セッション('14)   光芒一閃する青春の炸裂

1  「音楽をする理由がある」

 

 

 

 シェイファー音楽院 秋学期

 

 ジャズ・ドラマーとして有名なバディ・リッチに憧れる19歳のアンドリュー・ニーマン(以下、アンドリュー)は、最高峰のシェイファー学院の教室でドラムの練習をしていると、突然高名な指導者フレッチャーが入って来た。

 

フレッチャーはアンドリューの演奏を聴き、名前を訊ねるが、甚振(いたぶ)るような態度で接してくるものの、アンドリューはフレッチャーのクラスに引き抜かれ、その練習初日に、フレッチャーの異常とも言える厳しい指導の一端を見せつけられた。

 

“ウィップラッシュ”の練習中、「音程のズレている奴がいる。忌々しい」と演奏をストップし、自己申告しろと迫るが、誰も答えず緊張が走る。

 

一人一人演奏させ、トロンボーン奏者のメッツがズレているのを認めさせ、自己申告しなかったと言うや、徹底的に罵詈雑言を浴びせるのだ。

 

「足手まといも限界だ。デブ野郎。音程よりメシが大事か…メッツ、なぜ座ってる?出てけ!」

 

メッツが出て行くと、フレッチャーは何食わぬ顔で言い放つ。

 

 「メッツはズレてない。お前だ。エリクソン。だが自覚のなさが命取りだ」

 

フレッチャーは、間違った指摘に反駁できず、泣き出すメッツの自我の弱さを嫌悪したのだった。

 

休憩中、フレッチャーはアンドリューに話しかけ、身内に音楽家はいないかと訊ね、いないと答えると、偉人たちの演奏を聴けとアドバイスする。

 

バディ・リッチ、J・ジョーンズ、チャーリー・パーカーが“バード”(パーカーの愛称)になった理由は、シンバルを投げられたから。分かるか?緊張しなくていい。採点など気にするな。他の連中の言うことも。音楽をする理由があるだろ?」

 

「音楽をする理由がある」 

 

認められたことで笑みを浮かべ、休憩後の練習でアンドリューがドラムを叩くと、リズムが合わないと何度もやり直しさせられ、遂に椅子が投げられた。

 

テンポが速いか遅いかを答えろと問われ、「分からない」と答えるアンドリューに、4ビートを繰り返し言わせ、その度に頬を叩くフレッチャーが怒鳴り散らす。

 

「わざと私のバンドの邪魔をするとブチのめすぞ!…何てことだ。低能を入学させたとは!」

 

フレッチャーの容赦のない罵倒に、アンドリューの目から涙が零れると、更に「悔しい!」と何度も大声で言わせられる。

 

この一件以降、スティックを持つ手の皮が剥け、血が滲んで何度も絆創膏を貼り直して、鬼のように激しい練習に励むアンドリュー。

 

コンテストで、シャイファー音楽院のスタジオバンドとして一曲目の演奏を終え、ドラムの主奏者であるタナ―から預かった譜面をアンドリューが紛失してしまう。

 

タナ―が出演できないとフレッチャーに告げると、アンドリューは暗譜していると申し出て、交代することになった。

 

アンドリューが演奏して、見事にシェイファー音楽院が優勝する。

 

まもなく、アンドリューが主奏ドラマーに抜擢され、タナ―はアンドリューの譜面めくりに降格させられた。

 

ほくそ笑むアンドリュー。

 

父方の親戚の集まりで、従兄弟たちの自慢話になるが、アンドリューも負けじと自己アピールする。

 

「学院内でも最高のバンド、つまり全米一のバンドに所属。主奏者だから、いろんなコンテストで叩く。メンバーの中で最年少なのに」

 

しかし、堅実な父や親戚とは話が噛み合わず、アンドリューはあくまでも自分の理想を語る。

 

「文無しで早世して名を残したい。元気な金持ちの90歳で忘れ去られるよりね」

 

その後、音楽院では、新譜で倍速の演奏を求められるが、仮の主奏者でしかないアンドリューは、前のバンドで一緒だったコノリーと競争させられることになった。

 

コノリーが演奏し始めるとすぐ、「完璧だ。これぞ私のバンドの美だ」と褒めちぎるフレッチャー。

 

「本気ですか?今のクソ演奏で?」

 

アンドリューが喰ってかかると、「戦って勝ち取れ!」とどなり返されるのみ。

 

意を決したアンドリューは、ガールフレンドのニコルに一方的に別れを告げる。

 

「会わない方がいい。僕の将来のためだ。何度も考えたけど、それがベストだ。ドラムを追求するには、もっと時間が必要なんだ。君と会う余裕なんてない。会っても…僕は偉大になりたい」

「何様のつもり?別れるのが正解ね」

 

跳ねっ返りの青春の一端が、そこに垣間見える。

 

いつものように練習室にフレッチャーがやって来ると、自分の教え子のトランペット奏者ショーン・ケーシーのCDをかけ、彼について語る。

 

その彼が自動車事故で亡くなったと、今朝連絡を受けたと、涙を流すフレッチャー。

 

「教えたかった。彼がいかに優れた奏者だったか。本当に悔しい…すまない」

 

フレッチャーは「よし」と切り替えて、ジャズの名曲“キャラバン”の練習が始まると、コノリーは即時にアンドリューに交代させ、更にタナ―に交代させる。

 

他の演奏者には休憩と取らせ、この3人の交代が延々と続く。

 

罵声を浴びながら、3人は汗だくでドラムを叩き、最後にスピードアップを求められたアンドリューの血が滴(したた)り落ちるほどの激しい演奏が、漸との事で(やっとのことで)フレッチャーに認められた。

 

「ニーマン、主奏者だ」

 

ダネレン大会の当日

 

会場へ向かうバスが故障し、アンドリューはレンタカーを借りて現地向かうが、遅刻したことで、フレッチャーに降板が言い渡される。

 

アンドリューはそれでも「僕のパートだ」と食い下がり、レンタカー会社に置き忘れたスティックを取りに、ステージに上がる10以内に車で戻ろうとして、交通事故を起こしてしまうのだ。

 

大怪我を負ったアンドリューは、横転した車の下から這い出て、衝突した車の運転者の呼びかけも振り切って、スティックを抱えて会場へと走っていく。

 

もはや狂気だった。

 

血だらけの姿のまま、何食わぬ顔でステージのドラム席に着いて演奏が始まるが、思うように腕が動かず、スティックを落としてしまう。

 

「ニーマン、終わりだ」

 

フレッチャーに宣告されたアンドリューは、会場の客席に向かって謝罪するフレッチャーに飛びかかった。

 

フレッチャー 死ね!」

 

そう叫び、暴れるが、もう手遅れだった。

 

アンドリューの音楽人生の呆気ない幕切れが映像提示されたのである。

 

  

人生論的映画評論・続: セッション('14)   光芒一閃する青春の炸裂  デイミアン・チャゼル  より

MINAMATA-ミナマタ-('20)  異国の地で、呼び覚まされた写真家の本能が炸裂する

1  「どうか僕に、家族な大事な時間を共有させてほしい。そうすれば、あなたたちの闘いを手伝える」

 

 

 

ニューヨーク 1971年

 

離婚した妻子に見放され、酒浸りで落ちぶれた生活を送る写真家、ユージン・スミス(以下、ジーン)。

 

かつて専属カメラマンをしていたライフ誌に行き、盟友であり、編集部トップのボブを相手にクダを巻くが相手にされない。

 

機材を売り払い、滞納した家賃や子供たちに送る金を作ると遺言を録音していた、まさにその時、富士フィルムの社員を連れ、通訳のアイリーンがCM撮影の依頼で訪れた。

 

彼女の本当の目的は別にあった。

 

後日のこと。

 

「日本のある企業が、何年もの間、海に有毒物質を垂れ流してる。チッソ株式会社です。大勢が病気で命を落としてます。助けが必要なの。患者たちの闘いに世界の注目を集めたい。来週の株主総会の様子を撮ってください」

「もう日本には行かないよ。沖縄戦の撮影で懲りた」

「25年前の話でしょ」

 

