死刑にいたる病 ('22)   叫びを捨てた怪物が放つ、人たらしの手品に呑み込まれ、同化していく

1  「…僕はね、君と話してる時間は、すごく落ち着いていられたんだ。君と話してると、僕は普通の街のパン屋さんになった気でいられたんだ」

 

 

 

筧井雅也(かけいまさや)の祖母が亡くなり、葬儀が執り行われる。

 

Fランクの大学に通う雅也は、親戚に「東京の大学で頑張ってるんだって」と言われると、父親から冷たい視線を受ける。

 

校長先生だった祖母の「お別れ会」への出席を雅也に問う父親。

 

「お前、来ないんだろう?」

「来て欲しくないんだ」

「雅也、違うから」

 

母・衿子(えりこ)が取り持つが、父親は黙って去って行く。

 

「行かないよ」

 

そんな雅也の元に、一通の手紙が届く。

 

差出人は、中学時代に通っていた「ロシェル」というパン屋の榛村大和(はいむらやまと)だった。

 

「…君に頼みたいことがあって、この手紙を書きました。よかったら、一度会いに来てもらえたら嬉しいです」

 

雅也は自転車で商店街へ行くと、「ロシェル」は売りに出されていた。

 

「彼には、自分の決まりがあった。決まった時間に家を出て、決まった時間に店を開け、決まった年代、決まったタイプの少年少女に目をつけ、決まったやり方で家に運び、決まったやり方で甚振(いたぶ)り、決まったやり方で処理した。警察は、23人の少年少女と一人の成人女性を殺害した容疑で、彼を逮捕した」(雅也のモノローグ)

 

裁判での被告人尋問。

 

「あなたは警察の捜査が迫っているのに気づき、精神的に追い詰められていたんじゃないですか?」と検事。

「追い詰められたことはありません」

「現に逮捕されてるじゃありませんか」

「逮捕されたのは、僕が慢心したからです。警察が優秀だったわけではありません…睡眠薬で眠らせたはずの女の子に逃げられたこともそうです。初めの頃なら、逃げられないように拘束していたはずです。それに、庭に遺体を埋めたりしませんでした。骨にして細かく砕いてから埋めていましたから」

「つまり、以前のように犯行を繰り返していれば、逮捕されることはなかったということですか?」

「はい。もう一度やり直せるなら、捕まらないでしょうね」

 

雅也は榛村の依頼に応じ、東京拘置所へ面会に行った。

 

「僕が通ってた頃から、やってたんですよね…僕のことも…」

「それは違う。当時の君は、まだ若すぎたんだよ。僕が惹かれる子たちは決まっててね。17歳か18歳の真面目そうな高校生で。15歳の中学生では、ダメなんだ」

「そう…なんですね」

「…僕はね、君と話してる時間は、すごく落ち着いていられたんだ。どうしてかな。君と話してると、僕は普通の街のパン屋さんになった気でいられたんだ。僕はもう死刑判決を受けた。それでいいと思ってる。当たり前だよね。でも、一つだけ納得が行かないことがあってね。僕は24件の殺人容疑で逮捕されて、その中の9件が立件されたんだけど、その9件目の事件は僕がやった事件じゃないんだ。9件目の事件は、僕以外の誰かが犯人だってことだよ…まだ本当の犯人は、あの街にいるかも知れない。今それ知ってるのは、君と僕だけだ…断ってくれてもいいし、途中で止めてもいい…もし、興味があったら、僕の弁護士の所に行ってもらえないかな」

 

時間オーバーで刑務官に捕捉されながら、榛村は一方的に伝えたいことを雅也に言い残した。

 

歩道で信号待ちをしていると、拘置所でぶつかった男に、「面会ですか」と声を掛けられ、雅也も同じ質問を返す。

 

「僕はただ来てみただけなんですよ。本気で会いたいとかじゃなくて…何か、迷ってて。自分で決めると、ろくなことないから…決めてもらえます?すいません、変なこと言って」

 

雅也は、佐村弁護士事務所を訪ね、控訴審の公判準備中の資料を、アルバイト契約をして見せてもらうことになった。

 

資料の流出の違法性を知りながら、雅也は全ての被害者の写真を撮ってアパートに戻り、自宅で、狙われた高校生が榛村にどのように信頼関係を築いて被害に遭ったかをファイリングしていく。

 

そして、榛村が殺害を否定する26歳の成人女性・根津かおるに辿り着く。

 

雅也は大学でスカッシュをしていると、サークルの学生が来たのでコートを出るが、サークルに所属する中学時代の同級生・加納灯里(あかり)に誘われ、飲み会に出席することになった。

 

しかし、他の学生たちと馴染めず、雅也はすぐ店を出るが、道で酔った客とぶつかり、倒されてしまう。

 

アパートに帰ると、弁護士事務所の自分の名刺を印刷し、根津かおるが殺された現場へと向かった。

 

事件現場の山林を所有する女性から、最近まで友人らしき髪の長い女性がやって来て、手を合わせて拝んでいたという話を聞き出す。

 

実家に寄ると、衿子は祖母の「お別れ会」へ出席を拒む夫の意向を念押しする。

 

「息子が三流大学だから、恥ずかしいんだろ」

 

「榛村大和は、典型的な秩序型殺人犯に分類される。高い知能を持ち、魅力的な人物で社会に溶け込み、犯行は計画的」(モノローグ)

 

面会。

 

「根津かおるさんの殺害方法は、計画性がなく、犯行の隠蔽もされていません。感情に任せて、相手を甚振っているように思えました。榛村さんのやり方とは、かなり違います。榛村さんは、被害者の爪は必ず剥がしていたってことでいいんですよね」

「うん。少なくとも、起訴された件に関してはそうだね」

「根津かおるさんの爪は、すべて揃ってました。それに榛村さんは、90日から100日、必ず間隔を空けてから犯行を繰り返していましたが、根津かおるさんが殺されたのは、榛村さんの最後の犯行から1か月半後です」

「僕の言ったこと、分かってもらえたみたいだね」

「まだ、調べないと」

「警察も、裁判官も、同じ時期に、同じ地域でこんな残虐な殺人鬼が二人もいる可能性はないって判断だったよ」

 

頷く雅也。

 

「僕は可能性はあると思ってます。根津かおるさんの同僚だった方に会ってきたんです」

 

その元同僚は、根津かおるが1か月前からストーカーがいて、上司が根津を気に入っていたと言う。

 

更に、根津の同級生にも会い、高校生くらいから潔癖症と偏食が目立ってきて、年々悪化し、事件当時には不潔恐怖症になっていたと言い、犯人はそれを知ってから、泥の中で甚振ったとも考えられると話すのだ。

 

「やっぱり、すごいな、君は」

 

榛村は感動した面持ちで、雅也を褒め称(たた)える。

 

「でも、雅也君、僕が言うのもおかしな話だけど、本当に気を付けてくれよ。そいつは人殺しなんだから」

 

その言葉を聞いて、雅也は軽く笑みを浮かべる。

 

「榛村大和と話していると、ロシェルに通っていた頃を思い出す」(モノローグ)

 

中学校の制服を着た雅也が、店のカウンターで榛村と歓談する回想シーン。

 

その後も雅也は、精力的に根津かおるの真犯人探しに勤しむ。

 

根津かおるを気に入っていたという上司に会い行くが、彼にはアリバイがあった。

 

実家で祖母の遺品を片付けている母親に、その処分について聞かれる雅也。

 

笑い声に反応する父親が、「喪中だぞ。燥(はしゃ)ぐな!」と声を荒げるのだ。

 

箱の中から、一枚の写真を手に取る。

 

子供たちとスタッフの集合写真で、左端に若かりし頃の衿子が写っており、その隣には、榛村が立っているのを発見し、驚く雅也。

 

その写真には、榛村を19歳に時に養子に迎えた榛村桐江(きりえ)も写っている。

 

人権活動家である桐江のファイルには、幼少期に父親から身体的および性的虐待を受けるようになり、その経験から、自分と同じように恵まれない家庭で育った青少年を保護する施設の代表を勤めるようになったと書かれている。

