周忌だからこそ、話すべきです…この話題に触れずにいくんですか?皆さんだって、気になってるはずでしょう。彼女がなぜ死んだのか…自殺じゃないとしたら…」

 

そして、オダはこの一年間、現場に何度も足を運び、関係者に話を聞き、事件について調べてきた結論について語る。

 

「如月ミキは自殺なんかしてない。殺されたんです」

「誰に?誰にだよ」とスネーク。

「警察の見解は誤りだということですか?」と家元。

 

オダは警察への怒りを禁じ得ないと言い、手帳を取り出して持論を展開し始める。

 

そこへ、喪服を買って着替えた安男が嬉々として帰って来たが、雰囲気が一変していることに戸惑う。

 

「まず、死に方が不可解です」とオダ。

「丸焼けだもんな」とスネーク。

 

家元は新聞記事を取り出し、死ぬ直前にマネージャーの留守録に入っていた言葉を読み上げる。

 

「“やっぱりダメみたい。私も疲れた。いろいろありがとう。じゃあね”と遺言を残した後、部屋中に油を撒き、ライターにて着火。一酸化中毒および全身やけどにて死亡…」

 

オダは部屋は全焼し、上の階も燃え、他に死傷者が出なかったものの大惨事になりかねない、そんな人様に迷惑をかけるような死に方をミキがするとは思えないと主張する。

 

「何者かが彼女を殺し、油をまいて放火した…」

 

それに対し、家元は「精神的に錯乱状態にあり、冷静な判断を欠いた」という警察の見解を支持し、マネージャーへの遺言の声紋鑑定も一致すると反論したが、オダは犯人がミキにしゃべらせたのではないかと推理する。

 

「皆さんはご存じないでしょう。如月ミキが、悪質なストーカーにあっていたことを」

 

緊張が走る中、腐った匂いのするアップルパイを食べ続けていた安男が吐き出しそうになり、部屋を出てトイレに駆け込んでいく。

 

オダは話を続け、自宅付近で怪しい男が何度も目撃されており、事件一週間前には寝室の窓から何者かが侵入した形跡があるが、金品は盗まれず、溜まっていた食器が洗われ、ベッドの掛布団が畳まれていたと言い放つのだ。

 

事件当夜も寝室の窓は開いていたとの消防隊員の証言もあった。

 

「異常者が手の届かない相手を殺害することによって、自分のものにしようとする例はいくらでもあります…或いは、ヘアヌード写真集の噂が犯行の引き金かも知れない」

 

オダは何度も警察に再捜査を依頼したが取り合ってくれなかったと怒りを滲ませると、家元はその情報をどこから得たかを問い、それがマネージャーからだと分かると、「タレントに自殺されたマネージャーの責任逃れでしょう」とマネージャーの捏造(ねつぞう)の可能性を指摘する。

 

「警察には通報していないのはなぜです?」と家元。

「しています」

「していません…警察にはそんな記録、一切ありません」と家元。

「何であなたがそんなこと言い切れるんですか?」

 

家元は内ポケットから出した金色のバッチを翳(かざ)して見せる。

 

「警視庁総務部 情報資料管理課勤務です…しがない公務員ですよ。父は警視総監ですけど…」

 

家元もまた初めは自殺を疑い、ミキに関するあらゆる調書・資料に目を通したが、他殺の可能性を示す要素は一切見つからなかったと答えた。

 

しかしオダは、マネージャーが何度も警察に相談していたが、何一つ対策を講じなかった、その責任回避のために、ストーカ―被害に関する情報を全て処分したと主張するのだ。

 

「いわば如月ミキを殺したのは、あなた方警察なんだ!」

「…根拠のない憶測にすぎない」

 

二人の平行線の議論の中、それまで耳を塞いでいたいちご娘が、突然、「やめてくれ!」と叫ぶ。

 

「とても聞いてられない。警察だのストーカーだの、もう、うんざりだ!」と言って帰ろうとするいちご娘を阻むオダ。

 