ジーンはその依頼を断ったが、アイリーンは現地の様子を伝える資料と連絡先を置いて帰って行った。

 

その資料を見て衝撃を受けたジーンは、ライフ誌の編集会議に乗り込んで写真を見せ、企画を持ち込んだが、ボブの明確な賛同を得られなかったものの了承される。

 

「絶対に失望させない」と言い切るジーンはアイリーンと共に、熊本に向かった。

 

途中、沖縄戦の従軍記者だった時の戦場の光景がフラッシュバックする。

 

ジーンとアイリーンが寄宿するのはマツムラタツオ、マサコ夫妻の家だった。

 

「脳性マヒ」と診断されている長女アキコを含む6人の子供を育てるマツムラ夫妻の家族は、アキコと共に強い絆で繋がっていると話す。

 

タツオはチッソで運転手をしており、生活は立ち行かないと言う。

 

アイリーンは夫妻にジーンの感謝の言葉と、アキコの写真を撮りたいと通訳するが、タツオは「勘弁してください」と言って断った。

 

翌朝、ジーンは漁村を歩き、地元の人たちの写真を撮っていく。

 

中には露骨にカメラを避ける人たちもいるが、自主交渉派の人たちは違うと、息子が胎児性水俣病のキヨシは、ジーンに話す。

 

16ミリカメラを持つキヨシの手は震え、視野狭窄で、自身も水俣病の症状が出ているが、認定されていない。

 

「君たちが目指すものは?」

チッソは否定しています。我々の苦しみを。社長に直接会って、それでもまだ否定できるか問いたい」

「彼が耳を傾けると?」

「どうでしょう。注目が集まれば無視できないはずだ。あなたがいれば勝機が増す」

 

チッソ水俣工場の前で、座り込みの集会でスピーチする地元住民代表のヤマザキ・ミツオ。

 

「こん水俣病は、偶然でも遺伝でもなか。責任ば問われるべき、害悪の根元がはっきりしとる。皆さん、我々には選択肢があるとです。声ば上げて、世界中に知らすこつんできる、でん、そん声が大きくなれば、いずれ相手も聞かざるを得んだろうたい。責任ば取るまで、ここば動かん!」

 

そう言うや、ミツオは工場の門の鉄柵に自身を鎖で巻き付けた。

 

チッソの社員と揉み合いになる様子を16ミリカメラで撮るキヨシ。

 

ジーンはカメラを持って佇むだけだった。

 

その後、酒を飲みながらやって来て、ベンチに座った水俣病の障害を持つ少年・シゲルに一方的に語りかけ、持っていたカメラを首にかける。。

 

言葉が通じず、最初は怪訝(けげん)そうな顔をしていた少年は、カメラを受け取ると笑顔になり、反(そ)り返った手で写真を撮り始め、補助器具を付けた足で歩き、サッカーをしている少年たちにカメラを向けていく。

 

ジーンがマツムラ宅へ戻ると、カメラを手放したことをアイリーンに叱咤される。

 

程なく、キヨシがジーンのためにニューヨークの自宅の暗室を再現したという小屋に案内された。

 

ボブから電話が入り、ジーンの記事を大きくすると伝える。

 

「来月、ストックホルムで国連人間環境会議が。これに水俣問題に絡めたい…反核団体も協力してくれる。世界保健機関もだ」

 

締め切り厳守を指示され、プレッシャーがかかるジーン。

 

幸いにも、地元の人たちがカメラとフィルムを提供してくれた。

 

そこにシゲルもカメラを返しにやって来て、ネガを写真にする方法を聞かれたジーンは、アイリーンに促され、シゲルの手を持って現像方法を教えていく。

 

「僕に触るの、怖くない?」

「怖いもんか」

 

ジーンの手も震えている。

 

「おっちゃんも水俣病ね?」

 

アイリーンも写真撮影を手伝うと言うが、そんな簡単なことではないとジーンは語る。

 

アメリカ先住民は、写真が被写体の魂を奪うと信じてた。だが秘密は他にもあるんだ。写真は、撮る者の魂の一部も奪い去る。つまり写真家は無傷ではいられない。撮るからには、本気で撮ってくれ。約束だ」

 

チッソ水俣工場附属病へカメラを隠して潜入し、患者さんたちの許可を得て写真を撮り、キヨシはその様子をビデオに録る。

 

「撮ってもいいけど、顔は勘弁してくれと」

「瞳の奥にあるものを撮りたい。そこに真実があるんだ。共感を得るには…」

「あなたも共感を示して」

 

ジーンは顔を隠した患者の手を写した。

 

3人はチッソが隠しこんでいる地下のラボから資料を持ち出す。

 

アイリーンはその資料を手にジーンに訴える。

 

「博士が工場廃水を与えた猫は、患者と同じ症状を示してた。けい縮に、マヒ、全身けいれん、有機水銀中毒の症状そのものよ。脳組織がボロボロになる。チッソは15年前から知ってた。すべてを知りながら、毒を流し続けてたのよ!」

 

ジーンは、アイリーンにそのままカメラを向けることを促す。

 

アイリーンに現像の仕方を教えるジーン。

 

「現場で何を感じたか。それを思い出せ。不快感か、あるいは脅威や悪意か…」

 

チッソ工場前の集会で演説するヤマザキにカメラを向けるジーン。

 

「もし人が、今でも万物の霊長と言うとなら、こぎゃん毒だらけの世の中ば、ひっくり返さんといけません。なんが文明か。数も知れんごつ多くの命ば犠牲にして、なんが高度成長か。我々ん青く美しか海が、こん人たちによって死の海にされてしもうたとです。もし、あんた人なら、立ち上がってください。闘ってください!戦争の嫌いな我々が起こす戦争です!闘わにゃなりません!そしてこれば、人類最後の戦争にしようじゃありませんか!立ち上がってください!」

 

一台の車がやって来て、突然、ジーンは拘束され工場の敷地内へ連れて行かれた。

 

ジーンを迎えた社長は、自主交渉派と切り離すために、排水の浄化装置を設置して水が如何に安全かをアピールしたり、自ら工場内を案内し、世の中に必要な物質を作っているかを解説したりして、ジーンに理解を得ようとする。

 

「我が社の製品は肥料に使われ、大勢の食を支えてる。プラステックや医療品の製造にも必要です。写真の現像用薬品にも使われますし、35ミリフィルムの材料になることも。あなたも無縁ではないはずです。我々は地元住民の雇用を支えてる。抗議者たちの思惑どおり操業停止でもしたら、どうなります?」

「俺が知るもんか」

 

生活が困窮するジーンの足元を見て、カネで懐柔しようとする社長に言い放つ。

 

「友達になれるかと思ったが、悲しいかな勘違いだったらしい。あんたはウソつきのクズ野郎だ」

 

社長は更にジーンに対し、説得にかかる。

 

「私はビジネスマンだ。地元住民に対しても、1920年代から見舞金を払ってきました。社の予算に組み込まれている」

 

家族に迷惑をかけてきたジーンに、5万ドルが入った封筒を手渡すのである。

 

「ご自身の過ちを償うチャンスです。それで、失望させた人たちを養える」

 

ツムラの家でアキコを初めて見たジーンは、マサコが買い物をする間、1時間だけアキコを預かることになる。

 

アキコを抱いて海が見えるベランダに座り、優しく歌いかけるジーン。

 

「“君が神様に愛され願いを叶えられますように いつも誰かを助け助けられますように 星へと続くハシゴを登れますように いつまでも若々しくいられますように…”」

 

ジーンはヤマザキの自宅で寛いでいると、警官が家宅捜索と称して部屋を荒らして帰って行く。

 

写真を撮り続けるジーンは衝撃を受ける。

 

ここでジーンは、社長から5万ドルとネガの引き渡しを断ったことを思い起こす。

 

仕事場で作業に没頭するジーンだったが、その納屋が何者かによって放火され、画像は燃え尽きてしまった。

 

「もう終わりだ。俺は手を引く。ついてくるな。君まで身を滅ぼすぞ」

 