 

当時の桐江のことを知る滝内という男から話を聞く雅也。

 

桐江の元で、施設のボランティア活動をしていた榛村は、「一番の当り」と言われ、問題行動の多い子供もうまく操縦していたという。

 

「子供たちの中でも、一番逆らってくる奴をまず手なずけるんです。そいつが自慢したいことに、“すごいなぁ、君は!”みたいなことを言ってやったりね。それでその子をリーダーっぽく扱ってやってから、他の奴を可愛がって寂しくさせる。そういうことをね、自然にやるんです」

 

桐江のお気に入りであった榛村は、「少年院返りだからと言って、色眼鏡で見ないでください」と常に桐江に庇護を受けていた。

 

「みんな、彼を好きになる…滝内さんは、どうでしたか?」

「ええ、私も大和を庇いましたよ」

 

最後に雅也は例の集合写真を見せ、榛村と並んでいる母親を差して、覚えているかを尋ねる。

 

「…衿子ちゃんだ…この子も人づきあいがあまり上手いほうじゃなかったんですけど、大和とは仲が良かったですね。この子も、桐江さんの養子だったんですよ」

 

しかし、衿子は問題を起こし、大和らと同居していた桐江の家を追い出されたと言うのだ。

 

妊娠したと話すが、その相手を滝内は知らなかったと付け加えた。

 

激しく動揺する青年が、そこにいる。

 

 

人生論的映画評論・続: 死刑にいたる病 ('22)   叫びを捨てた怪物が放つ、人たらしの手品に呑み込まれ、同化していく   白石和彌  より

ベイビー・ブローカー('22)  「生まれてくれて、ありがとう」 ―― この生育を守り抜いていく

1  「一番売りたかったのは、私なのかも」「私たちの方が、ブローカーみたい」

 

 

 

弾丸の雨の中、一人の若い女が、教会のべイビーボックスの前に赤ん坊を置いて去って行く。

 

「捨てるなら産むなよ…あの女、任せた」

 

その様子を見ていたスジン刑事がイ刑事に呟き、二人は車から降りて、スジンは置き去りにされた赤ん坊をボックスに入れた。

 

赤ん坊を受け取ったのは、クリーニング店を経営するサンヒョン。

 

教会の職員である相棒のドンスとタッグを組み、ベイビー・ブローカーをしている。

 

赤ん坊には母親からのメモが添えられていた。

 

「“ウソン、ごめんね。必ず迎えに来るからね”…また“迎えに来る宣言”か。連絡先はない」

「その気ゼロだね」

 

ドンスが、「なんで捨てようと思ったんだろう」と呟き、赤ん坊がボックスに入れられた時のビデオを消去する。

 

「俺たちと、これから幸せになろうな」

 

サンヒョンはウソンを車に乗せ、ドンスを残して教会を後にする。

 

その車を追尾するスジンたち。

 

イ刑事もまた、赤ん坊を捨てた若い女を尾行するが見失ってしまう。

 

サンヒョンはクリーニング店の仕事をしながら、自宅に連れて来たウソンの面倒をみている。

 

そのクリーニング店を車から張り込みする刑事たち。

 

食事中だった。

 

「それにしても、ベイビーボックスを人身売買に使うなんて大胆ですね。そもそも、あんな箱作るから、母親が無責任になる。チーム長は意外と優しいんですね…赤ちゃん、あのままだったら死んでましたよ」

「優しいのよ。知らなかった?」

 

その後、赤ん坊を置き去りにした母親が、メモに書いた通り、教会にウソンを迎えに来た。

 

ドンスから電話を受けたサンヒョンは、「警察に行きそうだったら連れてこい」と指示する。

 

母親は、赤ん坊が預けられた記録はないと職員から説明され、当日の当直だったドンスが施設内を案内するが、ウソンは見当たらなかった。

 

ボックスに入れなかった上に、手紙に連絡先を書かなかったことで、見つかっても母親と証明できないとドンスに言われ、為す術もなく、母親は帰って行く。

 

ドンスは彼女の後をつけ、サンヒョンの家に連れて来た。

 

誘拐だと詰(なじ)る母親に対し、ドンスが反駁(はんばく)する。

 

「捨てたくせに」

「捨ててません。預けたの」

ペットホテルじゃないぞ」

「“迎えに来る”って、手紙にも書いたわ」

 

サンヒョンが養子縁組について説得する。

 

「そう書いちゃうと、教会は養子縁組リストから外す。100%養護施設行きだ。分かりますか?愛する気持ちで書いても、未来の可能性を狭めてしまいます。僕たちはウソンを、そんな暗い未来から救ってあげたいんです。養護施設の孤児より、温かい家庭で育つ方がよっぽどいい」

「養子縁組。養父母を探すんだ」とドンス。

「そんな権利ないでしょ?」

「捨てたあんたにもない」

「盗んだくせに」

「保護」

「もちろん僕たちに権利はないけど、ひとことで言うなら、善意ってことかな…子どもができないとか、養子縁組の審査を待てない親の元に、言えない事情で手放した…お名前は?」

 

そう言った後、名を聞とサンヒョン。

 

「ソナです。ムン・ソナ」

「最高の養父母を探すことを約束します…少し謝礼が出ます」

「1000万ウォンだな。男の子の相場は」とドンス。

「誰に?」

「もちろん、ソナさんと仲介する僕たちに」

「何が善意よ。ただのブローカーでしょ」

「簡単に言えばね」

 

【円の為替レートで、現在、1ウォン = 約0.1円】

 

翌日、養子縁組先への出発前に、顔見知りの店の息子・テホが血糊の付いたシャツを持って来て、サンヒョンが借金している連れのヤクザから5000万ウォン(約約519万)を催促される。

 

ウソンを含めた4人は、ワゴン車に乗り込み目的地へと向かい、スジンらは、「現行犯逮捕する」と意気込んで後を追う。

 

養子縁組先の夫婦が現れ、赤ちゃんを見せると、眉が薄いと難癖をつけ、400万ウォンを分割でと要求する。

 

自分の子供の顔をバカにされたソナは、「クソ野郎」と罵倒し、交渉は決裂してしまった。

 

一方、ホテルで男が殺された事件を捜査する刑事たちは、ソナがいた身寄りのない子を預かる売春斡旋の施設へと聞き込みに入る。

 

次の養子縁組先を求めて、3人はドンスが育った釜山の養護施設に行き、歓待されるが、そうした案件はなかった。

 

ドンスはこの施設に捨てられ、母親が迎え来るとメモに残したが、結局、母親は現れなかったと、サンヒョンがソナに話す。

 

4人は更なる養子縁組先に向かって車を走らせていると、サンヒョンが後ろを振り返り、施設のサッカー好きの少年・ヘジンが同乗していることに気づく。

 

自分を養子にしてくれと言っていたヘジンは、4人が家族ではなく、ウソンを売ろうとしていることを知っており、一緒に連れて行くしかなくなった。

 

ドンスが見つけた高額な金額を示している養子縁組の案件は、スジンが現行犯難逮捕するためのおとり捜査だった。

 

しかし、不妊治療に疲れたという夫婦に対し、ドンスが治療内容の質問をすると、頓珍漢な答えが返って来たので、すぐさま転売目的と判断し、あっさり引き返すことにした。

 

ワゴン車の洗車をする際に、ヘジンが窓を開け、水浸しになった5人は大笑いする。

 

クリーニングの服を皆で着替え、和やかなムードに包まれる。

 

このムードで気持ちが軽くなったのか、ソナが自分の本名がムン・ソヨンであると告白するのだ。

 

そんなソヨンに、彼女によって殺されたウソンの父親の妻から電話が入る。

 

「赤ちゃん、渡してよ。“お母さん”って人に、お金を払ったの。500万ウォン。中絶する約束だったのに、勝手に産んで…」

 

その直後、ソヨンはスジンに捕捉され、事情聴取される。

 

ソヨンはスジンと取引し、盗聴マイクを仕込まれ、4人の元に戻る。

 