「もう少し、いてくれませんか?」

 

それでも帰ろうとするいちご娘を、「逃がさねえよ」とオダは押し倒した。

 

「自供させます。犯人。つまり、ストーカー自身に」

「オダさん。滅多なこと言うもんじゃありませんよ」と家元。

 

しかし、オダに影響されたスネークまでもが、見た目の判断でいちご娘をストーカーと決めつけ、押さえつける。

 

「冷静になりましょうよ!」と家元がスネークを引き剥がしたところで、安男がトイレから戻って来た。

 

「なんか、状況が激変してる…」

 

いちご娘がストーカーで、家元が警察で隠蔽してたと説明された安男は、再びお腹が痛くなり、トイレに出て行った。

 

「そもそも、この会を提案したのも、この男を誘(おび)き出すためでした。以前から疑っていたものですから…」

 

オダは、いちご娘の書き込みで、ミキの影響でアロマキャンドルに嵌っているとあるが、2日前にストーカーが侵入しており、マネージャー以外知らないことをいちご娘が知っている、つまり、ミキの部屋でアロマキャンドルを見たはずだと確信的に言い切った。

 

他にも、きたきつねラッキーチャッピーのグッズを集めていると書き込みをし、それも誰も知り得ない情報だった。

 

どこかのインタビューを読んだと弁明するいちご娘の言い分は、全ての記事に目を通している家元によって否定されるが、家宅侵入したことを問われたいちご娘は、物的証拠がないと開き直る。

 

そこでオダは物的証拠として、マネージャーが聞いた家宅侵入された際の如月ミキの証言で、いくら探しても見つからなかった愛用のカチューシャを示した。

 

そこに指紋の幾つかが残っているかも知れないと言うと、慌てて頭のカチューシャを外してワイシャツで拭き取ろうとする。

 

嘘が露見したいちご娘は、ドアに向かって逃げようとするが、またもオダが阻止し、殴って倒してしまうのだ。

 

オダは警察には渡さず、ここで裁くと言って、隠し持っていたナイフを取り出した。

 

何とかオダからナイフを取り上げた家元は、いちご娘に正直に話すよう促す。

 

「僕はストーカーなんかじゃないよ!僕は、前の道から2階のミキちゃんの部屋を毎日見守っていただけだ!」

 

事件の一週間前、窓を開けっぱなしで出かけたのを見たいちご娘は、閉めてあげなければと思い、鉄柱をよじ登りベランダから部屋を覗くと、ベッドが乱れていたので、部屋に入り布団を畳み、食器を洗ってクローゼットの下着を畳んだと弁明する。

 

部屋にはアロマキャンドルラッキーチャッピーの食器があり、記念に何か欲しくてカチューシャを持って帰ったと言い、スネークと家元から部屋の中の様子を聞かれたが、いちご娘はそれだけだと答えた。

 

事件当日も外からミキの部屋を見守っていたが、そのまま帰ったといういちご娘の言い分を信じないオダが、激しく突き飛ばして倒す。

 

しかし、ミキが死んだ時刻には無銭飲食で捕まり留置所にいたといういちご娘の証言は、身分証をもとに、家元が警察に問い合わせて裏付けられた。

 

いちご娘が犯人ではないことが証明され、オダに謝罪を求めるが、オダは応じようとしなかった。

 

人生論的映画評論・続: キサラギ('07)   エンタメ純度満点の密室劇  佐藤祐市

悲しみのミルク('08)   凄惨なる「地獄の記憶」を引き剥がし、進軍する

 

1  「母さん、見てごらん。海に来たよ」

 

 

 