止めようとするアイリーンを振り切り、ジーンは闇に消えて行った。

 

ジーンは酒を浴び、寝入っているボブを電話で起こし、もう降りると泣き言を並べる。

 

ボブがいくら説得しても、聞こうとしないジーン。

 

ボートで寝ていると、シゲルがやって来て、ジーンにカメラを向ける。

 

暮れなずむ海の写真を二人が撮る構図が提示された。

 

まもなく、自主交渉派の集会に顔を出したジーンは、彼らに協力を求める。

 

「どうか僕に、家族な大事な時間を共有させてほしい。そうすれば、あなたたちの闘いを手伝える。だから皆さんに伺いたい。かけがえのない親密な家族の時間を僕と分かち合ってもかまわないという方は?最大限の配慮と敬意をもって撮ると約束します」

 

最初はジーンを黙って見つめるだけだったが、2人が手を挙げると、それに続いて全員が挙手するのだった。

 

「ありがとう」と感謝の気持ちを伝えたジーンは、患者家族や工場排水のモノクロの写真を撮っていくのだ。

 

  

人生論的映画評論・続: MINAMATA-ミナマタ-('20)  異国の地で、呼び覚まされた写真家の本能が炸裂する  アンドリュー・レヴィタス  より

わたしは最悪。('21)   終わりが見えない「自分探し」の旅に終止符が打たれいく

1  「あなたは説明したがるけど、私は、ただ素直に感じたいの」

 

 

 

序章

 

「ユリヤは失望した。集中できない。成績はいいのに、次々と入る情報で気が散る。世界では解決できない問題が山積。不安な時は、猛勉強や“デジタル漬け”で紛らわそうとしていた。これは自分じゃない。医大は成績優秀者にふさわしい進路だ。それだけの理由でユリヤは医学を志した。その時、分かった。自分が好きなのは魂だ。肉体ではない…」(ナレーション)

 

「私が好きなのは、人間の内面や感情なの」

 

ユリヤは心理学の授業を受講する。

 

「同級生は皆、未来のカウンセラーだ…ところが、また詰め込み教育。私の人生は、いつ始まるの?…彼女は視覚の人間だった」(ナレーション)

 

今度は、写真家になると言い出す。

 

「学生ローンは、カメラ代で消えた。逃げも尻込みもしない。アルバイトをしつつ、写真家の道へ。新たな出会い。これぞ天職。今やオスロは違う街。新しい場所。新しい友達」(ナレーション)

 

そこで性差別表現のある作品で有名な「ボブキャット」の作者、アクセルを出会う。

 

ユリヤは恋に落ち、年の離れたアクセルと共同生活が始まる。

 

 

  • ほかの人々

 

アクセルの兄弟たちが子供を連れて集まり、休暇を共に過ごす。

 

活発に遊ぶ子供たち中心の集まりに戸惑うユリヤは、その夜、アクセルが子供を欲しいという話になり反発する。

 

「もうすぐ30歳だ。子供がいてもいい。僕は44歳だ。先の人生を考えるさ…」

「休暇も、そっちの仕事の都合に合わせてばかり…」

「子育てには僕も参加する。僕は子供が欲しいんだ…君なら、いい母親になるよ」

「私もいつかは子供が欲しいけど、今は分からない…」

「産む前に、何かを待ってるのか?」

「何かは分からない…あなたの都合と希望に合わせるのは嫌よ」

「分かった。なら、君の希望を聞こう」

 

ユリヤはそれには答えず、ベッドに入る。

 

 

第3章 浮気

 

アクセルの出版記念パーティーから先に家に帰るユリヤは、夕陽を眺めながら歩き、涙ぐむ。

 

通りがかりのパーティー会場に入り込み、ワインを飲んで見知らぬ男性に近づき、性的な会話を交えて接近するが、結局、朝まで何事もなく過ごし、別れ際に互いに名前を訊ねる。

 

「ユリヤ」

「僕はアイヴィン…」

「…さようなら」

「これ、浮気?」

「違うわ」

「だよな」

 

 

第3章 #MeeToo時代のオーラルセックス

 

ユリヤは「#MeeToo時代のオーラルセックス」というテーマで文章を書いている。

 

それをアクセルに読んでもらうと、「独創性がある」と褒められる。

 

「“#MeeToo時代のオーラルセックス”はネットで公開され、反響を呼び、議論となった」(ナレーション)

 

 

第4章 私たちの家族

 

30歳の誕生日のお祝いで、アクセルと共に実家を訪れるユリヤ。

 

来るはずだった父親は腰痛で行けないと言う。

 

「母エヴァは30歳で離婚。ひとりでユリヤを育て、出版社で経理を担当…祖母は30歳の時、3人の子を持ち、イプセンの演劇に出演した。曾祖母は30歳で夫を亡くし、4人の子供を育てた。曾祖母の母親は子供が7人。2人は結核で早世。その母親は商人の妻で、子供は6人、愛のない結婚だった…」(ナレーション)

 

後日、父の再婚先の家を訪ねるユリヤとアクセル。

 

アクセルが父を自宅へ誘うと、腰痛を理由に煮え切らない応答を繰り返す父。

 

父との関係がしっくりいかないユリヤに対し、帰りのバスでアクセルは、「君も自分の家族が要る」と本音を吐露するのだ。

 

 

第5章 バッドタイミング

 

勤務先の書店に、アイヴィンが恋人を連れやって来て、ユリヤは時めく。

 

「サングラスを忘れた」という嘘を言って、戻って来たアイヴィン。

 

「君のことをずっと考えてた。でも幸せな君を困らせたくない…だた、会って話したかった。いや、気にしないでくれ。でも、また会いたい。会うだけだ。湾岸エリアの“オープン・ベーカリー”で。僕の仕事場だ」

 

アクセルが兄夫婦と映画作品について議論しているが、全く興味を持てないユリヤ。

 

翌朝、アクセルがユリヤのコーヒーを入れる際、電気のスイッチを入れた途端に時間が止まる。

 

オスロの街中の時間が止まった中、ユリヤはアイヴィンの元へ走って行く。

 

アイヴィンが勤務先のベーカリーに到着し、二人は止まった時間の中で夜まで時を過ごす。

 

ベンチで朝を迎えた二人は別れ、ユリヤは再び走って自宅に戻り、電気をスイッチを切ると、時間が動き出した。

 

「話があるの」

 

「ユリヤは言った。“ずっと考えてた。あなたは悪くない”…」(ナレーション)

 

「あなたのせいじゃない。あなたは悪くないけど…」

 

「昔からある議論だ。2人とも分かっている。“タイミングが悪い。人生のステージが違い、求めるものも違う”」(ナレーション)

 

「求めるものも違う」

「別れる気か?」

「そう。終わりにしたい」

「そうか…分かった。それって本当に君の本心か?」

「どういうこと?」

「本当に分かってる?何をしてるのか、何を壊そうとしてるのか」

「もちろんよ。だから苦しいの」

「どこに住む?」

「分からない」

「分からない?」

「母の家とか」

「実家か」

「家を見つけるまで」

「分かった…待ってくれ」

「終わったの。それだけ」

「何か嫌なことがあって別れたいと?」

「違う。ずっと考えてて、確信に変わった」

「誰かと出会った?」

「違う」

「ユリヤ。勘弁してくれ。耐えられない。もういい。分かった。出て行けばいい。支度してくれ。歩いてくる」

 

「“あなたに合うのは、地に足がついてて、子供を望む人。信頼出来てテキトーじゃない人”」

「テキトーなところがいい」

 

「彼は言った。“テキトーな君に救われてる。仕事の息抜きになる。子供の件だけど、君を失うくらいなら子供は要らない”」(ナレーション)

 

「子供のことじゃないの」

「じゃ何だ?」

「私たちの人生を考えた結果よ」

「君は人生の危機にいるんだな…もし、まだ愛があるなら、やり直そう」

「愛してるけど、愛してもない」

 

「この言葉、この言い方から、ユリヤは彼と続けるのは、やはり無理だと感じた」(ナレーション)

 

