「泣く子はいねぇが」('20)  佐藤快磨  破綻から再生までの途方もない旅路

1  「止めて欲しいように見えた…あんなところで働かせるような奴に渡したくない」

 

 

 

娘が産まれたばかりの若い夫婦、たすく(・・・)とこ(・)と(・)ね(・)の会話。

 

「ちゃんとしようよ。このままじゃ、無理だと思う」

「何が?」

「なーんも、考えていないっしょ」

「凪(なぎ)、産まれたばっかで、俺たち、ケンカしってしょうがないでしょ」

「凪(を)、言い訳しないでよ」

「それは、本当にごめん。でも、父親はいた方がいいでしょ」

「当たり前でしょ」

 

たすくは、男鹿半島の伝統行事・ナマハゲ(ユネスコ無形文化遺産)の人手が足りないと頼まれ、出て行こうとする。

 

「やんないって、約束したよね?」

 

酒を飲まずに途中で抜け出すと、ことねと約束したが、ナマハゲ保存会の集まりに顔を出すと、会長の夏井に第一子誕生の祝儀を受けとり、最後まで引き受けざるを得なくなった。

 

晦日に恒例のナマハゲ行事が佳境に入り、各家で酒を振舞われて、親友の志波(しば)にも飲まされ、たすくは泥酔してしまう。

 

テレビ中継でインタビューを受ける夏井。

 

「ナマハゲですね、ただ泣かすためだけの鬼じゃないんですよ。悪いことをしないで、正しく生きる、そういう人としての道徳を教えてくれる神様なんですな。そのナマハゲから、父親は子供を守る。守られた子供たちも、いつかは、父親となって守る立場になっていくと。ナマハゲは、男たちにね、そうやって、父親としての責任を与えてきたんですね。ナマハゲは、新しい年を迎える前に、今一度、家族の絆を見つめ合うっていう、大切な行事なんですな」

 

その中継中に、ナマハゲの面をつけ全裸となって叫び、町を彷徨(さまよ)うたすくの姿がテレビに映し出されてしまった。

 

中継会場は混乱し、凪を抱いたことねはテレビでその様子を見る。

 

放送事故でテレビは中断する。

 

なおも叫びながら走るたすくは、夜の浜辺に出て、寝転んでしまった。

 

2年後。

 

地元にいられなくなったたすくは東京へ行くが、仕事場でも浮いて適応できないでいる。

 

そんな折、志波が訪ねて来た。

 

店で、2年ぶりに行われたナマハゲ保存会のテレビ中継での夏井のインタビューを観る二人。

 

その志波から、離婚したことねの父が亡くなり、ことねがキャバクラで働いていると知らされる。

 

「お前、父親だろ」

「お前に関係ねぇから。お前、他人だろ」

 

たすくは一人で帰ろうとすると、客とぶつかり喧嘩となり、結局、朝まで志波と時間をつぶし、東京の町を眺めながら、意味のない会話をする。

 

「楽しいよ、こっちは」

 

そう話すたすくだったが、その直後、母と兄の住む男鹿の実家に帰っていく。

 

「突然帰って来て、なした?皆にチンコ見られてな。お前はいいな、好き勝手生きれて」

「許してもらうまで謝るしかないと思ってます」

「少なくとも、もう誰も、おめぇに謝って欲しいと思ってねぇよ。皆、忘れようとしてくれてんのに、おめぇが余計なことして、どうすんのや…要は、帰って来てみただけなんだべ。許してくれると思って」

「違う」

「いやいや、違うとかじゃなくて、傍から見たら、そうなの」

 

孤立無援のたすくの居場所が、故郷にない現実を実感せざるを得なかった。

 

たすくは志波に会い、「ことねに会いたい」と漏らす。

 

志波と共に夜のネオン街へ行き、ことねが勤める店を探すが、見つからない。

 

たすくは、アイスクリーム売りの母と仲間の送迎の運転手をして日銭を得る。

 

志波から、ことねが勤める店を知らされ、早速訪ねると、ちょうど店の前で吐瀉していることねがいた。

 

「大丈夫?」

「何しに来たの?」

「お父さんのこと、聞いた。志波から」

 

その言葉を無視して、帰ろうとすることね。

 

「ことねと凪の力になりたい」

「じゃ払える?養育費とか慰謝料とか」

「こんなん、一番、嫌がってたじゃん。酒だって、めっちゃ弱いのに」

「あなたみたいに、バカなことしない」

「ごめん。本当に、ごめん」

「もう、いい?」

 

歩き出すことねに縋って、言い放つ。

 

「金稼ぐ。払う。許してもらうまで、俺…」

「私、再婚するの」

 

呆然と立ち竦むたすく。

 

たすくは、志波に自分の思いを語る。

 

「止めて欲しいように見えた…あんなところで働かせるような奴に渡したくない」

 

まもなく、たすくと志波はサザエの密猟をして、金を稼ぐのだ。

 

危ないと思ったたすくは、ハローワークで就職先の相談をしていると、夏井に首を掴まれ、引き摺らていった。

 

夏井は2年半分の苦情の手紙を、たすくに突き付ける。

 

「おめぇのおかげでなぇ、ナマハゲ終わるところだぁ。俺たち、ボランティアでねぇんだよ。命だ、命!」

「申し訳ありませんでした」

「おめぇのオヤジさんが、どういう思いで、あの面一つ一つ彫ったか、分かってんのかぁ?知らねぇのかって!」

「すいません、すいません」

 

謝罪するばかりの男は、その後もサザエの密猟を続け、少しずつお金を貯めていく。

 

たすくの脳裏を駆け巡るのは、ことねのことばかりなのだ。

 

  

人生論的映画評論・続: 「泣く子はいねぇが」('20)  佐藤快磨  破綻から再生までの途方もない旅路 より

ブータン 山の教室('19)  パオ・チョニン・ドルジ  村民への優しい眼差しをリザーブした青年教師の精神浄化の物語

1  “先生には敬意を払いなさい。未来に触れることのできる人だ”

 

 

 

ブータンの首都ティンプーで教師をしているウゲン。

 

祖母と二人暮らしで、友人たちと都会の生活を満喫するウゲンの夢は、教師を辞め、オーストラリアで歌手になること。

 