「♪きっと いつの日にか お前も分かるだろう ならず者たちに向かって 泣きながら言ったこと ひざまずいて 命乞いをしたことを あの夜 私は叫んだ 山はこだまを返し 男たちは笑った 痛みと闘いながら やつらに言い返した 狂犬病のメス犬から 生まれた男たちよ だからお前たちが吸ったのは メス犬の乳だ 今度は私を飲むがいい 今度は私を吸えばいい 母犬の胸でしていたように 今歌っているこの女は あの夜 捕らえられ 手込めにされた 男たちは気にも留めなかった おなかの中に娘がいることを あの恥知らずたちは 娘が見ている中 手と肉棒で犯した それだけは飽き足らず 殺された夫のものを口に押し込んだ 哀れないちもつは 火薬の味がした あまりの苦しみに私は叫んだ いっそのこと殺して欲しい そして夫と一緒に 埋めるがいいと この世には分からぬことばかり♪」

 

ベッドに横たわり、自らの体験を歌いながら語るファウスタの母。

 

ゲリラに夫を殺され、お腹の中にファウスタを宿した母は、凄惨な性暴力を受けたのである。

 

「♪思い出すたびに 涙を流す母さん 悲しみの涙と汗が ベッドに染み込む 何も食べてないわね 要らないならそう言って 食事は作らないから♪」

 

ファウスタも歌で語りかける。

 

「♪お前が歌うことで 乾いた記憶が よみがえるなら 何か食べよう 思い出せないのは死と同じだから♪」

 

そして、母は歌いながら死んだ。

 

結婚式の準備をしている従姉妹のマキシマと叔父たちの前に現れたファウスタは、鼻血を出して倒れ込む。

 

リマの産婦人科に連れて行かれたファウスタを診た医師が、叔父に説明する。

 

「膣内にジャガイモがありました。治療は拒まれました。動揺していたようです」

「子供の頃から恐怖で鼻血を出します。さっき、あの子の母親が亡くなりました。だから気絶した。村ではつらい時期を過ごし、テロの時代に生まれた。母乳から恐怖が伝わったんです。そういう子を“恐乳病”と呼んでます。恐怖と一緒に魂を土に埋めている。リマには無い病気でしょう?」

「つまりジャガイモのことを知っていたと?」

「それは知りませんでした」

 

ジャガイモが勝手に入ったという叔父に対して医師は呆れ、子宮が腫れ、化膿する危険性があり、ジャガイモが成長し細菌が繁殖していると指摘し、鼻血は毛細血管が薄いからだと言う。

 

「簡単な手術で焼けば、すぐ治ります」

 

しかし、叔父は鼻血は恐乳病のせいだと言い張り、医者は恐乳病という病気はなく、母親からの感染もないと言い、入院の書類を渡す。

 

結局、ファウスタと叔父は村へのバスに乗り込んだ。

 

「あの医者は分かっていない。避妊のためじゃないの…私の意志を認めて。テロの時代に近所の人もしてた。気味悪がられて、レイプされないように。賢い方法だと思った…」

「今は時代が違う。村とも違うんだ。そんなことは起きない」

 

村に帰ると、母の墓穴を掘りはじめた叔父に、ファウスタは「村で埋葬する」と止める。

 

「そんな金はどこに?」

「何とかする」

 

ファウスタは母の埋葬資金を稼ぐため、叔母から紹介された夜だけのお屋敷のメイドの仕事を始めることになった。

 

前金を受け取るつもりだったが、断られてしまい、母の埋葬がすぐにできなくなった。

 

制服に着替えたファウスタは、屋敷の主人で音楽家のアイダに呼ばれるが、軍服を着た男の写真を見て鼻血を出してしまう。

 

ファウスタは部屋で、恐怖心を紛らすために、歌いながら膣から出てくるジャガイモの芽をハサミで切り取っている。

 

「♪さあ 歌うのよ 楽しいことを歌わなきゃ 恐怖心をまぎらわし こんな傷なんて ありもしないふうに 悟られないように♪」

 

朝になり、ファウスタは日課の仕事として、予定の時刻にやって来る庭師のノエを玄関のドアを開けて中に入れた。

 

前金が月末までもらえないと叔父に話したファウスタは、「娘の結婚式までに村へ運んでくれ。さもなくばここで埋める」と言い渡される。

 

この二人は、制服を着て結婚式の会場で働いているのである。

 

