1 「音楽をする理由がある」
シェイファー音楽院 秋学期
ジャズ・ドラマーとして有名なバディ・リッチに憧れる19歳のアンドリュー・ニーマン(以下、アンドリュー)は、最高峰のシェイファー学院の教室でドラムの練習をしていると、突然高名な指導者フレッチャーが入って来た。
フレッチャーはアンドリューの演奏を聴き、名前を訊ねるが、甚振(いたぶ)るような態度で接してくるものの、アンドリューはフレッチャーのクラスに引き抜かれ、その練習初日に、フレッチャーの異常とも言える厳しい指導の一端を見せつけられた。
“ウィップラッシュ”の練習中、「音程のズレている奴がいる。忌々しい」と演奏をストップし、自己申告しろと迫るが、誰も答えず緊張が走る。
一人一人演奏させ、トロンボーン奏者のメッツがズレているのを認めさせ、自己申告しなかったと言うや、徹底的に罵詈雑言を浴びせるのだ。
「足手まといも限界だ。デブ野郎。音程よりメシが大事か…メッツ、なぜ座ってる?出てけ!」
メッツが出て行くと、フレッチャーは何食わぬ顔で言い放つ。
「メッツはズレてない。お前だ。エリクソン。だが自覚のなさが命取りだ」
フレッチャーは、間違った指摘に反駁できず、泣き出すメッツの自我の弱さを嫌悪したのだった。
休憩中、フレッチャーはアンドリューに話しかけ、身内に音楽家はいないかと訊ね、いないと答えると、偉人たちの演奏を聴けとアドバイスする。
「バディ・リッチ、J・ジョーンズ、チャーリー・パーカーが“バード”(パーカーの愛称)になった理由は、シンバルを投げられたから。分かるか?緊張しなくていい。採点など気にするな。他の連中の言うことも。音楽をする理由があるだろ?」
「音楽をする理由がある」
認められたことで笑みを浮かべ、休憩後の練習でアンドリューがドラムを叩くと、リズムが合わないと何度もやり直しさせられ、遂に椅子が投げられた。
テンポが速いか遅いかを答えろと問われ、「分からない」と答えるアンドリューに、4ビートを繰り返し言わせ、その度に頬を叩くフレッチャーが怒鳴り散らす。
「わざと私のバンドの邪魔をするとブチのめすぞ!…何てことだ。低能を入学させたとは!」
フレッチャーの容赦のない罵倒に、アンドリューの目から涙が零れると、更に「悔しい!」と何度も大声で言わせられる。
この一件以降、スティックを持つ手の皮が剥け、血が滲んで何度も絆創膏を貼り直して、鬼のように激しい練習に励むアンドリュー。
コンテストで、シャイファー音楽院のスタジオバンドとして一曲目の演奏を終え、ドラムの主奏者であるタナ―から預かった譜面をアンドリューが紛失してしまう。
タナ―が出演できないとフレッチャーに告げると、アンドリューは暗譜していると申し出て、交代することになった。
アンドリューが演奏して、見事にシェイファー音楽院が優勝する。
まもなく、アンドリューが主奏ドラマーに抜擢され、タナ―はアンドリューの譜面めくりに降格させられた。
ほくそ笑むアンドリュー。
父方の親戚の集まりで、従兄弟たちの自慢話になるが、アンドリューも負けじと自己アピールする。
「学院内でも最高のバンド、つまり全米一のバンドに所属。主奏者だから、いろんなコンテストで叩く。メンバーの中で最年少なのに」
しかし、堅実な父や親戚とは話が噛み合わず、アンドリューはあくまでも自分の理想を語る。
「文無しで早世して名を残したい。元気な金持ちの90歳で忘れ去られるよりね」
その後、音楽院では、新譜で倍速の演奏を求められるが、仮の主奏者でしかないアンドリューは、前のバンドで一緒だったコノリーと競争させられることになった。
コノリーが演奏し始めるとすぐ、「完璧だ。これぞ私のバンドの美だ」と褒めちぎるフレッチャー。
「本気ですか?今のクソ演奏で?」
アンドリューが喰ってかかると、「戦って勝ち取れ!」とどなり返されるのみ。
意を決したアンドリューは、ガールフレンドのニコルに一方的に別れを告げる。
「会わない方がいい。僕の将来のためだ。何度も考えたけど、それがベストだ。ドラムを追求するには、もっと時間が必要なんだ。君と会う余裕なんてない。会っても…僕は偉大になりたい」
「何様のつもり?別れるのが正解ね」
跳ねっ返りの青春の一端が、そこに垣間見える。
いつものように練習室にフレッチャーがやって来ると、自分の教え子のトランペット奏者ショーン・ケーシーのCDをかけ、彼について語る。
その彼が自動車事故で亡くなったと、今朝連絡を受けたと、涙を流すフレッチャー。
「教えたかった。彼がいかに優れた奏者だったか。本当に悔しい…すまない」
フレッチャーは「よし」と切り替えて、ジャズの名曲“キャラバン”の練習が始まると、コノリーは即時にアンドリューに交代させ、更にタナ―に交代させる。
他の演奏者には休憩と取らせ、この3人の交代が延々と続く。
罵声を浴びながら、3人は汗だくでドラムを叩き、最後にスピードアップを求められたアンドリューの血が滴(したた)り落ちるほどの激しい演奏が、漸との事で(やっとのことで)フレッチャーに認められた。
「ニーマン、主奏者だ」
ダネレン大会の当日
会場へ向かうバスが故障し、アンドリューはレンタカーを借りて現地向かうが、遅刻したことで、フレッチャーに降板が言い渡される。
アンドリューはそれでも「僕のパートだ」と食い下がり、レンタカー会社に置き忘れたスティックを取りに、ステージに上がる10以内に車で戻ろうとして、交通事故を起こしてしまうのだ。
大怪我を負ったアンドリューは、横転した車の下から這い出て、衝突した車の運転者の呼びかけも振り切って、スティックを抱えて会場へと走っていく。
もはや狂気だった。
血だらけの姿のまま、何食わぬ顔でステージのドラム席に着いて演奏が始まるが、思うように腕が動かず、スティックを落としてしまう。
「ニーマン、終わりだ」
フレッチャーに宣告されたアンドリューは、会場の客席に向かって謝罪するフレッチャーに飛びかかった。
「フレッチャー 死ね!」
そう叫び、暴れるが、もう手遅れだった。
アンドリューの音楽人生の呆気ない幕切れが映像提示されたのである。