常にヘッドフォンで音楽を聴き続け、全く教師の仕事をやる気のないウゲンに、ブータンで一番の僻地・ルナナへの転属が役所から言い渡される。

 

冬まで頑張れば、教員の5年の義務期間が終わるので、それまで我慢のつもりで、ウゲンはルナナへ行くことにした。

 

友人や祖母に見送られ、標高2800メートルのガサまでバスで向かう。

 

夜にガサに到着し、ルナナの村長の代理で来たミチェンに迎えられ、一泊して朝一番で村へと出発するが、そこから7日間の険しい山登りを前にウゲンの気力が萎えてしまう。

 

幾つかの渓谷を越え、テントを張って夜を過ごし、8日目にしてやっとルナナに到着する。

 

村の入り口から2時間前の処で、村民総出がウゲンを出迎えた。

 

ルナナの村長アジャがウゲンに挨拶をする。

 

「ルナナの村民、全員を代表して、心から歓迎します」

 

村長がウゲンを案内し、お茶を振舞われた。

 

「先生、村の子供たちに教育を与えてください。村の仕事はヤク飼いや、冬虫夏草を集めることですが、学問があれば別の道もある」

 

冬虫夏草(とうちゅうかそう)とは、昆虫に寄生してキノコを作る菌のこと】

 

ルナナ村 人口:56人 標高:4800メートル

 

村民たちに随伴し、ようやく村に辿り着いたウゲン。

 

学校へ案内されると、何もない教室に動揺を隠せないウゲン。

 

次に寝泊まりする部屋に案内されると、ウゲンは思わず村長に訴えた。

 

「村長、正直に言います。僕には無理です。ここは世界一僻地にある学校だ。前の先生も、きっと苦労したと思う。僕には、できない。すぐにでも町に帰りたい…教師を辞める気だった」

「ミチェンやラバを、数日休ませたら、先生を町まで送らせます」

「でも村長、村には教員が必要です」とミチェン。

「いいさ。無理強いはできない」

 

翌朝、ドアを叩く音に目を覚ましたウゲンが出て行くと、女の子が挨拶をする。

 

「クラス委員のペムザムです。授業は8時半からで、今は9時です。先生が来ないから、様子を見にきました」

 

「分かった」と答え、ウゲンは着替えて教室へ向かう。

 

初めての授業で自己紹介することになり、それぞれの名前と将来の夢を聞いていく。

 

「ペムザムは何になりたい?」

「歌手になりたいです」

 

ウゲンに促され、歌を披露するペムザム。

 

「君の名前は?」

「サンゲです。将来は先生になりたいです」

「どうして?」

「先生は未来に触れることができるからです」

「君が先生になったら、町から先生を呼ばなくてすむね」

 

教室の外から、“ヤクに捧げる歌”が聴こえてきた。

 

村で一番の歌い手のセデュの歌声である。

 

ペムザムは、8時半と3時に鳴らす学校の鐘をウゲンに渡す。

 

翌朝、ミチェンが村人からの米とバター、チーズを届けに来た。

 

ウゲンが火を起こせずにマッチで紙につけていると知ると、ミチェンは村では紙は貴重品なので、ヤクの糞を使っていると話す。

 

その付け方を教えるために、二人はミチェンの家に向かった。

 

道すがら、仕事もせずに、酔いつぶれて横たわっていペムザムの父親に、ミチェンは声をかけるが反応はなく、言っても無駄だと置き去りにする。

 

ミチェンの家で妻を紹介され、上がり込んでヤクの乾燥した糞の火のつけ方を教わるウゲン。

 

「村長が、いつも言います。“先生には敬意を払いなさい。未来に触れることのできる人だ”」

「教職課程では教わらなかったな」

 

ウゲンが教わったヤクの糞で火を点けようとすると、外で子供たちの声が聞こえ、外に出ると、ペムザムがいた。

 

「両親は離婚して、お父さんは、ずっとお酒と賭け事です。お母さんは、ヤクを連れて遠くにいます。家には、おばあちゃんが…」

 

ウゲンは、前任者が置いていったトランクから教科書を出し、教室を掃除して机を並べた。

 

鐘を鳴らし、子供たちを整列させる。

 

ペンザムが旗を揚げ、皆で国家を歌うのである。

 

教室で紙と鉛筆を生徒に配り、黒板がない代わりに壁に炭で字を書き、授業が始まった。

 

ウゲンがヤクの糞を拾いに行くと、セデュの歌声が聞こえてきた。

 

近づいて声をかけるウゲン。

 

「いつも、ここで歌を?どうして?」

「歌を捧げてるの」

「歌を捧げてるって、どういうこと?」

「歌を万物に捧げているのよ。人、動物、神々、この谷の精霊たちにね…オグロヅルは鳴く時、誰がどう思うかなんて、考えない。だた鳴く。私も同じ」

「僕にも教えてくれないかな」

 

その直後、明日の授業の準備をしているウゲンの元に、村長とミチェンがやって来た。

 

「ガサに戻る準備ができたので、知らせに来ました。いつでも出発できます」

「しばらく、ここに残ります。子供たちを残していくのはつらい。途中で帰ったら、政府に怒られますしね」

 

喜びを隠せない二人。

 

純朴な子供たちやセデュとの触れ合いで、深く心を動かされたウゲンは、冬が来るまでこの地に留まることを決めたのである。

 

ミチェンとウゲンは黒板を作り、早速、授業に使っていく。

 

  

人生論的映画評論・続: ブータン 山の教室('19)  パオ・チョニン・ドルジ  村民への優しい眼差しをリザーブした青年教師の精神浄化の物語 より

ウインド・リバー('17)   テイラー・シェリダン

<極寒の地での映像の卓抜さ/インディアン保留地の凄惨さ>

 

 

 

1  「俺も自分がイヤだ。だけど、怒りが込みあげて、世界が敵に見える。この感情が分かるか?」

 

 

 

【事実に基づく】

 

野生生物局のハンターのコリー・ランバート(以下、コリー)は、ワイオミング州ランダーで暮らす別れた妻ウィルマを訪ね、息子ケイシーを連れ、“ウィンド・リバー先住民保留地”へ向かう。

 

そこには、義父のダンが居住し、ケイシーらを迎えた。

 