屋敷に行くと、倒されて壊れたピアノと割れた窓ガラスが散乱していた。

 

作曲に行き詰っているアイダは、キッチンでテレビを観ているファウスタに、昨日の歌をまた歌ってくれと頼むのだ。

 

「できません」と答えるファウスタ。

 

洗面室でネックレスの真珠をバラまいてしまったアイダは、ファウスタに拾うのを手伝わせる。

 

「歌ったら1粒あげる。全部そろったら渡す」

 

ファウスタはそれに応えなかった。

 

いとこの結婚で集まった縁者たちの中で、ファウスタに目をつけた男が話しかけてくるが、それを無視して部屋に戻った。

 

仕事が終わって帰るファウスタを迎えに来る叔父の娘のマキシマに代わって、その男が屋敷に来たが、それも断る。

 

そこにやって来たノエが、仕事の途中で「俺が送ろうか?」と声をかけてきて、ファウスタは断ったものの、結局、家まで送ってもらうことになる。

 

相変わらず、ファウスタは母の亡骸と共にベッドで寝る。

 

屋敷に行ったファウスタは、意を決して、アイダの前で即興の歌を歌い、真珠の粒を一つ天秤のトレーに移す。

 

それがファウスタの日課となった。

 

お土産を持って来たというノエから、飴を受け取ろうとして手が少し触れただけで、飴を払い落し、走ってその場を去るファウスタ。

 

その後、ファウスタはノエに訊ねた。

 

「ここにはゼラニウム、スバキ、ヒナギク、全部あるのに、なぜジャガイモはないの?」

「君は、なぜ一人で道を歩くのが怖い?」

「決めたから」

「俺だって同じ。そうしたいだけ」

「怖くないわ。私の意志だもの」

「死だけは人間の義務だが、それ以外は自分の意志だ」

「レイプされ殺された。その死も意志だと言うの?」

 

それに黙し、その場を離れようとするファウスタに、ノエは最初の問いに答えた。

 

「イモは安い。花も少ないから」

 

パールが残り一個となり、アイダの演奏会へ同行したファウスタは、舞台でファウスタの即興の歌のメロディーが、アイダによってピアノ演奏されているのを耳にし、胸をときめかせる。

 

万雷の拍手を受けるアイダを、舞台の袖から見るファウスタ。

 

帰りの車の中で、「好評でしたね」とファウスタが声をかけると、アイダの顔色が変わり、夜の路上にファウスタを車から降ろしてしまう。

 

「真珠はどうするの?約束したのに!奥様、待ってください!」

 

走り出した車に叫ぶファウスタ。

 

マキシマの結婚式の日、ファウスタは母を村に連れて帰れなかったことを叔父に謝罪する。

 

朝まで盛り上がる結婚式に入っていけないファウスタは、母の遺体のある部屋に篭り、ドレスを着たまま眠っていると、叔父に頭と口を押さえられてしまう。

 

「見ろ。こんなにはっきり息をしてる。なのに生きようとしない」

「叔父さん、放して!」

「だったら生きろ。しっかり息して。ファウスタ行くな。行かないでくれ」

 

ファウスタは走って逃げ出し、屋敷へ向かった。

 

アイダの部屋の床に落ちた真珠を拾って握り締め、玄関のドアを開けると、そのまま倒れ込んでしまった。

 

ノエがファウスタを起こすと泣きながら訴える。

 

「お願い取って。取ってちょうだい。私の中から」

 

ノエは気を失ったファウスタを背負って、病院へ連れて行く。

 

手術が終わり、目を覚ますと叔父が傍らに座っていた。

 

「ずっと手を閉じてたそうだ」

 

ファウスタは真珠を握り締めていた手を開いて見せる。

 

トラックに乗り込み、ファウスタと叔父の家族は母の亡骸を乗せ、村を目指す。

 

海が見えるとトラックを止めてもらい、ファウスタは母の亡骸を砂浜へ運ぶのである。

 