サンヒョンとドンスの会話の盗聴のためである。

 

ウソンが熱を出し、泣き止まないので医者へ連れて行く。

 

ただの風邪と診断され、皆、安堵する。

 

一方、ウソンの殺された父親の妻が、夫の子を育てるために、探して連れて来るようにと部下のテホに指令する。

 

サンヒョンの元に、テホからソヨンの父親が4000万ウォンで引き取るという電話が入る。

 

そんな中での、ソヨンとドンスの会話。

 

「あんたは、養子は考えなかったの?」とソヨン。

「養子の話は自分から断った」とドンス。

「お母さんを信じて?」

「俺は捨てられたと思ってなかったから」

 

その後、外でスジンらと会うソヨン。

 

ソヨンはウソンの父親である売春相手の男を殺害した一件で、スジンのおとり捜査取引に応じいたからである。

 

「言われた通り、売るから心配しないで」とソヨン。

「助けたいのよ。私もチーム長も」とイ刑事。

 

言うまでもなく、「売る」とは現行犯逮捕のために乳児斡旋の現場を作ること。

 

折も折、ウソンが熱を出し、泣き止まないので医者へ連れて行く。

 

部屋に戻ったソヨンは、3人の他愛ない会話に入り、サンヒョンから取れかかったボタンを直した服を受け取るなど、優しさに触れる。

 

「あいつも、親の顔知らないんだ」

 

ドンスがシャワーを浴びに行ったヘジンを思いやる。

 

「ウソンも私の顔を知らない方がいい」

「どうして?」

「人殺しだから…」

 

驚く二人。

 

「誰を?」

「ウソンの父親」

「なんで?」

「“生まれなきゃよかった”って、ウソンを奪おうとしたの。今、そいつの奥さんが、私を捜してる。売ってくれるなら、私を置いて行ってもいいよ」

 

ウソンを抱き、テホに連絡するサンヒョン。

 

ワゴン車に乗り込むと、車内でGPSを見つけたドンスは、それが警察ではなく、ウソンの父親の関係者であると疑い、サンヒョンがソヨンを置いていくのではないかと訝(いぶか)るのである。

 

「今回はお金じゃなくて、ソヨンが納得する買い手を見つけてやろうよ」

「バカ。俺だって金が全てじゃないよ」

「ならいいけど。これは俺に任せて」

 

テホがやって来た。

 

「ウソンの父親、死んでるって?」

「だから何だよ。金払えばいいだろ」

「じゃあ誰がウソンを買うんだ?」

「死んだ男の女房」

「買ってどうする?」

「自分で育てるって」

「バカ言っちゃいけませんよ。転売する気だろ?外国に。絶対、渡さないからな」

 

無理やりドアを開けようとするテホをドンスが打ちのめし、4人は車で逃走して、ソウル行きの列車・KTX(韓国高速鉄道)に乗り継ぐのだ。

 

サンヒョンはソヨンに訊ねる。

 

「もしかして、ウソンをボックスに入れたのは、本当に迎えに来るつもりで?」

「分からない。でも、私達がもう少し早く出会っていれば、捨てなくて済んだかも」

「まだ手遅れじゃないよ」

「何で?」

「何でもない」

 

実現不可能な思考実験としての「反実仮想」(はんじつかそう)だが、意味深な会話だった。

 

ソウルで面会した夫妻は、ウソンを実子として育てたいと提案し、母親が会うのは最後にして欲しいと言われる。

 

今晩考えることになり、5人はヘジンが行きたがっていた遊園地で存分に遊ぶのだ。

 

観覧車に乗ったソヨンとウソンを抱っこするドンス。

 

「やめてもいいよ。養子に出すこと…なんなら、俺たちが育ててもいい」

「俺たち?」

「4人で。ヘジンも引き取って、5人でもいいな」

「変な家族ね。誰が誰の父親?」

「俺がウソンの父親になるよ」

「そんなふうに、やり直せたらいいな…でも無理。すぐ逮捕されるから。釜山の売春婦、ムン某氏が男性を殺害して逃亡中。邪魔になった赤ん坊をベイビーボックスに捨てたって」

「お前のこと見てたら、ちょっと気が楽になった」

「なんで?」

「僕の母親も、僕を捨てなくちゃいけない理由があったんだろうなって」

「でも、許す必要なんてない。ひどい母親には変わりないもの」

「だから、代わりにソヨンを許すよ」

「ウソンは私を、きっと許さない」

「ウソンを捨てたのは、人殺しの子にしたくないからだろ?」

「でも、やっぱり捨てたの」

 

ソヨンはじっとドンスを見つめていた。

 

遊園地で車の中で待つスジンとイ刑事。

 

「一番売りたかったのは、私なのかも」

「私たちの方が、ブローカーみたい」

 

本篇で最も痛烈な会話が宙刷りにされていた。

 

 

人生論的映画評論・続: ベイビー・ブローカー('22)  「生まれてくれて、ありがとう」 ―― この生育を守り抜いていく  是枝裕和  より

岬の兄妹('18)   炸裂する、障害者という「弱さ」の中の「強さ」 

1  生きるためなら何でもするという生存戦略が渦巻いていた

 

 

 

「真理子、真理子!」と呼びかけながら、足を引き摺り歩き回る男の叫びから物語は開かれる。

 

下肢機能障害である男・道原良夫(以下、良夫)。

 

港町の造船所で働く良夫は、警官の友人・肇を呼んで助けを求めるが、やはり見つからない。

 

夜になり、公衆電話から携帯に連絡が入り、迎えに行くと、見知らぬ男の車から真理子が降りて来た。

 

「真理子、何で勝手に出てったんだよ。3回目だぞ」

「出てないよ」

 

妹の真理子は自閉症で、常に兄が目を離せない状況だったが、この日は鍵を壊して家を出て行ったのだった。

 

真理子が風呂に入っている間、良夫が真理子の脱いだ服を片付けていると、ズボンのポケットから1万円札が見つかり、下着が汚れていることに気づく。

 

「この金、どうしたの?」

「金?もらった」

「誰から?」

 

きちんと返答せずに、濡れた体のまま裸で風呂から上がった真理子に、良夫は尚も詰問する。

 

「冒険。冒険」

 

そう答える真理子が握り締めていた札を取ろうとすると、思い切り手を噛みつくので、良夫は真理子を叩きつけてしまう。

 

翌朝、いつものように鎖で繋ぎ、鍵を締め、家を出る良夫。

 

造船所から解雇を告げられた良夫は、社長から気持ちばかりの慰労金を渡される。

 

良夫はティッシュの広告入れの内職(一個一円)をするが、家賃が足りず、肇の家へ無心しに訪ねると、ちょうど身重の妻と法事に出かけるところだった。

 

「なんか今、従業員リストラしてて、俺、足悪いじゃん。で、もう、そういう奴いらないって。だから辞めてやった。畜生!あいつら、ぶっ殺してやる!」

 

泣き縋(すが)る良夫が1万円しか受け取れないと、なおも「俺と真理子が餓死してもいいのか!」と迫り、肇が香典を開けようとすると、妻がそれを阻止する。

 

妊娠中の妻のお腹に興味を持った真理子が、お腹に耳を当てる。

 

家に帰ると、真理子の貯金箱を割り、真理子が受け取った1万円に手をつける。

 

電気を止められ、ゴミ袋を漁って食べ物を探す二人。

 

ティッシュを食べる真理子を止めさせるが、「甘い」と言うので、良夫も食べてみると、「甘い」と笑顔になる。

 

「ご飯、7時?お母さん!」

「お母さん、遠くへ行っちゃった」

 

そこで真理子は、「冒険する」と言って、外へ出て行こうとする。

 

「冒険するか」と呟く良夫。

 

真理子を連れ、夜の港に駐車するトラック運転手に、「いい子がいるんですけど、いかがでしょう?」と声をかけるが、相手にされない。

 

次に声を掛けた男とは売春の話が成立し、トラックで行為が始まるが、真理子が常に首にかけているマスコットを外そうとすると嫌がり、男の手を噛んで激しく抵抗する。

 

