〈生と芸術〉の軌跡の総体が息づき、日々の呼吸を繋ぐ「水玉」の「記号性」 ―― 「草間彌生」とは何か

f:id:zilx2g:20200107143241j:plain

1  「無限の網」 ―― 「水玉」の「反復と増殖」が開かれていく


幼い頃から悶え苦しんでいた。

それが、心の奥深くで騒いで止まなかった。

「河原に行くと幾つも石があって、ワーって何億って石が迫ってくるのね。スミレ畑に来ると、スミレが人間の顔して語りかけてくるのね。私は恐怖で、家(うち)帰って、押し入れに入って、ガタガタ震えてたの」

絵が大好きな少女は、ひたすら描くことで幻覚や不安に耐えた。

画家になることを目指し、京都で日本画を学ぶ。

薄皮の一枚一枚、丹念に描き込まれた玉ねぎ。

しかし、背景の市松模様が歪んでいる。

写実を重んじる伝統的日本画に、彼女は馴染めなかった。

自分の表現にもがく日々。

その心に、新天地への憧れが膨れ上がる。

1950年代後半、アートの中心になっていたニューヨーク。

両親を説得し、日本を飛び出したのだ。

表題でも分るように、単身、ニューヨークに渡った、この女性の名は草間弥生

今では、その名を知らない者がいないほど、「水玉の女王」の作品は人口に膾炙(かいしゃ)されている。

彼女のニューヨークでの生活は、知り合いのいない孤独な生活だったが、絵を描く時間だけはたっぷりあった。

渡米して2年後、人生の転機となる作品が生まれる。

無限の網。

小さな網の目がどこまでも拾っていく。

反復と増殖。

独自の表現が初めて認められた作品である。

センセーショナルな話題を呼んだのは、柔らかい彫刻。

男性の象徴を象(かたど)ったオブジェを、びっしりと家具に張り付けたのだ。

そして、水玉の反復と増殖が始まる。

顔、体、空間まで埋め尽くしていく水玉は、草間弥生の代名詞になっていく。

今も、新しいイメージが次々と沸き起こる。

愛と死、宇宙、永遠、平和。

すべてが込められた水玉。

アトリエの近くに草間が暮らしている場所がある。

精神科の病院である。

この病院で治療を受けながらの生活。

40年近く続いている。

安定剤を処方してもらい、それを服用する。

仕事を終え、ここに帰って来るのは、夕方の6時頃。

これからも、時間の多くを本や新聞を読んで過ごす。

ブラックホールを見つけた男」(アーサー・I.ミラー)・「宇宙の始まりと終わり」(ホーキング)・「宇宙に果てはあるか」(吉田伸夫)・「見えない宇宙 理論天文学の楽しみ」(ダン・フーパー/柳下貢崇)・「生きかたの選択」(日野原重明)・「95歳へ」(渡部昇)・「死ぬ準備」(根岸康雄)・「ガン免疫力」(安保徹)等々。

こういう本が書棚に並ぶ草間の部屋。

ここが草間にとって、一番、落ち着ける場所なのだ。

この小さな病室とアトリエを行き来するのが、草間彌生の生活のすべてである。

草間彌生のカルテには、不安神経症となっているんですよ。強迫神経症と、自分がね、自殺しそうで、いたたまれなくて、毎日毎日、自殺の恐怖に、今まで曝されてきて、今もそう。具合悪いから病院行って、病院から離れられないのね。外で買い物にも行かれないくらいに、不安でいっぱいなんですよね。絵の力で生きていく道を探したわけですけど。もし、それがなかったら、私、とうの昔に自殺していたと思います」

草間彌生の述懐である。

―― 以上は、「NHKスペシャル 水玉の女王草間彌生の全力疾走」(2012年放送)の動画をベースに筆記した一文だが、知っていたとは言え、「それ(絵画)がなかったら、私、とうの昔に自殺していたと思います」という本人の率直な表現に、正直、驚きを隠せない。

もっと驚いたのは、放送後の草間彌生の反応である。

放送後、映像ディレクター・松本貴子が、草間彌生の怒りの地雷を踏んでしまったというエピソードがある。

「草間さんが生活している病院の消灯は9時。オンタイムでは見られないから、月曜日にスタジオで見ると聞いていた。

草間スタッフからは、一緒にどうですか?と誘いのメールが入っていた。

草間さんの怒りの地雷は、番組の出来不出来ではない。

年齢が出ている。しわが見える。自分を褒めていない。

そして、一度地雷を踏むと、いつまでも尾を引く。

一緒に見た場合、見終わった所に顔を出した場合。

何度もシミュレーションしていると悪い妄想だけが広がる。

月曜日、早速スタジオに電話をかけた。

すると、病院に特別許可をもらい、オンタイムで婦長さんと二人でテレビを見たというではないか。

慌てて駆けつけると、ご機嫌のよさそうな草間さんが座っていた。

そして、『よかったよ。でも字幕がいっぱいで読むの大変だった。見所は、私とルイ・ヴィトンの会長が一緒に手を振ってる所だよね』

妄想の中には出てこなかった普通の感想に、私は全身から力が抜けた。

自分が喋っている字幕を一生懸命読みながら、テレビに見入る草間さんを想像し、やっぱり一緒に見たかったとも思った」(「放送を終えて」より)

それを踏むと、「精神科危害」を蒙(こうむ)るリスクがありながらも、草間彌生の生活風景の中枢まで迫る番組を制作した、映像ディレクターのプロ魂には敬意を表する。

「世界中でフラッシュを浴び続ける83歳(当時。2019年12月末時点で90歳)。その脚光の影で、己の抱える病と闘いながら地道で精力的な制作活動を続ける彼女の全力疾走をカメラが追う」(ナレーション)

なお、唯一無二の作品を創造し続ける現役中の前衛芸術家の、終わりなき作家精神は、六本木の国立新美術館で開催された「草間彌生 わが永遠の魂」によって、充分に証明されている。

しかし、冒頭に記したように、幼い頃から悶え苦しんでいた前衛芸術家の、その前衛作品の根柢を成すライトモチーフには、繰り返し襲ってくる幻覚・幻聴という、「強迫性障害」からの逃避の含みが渦を巻いていて、その恐怖を、それ以外にない表現として外化することで、自我の安寧を得る情感系を処理し、時々に自己防衛を果たしていく内的メカニズムが張り付いているように思われる。

「水玉」(ドット)をモチーフに制作する、草間彌生の「ドット・ペインティング」(点描画)の手法は、作品総体を「水玉」(ドット)で埋め尽くすことで、「強迫性障害」からの自己防衛的逃避として情感処理を果たしていく。