「母さん、見てごらん。海に来たよ」

 

ファウスタの最後の歌である。

 

日常に戻ったファウスタは、誰かが来たと呼ばれて戸を開けると、そこには花を咲かせたジャガイモの鉢植えが置かれていた。

 

その花に、そっと顔を寄せるファウスタだった。

 

人生論的映画評論・続: 悲しみのミルク('08)   凄惨なる「地獄の記憶」を引き剥がし、進軍する  クラウディア・リョサ

にごりえ('53)   女に我慢を強いる貧困のリアリズム

 

一葉文学の結晶点。

 

映画史上に残る今井正の最高傑作。

 

以下、代表作3篇が揃ったオムニバス映画の梗概。

 

 

1  第一話 十三夜

 

 

 

沈鬱な表情で、嫁ぎ先の原田の家からせきが実家を訪れた。

 

久しぶりの訪問を歓迎する父・主計と母・もよ。

 

二人とも、嫁ぎ先の原田家を気遣い、せきの弟の亥之助(いのすけ)の仕事も原田の後ろ盾と感謝を口にする。

 

しかし、突然せきは、もよを前に泣き出す。

 

「お母さま、私、もう我慢が出来なくなりました。あの家には、帰らぬ決心で参りました」

「そんなこと言って、お前、どうして?」

「考えた挙句なんです。2年も3年も耐え忍んで、考えて、考えて、考え抜いた挙句なんです。お母さま。どうかせきをお傍に置いて下さいまし。これから、人の針仕事、賃仕事(手内職のこと)、なんでもして働きますから、どうかお傍に置いて」

 

せきは頭を下げて頼み込む。

 

もよは主計にその話をし、せきを弁護する。

 

「元々こっちからもらってくれって頼んでやった子じゃあるまいし、生まれが悪いの、華族女学校を出ていないのって、今更そんな勝手な言い草がありますか…子供が出来て急に冷たくなるってのは、女狂いの身勝手からで、おせきに何の罪科(つみとが)があるって言うんです。奉公人たちの前で、顔さえ見れば口汚く、教育がないの、やれ着物の揃え方が気に入らぬのと、そんな仕打ちをされてまで、おせきをそんな人のとこにやっとく必要はありませんよ」

 

華族女学校とは、明治10年に創設された皇族・華族子女のための官立の教育機関

 

せきは、17歳の正月に羽根つきをしていたのを通りがかった原田が見初(みそ)めて、強引に嫁入りを申し込んだのだった。

 

「…いくら大人しいからって、お前もお前ですよ。言うだけのこときりっと言って、なぜもっと早くそう言って出てこなかったんだね。本当にバカバカしいったら…こんな貧しい傾いた家だって、お父さんもお母さんもちゃんと揃ってるんだから、そんな仕打ちをされてまで小さくなってること、あるもんかね」

 

もよは一気に捲し立て、目頭を押さえる。

 

「親子4人、亥之助も帰って来るから、お前もここでゆっくり足を伸ばして休むといいよ…お前はしっかり幸せにやってるもんだと思ってた…女中たちに取り巻かれて、声ひとつ、涙ひとつ堪えて通さなきゃならないような明け暮れの中で、よく7年間もお前辛抱を…」

 

もよはせきを思い、さめざめと泣き、せきも思いを吐露する。

 

「太郎は…あの子のことだけは諦められません。それを思って今日まで堪えてきましたけれど…『お前のような妻を持って、俺ほど不幸な人間はない』と。さっきも夕方、着替えに寄っまま言い捨てて、どこぞへ出かけて行きました」

 

そこで、終始無言で腕組みをして聞いていた主計が口を開く。

 