「嵐を察知してる」

「ああ。部族警察庁の依頼で、ピューマ狩りに?」

ピューマとは限らない。牛が襲われた?」

「案内しよう。間違いなくピューマだ」

 

コリーの訪問は、家畜を襲う野性動物の駆除が目的だった。

 

ダンに連れられ、現場へ行くと、牛が横たわり、ピューマの親子の足跡が其処彼処(そこかしこ)に見つかった。

 

「狩りを教えてるんだ」

 

早速コリーは、スノーモービルで雪原を走り、問題のピューマを探し出す。

 

人間の足跡と血痕を見つけたのは、その時だった。

 

その後を辿ってコリーの視界に、雪に埋もれた女性の遺体が捉えられた。

 

コリーの知り合いのナタリーだった。

 

「緊急事態発生。応援を頼む」

 

コリーが保安官事務所に連絡するが、FBIは吹雪で中々やって来ない。

 

このままだと、足跡の痕跡が消え、遺体を引き上げることもできない不安があった。

 

漸(ようや)く到着したFBIのジェーン・バナー(以下、ジェーン)が、部族警察長のベン・ショーヨー(以下、ベン)と挨拶をする。

 

防寒着もなく裁判所から直行してきた無頓着なジェーンに、ダンの妻・アリスが身支度させる。

 

「あんたを寄こした人の気が知れない」とアリス。

 

コリーはスノーモービルの後ろにジェーンを乗せ、現場に直行する。

 

身元の名をジェーンが尋ねると、コリーが応える。

 

「ナタリー・ハンソンだ」

 

ジェーンは遺体の外観を確認する。

 

「レイプキットの手配を。検視を終えた遺体は、所持品と一緒に移送して。“殺人”と報告する」とジェーン。

 

【レイプキットとは、加害者の精液などの証拠を採取する検査器具】

 

地元の地理に詳しいコリーが、ジェーンの疑問に答えていく。

 

被害者がどこから来たのか、なぜ裸足なのか。

 

コリーは足跡から幾つかの疑問に答える。

 

「ここで転んでる。顔を埋めた付近に血痕が。夜の気温はマイナス30度に近い。それほどの冷気を走りながら吸うと、肺が凍って血が噴き出す。つまり、どこから来たにせよ…ここまで走ったところで、肺が破裂し、自分の血で窒息した」

「裸足で走れる距離って?」

「分からない。生きる意志次第だ。極限状態だからな。あの子は強い娘だ。君の予想は、はるかに超えてただろう」

 

ジェーンはコリーの話を聞き、捜査への協力を申し出る。

 

コリーはケリーに事件のことを聞かれるが、雪道で迷子になったと説明する。

 

しかし、ケリーには分かっていた

 

「お姉ちゃんと同じ?」

「凍え死んだんだ」

「じゃあ、同じだね」

 

検視の結果を監察医のランディは、死因を「肺出血」と断定する。

 

コリーが言った通り、極度の冷気を吸いこみ、肺胞が肺が破裂したことが主因だった。

 

「“他殺”にしないつもり?」

「無理だ」

「でも状況を考慮すべきよ。繰り返しレイプされてる。暴行も…」

「それを考慮するのは、君の役割だ…襲われてなきゃ、あり得ない状況だ。だが死因としては他殺じゃない」

「それじゃFBIの捜査班を手配できないの。私の役目は捜査じゃなく、適切な人材を呼ぶことよ」

「強姦と暴行を報告すれば…」

「そしたら管轄は、BIA(インディアン管理局/「保留地」の統括機関)になる」

「孤立無援には慣れてる」とベン。

「こんな広い土地を、たった6人でカバーしてるのよ…よほど運がなきゃ、解決できない」

「これは殺人だ。検察が動けば協力するが、死因を“他殺”にはできない」

 

埒が明かず、部屋を出るジェーンとベン。

 

FBIの割に熱心なのはうれしいが、ランディは味方だぞ」

「あの検視結果だと、上司に呼び戻される。大した戦力じゃないけど、私まで去れば絶望的よ」

 

被害者のナンシーの自宅を訪ねたジェーンとベン。

 

父親のマーティン・ハンソン(以下、マーティン)に話を聞くが、心を開こうとしない。

 

そこで母親のアニーに話を聞こうと部屋に行くと、アニーはベッドに座り、手をナイフで傷つけ血を流し、嗚咽しているのだ。

 

衝撃を受けるジェーン。

 

そこに、コニーが訪ねて来た。

 

マーテインはコニーの顔を見ると、堰を切ったように咽(むせ)び泣き、コニーはマーティンを抱き留める。

 

同様に娘を亡くした経験を持つコニーは、マーティンを励ますのである。

 

「痛みから逃げじゃダメなんだ。逃げると失う。娘との思い出すべてを。1つ残らずな…苦しめ、マーティン」

「疲れたよ、コニー。もう人生を戦い続ける気力がない」

「息子のために生きろ」

「あいつはヤク中だ。失ったも同然だ。すぐそこに住んでいるが、もう家族じゃない。事件に関わってるかも」

「彼は、リトルフェザー兄弟の所に?」

 

コニーはFBIに協力するが、指図は受けないと言う。

 

ジェーンとベン、そして警察権のないコリーが現場に赴く。

 

「サムとバートのリトルフェザー兄弟と、フランク・ウォーカーが住んでる。奴らは、ナタリーの兄貴とは、段違いのワルだ」とベン。

 

ドアを叩き、サムが出て来たが、ジェーンがFBIと分かると、催流ガスを顔に吹きかけ、逃走する。

 

コニーは裏口から逃げる仲間を捕らえ、ジェーンは部屋で銃撃してきたサムを撃ち殺す。

 

捕まった二人はフランク・ウォーカーと、ナタリーの弟チップ。

 

ナタリーの事件について聞くと、チップはそれを知らず、ナタリーが死んだと分かり慟哭するのだ。

 

ナタリーが白人と付き合っていたと話すいうチップを聴取して、名前を聞き出すことにする。

 

しかし、コリーは大事なヒントを見過ごしていると、スノーモービルの跡が、足元から遠くの山の斜面を上っている状態をジェーンに示す。

 

早速、山の上まで行くと、そこには鳥が啄(ついば)む人間の死体があった。

 