「私の人生なのに傍観者で、脇役しか演じられない」

「行き詰って、変化が欲しいのは分かるけど、別れて解決するか?」

「そうやって私の気持ちを、すぐ上から決めつける」

「君がやることは、お見通しだ…君は父親に向き合うフリをしてるけど、本当は僕を利用している。哀れだな」

「私たちは、そこが合わないの。あなたは説明したがるけど、私は、ただ素直に感じたいの。あなたは強くあろうとする。言葉で説明するのが、強さだと思ってるんでしょ。人の心の中まで分析するのが強さだと。そんな見方ができない私は、あなたより弱いのね」

 

「ユリヤは言った。“別れたあと、独りになるのが怖い。氷上の小鹿みたい。だからこそ別れなきゃ”と。彼の言葉は聞き取れなかった。彼女は思った。“30歳の自分を小鹿に例えるなんて”と」(ナレーション)

 

「いてくれ。後悔するよ」

「絶対後悔する」

「そのうち君も子供が欲しくなるかもしれない。恋人だってできるだろう。僕らの関係の貴重さに、その時気づく」

「いつか、また元に戻るかも」

 

「そして続けた。“本心よ”」(ナレーション)

 

「本心よ」

 

 

第6章 フィンマルクの高山

 

アイヴィンと恋人がフィンマルクを登山し、テントを張って眠る。

 

翌朝、アイヴィンはテントから出て、トナカイに近接する恋人を凝視する。

 

「彼には“楽しい体験”だったが、彼女は深く感動した。何かに目覚め、彼女は名字を探した。祖父は北の出身らしい。DNAサンプルをアメリカに送って判明した。サーミ人の血が3.1%流れていると判明した彼女は、幻覚を起こす物質や儀式に傾倒。彼もそれを支えた。気候変動の現実を見て、彼女の意識は高まった。イヌイットは食料を失い、氷の融解がトナカイを脅かし、オゾンホールでアボリジニは皮膚がんに。アイヴィンはNY旅行を諦めた。もっと誠実で持続可能な生活を、もっと努力を、もっと原材料に注意を、環境負荷を考えて買い物を。プラスチックは海を殺す。国産タラは中国で加工。コバルト鉱山はコンゴを食い尽くす。“西洋の罪”が昼は彼の横に座り、夜はベッドで一緒。大義に勝るものなし。恋人やサーミ人への裏切りだ。自分が最悪の人間に思えたが、抗えなかった」(ナレーション)

 

アイヴィンは恋人に寄り添う疲弊感の中、パーティー会場でユリヤと出会い、恋をした。

 

これが、アイヴィンとユリヤの出会いの初発点だった。

 

 

第7章 新しい章

 

ユリヤとアイヴィンは、新しい生活をスタートさせた。

 

「環境悪化や人口増大の問題は深刻だ。次世代は苦労する。彼も子供は望まなかった。彼は明るいのに悲観的で、そこも魅力だった。魅かれた理由はほかにもあった」(ナレーション)

 

ユリヤはアイヴィンの携帯で元恋人のヨガサイトをフォローしていることを質す。

 

「環境関連のリンクに飛べるからさ。連絡は取り合っていないよ。フォロワー数は3万以上だ」

「彼女をフォローしても別に構わないけど、私には無理。セクシー路線でフォロワー集め」

 

そんな会話に終始した。

 

 

第8章 ユリヤのナルシスなサーカス

 

遊びに来た友人がマジック・マッシュルーム(幻覚作用を起こす毒キノコ)を見つけ、4人でそれを口にする。

 

激しい幻覚に襲われるユリヤ。

 

全裸になり暴走し、幻覚から覚めたユリアを優しく包み込むアイヴィン。

 

「あなたとだと、自然体でいられる」

「そう思うの、初めて?」

「初めてじゃないけど、無理してた。出会った頃のままでいようと」

 

ユリヤのナルシスなサーカスが、アイヴィンとの関係のピークアクトと化す章が閉じていく。

 

  

人生論的映画評論・続: わたしは最悪。('21)   終わりが見えない「自分探し」の旅に終止符が打たれいく  ヨアキム・トリアーより

戦争と女の顔('19)   「戦争が延長された『戦後』」を描き切った映像の破壊力

1  「体の中に人間が欲しい…子供が欲しいの。心の支えに」

 

 

 

レニングラード 終戦直後の秋

 

「のっぽさん」と呼ばれるイーヤは、戦場で負傷して帰還し、軍病院の看護師をしている。

 

そのイーヤが今、PTSDの発作の耳鳴りで立ち尽くしている。

 

意識が現実に戻ると、「イワノヴィチ院長が呼んでる」と声をかけられた。

 

病室のニコライ・イワノヴィチ院長(以下、ニコライ)の元に行くと、負傷して全身が感覚麻痺のステパンの診察中だった。

 

「残念だ。英雄なのに」

「ダメですね」

「そのうち誰よりも元気になる」とイーヤ。

 

病室から出たニコライは、「ステパンは治らない」と吐露し、近親者を呼ぶように指示する。

 

「呼び出したのは他でもない。1名の死者が出た。その分の配給食糧をもらいなさい…坊やのためだ」

 

イーヤの留守中、愛児パーシュカを預かる仕立て屋の女性が明日は無理だというので、病院へ連れて行くと、入院中の兵士たちが動物の物真似をしてパーシュカを喜ばせる。

 

自宅でイーヤはパーシュカとじゃれ合っていると、パーシュカに覆いかぶさった状態で発作を起こしてしまう。

 

「ママやめて」と小さな手で押し返そうとするパーシュカの動きが止まった。

 

息が絶えてしまったのである。

 

程なく、戦地から帰還した親友のマーシャが訪ねて来たが、イーヤは戸惑う。

 

パーシュカに会いに来たというマーシャこそ、パーシュカを産んだ実母だった。

 

マーシャはたくさんのお土産やパーシュカへのおもちゃをイーヤに見せる。

 

「あの子は、私に似てる?ママに似てるかな。パパに似て痩せてる?」

「ママ似よ」

「まだ体は小さい?」

「普通よ」

 

イーヤの反応がおかしいと分かりつつ、マーシャは言葉を重ねていく。

 

「手紙を書かなくて、ごめん。でも食べ物は送った…パーシュカをあなたに託した。あの子の母親なのに。バカよね。“夫の敵を討つ”なんて。敵は討った…パーシュカに会う」

 

何も語らないイーヤに、遂にマーシャは「死んだの?」と訊ねると、「そうよ」と答えが帰ってくる。

 

「なんで?」

「眠ったまま…」

「それだけ?」

「責めていい、私のこと」

 

しかし、マーシャは踊りに行くと言って、間髪(かんはつ)を入れず、イーヤを外に連れ出した。

 

街路を歩いていると、車に乗った二人の男にナンパされ、最初は無視したが、ダンスホールが休業だったので、マーシャはその誘いを受け車に乗り込む。

 

片割れの男に散歩に誘われたイーヤは拒むが、マーシャが促し、強引に車からイーヤを追い出し、自ら軍服を脱ぎ、気の弱そうなサーシャと名乗る男を誘導し、セックスに及ぶのだ。

 

「ありがとう」と反応したサーシャを、イーヤが車のドアを開けて引き摺り出し、殴りかかった。

 

イーヤは一緒に散歩に出た男の腕も折っていて、車から出てふらついて歩き、鼻血を出すマーシャを担いで帰って行く。

 

翌日、公衆浴場で、イーヤは「やめればよかった」と言うや、マーシャが応える。

 

「体の中に人間が欲しい…子供が欲しいの。心の支えに」

 

そう言い切ったマーシャは、日ならず、軍病院へ行き、ニコライの面接を受ける。

 

「夫は亡くなって、子供はいません」

「捕虜にはならず、占領地に親戚はいないんだね。では法的には採用になるが、医療訓練を受けてないから、身分は助手だ…イーヤと知り合ったのは?」

「戦友でした。対空砲射撃手です。彼女は脳震盪(のうしんとう)の後遺症で送還。私は残って、ベルリンに行きました」

「坊やが死んだのは?」

「聞きました」

「できれば、慰めてあげてくれ」

「はい」

「子を失う悲しみは分からんだろうが」

「そうですね」

 