この内的メカニズムが、草間芸術の根幹を成している。

だから、草間芸術には心理的到達点がない。

描き続けること。

終わりなきモチーフの外化によって、ひたすら描き続けること。

それ以外にないのである。

「病院から離れられないのね」

草間彌生の、この言葉はあまりに重い。

「水玉の女王・草間彌生の全力疾走」という美辞麗句に、面映(おもは)ゆいものを感受するのは、どうしても、彼女の内的メカニズムへの拘泥があるからだ。

以下、本稿の基幹テーマなので、その辺りを詳述していきたい。 

心の風景: 〈生と芸術〉の軌跡の総体が息づき、日々の呼吸を繋ぐ「水玉」の「記号性」 ―― 「草間彌生」とは何か

 

 

永い言い訳('16)   西川美和

f:id:zilx2g:20191231110813j:plain

<男のグリーフワークが、それを必要とする時間を拾いつつ、今、自己完結する>


1  色良い記号を付与された男の商品価値が底を突いていた


「俺のメンツなんか、あなたにどうでもいいだろうけど。じゃ、連続試合出場数の世界記録作った野球選手と同じ名前で生きてみろよ。俺はあの名前でいる限り、永久に『鉄人・衣笠祥雄』のまがい物でしかあり得ないの…どうせ俺は自分のことも、まともに受け入れられない男だよ」

自らが出演しているテレビのクイズ番組を見る妻(美容師)から、いつものように髪を切ってもらっている流行作家・津村啓が、そのテレビを消した後、漢字表記が異なるだけで、本名の衣笠幸夫(きぬがささちお)が同音異字であることを毛嫌いする主人公の自己中心的、且つ、自虐的性格を露わにする、印象的なファーストシーンが暗黙裡に語るのは、作家としての自負が空洞化しているデイリーハッスル(日常的苛立ち)の累加の風景だった。

「自己中心的で歪んだ自己愛を持て余して、自分が生まれ持ったものをいい歳になっても受け入れられない幼稚な人間」

インタビューでの西川美和監督の言葉である。

同時に、学生時代から「幸夫君」と呼んできた妻・夏子との、20年に及ぶ夫婦生活の、その精神的な共存関係の希薄さが露呈されている。

幸夫という人物の外見が恵まれ過ぎていること。

これを絶対条件にしたと、監督は語っている。

二枚目であることが、幸夫の自意識を肥大させてしまったとも語っているが、このことは「美男子・美女の経験値」であると言っていい。

幸夫の場合、この経験値が彼の「不幸」を増幅させた。

「衣笠幸夫」という本名を持つ一人の作家の社会的イメージが、「二枚目の流行作家・津村啓」という色良い記号を付与されたこと。

この記号は、「衣笠幸夫」の自我に、充分過ぎる付加価値を与えている。

「二枚目」であること。

「流行作家」であること。

それだけで、一般読者の視界には、「人気作家」の作品の商品価値性の高さが、さして変わることなく保持されている。

然るに、「充分過ぎる付加価値」は、目利きの鋭いプロの編集者の射程には、「人気作家」の作品の商品価値が値踏みされ、それが低落している現状が捕捉されている。

「ここ3年くらい、先生の書くものって、意欲とか衝動とか感じないんですよ」

宴の無礼講のスポットで、暴走気味に酩酊する幸夫に対し、編集者から辛辣に放たれた攻撃的言辞である。

モチーフが枯渇しているのか、筆が乗らない。

作品の商品価値が脆弱になっている。

充分過ぎる付加価値を有するはずの、「二枚目の流行作家・津村啓」という、色良い記号を付与された男の商品価値が底を突いてしまったのである。

これは、本人も分っている。

だから、喧嘩になった。

今や、「衣笠幸夫」の裸形の自我には、この記号が重荷になったのだ。

なぜ、そうなったのか。

女性編集者との不倫や、その才能を見知って、「作家」になることを後押しした妻との夫婦関係の劣化が考えられるが、理由は不分明である。

ただ、自堕落な生活風景だけが観る者に印象づける。

そして今、凄惨な事故死によって、その妻を喪い、より深刻な精神状態を露わにする。

そればかりではない。

不倫相手の女性編集者からも毒づかれるのだ。

罪悪感に苛(きいな)まれている不倫相手の編集者を抱く幸夫に、「バカな顔」とまで言われる始末。

私にとって、幸夫の表情を映すことないこの一語は、本作の中で最もインパクトのある表現だった。

「先生は私のこと抱いているんじゃない。誰のことも抱いたことないですよ」

エキサイティングな表現に繋がる攻撃的言辞を被弾し、幸夫はセフレもどきの不倫相手まで失った。

それでも、「衣笠幸夫」は、「津村啓」を演じなければならない。

「津村啓」という色良い記号を失ったら、「自分が生まれ持ったものをいい歳になっても受け入れられない」、「衣笠幸夫」という裸形の人格しか残らなくなるのだ。

だから、演技が過剰になる。

「最愛の妻を喪った人気作家・津村啓」の悲劇を演じる男は、記者会見でも、カメラを意識する。

遺骨を抱き、マネージャーの岸本が待つ車が発車したとき、自分の髪型を気にする幸夫が、そこにいる。

それを一瞥(いちべつ)する岸本。

岸本には、何もかも分っている。

「悲劇の人気作家」を演じ切った男は、その直後、パソコンで自分の評価を検索する。

「事故」・「可哀想」・「才能」・「不倫」・「愛人」・「嘘」等々。

「調べる手を止められない自分」(西川美和監督の言葉)の行動様態は、自意識過剰な男の至極当然な日常的風景だった。

 

以下、人生論的映画評論・続「人生論的映画評論・続: 永い言い訳('16)   西川美和」('16)より

PTSDの破壊力に圧し潰されつつ、人間の尊厳を死守せんと闘う伊藤詩織さん ―― その逃避拒絶の鼓動の高鳴り

f:id:zilx2g:20191224132029j:plain

1  「意識のない原告に合意なく性行為をした」ことへの当然なペナルティ


「一晩の出来事でしたが、4年近く苦しんでいます。家に例えたら、性は土台。土台を傷付け、家自体が動いてしまった。修復には時間が掛かります。これで終わりじゃありません」

ジャーナリストの伊藤詩織(30)さんが、元TBS記者・山口敬之氏(53)から性暴力を受けたとして、1100万円の損害賠償を求めた訴訟での勝訴後の、記者会見での言葉である。(エキサイトニュース 「伊藤詩織さん、『勝訴』判決受けて会見『一晩の出来事に4年近く苦しみました』より)

刑事手続きでは山口氏は不起訴となっており、判断が分れていたが、鈴木昭洋裁判長は「意識のない原告に合意なく性行為をした」と認め、山口氏に慰謝料など330万円の支払いを命じた。
判決で鈴木裁判長は、伊藤さんがホテルに着いた時点で酩酊(めいてい)状態にあり、自らの意思で入室したとは言えないと認定。