「そりゃな、外で女にもてはやされ、囲い者の一人や二人、あれだけ若くて働き手なら、ありがちなことだよ…世間の奥様という人たち、上辺はともかく、面白おかしく暮らしている者がどれだけいると思う。なあ、おせき。原田さんの口入で弟の亥之も月給にあり付いたばかりだ。お前の主人の七光りで家も恩に着ているんだ。まして太郎といいう子まであるのに、今日まで辛抱ができたものなら、これから後もこらえられぬ道理はないはずだろう?ま、聞きなさい。離縁をとって出たはいい、。太郎は原田のもんだぞ。おせきは斎藤の娘だ。一度縁が切れたら二度と顔を見に行くことはできないぞ」

 

「そんな無慈悲なこと言ったって…」ともよ。

 

もよとせきは嗚咽するばかり。

 

「子に別れ、同じ風に泣くなら原田の妻で泣くだけ泣け。なあ、おせき。そうじゃないか。お父さんはお前を追い返したくない。だが、今夜は帰れ…もう、お前が何も言わんでも、わしたちは今後察している。弟もお前の気持ちを汲んで陰ながら、親子して、てんでに涙を分けおうて皆で泣こう。なあ、おせき。分かったら早く帰れ。太郎が泣いているかもしれん」

 

おせきは突っ伏して泣き崩れる。

 

「私が、我がままでございました。太郎に会えないくらいなら、生きている甲斐もないことが分かっていながら、つい、目の前の苦しさに、離縁などと言い出し悪うございました…今日限り、せきはもう死んだ気になって、心を一つにあの子を思って育てます…」

 

「ご心配おかけしました」と頭を下げ、帰って来た亥之助が人力車を拾い、せきは実家に帰って行った。

 

夜道をゆっくりと行く人力車夫に、「車屋さん、少し急いでくれませんか」とせきが催促すると、突然車を止め、車夫がせきに降りるようにと言うのだ。

 

お代もいらぬという車夫に、せきは困ってしまった。

 

「まだ、乗ったばかりなのに…」

「引くのが嫌になっちまって…すいませんがどうか、お降りになすって」

 

せめて、車が拾える広小路までとお願いするとそれを受け入れ、「勝手を言ってあっしが悪うございました」と謝る車夫の顔をふと見ると、幼馴染の高坂録之助と気づいた。

 

「お前さん」と声をかけると、録之助もせきと分かり、「面目(めんぼく)ない、こんななりで」と言って顔を背(そむ)ける。

 

せきは学校に通っていた頃の思い出を語り、録之助の体を心配する。

 

録之助は浅草の安宿の2階に住み込み、妻は子供を連れて実家へ帰したが、その子供はチフスで死んだと話すのだ。

 

妻とは離縁し、近頃は酒を浴び、車を引いても途中で嫌になって度々、客を下ろしてしまうと話す録之助は、「全く、我ながら愛想が尽き果てます」と、せきを車に戻るよう促した。

 

せきはそれを断り、広小路まで一緒に歩いてくれと頼み、肩を並べて歩き始める二人。

 

広小路を目の前にして、せきは録之助が愛嬌のいい煙草屋の一人息子と評判だったと話すと、録之助は、急にグレ出したのは、せきが嫁に行き、子供を産んだ頃だったと告白する。

 

「さぞ、ご立派な奥様ぶりだろうと、一度お姿だけでもと、その頃夢に願ってました…他愛のない子供心でした。十七だっけ。突然、ぽいっとあなたは行ってしまった。7つ8つの時から、明け暮れ顔を合わしていたおせきさんが…いやあ、生きてきたおかげでお目にかかれた。良かった…」

 

広小路に着いて、せきは金を包んで録之助に渡す。

 

「随分と体を労(いと)うて、患(わずら)わぬように…どうか、以前の録之助さんにおなりなすって、ご立派に元のようにお店をお開きになりますように…」

 

「では、いただきやす。せっかくのおせきさんの志、ありがたく頂戴して思い出にしやす」

 

大きな十三夜の月が空に浮かぶ橋のところで、二人は互いに頭を下げて、別れて行った。

 

【十三夜とは旧暦で毎月13日の夜のことで、因みに、2024年は10月15日】

 

 

人生論的映画評論・続: にごりえ('53)   女に我慢を強いる貧困のリアリズム  今井正