結局、金を返す羽目になった。

 

「もう、帰ろうか?」

「帰らない」

 

トイレで拾った口紅を真理子につけ、再び街に繰り出していくのだ。

 

客と商談が成立するが、そこにヤクザが入って来て、シマで勝手に商売をする良夫はボコボコに殴られてしまう。

 

女が妹だと知ると、面白いと言って、ヤクザの商売に利用されることになる。

 

目の前で真理子が男とセックスする姿を見せつけられ、幼い頃の真理子がブランコの鎖で「気持ちいい」と股をこすり、母親に叱られていたことを思い出す良夫。

 

真理子はその時と同じように、「気持ちいい」と言ってセックスを楽しんでいる。

 

港でヤクザから受け取った万札を見つめ、良夫は真理子に訊ねる。

 

「また、行きたいか?今日みたいなこと、またしたいか?」

「するよ」

 

売春という危ない世界に踏み込んでいく兄妹の行為には、生きるためなら何でもするという生存戦略が渦巻いているようだった。

 

【真理子が首にかけているマスコットへの固執は、自閉症スペクトラムに見られる、特定の物に対する拘泥を示す「同一性の保持」という行動様式である/自閉症スペクトラムについては、拙稿「僕が跳びはねる理由」を参照されたし】

人生論的映画評論・続: 岬の兄妹('18)   炸裂する、障害者という「弱さ」の中の「強さ」   片山慎三 より

僕が跳びはねる理由('21)  自分たちのリズムを壊すことなく、成長を望む思いを共有していく

1  「感情に訴える何かが起こると、雷に打たれたように体が動かなくなる。でも跳びはねれば、縛られた縄を振りほどくことができる」

 

 

 

「およそ10年前、10代だった東田直樹は、その著作で知らざれる世界を明らかにした。“自閉症の僕が跳びはねる理由”は、会話のできない自閉症の少年の成長を描いている」(キャプション)

 

「小さい頃は、自分に障害があると知らなかった。なぜ気づいたか?“普通と違う”みんなが言ったからだ。“これは困る”と。確かに“普通”になるのは、僕には難しかった。今でも人との会話はできない。みんなから見れば、自閉症の世界は謎だらけに違いない。心の中を僕なりに説明することで、自閉症の子供を見守る皆さんの助けになればと思う」(モノローグ)

 

「言いたいことが言えない生活を、想像できますか?」(モノローグ)

 

ここから、世界中の自閉症の子供たちが紹介される。

 

「みんながしないことをするたびに、不思議に思われる。見かけで判断しないでほしい。少しだけ、僕の言葉に耳を傾けて。僕らの世界を旅してほしい」(モノローグ)

 

インド ノイダ地区

“アムリット”

 

「娘は、皆と違う物事に反応する。あれは、うれしい驚きだった。アムリットは長年心の中に怒りを抱えながら、それを表現できずにいた。学校で、いじめにも遭っていたと思う。友達が欲しくても、他の子は娘を持て余す。よく何時間も叫んでは、泣いていた。私も助けられずに泣いたわ。当時はよく、クレヨンを1箇所に塗りたくっていた。紙が破れて、机に跡がつくほど強く。そうやって懸命にメッセージを伝えていたのでしょう。私は気づいた。これは単なるアートではなく、日常を伝える手段なんだと。どんな物を食べたかも描いてたわ。学校の生徒たちや、見た風景も…これが旅の始まりだった」(アムリットの母)

 

「僕は世界をどう見ているのか。見えるものは、みんなと同じでも、それをどう受け取るかが違う。みんなは物を見る時、まず全体を見てから、部分を見ている思う。僕の場合は、まず部分が飛び込んでくる。その後、視界が広がって全体が分かるんだ。僕の目は線や面などにとらわれる。状況を理解するには、記憶の中から最も似た場面を探す必要がある」(モノローグ)

 

「世界は混沌とした場所だ。脳内で何とか整理しないといけない。自閉症者は、やっとの思いで対処している。そう理解した。東田直樹が、この本を書いたのは13歳の時。僕の息子と同じ自閉症だ。直樹は、いわば心の地図を描いて見せた。たとえば彼が、“雨が降っている”と理解するまでの描写がある。自閉症でない人間には、想像も及ばない独自の音を聴くと、彼は頭の中のカードをめくり、記憶を頼りに“雨”という語に結びつける。かなりの手間だ。直樹が描くのは未知の世界。彼がさらされ続けている混沌とした世界だ。感情が抑えられず、突如パニックが襲う…」(デイヴィッド・ミッチェル “自閉症の僕が跳びはねる理由”翻訳者)

 

「娘には、“こだわり”が多かった。私は世間体を気にして、やめさせようとしたわ。でも直樹の本を読んで知った。娘の苦労をね…正しい母親であろうとするあまり、我が子を見てなかった。あの子らしさを抑圧してた」(アムリットの母)

 

笑顔で抱き合う母娘。

 

「物は、すべて美しさを持っている。鮮やかな色や印象的な形を見ると、それだけで心が奪われる。何も考えられなくなるんだ…」(モノローグ)

 

「ある種の物音や光景が、娘に苦痛を与えたり、喜びをもたらしたりする。アムリットは家に帰ると、まず紙を手に取る。自分の思いを世界に伝えるために」(アムリットの母)

 

アムリットの描いた大量の絵が運ばれ、会場に展示される。

 

「話せないことは、気持ちを伝えられないことだ。人として生きるには、自分の意思を伝えることが何より大切だ」(モノローグ)

 

イギリス ブロードステアーズ

“ジョス”

 

「人と話そうとすると、僕の言葉は消えてしまう。口から出る言葉は本心とは違う…いわば反射的だ。その時、見た物や思い出したことに反射している。言葉の洪水に溺れながら…でも、いつも使っている言葉なら話せる」(モノローグ)

 

「ジョスは、すべてを見て、聞いている。幼い頃は、感覚の世界を楽しんでいた。特に光と水に関わるものね。できるかぎり触れさせた」(ジョスの母)

「10秒だけでも、息子になって世界を感じたい」(ジョスの父)

 

3.4歳の頃住んでいた家でのことを具体的に話すジョス。

 

「彼にとっては、30分前の出来事を変わらない。2歳の誕生日の直前のことも話す。まるで制御不能のスライドショーだ」(ジョスの父)

 

「時間は、ずっと続き区切りがない。だから戸惑ってしまう。今言われたことも、ずっと前に聞いたことも、僕の頭の中では、あまり変わらない。みんなの記憶は、たぶん線のように続いてる。でも僕の記憶は、点の集まり。その全部がバラバラでつながらない…困るのは、古い記憶が、時々生々しく、頭の中で再現されることだ。その時の気持ちもよみがえってくる。突然の嵐のように…次の一瞬、自分が何をしているか、それがいつも不安なんだ」(モノローグ)

 

「思春期になり、彼は、感覚の世界を楽しめなくなった。不安が大きくなったの」(ジョスの母)

 

「何かをしたくても、どうしても、できない時もある。体が別人のもののように感じる。壊れたロボットを操縦しているようだ」(モノローグ)

 

突然、大声で叫び、暴れて父を苦しめるジョス。

 

「絶望感からパニックになることもある。何か失敗すると、その事実が津波のように押し寄せ、逃げようと必死でもがく。気づけば、残っているのは僕が暴れた跡だけ。自己嫌悪に陥る」(モノローグ)

 

攻撃的な行動が増え、大変な時期が数か月続き、ジョスは学校を退学になり、自閉症の子供が入れる全寮制学校に転校する。

 

「今も頻繁に帰ってくるけど、本当に、つらい決断だった」(ジョスの母)

 

ジョスが楽しそうにトランポリンを跳びはねる。

 

「僕が跳びはねる理由?僕の体は、悲しいことやうれしいことに反応する。感情に訴える何かが起こると、雷に打たれたように体が動かなくなる。でも跳びはねれば、縛られた縄を振りほどくことができる。気持ちは空に向かっていく。そのまま鳥になって、遠くへ飛んで行けたら…」(モノローグ)