被害をすぐ周囲に相談し虚偽申告する動機もないなどとし、伊藤さんの主張を認めた。

山口氏は「同意があった」と反論したが、判決は「供述に不合理な変遷があり、信用性がない」と指摘。

山口氏が伊藤さんの著書などで社会的信用を失ったとして賠償を求めた訴えについては、「性犯罪被害者の環境改善が目的で、名誉毀損には当たらない」とし、請求を棄却した。

訴状によると、伊藤さんは2015年4月、就職相談で山口氏と飲食中意識を失い、都内のホテルで性的暴行を受けた。

東京地検は16年7月、準強姦容疑で書類送検された山口氏を嫌疑不十分で不起訴とした。検察審査会も「裁定を覆す事由がない」として、不起訴処分を相当と議決した。(時事ドットコム 「元TBS記者に賠償命令 伊藤詩織さん勝訴、性暴力認定―東京地裁」より)

また、この判決は、性行為を強要され暴力によって恐怖を感じ、「フラッシュバックやパニックが生じる状態が継続している」ことで肉体的・精神的苦痛を被ったとしたという一文で重要なのは、PTSDによる症状が、性暴力によって発現することを認知したことで画期的でもある。
重要なことなので、この点について付言しておきたい。

朝日新聞が社説(「伊藤氏の勝訴 社会の病理も問われた」2019・12・20)でも言及していたが、「本当の(性暴力)被害者は会見で笑ったりしない」と言い放った、判決後の記者会見での山口氏の、それが人権侵害と認識できない発言が内包する傲岸(ごうがん)さ。

正直、怒りを禁じ得ない。

これが、性暴力へのハードルが低いと思わざるを得ない、我が国の一般的な男性サイドの本音なのか。

事件後、詩織さんが抱え込んできた、強烈な心的外傷体験への理解の致命的欠如。

この山口発言に典型的に見られた、人間の心理の複層性に鈍感な者たちの平均的な感情傾向であると、感受せざるを得ないのだ。

被害者にも責任があるという、例の「公平世界信念」を引きも切らず見せられて、うんざりする。
因みに、この社説は一部から批判(「ひどくアンフェアな朝日新聞社説〜伊藤氏によりそう『角度』を持って報道する一部メディアの偏向性について」)されているが、朝日新聞は以下のように言説を結んでいる。

「苦しみを抱え込み、下を向いて生きていくのが被害者の正しい姿だ、と言うに等しい。こうしたゆがんだ認識が、過酷な傷を負いながらも生きていこうとする人々を、追い詰めてきたのではないか。勇気をふるって告発すると、『あなたにも落ち度があった』などと責められ、二重三重に傷つく。性暴力を受けた人は、その体験に加え、声を上げることの難しさにも苦しんできた」

綺麗ごとが多く、共鳴できない言説も少なくない朝日新聞の社説だが、この一文だけは全面的に同意する。

話を進める。

更に、この判決で無視しがたいのは、「ドアマンの供述調書」を如何に評価するかという点である。

ここからは、当初から、事件に深く関与していた「週刊新潮」(デイリー新潮)の記事をフォローしていきたい。

陳述書の作成者は、事件のあった東京・白金のシェラトン都ホテルに勤務し、事件当夜の15年4月3日、ドアマンとしてエントランスに立っていた人物である。

「裁判所から何の連絡もないまま、もうすぐ結審するというニュースを知り、このままでは私の見たことや私の調書の存在は表に出ることなく葬り去られてしまうと考え、9月末に伊藤詩織さんを支える会に連絡をし、ようやく伊藤さんの代理人に連絡が取れ」たからだと陳述書で綴っている。

残念ながら、裁判は10月7日に結審してしまっていたため、弁論再開の手続きを求めたが、認められなかった。

つまり、今回の裁判官の判断に、ドアマンの陳述書は1フレーズも考慮されていない。

ここで、事件当日から、係争に至る経緯を駆け足で振り返っておく。

15年4月3日、TBSのワシントン支局長だった山口記者が、一時帰国した折、TBSに働き口を求めていた詩織さんと会食。

山口記者のホームグラウンドである東京・恵比寿で、2軒目までハシゴしたところから意識を失った彼女は、その後、タクシーに乗せられた。

タクシーはシェラトン都ホテルへ。

山口記者の部屋へ連れ込まれ、翌日未明、性行為の最中に目が覚めた。

4月30日に、警視庁高輪署が詩織さんからの刑事告訴状を受理。

捜査を進めた結果、裁判所から準強姦容疑で逮捕状が発布。

6月8日、アメリカから日本に帰国するタイミングで山口記者を逮捕すべく、署員らは成田空港でスタンバイ。

しかし、その直前に逮捕は中止。

捜査員は、目の前を行く山口記者を、ただ見つめることしかできなかった。

中止の命令は、当時の警視庁刑事部長で現・警察庁ナンバー3・官房長の中村格(いたる)氏によるもので、彼自身、「(逮捕は必要ないと)私が決裁した」と週刊新潮の取材で認めている通りである。

中村氏は菅義偉官房長官の秘書官を長らく務め、その絶大な信頼を得てきた。

総理ベッタリ記者逮捕の中止命令をする一方、安倍首相元秘書の子息が仕出かした、単なるケンカに捜査一課を投入するという離れ業もやってのけている。

官邸絡みのトラブルシューター、守護神・番犬たる部長。

その命を受け、捜査の仕切り直しを担った警視庁本部からの書類送検を受けた東京地検は、ほぼ1年後の16年7月に不起訴を判断。

詩織さんは17年5月、検察審査会に審査申し立てを行なったものの、9月に「不起訴相当」の議決が出ている。

高輪署からドアマンに、「本件で話を聞きたい」とアプローチがあったのは、事件から少し経った頃だった。

まだ、逮捕状は出ていない。

やって来たのは、高輪署の強行犯係の刑事ら二人だ。

ドアマンの頭に当日の光景が生々しく蘇ってきた。

聞かれもしないのに、山口記者の風采(ふうさい)を話し出した彼に、捜査員は虚を衝かれたことだろう。

「記憶力があまり良い方とは言えない」――。

ドアマンは自身を分析し、捜査員にこう打ち明けている。

そんな彼がどうして、「15年4月3日のこと」を詳細に覚えているのか。

それは、「ドアマン生活の中でも忘れられない出来事だったから」だ。

二人が乗ったタクシーがホテルの玄関前に滑り込んで来た時、ドアマンは後部座席の左側のドアの方へ出向いた。

陳述書にはこうある。

「その時に手前に座っていた男性と目が合い、怖い印象を受けました。そして、奥に座った女性に腕を引っ張るようにして降りるように促していた」(陳述書)

詩織さんは運転手に「近くの駅まで」と言ったが、山口記者は「部屋を取ってある」と返し、タクシーは彼の指示に従ってここまでやって来たのだ。

「女性の方は(中略)『そうじするの、そうじするの、私が汚しちゃったんだから、綺麗にするの』という様なことを言っていました。当初、何となく幼児の片言みたいに聞こえ、『何があったのかな』と思っていたら、車内の運転席の後ろの床に吐しゃ物がありました」(陳述書)