「掘削所の監視カメラがあるはずだ。明朝、警備隊に見せてもらうよ」とベン。

 

一方、何も喋らないと言い放つチップに、親同然だというコリーが話しかけた。

 

「こに2年、バカしかやってない」

「先住民なのは元嫁と死なせた娘だろ。探偵ごっこなんか…」

「知った口を利くな。いいな?」

 

チップの口から、ナタリーが付き合っていた男が、掘削所の警備員のマットという男だと聞き出した。

 

「俺も自分がイヤだ。だけど、怒りが込みあげて、世界が敵に見える。この感情が分かるか?」とチップ。

「分かる。でも俺は感情のほうと戦う。世界には勝てない」

 

その後、チップに対するコリーのこの反応が内包する闇が、少しずつ可視化されてくるのだ。

 

  

人生論的映画評論・続: ウインド・リバー('17)   テイラー・シェリダン

 より

ダラス・バイヤーズクラブ('13)   ジャン=マルク・ヴァレ

<理不尽な差別を受けている「弱者」を救う男のカウボーイ魂>

 

 

 

1  「もう少し、時間がほしい。心の準備をさせてくれないか。まだ死ぬことに向き合えないんだよ…」

 

 

 

ロデオのカウボーイであり、電気技師のロン・ウッドルーフ(以下、ロン)は、ロデオ仲間で賭博をして金を稼いでいる。

 

薬と女遊びに暮れる自堕落なロンは、最近咳が止まらず、警官の弟タッカーから体調を案じられているが、一向に気にしない。

 

工事現場の電気がショートし、目にダメージを受けたロンは病院に搬送され、担当医のセバード医師から血液検査の結果、エイズに感染していると告げられた。

 

ロンは自分がホモでないと言い張り、検査が間違いだと捲し立てる。

 

「事態の深刻さを理解して頂きたい。身体所見や、検査結果などから見るに、あなたの余命は30日です」

 

それでも、ロンはバカバカしいと言うや、検査結果の用紙を投げつけ、病院を後にした。

 

そんなロンの生活は変わらない。

 

1日目。

 

コカインを吸引し、女性たちを自宅に呼んで、友人と共にセックス・パーティをする。

 

しかしロンは、身体がふらつき、思うように動かない。

 

そこで、友人に自分が医者にエイズと診断されたと話すが、ホモではないし、医者は適当だと言い放ち、気にする素振りを見せない。

 

「正しかったら、どうする?」

「何が?」

「診断さ」

 

ロンは友人に酒を賭け、お互いに笑い合う。

 

「無類の女好きだもんな」

 

そんな男だったが、翌日ロンは図書館へ行き、エイズの本を探して調べ捲るのだ。

 

一方、病院では拡大するエイズの治療薬について議論していた。

 

FDA(食品医薬局)から臨床試験の承認を得ていると製薬会社の担当者が、癌の治療薬であるAZTの治験を勧める。

 

ロンは資料から、ホモだけではなく、異性の避妊をしない性行為でエイズに罹患することや、17%が静脈注射のドラッグ使用者である事実を知り、思い当たる女性との交渉を頭に浮かべた。

 

7日目。

 

ロンは病院へ行き、セバード医師を指名するが不在だったので、最初の診察時にロンを診たイブという女性医師が対応する。

 

ロンはイブに対して、AZTを要求する。

 

出し抜けだった。

 

「アボネックス社が、臨床試験を始めただろ。売ってくれ」

 

二重盲検(医師・患者の双方を不明にして行う臨床試験)とプラセボ効果(偽薬効果)の結果に1年を要するので無理だと断られると、更に、ロンは調べたエイズ薬の入手を要求する。

 

「FDAが承認してない」

「俺は死ぬんだぞ。薬のために、病院を訴えようか?」

「残された時間をムダにするだけよ。支援団体の集会が、毎日開かれてる。心配事の相談に乗ってくれるはずよ」

 

酒場に行くと、ロデオ仲間たちの態度が変わり、ロンとの接触を避けようとする。

 

ホモ野郎と罵倒されたロンは、殴りかかるが、友人のT.Jに阻止され、唾を吐いて出て行ってしまう。

 

紹介された集会場に行き、パンフレットだけ取って出て行ったロンは今、ショーパブで神に祈っていた。

 

ふと見ると、病院で見た清掃員がいることに気づき、近づくロン。

 

8日目。

 

ロンは清掃員に頼み、病院裏でAZTを受け取り、服用する。

 

9日目。

 

以降も、AZTを手に入れては服用し、同じような生活を送るロン。

 

28日目。

 

薬の管理が厳しくなったと、清掃員からメキシコの医師を紹介される。

 

怒ったロンは殴りかかるが、その場で倒れて気を失ってしまう。

 

イブに声をかけられ、ロンが目を開けると、そこは病院のベッドだった。

 

セバードに、血中からAZTが検出されたと指摘される。

 

「医薬品の違法取引は罰せられます」

「分かってる」

 

その直後、同室のトランすジェンダーレイヨンから声をかけられ、レイヨンがAZTの被験者として入院していることを知る。

 

ロンは病院を勝手に出て、自宅に戻り、有り金を掻(か)き集めて、メキシコへ向かう。

 

30日目。

 

紹介されたメキシコのバスの病院へ辿り着く。

 

「クスリのやりすぎで、免疫系が随分やられてる。コカインもAZTも免疫を弱める。製薬会社が儲かるだけで、飲んだ患者の細胞は死んでいく。免疫系の回復のためにビタミン剤と亜鉛を飲め」

 

AZTの無効性を指摘されるのである。

 

3か月後。

 

「T細胞が増えてる」

 

【T細胞は免疫の司令塔の役割を果たす】

 

バスにそう言われ、AZTより毒性が低い、アメリカで未承認のddⅭを渡され、「これこそがペプチドTだ。タンパク質で毒性はない」と言われるのだ。

 

【現在、ddⅭ(ジデオキシシチジン)とペプチドTは、エイズ治療における抗ウイルス剤として有効】

 

ロンは大量のddⅭを車に載せ、国境を越えようとするが、検問で見つかってしまう。

 

FDAの担当官のバークレーから、持ち込みできるのは90日分だと指摘される。

 

