1 「無限の網」 ―― 「水玉」の「反復と増殖」が開かれていく
幼い頃から悶え苦しんでいた。
それが、心の奥深くで騒いで止まなかった。
「河原に行くと幾つも石があって、ワーって何億って石が迫ってくるのね。スミレ畑に来ると、スミレが人間の顔して語りかけてくるのね。私は恐怖で、家(うち)帰って、押し入れに入って、ガタガタ震えてたの」
絵が大好きな少女は、ひたすら描くことで幻覚や不安に耐えた。
画家になることを目指し、京都で日本画を学ぶ。
薄皮の一枚一枚、丹念に描き込まれた玉ねぎ。
しかし、背景の市松模様が歪んでいる。
写実を重んじる伝統的日本画に、彼女は馴染めなかった。
自分の表現にもがく日々。
その心に、新天地への憧れが膨れ上がる。
1950年代後半、アートの中心になっていたニューヨーク。
両親を説得し、日本を飛び出したのだ。
表題でも分るように、単身、ニューヨークに渡った、この女性の名は草間弥生。
今では、その名を知らない者がいないほど、「水玉の女王」の作品は人口に膾炙(かいしゃ)されている。
彼女のニューヨークでの生活は、知り合いのいない孤独な生活だったが、絵を描く時間だけはたっぷりあった。
渡米して2年後、人生の転機となる作品が生まれる。
無限の網。
小さな網の目がどこまでも拾っていく。
反復と増殖。
独自の表現が初めて認められた作品である。
センセーショナルな話題を呼んだのは、柔らかい彫刻。
男性の象徴を象(かたど)ったオブジェを、びっしりと家具に張り付けたのだ。
そして、水玉の反復と増殖が始まる。
顔、体、空間まで埋め尽くしていく水玉は、草間弥生の代名詞になっていく。
今も、新しいイメージが次々と沸き起こる。
愛と死、宇宙、永遠、平和。
すべてが込められた水玉。
アトリエの近くに草間が暮らしている場所がある。
精神科の病院である。
この病院で治療を受けながらの生活。
40年近く続いている。
安定剤を処方してもらい、それを服用する。
仕事を終え、ここに帰って来るのは、夕方の6時頃。
これからも、時間の多くを本や新聞を読んで過ごす。
「ブラックホールを見つけた男」(アーサー・I.ミラー)・「宇宙の始まりと終わり」(ホーキング)・「宇宙に果てはあるか」(吉田伸夫)・「見えない宇宙 理論天文学の楽しみ」(ダン・フーパー/柳下貢崇)・「生きかたの選択」(日野原重明)・「95歳へ」(渡部昇)・「死ぬ準備」(根岸康雄)・「ガン免疫力」(安保徹)等々。
こういう本が書棚に並ぶ草間の部屋。
ここが草間にとって、一番、落ち着ける場所なのだ。
この小さな病室とアトリエを行き来するのが、草間彌生の生活のすべてである。
「草間彌生のカルテには、不安神経症となっているんですよ。強迫神経症と、自分がね、自殺しそうで、いたたまれなくて、毎日毎日、自殺の恐怖に、今まで曝されてきて、今もそう。具合悪いから病院行って、病院から離れられないのね。外で買い物にも行かれないくらいに、不安でいっぱいなんですよね。絵の力で生きていく道を探したわけですけど。もし、それがなかったら、私、とうの昔に自殺していたと思います」
草間彌生の述懐である。
―― 以上は、「NHKスペシャル 水玉の女王草間彌生の全力疾走」(2012年放送)の動画をベースに筆記した一文だが、知っていたとは言え、「それ(絵画)がなかったら、私、とうの昔に自殺していたと思います」という本人の率直な表現に、正直、驚きを隠せない。
もっと驚いたのは、放送後の草間彌生の反応である。
放送後、映像ディレクター・松本貴子が、草間彌生の怒りの地雷を踏んでしまったというエピソードがある。
「草間さんが生活している病院の消灯は9時。オンタイムでは見られないから、月曜日にスタジオで見ると聞いていた。
草間スタッフからは、一緒にどうですか?と誘いのメールが入っていた。
草間さんの怒りの地雷は、番組の出来不出来ではない。
年齢が出ている。しわが見える。自分を褒めていない。
そして、一度地雷を踏むと、いつまでも尾を引く。
一緒に見た場合、見終わった所に顔を出した場合。
何度もシミュレーションしていると悪い妄想だけが広がる。
月曜日、早速スタジオに電話をかけた。
すると、病院に特別許可をもらい、オンタイムで婦長さんと二人でテレビを見たというではないか。
慌てて駆けつけると、ご機嫌のよさそうな草間さんが座っていた。
そして、『よかったよ。でも字幕がいっぱいで読むの大変だった。見所は、私とルイ・ヴィトンの会長が一緒に手を振ってる所だよね』
妄想の中には出てこなかった普通の感想に、私は全身から力が抜けた。
自分が喋っている字幕を一生懸命読みながら、テレビに見入る草間さんを想像し、やっぱり一緒に見たかったとも思った」(「放送を終えて」より)
それを踏むと、「精神科危害」を蒙(こうむ)るリスクがありながらも、草間彌生の生活風景の中枢まで迫る番組を制作した、映像ディレクターのプロ魂には敬意を表する。
「世界中でフラッシュを浴び続ける83歳(当時。2019年12月末時点で90歳)。その脚光の影で、己の抱える病と闘いながら地道で精力的な制作活動を続ける彼女の全力疾走をカメラが追う」(ナレーション)
なお、唯一無二の作品を創造し続ける現役中の前衛芸術家の、終わりなき作家精神は、六本木の国立新美術館で開催された「草間彌生 わが永遠の魂」によって、充分に証明されている。
しかし、冒頭に記したように、幼い頃から悶え苦しんでいた前衛芸術家の、その前衛作品の根柢を成すライトモチーフには、繰り返し襲ってくる幻覚・幻聴という、「強迫性障害」からの逃避の含みが渦を巻いていて、その恐怖を、それ以外にない表現として外化することで、自我の安寧を得る情感系を処理し、時々に自己防衛を果たしていく内的メカニズムが張り付いているように思われる。
「水玉」(ドット)をモチーフに制作する、草間彌生の「ドット・ペインティング」(点描画)の手法は、作品総体を「水玉」(ドット)で埋め尽くすことで、「強迫性障害」からの自己防衛的逃避として情感処理を果たしていく。
この内的メカニズムが、草間芸術の根幹を成している。
だから、草間芸術には心理的到達点がない。
描き続けること。
終わりなきモチーフの外化によって、ひたすら描き続けること。
それ以外にないのである。
「病院から離れられないのね」
草間彌生の、この言葉はあまりに重い。
「水玉の女王・草間彌生の全力疾走」という美辞麗句に、面映(おもは)ゆいものを感受するのは、どうしても、彼女の内的メカニズムへの拘泥があるからだ。
以下、本稿の基幹テーマなので、その辺りを詳述していきたい。
心の風景: 〈生と芸術〉の軌跡の総体が息づき、日々の呼吸を繋ぐ「水玉」の「記号性」 ―― 「草間彌生」とは何か