山口記者は詩織さんの腕を引っ張って、無理やり車外へ連れ出そうという動きを取る。

「女性は左側のドアから降ろされる時、降りるのを拒むような素振りをしました。『綺麗にしなきゃ、綺麗にしなきゃ』とまだ言っていたので、座席にとどまって車内を掃除しようとしていたのか、あるいはそれを口実に逃げようとしているのか、と思いました。それを、男性が腕をつかんで『いいから』と言いました」(陳述書)

「足元がフラフラで、自分では歩けず、しっかりした意識の無い、へべれけの、完全に酩酊されている状態でした。『綺麗にしなきゃ、綺麗にしなきゃ』という様な言葉を言っていましたが、そのままホテル入口へ引っ張られ、『うわーん』と泣き声のような声を上げたのを覚えています」(陳述書)

「客観的に見て、これは女性が不本意に連れ込まれていると確信しました」(陳述書)

山口記者が主張する“合意の上だった”とは真っ向から対立する証言だ。

【以上、デイリー新潮 「伊藤詩織さん『勝訴』 連れ込む山口記者の姿を目撃…控訴審でカギを握る『ドアマンの供述調書』」「週刊新潮」2019年12月26日号掲載より】

付言する。

このドアマンの陳述書が、虚偽であるとは思えない相当程度のリアリティを認めざるを得ない。

被告の弁護人が疑うなら、法廷での証拠能力の是非の問題があるが、「記憶検査の一種」として、アメリカでの使用が一般化しているポリグラフを活用したり、ドアマンの精神鑑定を要請したりすればいいではないか。

控訴審でカギを握ると言われる、このドアマンの陳述書こそ、事件の核心であることは自明なので注視したい。

時代の風景:「時代の風景: PTSDの破壊力に圧し潰されつつ、人間の尊厳を死守せんと闘う伊藤詩織さん ―― その逃避拒絶の鼓動の高鳴り」より

不浄なる者 ―― 汝の名は「癩者」なり

f:id:zilx2g:20191217134429j:plain

1  私たちの「無意識の偏見」が問われている


ハンセン病家族補償法」と「改正ハンセン病問題基本法」(「改正基本法」)。

元患者への謝罪と補償から、18年も要して、2019年11月15日、参院本会議で全会一致により可決され、患者家族の被害回復が実現した。

当然ながら、官僚依存の通常通りの内閣立法(「霞が関文学」)ではなく、議院内閣制において、「議員の政策立案能力の壁」をクリアした議員立法である。

そうでなければ、政策的な立ち位置を超えた、優先的に解決すべき「全社会的問題」に対する国会議員の資質が問われるだろう。

このハンセン病二法のこと。

前者は、早ければ、2020年1月末から、最大180万円を支給すると言う。

補償対象者は2万4千人。

但し、差別被害を恐れ、名乗り出ない人がいることが予想されるから、どこまでも、数字は推計でしかない。

後者は、差別禁止や名誉回復を謳ったもの。

この「改正基本法」で重要なのは、今なお根強い「差別禁止」という条項。

癩菌(らいきん)によって、「末梢神経障害」(筋萎縮=手指変形の原因、感覚障害=火傷の原因、運動麻痺、自律神経の所見)や、「皮膚疾患」(痒み・節ができる「結節」、皮膚を変色させる「斑状」、皮膚が隆起する「丘疹」=きゅうしん)、脱毛や、他の部位に比べて多くの神経があるために、「顔面変形」などの症状を発現させる慢性の感染症であるが故に、人類の禍患(かかん)史上、最も怖れられ、深刻な差別を被弾してきたという由々しき歴史的現実がある。

ハンセン病によって、歪(いびつ)になり、少なからぬ人々が、崩壊の憂き目に遭った家族関係の修復、その根柢に漂動する、言語に絶する差別の解消に努めるという「改正基本法」の主旨に文句のつけようがないが、全国で13カ所の、「国立ハンセン病療養所」の医療・介護体制の充実を「努力義務」としているように、当該法を「政治言語」の範疇に押し込めてはならない。

訴訟(法廷闘争)の結果を待つことなく、なぜもっと早く、患者家族の苦衷(くちゅう)に寄り添い、排斥(はいせき)する努力をしてこなかったのか。

そこが気になるのだ。

「長い迫害の歴史があり、今も家族が元患者だと打ち明けられる環境ではない。社会の在り方が変わらなければ意味がない」(東京新聞 2019年11月16日)

原告に加わらなかった宮崎県の某男性(70)の、切実な訴えである。

東京新聞によると、この男性は、5年以内の申請期限内に、補償を申請するかどうか決めていないと言う。

父と姉が元患者だった。

そのため、子供の頃、家の前を通る近所の住民は鼻をつまみ、自身の就職でも露骨な差別を被弾し、足蹴(あしげ)にされた。

時代が遷移し、社会潮流に変化が見え隠れしても、今尚、払拭し切れないトラウマを抱えている。

未だに、息子たちには家に来ないよう伝えてあり、周囲の目を気にして生きているという、この現実を昇華させるどのような手立てがあると言うのか。

ハンセン病患者の家族がいたことを、気楽に話せる社会がくることを希望する」

これは、「藤本事件」(注)で有名な、国立ハンセン病療養所「菊池恵楓園」(きくちけいふうえん・熊本県合志市)の創立110周年式典において、入所者が口々に訴えた言葉。

この訴えのリアリティに、私たちはどこまで架橋し、共有できるのか。

ハンセン病患者の家族」の存在そのものを知らず、ましてや、家族が嘗(な)めた辛酸の中枢に届きもしない一般国民が、自ら内省し、努めていかねばならない行為の表現総体が試されているのだ。

私たちの教養のレベルや、アンコンシャス・バイアス(「無意識の偏見」)の内実が問われているのである。

ハンセン病問題の解決はいまだ道半ば。引き続き全力を挙げて取り組む」

加藤勝信厚労相の告辞を代読した言葉だが、その本気度もまた問われているのだ。
 
―― 以下、参考までに「改正基本法」の一部を抜粋する。

ハンセン病問題に関する施策を講ずるに当たっては、入所者が、現に居住する国立ハンセン病療養所等において、その生活環境が地域社会から孤立することなく、安心して豊かな生活を営むことができるように配慮されなければならない。(略)何人も、ハンセン病の患者であった者等に対して、ハンセン病の患者であったこと又はハンセン病に罹患していることを理由として、差別することその他の権利利益を侵害する行為をしてはならない」(第一章・第三条)

「国は、ハンセン病の患者であった者等の名誉の回復を図るため、国立のハンセン病資料館の設置、歴史的建造物の保存等ハンセン病及びハンセン病対策の歴史に関する正しい知識の普及啓発その他必要な措置を講ずるとともに、死没者に対する追悼の意を表するため、国立ハンセン病療養所等において収蔵している死没者の焼骨に係る改葬費の遺族への支給その他必要な措置を講ずるものとする」(第一章・第十八条)