まもなく、ステパンの妻・ターニャが面会にやって来た。

 

戦死通知が届いたと話すターニャは、3人の子供のうち一人が亡くなったとステパンに伝える。

 

その時、政府の高官が視察と慰問にやって来た。

 

戦傷病者たちに声をかける高官はサーシャの母であり、同行して来たサーシャが一人一人にプレゼントを与える。

 

偶然の再会で、マーシャはサーシャと笑みを交わすが、突然、鼻血が出て眩暈(めまい)がして倒れ込んでしまった。

 

病院のベットに運ばれ、ニコライが下腹部の傷について訊ねる。

 

「爆弾の破片で」

「君の状態を見て傷の合併症化と思ったが、極度の疲労だ。元兵士の2人に1人は倒れる。よく生き延びた。安心しろ。栄養をつけて、ヘモグロビン値を上げる。できればビタミン補給も」

「妊娠してるかも」

「手術をしてるだろ?」

「どの手術?」

「君の中に命を生む器官は残ってない。そうだね?」

「奇跡は?」

「ない」

 

ステパンが簡易の車椅子でターニャに連れられ、院長室へ相談にやって来た。

 

「じきに家に帰れば、体調もよくなる」

「帰りたくない」

「ずっと入院はできないぞ」

「知ってます…解放してください…もう人間じゃない…俺は重荷になる」

「夫は疲れてる。希望がないの」

「疲れ果てました。もうイヤなんです。終わりだ。もう戦わない」

「助けてください」

「自分でやれ。窒息させろ。枕を顔に押し付ければいい。すぐに死ぬ。私は不要だ」

「苦しいのはダメ。もう、これ以上は」

「分かってほしい。娘が2人いる。親は守る側。逆ではイヤだ」

 

一方、養子を勧めるイーヤに、マーシャが産んでくれと頼む。

 

「私のために」

「できないわ」

「私のパーシュカは?」

「それは、気持ちは分かる。だけど怖い」

「私の子を死なせた。新しい子が欲しい」

 

この言辞を受け、イーヤの発作が始まった。

 

その夜、ターニャはステパンのベッドの傍らで歌を歌う。

 

「相変わらず歌が下手だ」

「おバカさん」

「戦争のせいだ。もう行け」

 

院長がステパンにと助けがいると、薬をイーヤに渡す。

 

「もう助けたくありません」

「なぜだ?彼は他の人と違うのか?…本人に頼まれた。これが最後だ」

 

ニコライ院長とイーヤとの、安楽死に関わる関係の一端が、ここで提示されたのである。

 

イーヤはステパンの意思を確認した後、首に注射をし、タバコをふかして開いた口の中に吹き込む。

 

ステパンはそのまま静かに息を引き取った。

 

その様子を、体調を崩してベッドの横に寝込んでいたマーシャが目撃していた。

 

子供を諦め切れないマーシャは出産に関する本を読み、イーヤに当局宛の手紙を書かせる。

 

そんな折、サーシャがプレゼントを持ってマーシャを訪ねて来たが、それを受け取るやドアを閉めてしまった。

 

少し間を置いて開け、次はフルーツとマッチ、塩を持って来るようにと告げると、サーシャは「了解」と喜んで引き受けるのだ。

 

新年のパーティーで、マーシャはニコライを誘って踊りながら、亡くなったパーシュカが自分の息子であることを告白する。

 

「でも大丈夫。また産むから」

「だが君は産むことはできない」

「のっぽが産む。私に償うの。父親は誰だと?」

「私は君に何の借りもない」

「そうかしら」

 

マーシャはイーヤに書かせた自筆の手紙を渡して、ニコライに問い質す。

 

「事実は合ってる。だがイーヤも一緒にやったんだ。公表すれば共犯だと話す」

 

結局、ニコライは断り切れず、嫌がるイーヤはマーシャに懇願してベッド一緒にいてもらい、嗚咽を漏らしながら、気の乗らないニコライとセックスに及ぶのだ。

 

凄い構図だった。

 

サーシャが再びプレゼントを持ってマーシャを訪ね、今度は部屋に入れ、二人は追い駆けっこしてじゃれ合っている。

 

その様子を見て、イーヤは悪阻(つわり)のように嘔吐し、サーシャが来たことを嫌悪する。

 

程なく、ニコライは体調不良を理由に軍病院を辞職し、新たに女性の院長が赴任した。

 

イーヤは生理が遅れただけで、妊娠していなかった。

 

仕立て屋の隣人がやって来て、マーシャにワンピースを着せ、仕立ての手伝いをしてもらう。

 

マーシャはその緑色のワンピースを着て狂ったように回り続け、最初はイーヤと共に笑いながら楽しそうにしていたが、やがて嗚咽し始める。

 

イーヤがマーシャの涙を拭い、激しくキスするとマーシャは嫌がるが、イーヤは抵抗するマーシャを強引に押し倒して更にキスすると、発作が始まった。

 

そこでマーシャは笑い、イーヤをキスして慰めるのである。

 

二人の関係の濃密さがインサートされる構図だった。

 

  

人生論的映画評論・続: 戦争と女の顔('19)   「戦争が延長された『戦後』」を描き切った映像の破壊力  カンテミール・バラーゴフ  より

トップガン マーヴェリック('22)  「全員生還」という思いが雪の渓谷を切り裂いていく

1  「目標までの時間、2分半。敵滑走路には“第5世代機”が待機。一騎打ちになれば、F-18の君らは死ぬ…だから最大の敵は“時間”だ」

 

 

 

「このプログラムはキャンセルだ。マッハ10の目標を達成できなかった」

「期限は2か月先だ。今日のテストはマッハ9まで」

「それも“目標以下”だと」

「誰が?」

「ケイン少将です」

 

ピート・“マーヴェリック”ミッチェル海軍大佐(以下、マーヴェリック)は、輝かしい戦歴で最高の腕を持つ伝説のパイロット。

 

そんな彼は、スクラムジェットエンジン搭載の極超音速テスト機「ダークスター」のテストパイロットを務めていた。

 

しかし、最高速度がマッハ10(マッハ1は秒速340ⅿ)に達していないのを理由に、計画が凍結されることを伝えられる。

 

ケイン海軍少将のこの計画凍結に反発したマーヴェリックは、自らマッハ10を達成すべく「ダークースター」に乗り込んだ。

 

そこにケイン少将がやって来て様子を伺うが、更に記録を伸ばそうとするマーヴェリックは加速を続け、マッハ10.4まで到達した直後、機体が空中分解してしまう。

 

無事生還したマーヴェリックは、ケイン少将に質される。

 

「海軍勤務30余年、叙勲多々、表彰も多々、戦功賞…40年間で敵機3機を撃墜したのは君だけだ。なのに昇進も引退も拒み、どんな危険を冒しても死なない。今も大佐だ。なぜだ?」

「僕のいるべき所です」

 

結局、命令違反で「飛行禁止命令」が言い渡されるはずのマーヴェリックだったが、太平洋艦隊基地からの要請で、急遽ノースカロライナへ「トップガン」として赴任する命令が下された。

 

「結果は見えてる。君らパイロットは絶滅する」F/A-18E/F

 

サンディエゴ ファイタータウン “米海軍 太平洋艦隊基地”

 

【ノースアイランド海軍航空基地のこと。「ファイタータウン」は海軍の基地が数多くある基地の街で、サンディエゴ(カリフォルニア州)の別称】

 

 “サイクロン”ことシンプソン司令官と面会するマーヴェリックは、ベイツ少将を紹介されるが、コールサインアメリカ海軍での渾名)で“ウォールロック”として顔見知りだった。

 

早速、サイクロンから攻撃目標の「NATO条約約に違反して、建設中のウラン濃縮プラント」について説明を受ける。

 

国防総省ペンタゴン)の下命で、稼働段階に達する前に、プラントを破壊する。位置はこの険しい谷の戦端の地下。敵は万全のGPS妨害に加え、地対空ミサイクルと少数の第5世代戦闘機、あと詰めの予備戦闘機も配置されてる」