 

「直樹の著作は、自閉症者への偏見を覆した。“感情がない”だとか、“創造的な知性を持たない”などだ。もしそうなら、本など書けるはずがない。文章を書く自閉症者は板挟みになちがちだ。多くは書いたことを疑われる。あるいは、信じてもらえても、ごく軽度の自閉症だと思われてしまうんだ」(デイヴィッド)

 

  

人生論的映画評論・続: 僕が跳びはねる理由('21)  自分たちのリズムを壊すことなく、成長を望む思いを共有していく  ジェリー・ロスウェル

 より

さがす('22)  生まれ変わった父を信じる力が、少女の底力の推進力と化していく

1  天を衝く少女の叫びが、闇のスポットを劈いていた

 

 

 

スーパーで、20円足りずに万引きした父・原田智(さとし)を迎えに走って店に来た中学生の娘・楓(かえで)。

 

場所は、大阪市西成区あいりん地区。

 

「うちの父、ちょっと抜けてるとこあるんです」

 

楓が店長に20円払い、何とか父を引き取ることができた。

 

父は外で万引きしたお握りとみそ汁を食べ、自宅に帰る際の会話。

 

「お父ちゃんな、今日、あいつ見たんや」

「誰?」

「名無しや…ニュースでやっとったやん。指名手配犯・山内照己。朝な、電車ん中で見かけたん」

「別人やで」

「マスク外してな。爪噛んどった。一瞬、顔が見えたんや。あれは、絶対ほんまもんや。東京からな、逃げて来とんねん。捕まえて警察付き出したら、300万やで」

「アホなこと考えんと、普通に働きぃよ」

 

朝起きると、父の姿がなかった。

 

学校でそばパンを食べていると、クラスメートの花山豊から告白されるが、タイミングが悪いと言うや、教室から出て行く楓。

 

その足で楓は、日雇い労働の斡旋所のあいりん労働福祉センターへ行き、スマホの画像を見せながら、父に仕事が入っているかを訊ねるが、教えてもらえない。

 

楓は工事現場の住所を写真で撮り、一緒について来た豊と共に、現場へ向かう。

 

そこで原田智を呼び出してもらうと、全く別人の若い男が立っていた。

 

「すみません。人違いでした」

 

その男は爪を噛んでいて、無反応だった。

 

楓は担任の蔵島みどりに父が帰って来ないことを相談し、警察に届けに行くが協力してもらえず、自分たちでチラシを作ることになった。

 

街頭で蔵島と豊と3人で父の顔写真のチラシを配っていると、突然、楓はしゃがみ込み、携帯を二人に見せると、「ゲームオーバー」だと言い、チラシを投げ捨て踏み続け、二人に八つ当たりする。

 

携帯に届いたメッセージには「探さないで下さい。父は元気に暮らしています」と書かれていたのだ。

 

チラシを剥(は)がしていると、指名手配中の山内照己(てるみ)に写真と特徴が書かれたチラシが目に付いた。

 

楓は、爪を噛んでいたことも想起して、それが父の名を名乗っていた工事現場の男だと気づく。

 

楓は警察に懸賞金目当てに父が近づいたことを伝え、捜査を求めるが相手にされない。

 

かつて父が経営していたが家賃が払えず手放した卓球クラブに入り込み、パソコンでネット情報を調べると、「多摩8人殺害事件(名無し事件)」がヒットする。

 

犯人は、複数のアカウントを持ち、「SNSで被害者を誘い出し、廃墟に連れ込む」手口で、残忍な殺害を繰り返していた。

 

楓は蔵島の家で食事をし、泊まることになるが、途中で起きて家に帰る。

 

翌日、再び工事現場に行って、原田と名乗る男が降りたという駅に行くが、見つからない。

 

楓は卓球クラブに向かい、父を思って嗚咽するのである。

 

そこで、鼾(いびき)が聞こえ、ドアを開けると、山内が寝ていた。

 

「お父ちゃん、どこや…原田智」

「あー」

「どこにおるんや!」

「それは、有料コンテンツやね」

 

そう言い放ち、山内は一目散に逃げて行く。

 

楓は走って追い駆け、途中で自転車を借りて追い詰めるが、逆に首を絞められたところに、近所のおばさんから声をかけられると、山内はフェンス越しに逃げる。

 

楓は山内の足を掴み、その拍子にズボンが脱げてしまうが、山内はそのまま走り去っていくのだ。

 

ズボンのポケットの中から、父の携帯が見つかり、果林島行きの切符も出てきた。

 

豊に見せると、警察に行こうと言われるが、楓は絶対に嫌だ言うのだ。

 

もう、警察を信用していないのである。

 

「ほんま、止めようや。殺されてまうで」

 

楓は彼女になることを条件に、豊を一緒に果林島行きに誘う。

 

島に着いても手掛かりはなったが、突然パトカーのサイレンの音がして、走って向かうと、民家で人が死んで運ばれるところだった。

 

中にいる死体を父だと叫んで入ろうとする楓。

 

天を衝く少女の叫びが、闇のスポットを劈(つんざ)いていた。

 

  

人生論的映画評論・続: さがす('22)  生まれ変わった父を信じる力が、少女の底力の推進力と化していく 片山慎三 より

流浪の月('22)  小さくも、誰よりも清しい愛が生まれゆく

1  「お父さんは、お腹の中に悪いものができて、あっという間に死んじゃった。お母さんは彼氏と暮らしているよ…私、ずっとここにいていい?」

 

 

 

10歳の少女・家内更紗(以下、更紗=さらさ)が、公園のベンチで本を読んでいると、大粒の雨が降ってきた。

 

更紗は、そのまま本を読み続けていたが、そっと傘を差し伸べてきた見知らぬ青年に随伴する。

 

更紗は今、ファミレスに勤務し、恋人の中瀬亮(以下、亮)のマンションに同棲している。

 

亮の祖母の具合が悪いというので、田舎に様子を見に行くように促す更紗。

 

更紗も一緒にどうかと誘う亮。

 

「二人ともさ。田舎の人間だから、更紗の過去を知ったら驚くだろうけど、それで結婚は反対しないと思うよ。ちゃんと説明したら許してくれるよ」

 

更紗は、日曜日はシフトが入っていて、一緒に行けないと断る。

 

「もしかして、怒ってる?結婚の話」

「ううん。ただ、ちょっと驚いただけ」

「俺は、前から考えてたよ。だから、更紗は何も心配しなくていい」

 

二人はベッドで睦み合う。

 

「ねえ、亮君。私、亮君が思ってるほど、可哀そうな子じゃないと思うよ」

「うん、分かってる」

 

回想。

 

傘を差し伸べてくれた青年の名は、佐伯文(以下、文=ふみ)。

 

その文のベッドで寝入っていた更紗が起きると、文がじっと見つめていた。

 

「いつもあんなに寝るの?」

「最近、よく眠れなかったから。お父さんとお母さんと住んでる時は普通だった。今は、伯母さんちの厄介者だけどね」

「両親は?」

「お父さんは、お腹の中に悪いものができて、あっという間に死んじゃった。お母さんは彼氏と暮らしているよ…私、ずっとここにいていい?」

「…いいよ」

 

現在。

 

バイト仲間たちと飲みに行った帰り、同僚の佳菜子(かなこ)に誘われ、1階がアンティークショップで2階がバーらしきに店に入ると、そこはコーヒーしか置いておらず、マスターは愛想がなかった。

 

その男の声は明らかに文だったが、文が更紗と気づいたかは判然としない。

 

その夜、更紗はうなされる。

 

更紗は、再びその店を訪れ、アンティークグラスを見た後、2階のカフェで本を読む。

 

文が淹(い)れたコーヒーをじっくり味わう更紗。

 

そこに亮から電話が入り、慌てて帰宅する。

 

次の日、更紗は店長から、昨日、亮が電話で更紗のシフトを聞いてきたと知らされ、本当に彼が恋人なのかと案じているのだ。

 

それでも、更紗は文の店を訪ね、コーヒーを飲み、本を読む。

 

回想。

 