ロンは神父の癌患者を装い、一日33錠必要で、他にビタミン剤など30日分だと反論する。

 

何とか自分用だと言い逃れ、解放されたロンは、テキサスに戻ると、早速薬を売り始めた。

 

そこにレイヨンが現れ、25%の分け前を与えるという取引が成功し、以降、二人は相棒となっていく。

 

遂にロンは、“ダラス・バイヤーズクラブ”を設立し、ゲイに会員権を売り、薬を提供するという商売を立ち上げるのだ。

 

 

人生論的映画評論・続: ダラス・バイヤーズクラブ('13)   ジャン=マルク・ヴァレ より

虐殺の大地を走り抜き、鮮烈な時間を拓いていく 映画「ルワンダの涙」('05)の壮絶さ

1  虐殺の大地の一角で木霊する神父の炸裂

 

 

 

【これはこの地で起きた実話である】

 

ルワンダ 1994年。フツ族の政府は30年来、少数民族ツチ族を迫害していた。西欧の圧力で、大統領は渋々、ツチ族との政権分担に同意。国連は平和監視の目的で、首都キガリに小隊を置いた」

 

1994年4月5日 公立技術学校 キガリ

 

学校を運営するのは、土地の者から慕われるクリストファー神父。

 

そこに教師として赴任してきた国連協力隊の英国人・ジョーは、子供たちを笑わせる親しみやすい男だった。

 

そのジョーがキガリルワンダの首都)の中心部で、BBCの記者・レイチェルからルワンダの不穏な状況を知らされる。

 

「カチル(キガリのカチル地区のこと)でツチ族の集会を取材してたら、フツ族が乱入してきて、ナタで皆殺しに。警察は、ただ見守るだけ。怖かったわ。フツ族ツチ族の共存を期待したけれど、ワインの異種ブレンドとは訳が違うわ」

「ローマは1日にして成らずさ」

「迫害がこれほどとは。老女の顔を半分に切って、ツチ族を挑発してた」

 

何かが起こる前兆だった。

 

1994年4月6日

 

政府のシボナマ議員が学校を訪れ、クリストファーに国連軍の人数を聞き、活動の様子を伺いに来た。

 

ジョーに好意を抱き、マラソンに熱心なツチ族の少女マリーが、この日もマラソンの練習をしていると、フツ族の少年たちから「ニェンジ(ゴキブリ)」と言われ、投石される。

 

そして、この夜、由々しき事件が出来した。

 

クリストファーとジョーは国連平和維持部隊(PKO)の指揮官・デロン大尉から、大統領機が墜落したことを知らされる。

 

「守りの堅い、この学校を防衛拠点にする」とデロン大尉。

 

閉鎖した学校の外では砲撃が鳴り、大勢のツチ族の住民たちが助けを求め、門の前に押し寄せていた。

 

「門を開けろ」と神父。

「ここは基地だ。難民キャンプじゃない」とデロン大尉。

「ここは学校だ。私のね」

 

そう言うや、神父は門を開けさせ、住民を学校に入れた。

 

老夫妻がジョーに話しかけてくるものの、ルワンダ語が分からず、学校の整備係で ジョーの通訳係を兼任するフランソワに通訳を頼むが、老夫妻は押し黙ってしまう。

 

「おれはフツ族だ。ツチ族に憎まれてる」

 

フランソワはそう話し、父親の家へと帰っていった。

 

1994年4月7日

 

ラジオで、大統領の死が伝えられ、ルワンダで暴動が起きていることを伝えるニュースが流される。

 

「政府筋は、これがツチ族のテロによるものと非難しています」

 

ジョーは学校を出て、マリーの所在を確かめるために、学校所有の車で出かけるが、マリーは不在だった。

 

学校へ戻ると、マリーは家族と共に避難していて、安堵するジョー。

 

デロン大尉は、撤退の準備を始めるとクリストファーに話す。

 

そこに、元閣僚のツチ族の男性が入って来て、国連軍に介入を訴えた。

 

「殺害は、でたらめに起きているのではない。計画的なものだ。国連本部の介入の要請をしてほしい」

「我々の任務は平和の監視です。それ以上のことは…」

フツ族の過激派にとって、ツチ族は、まさにユダヤ人。絶滅を計画している」

 

再び、シボナマ議員が学校を訪れ、神父に警告する。

 

「政府は、この学校に難民を入れることに反対です。ルワンダ人のことは、ルワンダ人が」

「だが私は、大尉に意見できる立場にない」

 

この時点で、首相を護衛していた10名のベルギー兵が行方不明になり、その首相も暗殺されるという厄介な事態にエスカレートしていた。

 

「我々は無力だ。国連が標的にされているなら、もう何もできない」

 

クリストファーはジョーに嘆いた。

 

ジョーは、神父にテレビ中継を提案する。

 

「ここで起きてる事件を世界に知らせるには、TVしかないからです」

「できるのかね?」

「BBC放送のレイチェルに話してみます」

 

しかし、デロンに外出の護衛を断られ、頓挫する。

 

行方不明だった部下たちが、政府の兵舎で処刑されていたのが見つかったからだ。

 

ジョーは単身、学校の外に出て、通訳のフランソワの家を訪ねるが不在で、レイチェルに取材を依頼するが、手一杯だと断られる。

 

しかし、学校には40人のヨーロッパ人がいると聞き、レイチェルはカメラマンを連れジョーの車で学校へと向かう。

 

【「ヨーロッパ人」という言葉は、メディアを動かす武器になるのである】

 

「今では一般人や警察までがツチ族を殺してる。至る所でナタが振るわれてるわ」

 

道端にはツチ族の遺体が転がり、更に民兵が殺害している現場を視認する。

 

銃を持った民兵に車を止められた3人は、暴力的に車から引き摺り降ろされてしまうのだ。

 

小突かれながら、レイチェルはジョーが教師であることや、自分がBBCの記者であると伝えると、民兵はそれ以上の暴力を振るわなくなった。

 

しかし、ジョーは一人の男が、惨殺されるのを目の当たりにする。

 

その民兵の中に、ナタを持ったフランソワがいて、ジョーに気づき、何やら仲間に話すと、3人は解放され退散した。

 

3人の奇跡的解放が、フランソワの口利きであることは自明だった。

 