 

【現在、第5世代ジェット戦闘機の代表は、スーパークルーズ機能(超音速・長距離飛行・ステレス=巡航)を持つ世界最強の戦闘機F-22 ラプター(米国)】

 

意見を求められたマーヴェリックが的確な解説をする。

 

「F-35ステルスなら朝飯前の任務ですが、GPS妨害が障害です。地対空ミサイルには、低高度レーザー攻撃が可能なF-18が最適です。誘導爆弾、2発搭載、4機がペアで侵入。谷から離脱する際、ミサイルの集中砲火を浴びます。生き延びても帰途は空中戦の連続…誰か帰らぬ者がでます」

 

【F-18は、アメリカ海軍の高性能の艦上戦闘攻撃機「F/A-18E/F スーパーホーネット」のことで、単座型と複座型がある。イラク戦争にも使用された】

 

マーヴェリックは、自らトップガンとして参加するつもりだったが、教官職としての任務をサイクロンより伝えられた。

 

「12名のトップガン卒業生を招集した。君がその中の6名を選び、出動させる」

 

画像の中の一人、ブラッドショー“ルースター”の父親は、かつてのマーヴェリックのパートナーの“グース”であり、事故で亡くしていた。

 

教官の任務を固辞しようとするマーヴェリックに、かつて共に戦った、現太平洋艦隊司令官のトム・“アイスマン”・カザンスキー海軍大将からの要請であることと、「これが君の最後の任務だ」と知らされる。

 

「教官か、これきり飛ぶのをやめるか」

 

昔馴染みのバーに行くと、3年前にこの店を買ったと言うペニーと再会する。

 

海軍の溜まり場で、今回の任務の候補生たちもやって来ていた。

 

そこにルースターが現れ、自信家のハングマンに挑発され、マーヴェリックはその姿を追い続ける。

 

会計が足りず店を追い出されると、店内でルースターがピアノを弾き盛り上がっている様子を外から見つめるマーヴェリック。

 

マーヴェリックは親友であったルースタの父グースが同じ曲をピアノで弾き、皆で歌ったことが思い出され、そのグースを失った事故のトラウマがフラッシュバックするのだ。

 

いよいよ特殊戦訓練が始まった。

 

司令官であるウォールロックがトップガンたちを前に挨拶をし、教官として呼ばれたマーヴェリックが紹介される。

 

「君らの実力を見たい」

 

早速、実践訓練が始まった。

 

マーヴェリックの操縦について行けないトップガンたち。

 

尖っていたルースターや、「おじさん」呼ばわりしていた者たちは、あっさり降参するしかなかった。

 

敵に撃たれたら罰ゲームとして腕立て伏せ200回が決められ、ルースターは腕立て伏せをする羽目に。

 

それを嘲笑していたハングマンらも、結局、腕立て伏せをする羽目になる。

 

父の死に拘るルースターは、マーヴェリックから「お互い、過去は忘れよう」と声をかけられるが、勝負をつけようと下限高度5000フィートを無視して無理な操縦を仕掛けるのだ。

 

ここでもマーヴェリックに撃たれ、再び腕立て伏せをすることになる。

 

フェニックスがルースターに声をかける。

 

「私はこのミッションを飛ぶの」

「うるさい」

「ハングマンと組ませる気?なぜやったの?」

「願書を破棄した…海軍兵学校への俺の願書を。それで4年遅れた」

「でも、なぜ?」

 

下限高度のルールを破った件で、マーヴェリックはサイクロンに叱責される。

 

「彼らは高々度から爆弾を投下するだけ。空中戦はお粗末。今回のミッションには力不足です」とマーヴェリック。

「ミッションを成功させる訓練期間は3週間だ」

「そして生還。必ず生還させます」

 

マーヴェリックは低高度爆撃の訓練が必要だと、“下限高度変更願い”を提出する。

 

ハングマンとコヨーテは過去のデータ画像から、マーヴェリックとルースターとの関係を理解し、その情緒が皆に伝わることになる。

 

今回のミッションの作戦では、敵のレーダーに探知される前に侵入し、目標を爆撃したら直ちに離脱する時間との戦いであることを強調するマーヴェリック。

 

「目標までの時間、2分半。敵滑走路には“第5世代機”が待機。一騎打ちになれば、F-18の君らは死ぬ…だから最大の敵は“時間”だ」

 

ナビでシミュレーション訓練をする。

 

「谷を早く抜ければ、SAM(地対空誘導ミサイル)のレーダーに捕捉されない。ハードに旋回すると、体へのG負荷(重力加速度による負荷のこと)が倍増する。肺が押され、脳に血が行かず、判断力と反応速度が落ちる」

 

コヨーテとフェニックスのコンビは高度オーバーで撃墜されるという結果に対し、原因を問うマーヴェリック。

 

「減速を伝えなかった」

「なぜ、それを怠った。それで遺族が納得するか?地形は頭に入ってたはずだ」

 

次にハングマンはスピードを出し過ぎて死に、逆にルースターは目標に達したが1分遅れだった。

 

「編隊長だろ?なぜ仲間を死なせた?…引き返す途中で敵が迎撃してきたら?」

「空中戦を…勝敗はパイロットの腕です!」とルースター。

「その通り」

 

ハングマンが口を挟んでくる。

 

「マーヴェリックのように飛ばなきゃ、生還できない…お前は頭が固すぎるんだ…過去は忘れろ」

 

ここで、ハングマンはルースターの父親がマーヴェリックと飛んでいたことを話し始め、ルースターが殴りかかるのを皆が制止する。

 

「失格だ」とハングマンが言い放つと、マーヴェリックは「解散」を命じる。

 

その時、アイスマンから“会いたい”とメールを受け取り、病床の彼の自宅を訪ねた。

 

「ルースターは今も僕を恨んでる。いつか状況を知り、僕を許すかと」

 

「“まだ時間はある”」とキータッチで答えるアイスマン

 

「彼にはムリだ」

「“訓練してやれ”」

「話に耳を貸さない。また誰かを死に追いやることなど。彼を行かせるより、僕が行く」

「“過去は水に流せ”」

「どう教えれば?僕は教官じゃない。戦闘機乗りだ。海軍のパイロットだ。それは職業じゃない。僕そのものだ。そのことは、人に教えられないし、ルースターも海軍も望んでない。だから教官失格だった…彼に任務を与えたら、戻らないかも…」

 

涙ながらに語るマーヴェリック。

 

立ち上がったアイスマンは言葉を絞り出す。

 

「海軍には、マーヴェリックが必要だ。あの若者にも、マーヴェリックが必要だ。だから君を推したのだ。だから君はここにいる」

「ありがとう、アイス。全てのことに」

 

ペニーが見守る中、マーヴェリックは海岸でアメフトをトップガンたちと楽しむ。

 

マーヴェリックはペニーを自宅へ送ると、中に入れてもらい、寄りを戻す。

 

目標のウラン濃縮プラントの稼働が早まり、ミッションを一週間繰り上げることになった。

 

「困難な訓練第2段階を、一週間でこなす。ポップアップ攻撃の成功には2つの奇跡が必要だ。2対のF-18が密集隊形で突入。チームワークがミッションの成功と諸君の生死を決める…目標を破壊できる制度範囲は幅3メートル。複座機が目標をレーザー照射。第一編隊が照射された排気口めがけて爆弾を投下。地下工場が露出する。それが奇跡1。第二編隊が致命弾を放ち、目標を破壊する。それが奇跡2。どっちかがミスったら、作戦は失敗」

 

【ポップアップ攻撃とは急浮上してからミサイル攻撃すること】

 

更にマーヴェリックは、離脱する際の高重力急上昇について話し始める。

 

「F-18の制限荷重は7.5Gだ」とルースター。

「今回はそれを超える。機体に歪みが出るかも。体にかかる負荷は900キロ。頭が脊椎を圧迫。像が胸に座ってる感じ。失神しないように、ただもがく。ここが今回の正念場。崖との衝突を免れても、先には敵のレーダーが待ちかまえてて、SAMを浴びせかけてくる。高G後、死と対決する。君らと期待への更なる挑戦だ」