寡黙な文との生活を愉悦する更紗。

 

そこにテレビから、更紗が行方不明となっており、事件に巻き込まれた可能性を示唆するニュースが流れる。

 

テレビを消す文。

 

「私、帰ろうか?」

「帰りたいなら、いつでも帰っていいよ」

「ここにいたい」

 

頷く文。

 

「文、逮捕されちゃうかも。いいの?」

「よくはない。でも、色々なことが明らかになる」

「明らか?」

「皆に、バレるってこと」

「何が、バレるの?」

「死んでも、知られたくないこと」

 

晩ご飯の際に、更紗が伯母の家で、息子のタカヒロ性的虐待を受けていることを告白するのである。

 

「止めてって頼んでも、無駄だから。早くいなくなればいいのにって、それだけ考えてた」

 

そこまで回想した更紗に、コーヒーを運ぶ文。

 

突然、亮が店に入って来た。

 

更紗にカフェ巡りの趣味があるとは知らなかったと、本格的なマシンを買おうとスマホで調べ始める。

 

「亮君、お店に電話したでしょ。何で、私に直接聞かなかったの?」

「最近、更紗、変だから。心配でさ」

「変って、どこが?」

「急に仕事頑張り出したり、カフェにハマったり」

「それって、変な事なの?」

「変だよ。らしくない」

「亮君は、私の何を知ってるの?」

「更紗、変わったな。前は、そんな口答えしなかったのに」

 

亮が会計をして帰る二人を見つめる文。

 

その夜、亮が激しく更紗の体を求めてくるが、拒絶してしまうのだ。

 

回想。

 

傘を差し伸べた亮は、更紗に「大丈夫?」と声をかける。

 

「帰らないの?」

「帰りたくない」

「家、来る?」

「うん。行く」

 

現在。

 

あの時と同じように雨が降る中、傘も差さずに文の店を訪ねると、中から女性が出て来て、二人で傘を差して歩き出した。

 

更紗は二人の後を追い、文に声をかける。

 

「あの!私…」

 

振り返った文は、「最近、よく店に来てくれてますよね」と返すのみ。

 

二人はまた歩き出す。

 

「誰?」

「お客さん」

 

更紗は後を付け、二人がマンションに入っていくのを見届けた。

 

「良かった…」と嗚咽交じりで帰り、雲間の月を見上げるのである。

 

回想。

 

「ねえ、文、ロリコンって辛い?」

ロリコンじゃなくても、人生は辛いことだらけだよ」

 

湖で二人が補足された時のテレビ映像。

 

「文!」と叫ぶ更紗が、無理やり引き離されていくのだ。

 

現在。

 

雨に濡れて亮の元に戻ると、「祖母が倒れた」と震えながら言うや、更紗の腕を強く握り、一緒に行かないと田舎に帰らないと迫るのだ。

 

結局、祖母は無事で、農家を営む親族に二人で行き、早々に結婚の話が進んでいく。

 

顔を洗っていると、亮の従妹が声を掛けてきた。

 

「更紗さんの、その(腕の)アザ、亮君でしょ。うちの親も、おじいちゃんも、皆、気づいているよ…何だか、身内、皆で騙してるみたいで嫌だから言うけどさ、亮君、前の彼女の時も、そういう噂があってさ。まあ、更紗さんほどじゃないけど、前の彼女も結構、複雑な家庭で育ったみたいで。なんか、亮君、いつもそういう人、選ぶんだよね。そういう人なら、母親みたいに自分を捨てないって、思ってんじゃん」

「そういう人?」

「いざって時に、逃げる場所がない人?大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ」

 

笑顔で返す更紗。

 

回想。

 

更紗はベッドで泣いている。

 

「止めて、止めて」

 

目を覚ますと、文が傍に立っていて、安堵する更紗。

 

店の同僚とカラオケに、更紗が遅れて入ると、ネット情報で、誘拐事件の際の更紗の顔写真と共に、当時の犯人の顔写真と喫茶店で働く近況の目撃情報の画像を見せられ、近所にいるからと不安視される始末だった。

 

もう、限界だった。

 

文に会いにいくのである。

 

その足で更紗は、文の住んでいる古いマンションへ行き、ドアを叩くが反応がない。

 

亮がマンションに戻ると、真っ暗な部屋に更紗がうな垂れている。

 

食事の用意をしていない更紗が、コンビニへ行こうとすると、亮が佐伯の所へ行くのかと問い質す。

 

「何で、あいつなんだよ。しれっと、マスターなんか気取りやがって」

「亮君、文のこと知ってたの?」

「あんな奴が、いつまでも隠れていられる訳ないだろ。そのうち、ネットでバラされるのが落ちだって。更紗、いい加減、目覚ませよ。ちゃんと現実受け入れよう、な?」

「もしかして、亮君?文の写真。亮君が撮ったの?」

 

返事がない更紗が「嘘だよね?」と聞くが、やはり反応がない。

 

更紗は亮を睨み、胸倉を掴んで壁に体を押し付け、泣きながら叫ぶのだ。

 

「どれだけ文が辛い思いしてきたか!亮君!自分のやってること、分かってる?やっとだよ!やっと文が手に入れた幸せなのに。何で?おかしい…」

 

ガタガタと小刻みに震える亮は、思い切り、更紗の顔面を殴り倒した。

 

「文、文、文って、うるせいな!お前ら、どうなってんだ?あいつは、お前を誘拐した変態のロリコン野郎だろうが!」

 

亮は何度も更紗を蹴り飛ばし、激しく叩き続ける。

 

「何でだよ!お前も裏切んのか!お前も俺を捨てるんか!」

 

更にクッションで叩きつけ、蹲(うずくま)る更紗。

 

我に返った亮が近寄り、抵抗する更紗を暴力的に犯そうとする。

 

必死に掴んだスタンドで亮を殴り、更紗は家を出て、傷ついた体で裸足のまま街を彷徨するのである。

 

回想。

 

亮が見守る中、水に浮かぶ更紗は、昼間の月を見る。

 

「文、見て!月」

 

返事はなく、文が見ている方向には、警察とマスコミが迫っていた。

 

「逃げて!早く!」と亮の手を掴み訴える更紗の手を、文はしっかりと握り返す。

 

「更紗は、更紗だけのものだ。誰にも、好きにさせちゃいけない」

 

二人は引き離され、文は警察に逮捕されるに至る。

 

青年と児童が今、邂逅(かいこう)し、束の間のハネムーンが閉じていくのである。

 

  

人生論的映画評論・続: 流浪の月('22)  小さくも、誰よりも清しい愛が生まれゆく 李相日 より

前科者('21)  自己救済への長くて重い内的時間の旅

1  「人間だから、罪を犯してしまう。私はそれを止めたい」

 

 

 

「村上さん!いるのは分かってるんですよ。会社から電話がありました。無断欠勤はルール違反です!」

 

保護司の阿川佳代(以下、佳代)が、保護観察対象者の村上美智子(窃盗罪 仮釈中)の家を訪ね、玄関のドア越しに声をかける。

 

「うるさいよ!あの会社、人間関係最悪!あたしには合わないの」

「会社変ったの、もう3つ目じゃないですか。誰にだって、会社は面倒なところなんですよ」

「コンビニ勤めのあんたに、何が分かんのさ」

 

佳代(かよ)はその言葉に反応し、傘で窓を割る。

 

「コンビニで何が悪い!」

 

慌てて玄関から出て来た村上を叱咤し、諭していく。

 

「あなたは今、崖っぷちにいるんです!このままなら、奈落の底に真っ逆さまです。そうなったら、助けられなくなるじゃないですか」

 

村上は、静かに頷く。

 

【保護司は、仮釈放で出所した受刑者の保護観察にあたる】

 

遅れてコンビニに出勤すると、1時間待っているという女性から、父親のツケを払ってくれと請求される。

 

「もしかして、その人、髪のオデコから薄くて、銀縁眼鏡の?」

「そうそう。あんたのお父さん」

 