ここで、基本理念を謳った「改正基本法」の「前文」を転載する。

「『らい予防法』を中心とする国の隔離政策により、ハンセン病の患者であった者等が地域社会において平穏に生活することを妨げられ、身体及び財産に係る被害その他社会生活全般にわたる人権上の制限、差別等を受けたことについて、平成十三年六月、我々は悔悟と反省の念を込めて深刻に受け止め、深くお詫びするとともに、『ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律』を制定し、その精神的苦痛の慰謝並びに名誉の回復及び福祉の増進を図り、あわせて、死没者に対する追悼の意を表することとした。この法律に基づき、ハンセン病の患者であった者等の精神的苦痛に対する慰謝と補償の問題は解決しつつあり、名誉の回復及び福祉の増進等に関しても一定の施策が講ぜられているところである。

しかしながら、国の隔離政策に起因してハンセン病の患者であった者等が受けた身体及び財産に係る被害その他社会生活全般にわたる被害の回復には、未解決の問題が多く残されている。とりわけ、ハンセン病の患者であった者等が、地域社会から孤立することなく、良好かつ平穏な生活を営むことができるようにするための基盤整備は喫緊の課題であり、適切な対策を講ずることが急がれており、また、ハンセン病の患者であった者等に対する偏見と差別のない社会の実現に向けて、真摯に取り組んでいかなければならない。ここに、ハンセン病の患者であった者等の福祉の増進、名誉の回復等のための措置を講ずることにより、ハンセン病問題の解決の促進を図るため、この法律を制定する」

(注)「1952年7月6日夜、村役場の職員だった男性が、熊本県菊池市の山道で首や胸などを刺され殺害される事件が発生。同月12日、故藤本松夫死刑囚=事件当時(29)=が逮捕された。一審・熊本地裁判決(53年8月)は、藤本死刑囚はハンセン病患者として国立療養所・菊池恵楓園への入所を求められ『悲観に暮れていた』が、患者であることを当局に通報したのが被害男性だったと知り『深く同人を恨み、復讐を堅く心に誓い』犯行に及んだとした。藤本死刑囚はアリバイを示し無実を訴えたが、一審で死刑判決を受け、控訴、上告も棄却された。3度目の再審請求が棄却された翌日の62年9月14日、福岡拘置所で死刑を執行された」(西日本新聞

 時代の風景:「時代の風景: 不浄なる者 ―― 汝の名は「癩者」なり」より

遺書を残し、「前線」に出ていく若者たち ―― 未知のゾーンに入った「2019年香港民主化デモ」

f:id:zilx2g:20191210104546j:plain

1  「常在戦場」で呼吸を繋ぐ若者たちの「現在性」


香港の若者たちは、一体、何のために闘ってきたのか。

逃亡犯条例改正案に反対するデモが始まってから、半年が過ぎようとしている。

身の安全を守るため、デモ参加者はマスクで顔を隠す。

事態の本質を理解できない一般大衆から「暴徒」と非難され、香港政府も「香港の治安を守る」ために、デモ参加者を「暴徒」と呼び、彼らの破壊的暴力を断じて許さないと息巻く。

香港政府を動かす中国共産党政権は、「徹底した弾圧も辞さない」として、武装警察ばかりか、人民解放軍出動(兵士は軍服で街に出ることは原則として禁止されている)のパフォーマンスをも見せている。

こんな愚かなパフォーマンスに拘泥する習近平は、つくづく頭が悪いと思わざるを得ない。

米国の上下両院で、「香港人権民主法」を成立させるに至った香港問題ばかりではない。

「反テロ法」を作って、ムスリム少数民族ウイグルを「絶望収容所」(裁判を経由することなく、「職業教育訓練センター」という名の強制収容所)に送り込み、人権弾圧を加速する。

ハイテク監視装置(AIによるサイバー空間監視)の徹底した民族包囲網を駆使する、中国政府によるウイグル弾圧の実態を記した内部文書が明らかになったことで、国連も動かざるを得なくなった。

チベットと同様に、文化破壊を平然と断行する「共産主義政権」とは、一体、何者なのか。

コミンテルンの指導下で、1921年7月に、陳独秀、李大釗、毛沢東らが各組織を結集して、結成した中国共産党は、「上海クーデター」(4・12クーデター)による党存亡の危機⇒第二次国共合作国共内戦中華人民共和国の建国⇒文化大革命⇒改革開放路線⇒天安門事件を経て、今、「マルクス・レーニン主義毛沢東思想、鄧小平理論、『三つの代表』の重要な思想および科学的発展観」(中国共産党規約 第18次全国代表大会における、第一章 党員第三条)を基礎にする党規約を作り、そこに、「習近平による新時代の中国の特色ある社会主義思想」(「習近平思想」)を盛り込んだ新たな党規約が、中国共産党第十九回全国代表大会(2017年10月)で確認された。

しかし現時点において、中国共産党の基本理念が、「共産主義の実現」を目標にしながらも、「共産主義を実現するための初級段階として(の)社会主義」を具現化するプロセスにあることを謳っている。

憲法に明記される「習近平思想」の骨子は、「経済強国」・「軍事強国」という、「強国・強軍体制」の確立・強化にあり、この始動が、既にウイグル問題のうちに露呈されている。

壮絶なウイグル弾圧に対し、「情け容赦は無用だ」と言い切った習近平を、日本政府は天皇陛下が最大級の応接をすることが求められる「国賓」として招待するのだ。

一貫して、ウイグル弾圧どころか、香港問題に何のコメントを発しない日本政府の、この腰砕けの姿勢に呆れて物も言えない。

周庭から批判されているように、我が国は、本気で人権を重視する国家なのか。

先の「香港人権民主法」に対し、習近平は、デモ隊を支援したとする複数のNGO(ヒューマン・ライツ・ウォッチフリーダム・ハウス)への制裁を含め、米軍の艦艇・航空機の香港での整備を認めない制裁措置を発表したが、米国との間で、理論上、未だに「相互確証破壊」が成立していないのだ。

大量の中国人を送り込んで「文化破壊」を強化するという、「強国・強軍体制」(DF-41=東風41ミサイル)に拘泥し続ける習近平の頭の悪さは、元スパイの告白による、他国の国益を蝕(むしば)む露骨なスパイ活動(オーストラリア政府は、高度な情報戦に特化した特別部隊を創設すると発表)や、亡命チベット人がいるネパールに5倍以上の経済援助を明示する、等々、「権力の使い方」の脆弱性に現れているので、今後、ダライ・ラマ14世(テンジン・ギャツォ)逝去後のチベットウイグル、そして、犯罪容疑者の中国本土への引き渡しを認める「逃亡犯条例」の改正案に反対を機に惹起した、一連の香港問題(「2019雨傘運動」⇒「2019年香港民主化デモ」)にどのように反映されるか、大いに不安がある。