道すがら、虐殺死体の映像を撮るBBCの2人。

 

ジョーは怯え、衝撃を受け、口を閉ざす。

 

学校に戻ったジョーは、神父にフランソワが殺害者に加わっていることを話す。

 

一方、デロン大尉にインタビューする気丈なレイチェル。

 

「この敷地の外では、今も虐殺が…阻止しないのですか?」

「命令されていないし、武器が使えるのは自衛のみなので…」

「これは、ジェノサイドでは?だとすれば、介入の義務がありますね」

 

デロンは、ここでカメラを止めさせる。

 

「私には権限がない。たとえ無能を思われても、命令に従うしかないんだ」

「でも国連は…」

「命令を下すのは安保理(国連安全保障理事会のこと)だ。本部に訴えてくれ。我々も努力した。君たちもやってみろ」

 

フツ族民兵が学校を包囲し、ナタを持って中に入り込んだ男が捕捉された。

 

発電機の故障で灯が消え、建物の奥から女の叫び声が聞こえた。

 

ジョーとレイチェルが向かうと、クリストファーが懇意にしているエッダのお腹から赤ん坊を取り上げるところだった。

 

新しい命が誕生し、束の間の喜びが溢れ、その子は、クリストファーと名付けられた。

 

しかし、クリストファーに元気がなかった。

 

教会が襲撃され、同僚の神父も惨殺されたからである。

 

それでも、エッダの赤ん坊の具合が悪いと知り、市販薬を買い、連絡がつかない修道院へ行くと言って、クリストファーは自ら車を出した。

 

フツ族の子供に与えると偽り、馴染みのジュリアスの店で薬を手に入れ、道々に虐殺死体を見ながら修道院へ向かうと、中は修道女たちのレイプ死体に溢れていた。

 

九死に一生を得る思いで学校に辿り着いたクリストファーは、デロンから死体に群がる犬を撃ち殺すので、銃声に驚かないよう、難民に伝えてくれと頼まれる。

 

それに対し、疲弊し切ったクリストファーは、怒りを込めて反駁(はんばく)する。

 

「君らを撃ったのか?」

「何のことだ?」

「君らが受けてる命令のことだ。犬を撃つのは、先に犬が撃ってきたからだろうな。言わせてもらう!なぜ、下らん命令に従うんだ?衛生上の問題は、次々に作り出されるぞ!連中のナタで」

 

神に仕える神父の炸裂が、虐殺の大地の一角で木霊(こだま)するのだ。

 

【ここで、Shooting Dogsという原題の意味が明かされる】

 

 

人生論的映画評論・続: 虐殺の大地を走り抜き、鮮烈な時間を拓いていく 映画「ルワンダの涙」('05)の壮絶さ  マイケル・ケイトン=ジョーンズ

 より

名もなき歌('19) 

1  海外に売られた赤ちゃんを想い、海に向かって静かに歌い出す                   

 

 

 

1988年 ペルー 実話に基づく物語

 

ハイパーインフレとテロが蔓延(はびこ)る政情不安な時代に、アンデス山脈の山間部に住むアヤクチョ先住民族のヘオルヒナは、肉体労働をする夫のレオと共に、ジャガイモを売って生計を立てている。

 

ある日、市場でジャガイモを売っているヘオルヒナの耳に、ラジオの宣伝が聞こえてきた。

 

「サンベニート財団が、妊婦に無償医療を提供。リマのモケグア通り301 アルマス広場から3ブロック…」

 

妊娠中のヘオルヒナは、矢庭に、その住所をメモに取った。

 

「最高の専門医療を無料で提供します…」

 

ヘオルヒナはバスで首都リマへ向かい、住所のある建物に入り、医師の検診を受けた。

 

「問題ない。出産時に来て。金は心配ないから」

 

その後、市場で産気づいたヘオルヒナは、身重の体を引き摺って、リマの産院に辿り着き、そこで女児を出産する。

 

元気な赤ちゃんの泣き声と、朦朧(もうろう)とした意識で赤ちゃんの姿をぼんやりと確認したヘオルヒナだったが、産んだ女児には会わせてもらえず、翌朝、検診で他の病院へ行ったと言われたばかりか、病院名も告げられず、そのまま産院を追い出されてしまった。

 

「娘はどこ!娘に会いたい!」

 

泣き叫び、ドアを叩き続けるヘオルヒナ。

 

翌日、レオと二人で産院を訪れるが、応答はなく、仕方なく警察に訴えることにした。

 

「姓名は?」

「ヘオルヒナ・コンドリ」

「年齢は?」

「20歳」

有権者番号」

「持ってません」

「どういうことだ?君たちが誰だか分からないだろ」

「出征証明書は実家に」

 

レオも同じ質問を受けるが、答えは一緒。

 

警察で取り上げてもらえず、次に二人が向かったのは裁判所。

 

「娘が盗まれたから訴えたい」

 

それでも埒が明かず、家に戻るが、ヘオルヒナは諦め切れない。

 

再びリマの産院へ行き、ドアを叩いて回り、夜には会えない娘への思いを募らせ、先住民の歌を口ずさむのである。

 

「〈お休み 赤ちゃん お眠り 母さんも眠るから…〉」

 

遂にヘオルヒナは、リマの新聞社に向かった。

 

「入館許可書は?」

「ありません」

「ないと入れないの」

「記者と話したい」

「でも規則だから」

「どうしても話さなきゃ…」

 

ここで、ヘオルヒナは大声で泣叫んだ。

 

「娘を盗まれた!生後3日の娘が!」

 

この叫びを耳にして、記者のペドロがやって来た。

 

ペドロは、ヘオルヒナの話を聞き取っていく。

 

「どこで?」

「産院で」

「なぜ、そこに?」

「ラジオで宣伝してたから」

 

呆気なかった。

 

この件を担当することになったペドロが、自動車で帰宅する際、外出禁止違反で逮捕されようとするヘオルヒナに遭遇する。

 

ペドロは警察官に抗議するが、ヘオルヒナと共に収監されてしまった。

 

二人は程なく解放され、ペドロはヘオルヒナをアパートに連れて帰り、彼女に食事と寝床を提供する。

 

翌日、ヘオルヒナと共にラジオ局を訪ね、問題のサンベニート産院の宣伝主を尋ねるが、上司から口止めされ、十分な情報を得られない。

 