佳代は「クソッー!」と叫びながら自転車を走らせ、「父親」の保護観察対象者・田村(詐欺罪)の元に自転車を走らせた。

 

「20万円返せなかったら、無銭飲食じゃないですか。詐欺罪で仮釈放は取り消されます」

 

死んだ女房に似てたと言い訳をする田村に佳代は面罵(めんば)する。

 

「詐欺師!保護司騙して、どうする」

 

田村の妻は生きており、身元引受人を断られたいう佳代に、金を貸してくれという田村に「保護司は金を貸せない」と断る。

 

【保護司は、犯罪者の更生を助けることで犯罪を予防する。非常勤の国家公務員だが、報酬はない】

 

次に向かった保護観察対象者は、自動車整備工場で整備士として働く工藤誠(殺人罪)。

 

身元引受人の中崎の言葉。

 

「相変わらず口下手でな。一度も笑ったことねぇ。あれじゃ、彼女どころか、ダチもできねぇだろ。まあ、前科者らしいわ」

「はあ、確かに口下手ではありますけど」

「まあ、手先は器用だし、車好きそうだし、最後の弟子にしてもいいかなと…保護観察が明けたら社員にする」

「ありがとうございます」

 

佳代は満面の笑みを湛えて感謝を伝える。

 

半年前。工藤誠、出所初日。

 

牛丼を美味しそうに食べる工藤。

 

工藤が向かった先は、保護司の佳代の自宅。

 

佳代が自宅前を履き掃除していると、走っていた小学生3人の一人が転び、それを見た佳代は、「立ちなさい」と声をかける。

 

泣きながら立ち上がった男の子に、「よく頑張ったね」と言って、膝の怪我の手当てをしてあげるのだ。

 

その様子を遠くで見ていた工藤が近づいてくると、佳代は笑顔で深々と頭を下げた。

 

「お帰りなさい」

「よろしくお願いします」

 

自宅に上がった工藤は、佳代から保護観察についての説明を受ける。

 

「保護観察中の6か月間は、月に2度の定期報告が義務付けられています。場所はここ。私の自宅になります。やむを得ない理由で来られない時は、必ず連絡を入れて下さい。犯罪を誘発する人間や場所は訪ねたりしないで下さい」

 

神妙に返事をしていた工藤に、佳代は大きな声で宣言する。

 

「精一杯、工藤さんの更生に寄り添っていきたいと思います!」

 

そして、佳代はお腹が空いているだろうと、工藤に食事を持って来た。

 

牛丼だった。

 

「頑張りすぎないで下さいね。大切なのは、“普通”だと思うんです。頑張り過ぎたら普通じゃなくなります。普通って、人それぞれですけど、工藤さんの本当の普通は、保護観察に終わった後に始まると思うんです。だから、半年の間、じっくり自分と向き合って下さい」

 

その言葉に反応した工藤は、佳代に質問をする。

 

「阿川先生。覚えてないんです。先輩を刺した時の自分。気が付いたら先輩が倒れていて、頭の中が真っ白で、殺した時のこと、思い出そうとしても思い出せなくて。本当の自分は人殺しの自分で、また人を殺してしまうかも知れない。阿川先生。人殺しでも、更生できると思いますか?」

「はい。できると思います」

 

ここまで、若き保護司・佳代の熱心な仕事ぶりが伝わってくるシークエンスだった。

 

【現役の20代の保護司は僅か12人と言われる。因みに、40歳未満の保護司はたった0.8%である/「20代は日本でわずか12人だけ...。罪を犯した人の更生を支える「保護司」の切実な現状」より】

 

現在。

 

交番の巡査部長の金田が何者かに襲われ、拳銃を奪取される事件が起きた。

 

犯人は警官を撃ち、逃走している。

 

佳代は、東京保護観察所・処遇第一部門の保護観察官、高松に担当観察者の報告をする。

 

工藤が順調であることを二人で喜び、工藤のこれまでの苦労の過去の一端が明らかにされる。

 

「目の前で義理の父親に母親を殺害されたのが、10歳の時。二つ下の弟と二人、児童養護施設に入り、その後は施設と里親の家を転々として、24歳で就職したパン工場で、先輩から耳の鼓膜が破れるほど激しい暴力と虐めを受けた。どこにも行き場のなかった工藤は、虐めに耐えたが、4年後、包丁で先輩を刺殺する。殺害のきっかけは、先輩から受けた侮辱的な言葉だった。『お前のような奴は、生きていても意味がない。お袋みたいに殺されちまえばよかったのに』…他の犯罪に比べて、殺人の再犯率は低いんです。殆ど、一時の怒りや不満から衝動的に犯行に及んでしまう。工藤もきっと、そうだったんでしょうね」

 

工藤は仕事を終え、社長と共にラーメン屋で食事をしていると、若い男が相席し、ぶつぶつと何かを呟いている。

 

店を出たその男の後をつける工藤。

 

途中で佳代からの電話で、2日後の報告を神社で会うことを約束する。

 

佳代が自宅に帰ると、元受刑者で対象者だった斉藤みどりが友達を連れて上がり込み、すき焼き鍋を囲んで騒いでいた。

 

地下アイドルの社長をしているみどりが、打ち上げに佳代の家を選び、特上の牛を食べさせようとしたと言う。

 

喜んでそれを賞味する佳代。

 

「前科者なんか忘れて、もっと自分の違う人生を生きろ」

「みどりさん、更生って、生き返るっていう意味なんですよ。もう一度、人間として生き返るんです。そこに立ち会えるのって、なんか、すごくないですか?」

「前科者が生き返っても、せいぜいゾンビだろうけどな」

 

拳銃奪取事件を担当する滝本真司とベテラン鈴木充の2人の刑事。

 

一命を取り留めて入院中の金田に、滝本が事情聴取をする。

 

「心当たり、ありますか?」

 

「いいえ」と答える金田に、今度は鈴木が質問する。

 

「おいあんた、監察にマークされてるの知ってんだろ。かなりの要注意人物だ。警察官の立場を利用した脅迫に恐喝、後輩への暴行とハラスメント、相当、恨み買ってたんじゃないのか?」

 

その尋問を無視して、携帯のゲームを続ける金田。

 

再び、発砲事件が起きた。

 

繁華街で3人連れの中年女性の一人が撃たれ、田辺やす子という区役所の福祉課職員が死亡するに至った。

 

定期報告の日、約束通り神社にやって来た工藤と佳代は、公園の芝生に腰を下ろす。

 

保護観察が満了したら、お祝いに食事に行こうと佳代が誘うと、昔、母と弟と行ったラーメン屋に行きたいと言う工藤。

 

ここでお祝いをしようと言う佳代の顔を見て、工藤の顔が綻ぶ。

 

「阿川先生は、どうして保護司をしているんですか?」

「…話すと少し、長くなるんです。私も色々ありましたから」

「聞きたいです。長い話」

「それじゃあ、いつか折を見て」

「いつか、聞かせてください」

 

定期報告も残り一回となり、あと2週間で保護観察も終わる。

 

滝本と鈴木は、殺された福祉課の課長だった田辺やす子の上司や同僚に聞き込みをするが、「聖人」と言われるほど慕われ、恨みを買うような人物ではないとの証言を得る。

 

そこに、警視庁に送られてきた匿名メールを受け取った。

 

「偽善者に天罰が下った…」

 

一方、雷雨の中、工藤が訪ねたのは、弟の実(みのる)の住むアパートだった。

 

実に言われ、車を運転して着いた河川敷で、工藤は横になっている稔に声をかけるが返事がない。

 

先日、ラーメン屋で相席をした若い男が、その実だったのだ。

 

長年会っていなかったが、弟と気づいた工藤は、稔の後をつけ、声をかけた。

 

稔のアパートに着くと、稔はいきなり俯(うつぶ)せて苦しみ出す。

 

工藤が抱き起すと、「兄ちゃん、どこにも行かないで!どこにも行かないで、兄ちゃん」と泣きながら、言葉を繰り返すのだ。

 

医者に行こうと言うと、稔は違法薬物を口にする。

 