―― 「和理非」という3文字が、今、香港デモに参加する若者たちの間で使われている。

「平和的・理性的・非暴力的」ということだ。

「地下鉄や道路の正常な運行を妨害したり、“武器”を持って警察と衝突し、その過程で、あるいは結果的に香港市民と香港警察が“武力衝突”するような局面が繰り返されることは、香港市民が訴えてきた『五大訴求』を達成するのに不利に働くという『民意』を体現している」(ニューズウィーク日本版「香港情勢を現地報告、新スローガン「和理非」は打開の糸口となるか」)

要するに、国際金融センターとしての香港社会の地位を脅かすような行為は、大多数の香港市民を「敵」に回してしまうリスクを伴うから、それを防ぐために提示されたスローガンが「和理非」という3文字に凝縮されている。

因みに、「五大訴求」(「五大要求」)とは、(1)「逃亡犯条例」改正案撤回(2)警察の「暴力」を追及する独立調査委員会設置(3)暴動認定撤回(4)デモ参加者の法的責任免除(5)普通選挙導入。

この「五大訴求」の中で、「逃亡犯条例」改正案撤回には応じたが、キャリー・ラムは、これ以外は応じない態度を示していた。

香港デモの参加者が真っ先に拘泥するのは、「警察による暴行責任の追求」=警察の暴行をめぐる「独立調査委員会」の設立だったが、最近、「過激な抗議活動による社会不安の原因を探る」ために、識者らによる「独立検討委員会」を設立すると、キャリー・ラムは表明したものの、これには両者の思惑の埋めがたい乖離があり、依然、不透明な状態である。

―― 先の「和理非」というスローガンを掲げて、「2014雨傘運動」の抗議活動に参加した時は、まだ女子中学生だった。

その女子中学生を、「ニューズウィーク日本版」のように、「花ちゃん」と呼ぼう。

現在、「花ちゃん」が20歳になって、「2019年香港民主化デモ」に参加し、闘争の「前線」に立っている。

彼女は、「自分が次世代のために銃弾を受け止める」という覚悟を抱(いだ)き、責任を果たさねばならないと括ったのだ。

「花ちゃん」が、政府本部のバリケードの前にいたとき、年少の男子が1人で歩いてきた。

ニューズウィーク日本版」の記事によると、その男子は傘も持っていなかったので、「花ちゃん」は、自分の傍(そば)にいるようにと声を掛けた。

その瞬間だった。

バリケードの裏側にいた警察が、銃撃し始めたのだ。

香港警察の銃弾をまともに受けた少年が、顔を覆って痛いと叫んだ。

「本当に心が痛んだ」。

「花ちゃん」の述懐である。

この出来事に象徴されるように、今、多くの女性が前線に立っている。

デモ参加者の男女比率は、7対3か、6対4とも言われるが、女性が「前線」に立つのは危険なのだ。

警察による性暴力があるとの噂が広がっているからである。

そのため、デモ参加者の女性の多くは「前線」から身を引き、「消火隊」を引き受けている。

「前線」に立つ「花ちゃん」にとって、絶対、マスクは欠かせない。

香港民主運動に挺身(ていしん)する「花ちゃん」の相貌(そうぼう)から、マスクを外す時が来る日。

その時、香港の風景は、今まで誰も見たことがないランドスケープの情景を浮き立たせているだろう。

―― ここで、もう一人の女性の「仮面の告白」に目を転じてみる。

「北京の仕事を辞めて香港に戻り、『消火部隊』に入った」25歳の女性の告白である。

北京に行き、そこで就職した関係で、香港のニュースを正確に知ることは容易ではなかった。

そんな状況下で感じるのは、香港民主運動の打ち寄せる波浪の高まりだった。

異郷での独居生活に、居た堪(たま)れなくなった。

仕事を辞めて香港に戻ることを決意したのは、自然の理(ことわり)と言ってよかった。

香港に戻るや、どのように催涙弾を消すのか知りたかったので「消火隊」に入り、初めに使った消火ツールは、魚を蒸(む)す香港式のステンレス皿と水だけ。

消火器も持ってみたが、想像以上の重量感を感じ、手を引いた。

皿を催涙弾にかぶせ、それを足で踏んで、空気を遮断してから水をかける。

この「消火隊」の作業で、催涙ガスを食らったこともあった。

皮膚が痛み、帰宅後に体調を崩してしまった。

【痴漢撃退用の催涙ガススプレーが実用化されるほど、その即効性は有効な護身装備と言っていい。この催涙スプレーを顔面に噴射されると、皮膚や粘膜にヒリヒリとした痛みが走り、クシャミが止まらなくなると言われる。体験者の話によると、死ぬかと思うほど、立ち上がれないような苦痛を味わうと言う。顔中に針が突き刺さり、あまりの痛みに目が開かず、その激痛が数時間続き、言語を絶する耐え難さは、骨折のほうが遙かにマシであるとまで言うほどで、その威力はケタ外れと断言する。従って、香港デモの参加者にとって、マスクの着用は、単に「仮面」の役割(匿名性の確保)のみでなく、まさに、命を守る絶対的な防具なのである】

彼女は、ボランティアの救急隊員が目を撃たれたのと同じ日に、警察に囲まれ逮捕されそうになったと告白する。

走り続けて高速道路を越えたが、あと少しで逮捕されるところだった。

更に、彼女は言い切った。

真の普通選挙が実現できたら運動は終わると思うが、中国共産党がそう簡単に譲歩するわけがない。

その前にデモ隊200万人全員を監禁し、誰も立ち上がる勇気がなくなったら、運動は終わる。香港に希望を持っていないから、失望することもない。

離れることもできないから、立ち上がって「前線」に向かい、今できることをやるしかない。

―― 以上、壮絶な覚悟なしに、「前線」に立つことなど覚束(おぼつか)ないのだ。

多くのデモ参加者が、「絶望」という言葉を口々に発するが、このリアリズムこそ、まさに、「常時・最前線」=「常在戦場」で呼吸を繋ぐ若者たちの「現在性」そのものなのである。

「時代の風景:

時代の風景: 遺書を残し、「前線」に出ていく若者たち ―― 未知のゾーンに入った「2019年香港民主化デモ」より

湯を沸かすほどの熱い愛('16) 中野量太

f:id:zilx2g:20191203105236j:plain

<「スーパーウーマン」の魔法にかかれば、すべてが変わる>


1  「極論の渦」となって、観る者に押し寄せてくる


登場人物のすべてが、相当程度の「訳ありの事情」を抱えていて、特化された彼らの「事情」が自己完結的に軟着させるエピソードを、「完成させた地図」を予約するかのように、読解容易なジグソーパズルに嵌め込んで、そこだけが特段に抜きん出た、「スーパーウーマンの死」=「最終到達点」という、「物語」の中枢に収斂させていく。