 

激しい訓練で、コヨーテは重力に耐え切れず意識を失い、一方、フェニックスとボブの機体はバードストライクでエンジン火災を起こすなどして、危うく命を落としそうになるが、あわやというところで死なずに済んだ。

 

直後、仲間を心配するルースターは、マーヴェリックに恨みを訴えるのだ。

 

「なぜ僕の願書を破棄し、ジャマをしたんだ?」

「未熟だったから…君は教範に縛られ過ぎだ。考えるな。行動しろ。考えてると死ぬ。信じろ」

「あんたを信じて、親父は死んだ」

 

そこにアイスマンの死を告げる知らせが届く。

 

直後、マーヴェリックはサイクロンから教官の解任を命じられる。

 

追い詰められたマーヴェリックは除隊を決めるが、ペニーは諦めるなと励ます。

 

「育てたパイロットに何かあったら、あなたは絶対に自分を許さない」

 

その性格を知り尽くした者の言葉である。

 

マーヴェリックに代わってサイクロンが教官となった。

 

「今日から戦術を変更する。目標までの時間は4分。山は越えず、減速して谷へ…」

「敵の迎撃を受けるのでは?」とボブ。

「諸君は受けて立てるはず。崖との衝突を避けるため、飛行高度を山の北壁の高さまで上げる。レーザー照射は困難だが、ハイG上昇は回避」

 

「敵ミサイルの餌食だ」と、ファンボーイが不満を漏らす。

 

そこに突然、マーヴェリックがシミュレーションに侵入し、自ら操縦で模範飛行を2分半以内に示してみせるのだ。

 

緊迫して見守るトップガンたち。

 

それを視認したサイクロンに、再び招聘されることになったマーヴェリック。

 

「ミッションが可能であることは証明された。たぶん唯一の方法だ…部下を犠牲にミッションを全うする?または、キャリアを懸け、君を編隊長に?」

 

マーヴェリックは海軍の制服を着て、ケニーの店に現れ、別れを告げに来た。

 

今度ばかりは、生還不能な危険な任務であることを認知する男の別離でもあった。

 

編隊長となったマーヴェリックが、最終的に選ばれた編隊の名を発表する。

 

「ペイバックとファンボーイ、フェニックスとボブ」

「君の僚機は?」

「ルースター」

 

他は予備機要員として空母で待機することになった。

 

空母に乗り込み、目的地へ出発する。

 

ルースターはマーヴェリックに何かを言おうとしたが、帰還してから聞こうということになった。

 

そして、後ろからルースターに声をかけるマーヴェリック。

 

「君はやれる」

 

隊員が機体に乗り込み準備が完了し、いよいよミッションがスタートするのだ。

 

  

人生論的映画評論・続: トップガン マーヴェリック('22)  「全員生還」という思いが雪の渓谷を切り裂いていく  ジョセフ・コシンスキー より

杉原千畝 スギハラチウネ('15)   迫りくる非常時の渦中で覚悟を括り、「命のビザ」を繋いでいく

1  「これはあくまで、ただのビザです。無事に逃げ切れる保証はありません。厳しい道のりとなるでしょう。ただ、諦めないでください」

 

 

一人の男が外務省を訪ね、「センポが我々に、その命をくれたのです」と言って、杉原千畝(「ちうね」と読みづらいので、「せんぽ」と呼ばせていた)の居所を聞きに来たが、省内の記録には残っていないと言われ、帰っていく。

 

ソ連の諜報活動を目的に満洲国外交部属していた杉原千畝は、満洲国を私物化する関東軍と対立し、満洲国外交部に辞表を提出して帰国する。

 

【この帰国の一因は、妻・杉原幸子(ゆきこ)の 『六千人の命のビザ』によると、中国人に対する露骨な差別への不快感があったとも言われる】

 

その後、在ソ連の日本国大使館への赴任を命じられるが、北満鉄道譲渡交渉を有利に進めるための諜報活動によって、当のソ連から「ペルソナ・ノン・グラータ」(好ましからざる外交官)の烙印を押され、入国拒否をされてしまう。

 

友人の妹・幸子と出会って結婚したのは、この頃である。

 

1939年、新設されたリトアニアカウナス領事館に幸子を伴い赴任する。

 

赴任目的はソ連の動向の調査。

 

ここから、千畝の奇跡的活動が開かれていくが、彼の前に立ち塞がったのが当時の欧州の厄介な状況だった。

 

赴任直後、千畝の視界に入ってきたのは、ソ連ナチス・ドイツとの独ソ不可侵条約と締結と、1939年9月1日に勃発した、ドイツによるポーランド侵攻

 

第二次世界大戦が開かれたのである。

 

外交官のパーティーで、オランダ領事ヤンと挨拶を交わす千畝。

 

その場で、千畝は「ペルソナ・ノン・グラータ」と噂されていた。

 

この間、千畝は二人の男を雇用する。

 

一人は、現地でドイツ系リトアニア人のグッジェ。

 

もう一人は、亡命ポーランド政府の情報将校ペシュ。

 

前者は領事館の職員となり、後者は運転手として雇用することで、情報活動を共有していく。

 

日独伊三国同盟の締結のために奔走する駐独大使の大島浩から「ソ連の状況を報告したまえ」と命じられ、「フィンランドが落ちた今、次はリトアニアだな」と言われる。

 

ペシュの故郷ポーランドでは、既にSS(ナチス親衛隊)によるユダヤ人の虐殺が始まっていた。

 

ドイツからの迫害を逃れて来た多くのユダヤ人は行き場を失ってしまった。

 

彼らはドイツと同盟を結ぶソ連から逃れるために国外脱出を図るものの、各国領事館はソ連軍によって次々に閉鎖されていく。

 

かくて、脱出に必要な査証を受け取ることができなくなってしまうという事態に直面する。

 

オランダ領事館は既にドイツに占領されていて、押し寄せて来たユダヤ人を追い返すが、苦肉の策として、オランダ領事ヤンはオランダの植民地・南米スリナムキュラソー島への入国のビザを不要にすることを付言する。

 

ユダヤ人が最後に縋ったのは、ソ連側から退去命令が来ていた日本領事館だった。 

 

しかし、日本からの返答は条件を満たさない者へのビザ発給は認めないというもの。

 

煩悶する千畝はペシュから直截に言われる。

 

「ビザを発給すれば、外交官としてのあなたは終わりです」

 

領事館に群がるユダヤ人を見る千畝と幸子。

 

見るに見かねて、「彼らの話を聞こう」とグッジェに伝えた後、「リトアニアは二週間後にソ連に正式併合される。

 

「ここもじきに閉鎖しなければ」と、その理由を述べた。

 

シェリを含むユダヤ人の5人の代表に会って、日本の立場を話す千畝。

 

「ビザ発給には渡航ビザであっても、渡航費と日本での十分な滞在費。そして、最終目的地の入国許可が必要です」と説明した後、最終目的地を尋ねる。

 

彼らが提出したのは、オランダ領事ヤンが発給した、オランダ植民地・南米スリナムキュラソー島へのビザなし入国を認める書面だった。

 

しかし、ヤンが大量に発給したビザでは、ドイツが支配する西ヨーロッパへの脱出は不可能であるから、ただの紙きれ同然だったのだ。

 

夜になっても、領事前に立ち尽くすユダヤ人たちを見て、幸子は尋ねる。

 

「あなたは今でも世界を変えたいと思ってますか?」

「常に思ってる。全て失うことになっても、ついて来てくれるか?」

 

そう答える夫に「はい」と言って頷く妻・幸子。

 

翌朝、グッジェは、立ち尽くすユダヤ人たちに千畝の決断を伝える。

 

「ただいまから、ビザの発給を開始いたします」

 

大歓声が上がった。

 

それを見つめて涙する幸子。

 

「これはあくまで、ただのビザです。無事に逃げ切れる保証はありません厳しい道のりとなるでしょう。ただ、諦めないでください」

 