「そんなの飲んでたら、おかしくなるだろ」

「飲まないと死にたくなるから」

「どこで手に入れんだ」

「俺の体、買ってくれる人いるから」

 

施設で兄が出て行ったあと、激しい虐めに合った稔は、働いても給料も低く、誰からも相手にされず、社会で孤立し、極度の薬物依存症になっていた。

 

実が起き上がり、散歩に行こうと言うので、二人は車を降りて、橋の下の河川敷に腰を下ろした。

 

「兄ちゃんに会えて嬉しい」

「俺も」

 

急に立ち上がった稔はフードを被り、自転車に乗った男が近づくや、いきなり発砲した。

 

驚いた工藤が倒れた男に近づくと、自分も知っている養護施設職員の浅井だった。

 

車に走って戻った実に、工藤が問い詰める。

 

「お前、何やってんだ!」

「だって、もうやっちゃったもん」

「警察、行こう。自首しよう」

「やだよ。俺、死刑になっちゃう」

 

銃を渡せと怒鳴る工藤に、実が渡したのは、写真付きの殺害リストだった。

 

「お母さんに何もしてくれなかったお巡りさん、お母さんを必ず助けるって言った人、俺に薬を飲ませた先生…弾はまだ残ってる…殺さないと変われない。俺も、兄ちゃんみたいになりたいから」

「ダメだよ!」

「兄ちゃん、一緒にやろう」

 

最後の定期報告日に工藤が来ないので、佳代は社長をかけ、工藤の部屋に走っていく。

 

上司の高松に相談する佳代。

 

「仮釈放は取り消され、見つかれば逮捕、刑務所に収監されることになるでしょう」

「私はこれから工藤さんを探そうと思います」

「もう、我々にできることはありません」

 

その夜、みどりが佳代の家を訪ね、本を貸して欲しいと探し、中原中也(昭和初期に夭折した詩人)の詩集を手にすると、「殺す!」といくつも殴り書きされているページを見つけてしまう。

 

「これは貸せません!秘密です」

 

慌てて本を奪い取る佳代。

 

「私にだって、他人に入って欲しくない場所があるんです!」

「他人か。友達だったら貸してくれんのか」

 

嫌味を言って、去っていくみどり。

 

一方、殺された浅井を知る元養護施設担当の内科医を訪ね、事情を聴く滝本と鈴木。

 

浅井は施設の子供たちをすぐ殴り、暴れると薬を飲ませたと話す内科医。

 

軍隊並みの厳しい環境で、当時は内科医でも精神科の薬を処方することができたのだった。

 

被害者の爪に付着していたDNAから、容疑者が工藤誠と判明し、10歳まで浅井の働く施設にいたことで関係も繋がった。

 

仮釈放中ということで、滝本らは保護司である佳代の元にやって来た。

 

その滝本は、佳代の中学時代のボーイフレンドだった。

 

工藤の所在を聞かれるが、犯人と信じられない佳代は、何も答えられないと言う。

 

「保護司なんて、何も知らない。本当の工藤さんのこと、私は何も知らないの!」

 

佳代は過呼吸になり、その場で倒れ込んでしまう。

 

忌まわしい過去の思い出がフラッシュバックするのだ。

 

滝本と二人で公園を歩いていると、佳代はベンチに座っている男と目が合う。

 

一人で帰るところで、再びその男が現れ、「バカにしやがって」と言いながら、刃物で佳代に襲いかかって来た。

 

そこに、滝本の父親が入り込み、男に刺されて落命する。

 

自宅に佳代を送って来た滝本は、佳代と結ばれるところで、父が殺された時の事を思い出す。

 

「あの人殺しは今、刑務所を出て、普通に暮らしてる」

「人間だから、罪を犯してしまう。私はそれを止めたい」

「阿川。人殺しは人間じゃないよ。工藤誠は、また人を殺したじゃないか。苦しむ遺族を生んだじゃないか。工藤から連絡があったら、教えてくれ」

 

最後は、現役刑事としての立ち場を崩すことなく立ち去っていく滝本。

 

その後、偽善者と告発するメールを送ったのは、実は田辺の部下の森山だった事実が判明する。

 

25年前、工藤の母親が殺された事件でのミスをした田辺が、正規の職員に取り立てることを条件に罪を被ったのだった。

 

「幸恵さんが相談に来るとき、子供を連れて来たことがありますか?」

「いつも、男の子が二人。お母さんにベッタリだった」

 

そこで滝本は工藤の顔写真を見せ、確認する。

 

回想。

 

父が犠牲になった事件後、図書館にある中原中也の詩集に、殴り書きをする滝本。

 

「殺す、殺す、お前は、なぜ生きている」

 

その様子を見ていた佳代は、本を手に取り、そのページを見て涙を零し、カバンに入れて持ち帰る。

 

現在。

 

佳代は、工藤が勤めていたパン工場に行き、元同僚に話を聞く。

 

「ずっと独り。ずいぶん虐められていたから。事件の時は、お袋のことバカにされて、なんかブルブル震え出してさ。震えが収まったと思ったら、あっという間に先輩を刺しちゃった…でも、倒れた先輩の血が床に広がり出して、それを見た途端、包丁を放り投げて、急に半狂乱になって叫び出して」

「何を、工藤さんは叫んだんですか?」

「母さん、ごめんなさい。護れなくてごめんなさい。そんなこと」

 

一方、滝本たちが入院中の金田に、25年前の事件を追及する。

 

相変わらず、捜査に非協力的な金田を暴力的に脅し、吐かせるのだ。

 

「殺された女房から、事情を聴いているときに、知り合いから急用の電話があって、夫婦でよく話し合うようにって、帰ってもらった」

「知り合いって」

「行きつけの店のホステス」

「お前、姉ちゃんに会いたくて、相談に来た女房を、暴力亭主の元に返したのか!おい、お前が職務全うしてりゃ、女房、死なずぬ済んだじゃないか!」

 

工藤と稔が次に車で向かったのは、母親を殺して、今警備員をしている義父の遠山だった。

 

「あんな小さかったのか」

 

遠くで遠山を見た工藤が呟いた。

 

「お母さん死んじゃったのに、笑ってるよ」

 

実がそう言うと、工藤の脳裏には、死んだ母親の姿が浮かんでくる。

 

佳代の元に工藤から電話が入るが、警察に盗聴されていた。

 

「今、どこにいるんですか?」

「ご迷惑をおかけしました。阿川先生」

「一体、何があったんですか?」

「やっぱり戻れない」

「何を言ってるんですか。ちゃんと答えてください」

「もうすぐ終わりにします」

「私は、工藤さんと、ラーメンが食べたいです。待ってます。あのラーメン屋で待ってます。だから来てください。一時間後。9時に来てください。必ず来てください」

 

佳代が店の前で、2時間待っても工藤はやって来なかった。

 

警察が店内で待機していたことを知り、佳代は怒りをぶつける。

 

警察は撤収し、佳代は店に入ると、隣に滝本が座る。

 

工藤について話を聞きたいと言う佳代。

 

「なぜ、そこまで工藤に拘る」

「彼の更生に寄り添うと、約束したの。私は、人が更生するために、本当に何が必要なのか分からなくなってる。だから知りたいの」

 

沈黙の中から言葉を発する滝本。

 

「3人の被害者は、全員が工藤誠の転落に関わっていた。襲われて銃を奪われた警官は、工藤の母親から夫の虐待の相談を受けていた。でも、無視した。二人目の被害者は、工藤の母親が夫から逃れようと転居を相談した福祉課の職員だった。でも、伝達のミスで転居先の住所を夫に知られ、母親は殺された」

「3人目の被害者は?工藤さんに何をしたの」

「母親を亡くして、工藤と弟は施設に入った。そこで二人は、管理のために暴力を振るわれ、薬を飲まされた」

「4人目は誰?」

「もう聞くな。俺たちに任せろ」

 

そう言って、滝本は店から出て行くが、残された佳代は泣きながらラーメンを啜るのだ。

 

  

人生論的映画評論・続: 前科者('21)  自己救済への長くて重い内的時間の旅 岸善幸 より