そのために多くの伏線を張り、その回収のトラップを駆使していく。

「驚かしの技巧」こそ、伏線回収のトラップの武器だった。

この姑息(こそく)な武器が、観る者が赤面するほどに、「不幸」の洪水の連鎖を惜しげもなく繰り出す、「基本・シリアスドラマ」の内実のリアリティの極端な欠如を希釈化する。

「スーパーウーマン」の魔法に仮託された、トリッキーな作り手のナルシズム全開の物語に、最後まで終わりが見えなかった。

殆ど全ての登場人物を、ヘビーなシチュエーションに押し込んで、「スーパーウーマン」の魔法の吸引力によって、次々に押し寄せていく「不幸」の洪水の連鎖を、カタストロフィーの水際(みずぎわ)で食い止めていくのだ。

かくて、彼らの「純化・再生」が約束されるのである。

本作を極端に要約すれば、私には、こんなアイロニカルな感懐しか持ち得なかった。

―― 私見を言えば、映画の質の生命線は「映像構築力」にあると考えている。

「主題提起力」・「構成力」・「映像表現力」などによって成る「映像構築力」は、それらの均衡ラインの微妙な攻防の中で、完成度の高い、良質な映画が生まれると考えているからである。

その意味で、最近、観た「幼子われらに生まれ」は、度肝を抜かれるほどに完成度の高い、良質な作品だった。

「幼子われらに生まれ」と比較することに、どれほどの意味があるか分らないが、両作品とも、「家族」をテーマにした映画なので敢えて書くが、その「映像構築力」において、あまりに落差が目立つのだ。

「スーパーウーマン」のみに支えられて、「主題提起力」を全面に押し出した本作の、その「構成力」・「映像表現力」の信じ難いほどの暴走ぶりに、殆どお手上げだった。

「血縁家族&血縁を超える家族愛」という基本理念をコアに、「地続きなる生と死」という死生観を絡ませて構成されたと思われる「物語」は、観る者の感動を存分に意識させた、エピソード繋ぎの「横滑り」の情態の組成に終始してしまって、全く「深堀り」されていないから、深度を増すことがない。

―― その典型例を、物語の流れに沿って書いていく。

「不幸」という記号の、その不文律の初発点。

それは、言うまでもなく、ヒロイン双葉が決定的に被弾した末期癌の告知である。

この設定それ自身に、記号化された「不幸」の外延(がいえん)が凝縮されている。

物語は、ヒロイン双葉の内面に潜り込み、そこに仮託された作り手の理念系が炸裂する。

因みに、「癌の王様」と呼ばれる膵癌(すいがん)のように進行が早く、予後不良な癌に罹患したクランケにとっては、苦痛を和らげるための「緩和ケア」は非常に重要な役割を持つ。

ところが、双葉にとって、「遂行すべき残された仕事」の履行こそが、「緩和ケア」そのものだった。

「少しの延命のために、自分の生きる意味を見失うのは、絶対に嫌だ」

負の記号を最も詰め込んだ夫の一浩に、毅然(きぜん)と言い放った双葉の意思表示である。

驚くような「説明台詞」に引いてしまうが、この作り手には、「映画作家」という自負がないのだろう。

斯(か)くして、「地続きなる生と死」を体現するレッドラインの際(きわ)で、「遂行すべき残された仕事」に挺身(ていしん)していく。

私立探偵に依頼し、1年前に失踪した夫の一浩を連れ戻し、レトロな雰囲気を有する薪焚き銭湯を再開すること。

これは簡単に成就する。

それにしても、オダギリジョー演じる、心理描写を捨てた、一浩という非主体的な男。

失踪し、失踪され、2人の子供だけ(安澄と鮎子)が残されたという、「訳ありの事情」のキングとも言っていい。

次に、本気で取り組んだのは、苛めで不登校寸前に陥っている安澄(あずみ)を精神的に自立させること。

これは、困難を極めた。

苛めグループに制服が盗まれて、学校に行き渋る安澄の布団を引き剥(は)がした双葉は、叱りつけるのだ。

「起きなさい、安澄。学校に行くの!」
「やだ、絶対やだ!」
「今日、諦めたら二度と行けなくなる!」
「じゃ、行かない!二度と行かない!」

この当然過ぎる反応に、体を張って学校に行かせようとする双葉。

「逃げちゃダメ!立ち向かわないと!今、自分の力で何とかしないと、この先!」
「何にも分ってない!」
「分ってる!」
「分ってないよ、お母ちゃん!」

沈黙のあと、安澄は嗚咽の中から、言葉を吐き出していく。

「私には、立ち向かう勇気なんてないの。私は最下層の人間だから…お母ちゃんとは全然違うから」

ここまで言われて、言葉を失う双葉が、沈黙の後、静かに語り出す。

「何にも変わらないよ。お母ちゃんと安澄は…」

これ以上、言葉が出てこなかった。

納得し得る絵柄として提示された、双葉の沈黙の重みの構図。

「地続きなる生と死」という死生観を抱懐(ほうかい)する双葉にとって、「遂行すべき残された仕事」の履行なしに、昇天の向こうにある「絶対観念」(〈死〉は絶対的に観念である)のゾーンで安堵できないということなのか。

然るに、母娘の激しいバトルの後に開いたシーンには、驚きを禁じ得なかった。

体育着で学校に現れ、苛めグループの嘲笑を受けたあと、体育着を盗まれた一件を生徒たちの前で問う担任の教諭の前で、体育着をすべて脱ぎ、下着姿になった安澄が、苛めグループを告発する描写である。

特化したスポットと化した教室を占有する、このシーンを見せられて、思わず絶句する。

「制服、返してください」

体育着を着ることを促す担任の言葉に、嗚咽含みで強く反発する安澄。

「嫌です。…今は、体育の授業じゃないから」

この抵抗の結果、安澄が休む保健室の入り口に、制服が放り投げられていた。

明らかに、女子苛めグループの行動である。

このシーンは、完全にアウト。

双葉の人格の内面に潜入して、物語を繋いでいく作り手は、16歳の「思春期中期」(高2)の女子の心理と、苛めの問題の深刻さが分っていないのではないか。

苛めの問題の難易度の高さを客観的に理解できないのか、正直、苛めのシークエンスの描写に頗(すこぶ)る、違和感を抱いてしまった。

「苛められたら、やり返せ」と言う大人が、今でも我が国に多く散見されるが、誰も助けてくれる級友がいないクラスで、やり返すことは殆ど困難である。

―― 以下、「いじめ防止対策推進法」(2013年6月28日公布)より。

「いじめとは、子どもが、ある子どもを心理的、物理的に攻撃することで、いじめられている子の心や体が傷ついたり、被害を受けて苦しんだりすることです」(第2条)

「学校と先生方教職員は、関係者と協力しながら、いじめの防止と早期発見に取り組んで、そしていじめが起きていることがわかったら、すぐに動く責任があります」(第8条)