次に向かったのは、問題のサンベニート産院。

 

お産に立ち合ったロサの居場所を探しに行くが、既に建物から引き払った後だった。

 

ヘオルヒナは、同じような境遇の女性たちを集め、ペドロに話を聞いてもらうのである。

 

そして今、ペドロはペルー司法省を訪ね、養子の出国リストを請求する。

 

「アヤクチョ共同体」の「チウイレ記念祭」での歌と踊りの風景。

 

先住民の文化である。

 

ゲイのペドロは、恋慕していた同じアパートに住む舞台俳優と結ばれる。

 

新聞社では、スタッフが、先週、無償医療をする財団の宣伝があったことを突き止めた。

 

今度はサンペドロ産院で、ペドロはカメラマンを連れ、産院のあるイキトス(ペルー北東部にあるロレート県の県都)へ行き、捜し歩く。

 

一方、仕事がないレオは、同じ村の男たちから、ゲリラの仕事を請け負うことになる。

 

ペドロは飲み屋の女性に桟橋に呼ばれ、船上で、その女から産院は危険だと警告される。

 

「なぜ、知ってる?」

「自分の息子を売ったことがあるの」

 

その情報が、「イキトスで乳児売買」との見出しの新聞記事となる。

 

それを目にしたヘオルヒナは新聞を買い、ペドロに電話をかけ、娘の情報を訊ねた。

 

ペドロはヘオルヒナに会い、娘を探すことを約束する。

 

そんな折だった。

 

ペドロが会社でタイプを打っていると、ラジオからテロ事件の情報が流れてきた。

 

「自動車爆弾で15人が重傷。センデロ・ルミノソが、アヤクチョのテロの犯行声明を出しました…家裁のバルデス判事が、海外に乳児を売る違法養子縁組に関与した疑い。容疑者リストには、サルガド判事と、移民局職員2人の名も地元新聞の調査報道で、主犯格はロドリゲス医師夫妻だと判明。2人は乳児を誘拐し、海外に売っていましたが、国境で偽の旅券を提示し、逮捕されました」

 

この報道を受けたペドロは、海外へ渡った子供たちの行方について国会議員に質そうとするが、この件は慎重にした方がいいと、突っぱねられる。

 

「別の視点から考えろ。母親と一緒にいて、子供に未来があるか?何も与えられない母親と…」

 

恫喝である。

 

ヘオルヒナが村の祭りに参加していると、突然、爆発音が鳴りテロが起こる。

 

そのテロリストの渦中に、事件を起こして逃走するレオがいた。

 

一方、ペドロ宛の手紙が届いた。

 

「“くそったれのゲイ野郎。お前と恋人を殺すぞ”」

 

ペドロは稽古中のゲイパートナーに、仕事で旅に出ると別れを告げ、去って行く。

 

ヘオルヒナはレオが追われて家に帰れないと、姉の家に泊めてもらうことになる。

 

朝、目を覚ましたヘオルヒナは、戸外に出て、海外に売られた赤ちゃんを想い、海に向かって静かに歌い出すのだ。

 

〈お休み 赤ちゃん お眠り 母さんも 眠るから なぜ眠くないの? なぜ眠くないの? 私の赤ちゃん お前の眠りが 私の赤ちゃん お前の眠りが 愛に満ち 穏やかでありますように 愛に満ち 穏やかでありますように 母さんも眠るから 母さんも眠るから 天使がやってくる お前に歌うために…〉

 

ラストシーンである。

 

 

人生論的映画評論・続: 名もなき歌('19)    メリーナ・レオン より

米騒動とは何だったのか 映画「大コメ騒動」('21)に寄せて

1  「越中女一揆」の風景の一端

 

 

 

「大正七年、あらゆる権利を男が握っていた頃、富山県の漁村では、働く女房、“おかか“たちに生活の全てが委ねられていました」(ナレーション)

 

女子校を中退し、17歳で漁師・利夫の元に嫁いで来たイト(いとを便宜的にイトにする)は、今や3人の子供を持つ“おかか”で、米俵を浜へ担いで運ぶ仲背(なかせ/仲仕:港湾荷役労働者)として働いている。

 

四月。

 

「おらもお前も、結局、体が動く限り、真面目に働くしかないがよ。死ぬまでそうするしかないがやて」

 

そう言って、利夫は識字能力のあるイトに本を渡し、喜んでもらう。

 

秋になったら帰って来ると言って、子供たちを抱き締め、イトの義母はそれを見守る。

 

「子供たちのこと、頼むぞ」

 

頷くイト。

 

艀船(はしけぶね)に乗って、海に出た利夫を、浜で見送るイト。

 

「魚が獲れない時期になると、男たちは船に乗って、北海道や樺太に出稼ぎに行き、何か月も命懸けの漁をしていました」(ナレーション)

 

三か月後。

 

「当時、漁村の肉体労働者たちは、一日に白米を男は一升、女は八合も食べていました。とにかく、米が命の源だったのです」(ナレーション)

 

漁町を仕切っている「清(きよ)んさのおばば」(以下、おばば)が、源蔵の浮気で揉(も)める妻トキとの間に入り、難なく収めるというエピソードが挿入される。

 

これは、富山の女の強さを物語るエピソード。

 

「仲背の日当は約二十銭。“おかか”たちは、これで、亭主の一日分の米をやっと買えていたんですが…」(ナレーション)

 

既に、米一升が三十三銭に値上っていて、“おかか”たちは不満を募らせていた。

 

かくて、その不満が炸裂する。

 

「米を旅に出すな!」

 

イトが話を持ち掛け、おばばの掛け声のもと、“おかか”たちは、浜で米俵の積み出し阻止の実力行使に出たのである

 

そこに地元の警官がやって来て、呆気なく頓挫した。

 

大阪新報社では、「米は積ませぬ」という見出しの地元紙を読む編集局長・鳥井が、若い記者・一ノ瀬に対して富山への取材を命じる。

 

早速、現地へ行った一ノ瀬は、寺子屋で教師をする雪から、浜の“おかか”についての話を聞かされた。

 