「自分の子どもがいじめられたときには、親は子どもを保護します」(第9条)

論なく、重要な条文である。

私の定義によると、苛めとは、身体暴力という表現様態を一つの可能性として含んだ、意志的・継続的な「対自我暴力」のこと。

最悪の苛めは、相手の自我の「否定的自己像」に襲いかかり、「物語」の修復の条件を砕いてしまうことにある。

その心理的な甚振(いたぶ)りは、対象自我の時間の殺害をもって止(とど)めとする。

時間の殺害の中に苛めの犯罪性があると、私は考えている。

まさに、安澄への苛めは、「自分は苛められる弱い人間」という、彼女の「否定的自己像」に襲いかかり、その繊細な自我への継続的暴力性によって、「再生的立ち上げ」の時間を破壊し、「物語」の修復の条件を砕いてしまう風景を曝していた。

問題解決能力の欠片(かけら)を持ち得ない安澄に可能だったのは、「親は子どもを保護」(第9条)するという条文のように、一時(いっとき)、「乳母日傘」(おんばひがさ)に入り込んで、「対自我暴力」から身を守り、親を経由して、「すぐに動く責任」(第8条)を持つ学校関係者に救済を求める以外にない。

それもまた勇気のいる行動だが、敢えて社会問題化しない限り、苛めの被害者の自我を壊すことのない手立てを確保することは難しいだろう。

このような勇気のいる行動への振れ具合が、「自分は苛められる弱い人間」という「否定的自己像」を希釈化し、青年期の最も重要な発達課題としての、自我の確立運動に架橋していくことが可能になると、私は考える。

私たちは、「苛めの犯罪性」を認知すべきである。

このように考えれば、苛めの問題に対応する「スクールソーシャルワーカー」の増員が切実な状況下にあって、双葉の言葉を思い起こしながら、下着姿になる安澄の行為は、作り手の理念系の暴走であると言う外にない。

その後、「安澄の下着姿のレジスタンス」が学校中に噂が広まり、「変人」とラベリングされ、忌み嫌われ、「苛められて当然」という暗黙の了解が生じる危険性すらある。

大体、親の叱咤によって、自らの壁を破り、こうした大胆な行動に振れるくらいなら、安澄が恒常的な苛めを被弾する事態にはならなかったであろう。

但し、人間の奇怪な行動の多くがゼロであると言い切れないように、安澄の行動もまた、「殆ど困難」だが、ゼロではない。

そこに極論が生まれる。

これが、人間社会の現実である。

だから、この映画は「極論の渦」となる。

「極論の渦」となって、観る者に押し寄せてくるから厄介だった。

ともあれ、この一件で提示された伏線は、物語展開の中で全く回収されることがなかった。

既に、「制服、返してください」という雄々しき啖呵(たんか)それ自身が、安澄が負う「不幸」という記号の自己完結点だったという訳である。

本篇は、登場人物が抱える記号化された「不幸」が、「スーパーウーマン」の魔法によって、すべてフィードバックされ、その「スーパーウーマン」の懐(ふところ)に収斂されていく。

「スーパーウーマン」の昇天が自給した「湯を沸かすほどの熱い愛」によって、それぞれの〈生〉のスポットの生命の滾(たぎ)りの中で「純化・再生」していくのだ。

【後述するが、安澄が負った「不幸」という記号の重大な伏線は、物語の後半に回収されることになる】

 以下、人生論的映画評論・続「 湯を沸かすほどの熱い愛」('16)より

「隣人が殺人者に変わる」 ―― ルワンダで起こったこと

f:id:zilx2g:20191126105041j:plain

1  「男女平等」の社会を具現した「アフリカのシンガポール


女性が政界に進出し、障害者への配慮も広がり、弱者に優しい社会になった。

とりわけ、議員の一定数を女性に割り当てる「クオータ制」の導入によって、議席の3割以上を女性とする制度を定めた結果、2019年9月の時点で、女性の国会議員比率が61%になり、女性の国会議員比率が世界で最も高い国となった。

まさしく、「男女平等」の社会を具現したのだ。

多くの人がスマホを持ち歩き、美しい指先でスマホを操作する。

タクシーに乗ると、運転手から携帯番号を求められ、走行距離や料金のレシートはスマホに届く。
女性たちは着飾り、とても華やかである。

大学・大学院を出たキャリアウーマンも健在で、経営者として成功している女性も少なくない。

このような改革を実践したのは、反体制派への弾圧を行う独裁的指導力によって、2000年に大統領に就任したポール・カガメ。

現職である。

本稿のタイトルで判然とするように、「男女平等」の社会を具現したというこの国の名は、カガメ大統領の長期政権の中で改革が進むルワンダ

―― 以上が、未だに「大虐殺」のイメージが強いルワンダの「今」の、社会的風景の一端である。

「確かに、都市部と農村部とでは格差があります。教育を受けた人、受けなかった人の間にも格差があります。でも、田舎に行けば男性も女性も等しく貧困だし、首都キガリでは男性も女性も働いている。そういう意味で、確かにルワンダジェンダーギャップのない国ではあるのです」

些(いささ)か皮肉含みで語るのは、ルワンダ在住のキャリアウーマン。

「男女平等」の社会を具現した「アフリカのシンガポール」。

「改革」のキャッチコピーとしては面映(おもは)ゆいかも知れないが、その方向性・指針として評価すれば、「改革」の内実は、「アフリカの奇跡」と紹介したWikipediaでも確認できる。

思うに、憲法改正によって2034年まで大統領職に在職可能な、ツチ系のポール・カガメ大統領の大胆な改革の中で重要なのは、出身部族を示す身分証明書の廃止である。

なぜなら、これによって、アフリカ中央部のブルンジルワンダに居住し、ルワンダ語を使用する3つの部族、即ち、「フツ」・「ツチ」・「トゥワ」(狩猟採集民)ではなく「ルワンダ人」としてのアイデンティティを掲げ、国民の融和を目指し、実践したこと。

独裁的政治手法だが、国内の年齢・性別・宗教・民族の多様性を掲げ、アフリカ初の選挙によって選出された女性大統領、ジョンソン・サーリーフによる民族融和政策と同様に、この政策の具現化は大きかった。

かくてカガメ大統領は、国民の信頼は厚く、2017年の選挙では98.8%の得票率で勝利している。

―― 以上は、「Yahoo!ニュース特集」に掲載された、「ルワンダ『女性活躍』の複雑な実情――“虐殺”から25年、様変わりした国の現実」(執筆者・ニシブマリエ)というタイトルの記事の要旨を、自らの見解を含めてまとめたもの。

これがルワンダの実情だが、しかし、私たちが知っている「ルワンダ大殺戮の悲劇」というイメージとの乖離を痛感させられ、言葉を失うほどである。

 時代の風景: 「隣人が殺人者に変わる」 ―― ルワンダで起こったこと より