「この辺りだと、七月と八月は鍋割月(なべわりづき)と呼ぶがです…夏になると不漁が続いて、鍋に入れる物が少なあなって、火つけると、鍋が割れてしまう故が意味です。そんな厳しい夏の間も、お父さんが出稼ぎに行ってる時は、お母さんが家計を支(ささ)えんといけんと、稼ぎがいい仲背の仕事をするがなかです」

 

一ノ瀬が、例の積み出し阻止の実力行使について「暴動」という言葉を使ったことに、大袈裟だと笑う雪。

 

「この年、全国各地で米の価格が暴騰したんですね。それはここ、米処(こめどころ)富山でも同じこと。原因は米の需要増加が引き起こした米不足。そこに目を付けた投機筋が、米の値段を釣り上げた。更に、シベリア出兵の噂が拍車をかけたのでございます…シベリア出兵が現実のものとなれば、現地の兵隊たちの食料として米が必要になる。そうなれば、政府は間違いなく米を高く買い取るに違いない」(ナレーション)

 

地元紙に「暴動」と書かれたことに不満なイトたちは、再び、おばばを先頭にして、寄生地主(大地主)の黒岩邸のもとに直談判に向かうが、待ち構えていた警察に蹴散(けち)らされてしまった。

 

トキが家に戻ると、黒岩に雇われている源蔵は、小賢(こざか)しいイトを相手にするなと指図する。

 

「男が参加すると騒動がデカなったよ…男が動けば世界が変わる。けどよ、女が動いたところで、何も変わらんがやちゃ」

 

今度は、またイトがおばばを担いで、鷲田(わしだ)商店のトミ(これも、とみを便宜的にトミにする)の家へと大勢で押しかけ、米の値段を下げることを直訴するシュプレヒコールを上げた。

 

それに対し、2階の窓から見下ろすトミが、米が食べられなければ死んでしまえばいいと暴言を吐くのだ。

 

「大正七年八月四日、午後八時より、女房達の集団が米の所有者たちを歴訪。暴行の被害、最も甚(はなは)だしく、米穀商・鷲田方、所轄警察署は応援巡査の派遣を求め、警戒に勤めている」(ナレーション)

 

地元紙を読む鳥井は、一ノ瀬からの報告を受け、戸障子(としょうじ/雨戸と障子)は破壊されたことを聞き出し、「越中女一揆」として全国に配信するに至る。

 

その新聞を読んだトミは、警察署長の熊澤(くまざわ)を呼びつけ、おばばの逮捕と、“おかか”たちの分断工作を仕掛けた。

 

この分断工作は功を奏す。

 

おばばが逮捕されたことによって活動は沈静化し、トミはイトに米騒動から手を引くように迫っていく。

 

「あんたんとこだけ、米、今まで通りの値段で売ってあげるっちゅうのはどうかいね」

 

最初は断ったイトだったが、他の仲間もそれぞれ融通されていると知らされ、心が動く。

 

「二度と米騒動に出るな」

 

源蔵が帰って来るなり、トキに強く言い放った。

 

漁港で働く源蔵もまた、解雇すると脅されているのだ。

 

サチの娘・みつが米を盗もうとして捕まり、警察に連れていかれる場を目の当たりにしたイトの長男が妨害し、「みつの代わりに自分が行く」とあっけらかんと言ってのける。

 

「泥棒をしたがは、おばちゃんのせいやから。おばちゃんは、米も銭も腐るほど持っとんがに…おばちゃんは自分のことばっかり大切で、他の人の気持ち考えたことないがよ」

 

トミは、「自分だけ大切にしとんのは、わしだけはないがやよ」と余裕を持って言い放つ。

 

「夕べ、ご飯いっぱい食べたやろ」とトミに言われ、長男はイトが特別に米を優遇されたことに気づく。

 

そんな折、みつは夜中に米を盗みに行き、米俵が落下して死んでしまうという由々しき事態が起こる。

 

斯(か)くして、イトは益々孤立して、トミの分断工作は奏功するのである。

 

一方、鳥井の意向で、自分の取材が正確に扱われず、地団駄を踏む一ノ瀬は、町を去る際にイトに吐露した。

 

「あなたたちが闘う姿を見て、衝撃を受けました。闘う理由を聞いて、心を動かされました。だから、たくさんの人たちに知ってもらいたいと思う、全身全霊をかけて記事を書きました」

「そう言うてくれるだけで、十分やわ。無駄じゃなかったんやね」

 

イトはその言葉に勇気づけられ、再び、積み出し阻止を決行しようと、“おかか“たちに呼びかけるが、裏切り者扱いされ、相手にされなかった。

 

イトは、他の“おかか”たちも、鷲田から似たり寄ったりの恩恵を受けていると指摘するが、巻き込まれたくないと口々に言われ、拒否される。

 

しかし、家に戻された瀕死のおばばの床に、“おかか”たちが集まり、おばばがいなくなってから分断され、為す術もなく過ごしてきたことを、銘銘(めいめい)が語り合う。

 

ここでイトは立ち上がり、おばばが逮捕される際に皆に告げた言葉を、力強く宣言した。

 

「負けんまい!」

 

それに続いて、皆も立ち上がり、一人一人が声を上げるのだ。

 

「負けんまい!」

「やらんまいけ!」(「やってやるぞ」という富山弁)

 

翌朝、イトは浜に“おかか”たちを集め、米俵の積み荷阻止を仕掛けていく。

 

「米を旅に出すな!」

 

イトの掛け声を合図に、“おかか”たちは、一斉に米俵を運ぶ男たちに襲いかかり、米俵の荷積みを阻止した。

 

「米の積み出し阻止は成功し、町議会は救済措置を講じて、米の支給と安売りを決定しました。“おかか”たちの完全勝利でございました…実りの秋がやって来た頃、時の寺内内閣は崩壊しました。全国各地で起こった米騒動の責任を取ったわけです。家族の命を守りたい、ただそれだけの“おかか”たちが、気がつけば時代を変えていたのです」(ナレーション)

 

イトの元に、夫の利夫が帰って来た。

 

難儀な夏を乗り越え、笑みを浮かべるイトが、そこにいた。

 

越中女一揆」の風景の一端を描いた物語のラストシーンである。

 

  

人生論的映画評論・続: 米騒動とは何だったのか 映画「大コメ騒動」('21)に寄せて  本木克英 より