シェリにそう言って励ます千畝。

 

「ありがとうございます」とニシェリ

 

重い言葉である。

 

「またいつか、お会いするのを楽しみにしています」

 

この反応も重い。

 

実現可能性が低いからだ。

 

握手して別れる二人。

 

次々にビザを発給していく千畝に、「パスポートに怪しい点が」と言って耳打ちするグッジェ。

 

千畝は、偽造パスポートを渡す女性に「どうしても必要なんですね?」と尋ねる。

 

「はい。死ぬほど」と答える相手に、「分かりました」と言うや、ビザを発給するのだ。

 

直後に、ソ連軍将校が千畝のもとにやって来て、撤退を勧告して帰っていく。

 

案じるグッジェに対して、「強制撤去まで一週間しかない」と言って、申請者を入れるように命じる千畝。

 

「大丈夫なのですか?こんな大量に発給をして」と尋ねるグッジェに明言する千畝。

 

「外務省は知らない。ビザ発給には様々な条件があり、中には特例も存在する。まず外務省に問い合わせ、返事がくる。また問い合わせをする。その間に、ビザ発給の時間ができる」

 

凄い言葉だ。

 

「それは詐欺です」

「そうかもしれない。だが、時間は稼げるはずだ。日本が大量発給に気づいた頃には、この領事館はない。最善を尽くそう」

 

その覚悟を知り、グッジェは感銘し、ビザの文面を映したスタンプを作り、それを千畝に渡し、一週間という時間限定が迫る領事館でのビザ発給を速やかに行えるようにした。

 

それまで、万年筆が折れ、ペンにインクをつけ、夜になって疲弊し切っても、時間の許す限りビザを発給し続けていた千畝を積極的に援助するのだ。

 

あとは全て、時間との闘いだった。

 

そして、やって来た領事館の閉鎖。

 

その後も、ホテルや駅で列車を待つ間にも、ビザを発給し続ける千畝。

 

そして、汽車の汽笛が鳴ると、千畝はビザのスタンプをグッジェに手渡し、「君に託そう」と言って、列を成すユダヤ人への発給を頼んで帰途に就く。

 

グッジェは汽車に乗る千畝を追い、ゲシュタポ接触してきたことを伝え、「あなたが救った命のリストです」と言って、そのリストを手渡す。

 

「これがなければ、私は“よき人”と感謝される喜びを知りませんでした。世界は車輪です。今はヒトラーが上でも、いつか車輪が回って下になる日が来るかも」

「車輪が回った時、お互いに悔いのなきよう努めよう」

 

そう言って、短期間で関係を紡いだリトアニア人と別れていく千畝。

 

―― この辺りについては貴重な資料があるので引用する。

 

「ホテル・メトロポリスで8月31日まで疲れ切った体を癒し、その間に訪れるユダヤ人のためにビザに代わる証明書を作成した。

 

領事館を去る時の張り紙にホテルの名前を書いておいたからだ。杉原が去るにあたり、<これからはモスクワの大使館ヘいって、ビザをもらってください>と張り紙を残していた。あらかじめ<モスクワにポーランド人が日本のビザをもとめて、モスクワへいくと思いますが、どうか、ビザをはっこうしてあげてください>とモスクワ大使館にいた友人に手紙を書いていたのだ。

 

9月1日朝早く、ベルリン行きの国際列車に乗り込む。駅にも、ビザの発行を受けたユダヤ人やまだ許可証を貰っていない人たちが見送りに来た。発車までの短い時間を使って次々に書い渡すが出発の時間となる。

 

「ゆるしてください、みなさん。わたしには、もうこれ以上、書くことはできません。みなさんの無事を、いのっています」

 

窓の外のひとたちに、深々とお辞儀をすると、「ありがとう、スギハラ!」と誰かが叫ぶ。

 

「スギハラ!わたしたちは、あなたを忘れない。もう一度、あなたに会いますよ!」と汽車と並んで泣きながら走って来た人が、何度もそう叫びつつけていた。(『杉原千畝物語』杉原幸子・弘樹/著 金の星社より)】

 

この映画のラストは、千畝とニシェリの再会シーン。

 

思いも寄らない再会だった。

 

ここで、ファーストシーンで「センポ」を訪ねて来た男がニシェリであることが判然とする。

 

彼は28年もの間、千畝を探し続けていたのである。

 

外務省を退官(人員整理という名目で退職通告されたが、外務省に背く発給行為へのペナルティだった)し貿易会社に勤務していた千畝が任地のモスクワで、千畝を探し続けたニシェリに声をかけられ、数十年振りの再会を喜び、二人でモスクワの街を歩いていく。

 

【千畝とニシェリの感慨深い再会については、イスラエル大使館の経済参事官として赴任したニシェリが、千畝を探し当て、28年ぶりに日本イスラエル大使館で再会したというのが史実である】

 

ラスト・キャプション。

 

1985年1月18日 イスラエル政府より「諸国民の中の正義の人賞」受賞

 

1986年7月31日 永眠(享年86)

 

2000年10月10日 外務省が公式に杉原千畝の功績を顕彰

 

杉原千畝の発行したビザで救われた人々の子孫は現在、世界中に4万人以上生存している

 

―― この梗概では、「命のビザ」の経緯を中心に紹介したため、エンタメとしての架空のキャラで、創作性の高い白系ロシア人のイリーナとの関係交叉を省略した。

 

また、イスラエルから受賞した事実とパレスチナ問題を絡めて千畝を批判する向きもあるが、千畝は未だ成立していない国家・イスラエルを救うためではなく、行き場のないユダヤ人にビザを発給し、彼らに〈生〉の希望を持たせたという行為に振れただけで、この類いの批判は、別々の事象を強引にリンクさせる「レベル合わせ」でしかない。

 

 

人生論的映画評論・続: 杉原千畝 スギハラチウネ('15)   迫りくる非常時の渦中で覚悟を括り、「命のビザ」を繋いでいく  チェリン・グラック  より

燃ゆる女の肖像('19)  窮屈な〈生〉を払拭し、湧き出る感情を一気に解き放っていく

1  「消えないものや、深い感情もあります。この絵は私に似ていません。あなた自身とも違う」

 

 

 

18世紀後半のフランス。

 

アトリエで生徒たちに絵画を教える女性画家・マリアンヌは、自分をモデルにデッサンを指導している。

 

「なぜ、その絵が?」

 

マリアンヌの視線の方向を一斉に振り向く生徒たち。

 

生徒の一人が「奥から出した」と答える。

 

「先生の作品?」

「ええ。ずいぶん前よ」

「タイトルは?」

「燃ゆる女の肖像」

 

以下、マリアンヌの追憶。

 

激しく揺れて海を渡る小舟から落ちてしまったカンバスを、海に飛び込み拾い上げるマリアンヌ。

 

孤島に着いて、高台にある館に重い荷物を持って上っていくと、使用人のソフィに案内され、マリアンヌは服とカンバスを乾かす。

 

マリアンヌは、伯爵夫人に肖像画を依頼された娘についてソフィに訊ねるが、最近修道院から来た彼女のことをよく知らないと話す。

 

マリアンヌは、裏返されたカンバスを凝視し、翻して息を飲む。

 

カンバスに描かれた女性の肖像画の顔の部分が消されているのだ。

 

翌朝、伯爵夫人から娘のエロイーズの話を聞かされる。

 

「前に男性画家が来たけど、娘は描かれることを拒否した。顔を隠して一度も見せなかった。一度もよ」

「何か理由が?」

「結婚を拒んでる。あなたは画家じゃなく、散歩の相手だと思わせて。喜ぶはずよ。外出を禁じてきたから」

「なぜです?」

「上の娘で失敗した」

「監視を嫌がるかも」

「散歩中に観察して、それで肖像画を描ける?」

「画家ですから」

「この肖像画だけど、私より先に館に来た。私が来た時にはこの壁にあって、私を待ってた」

 

その後、マリアンヌはソフィから、上の姉が崖から飛び降りて自殺したことを聞き出す。

 

一転して、切り立つ岩場に激しく打ち付ける荒波の音。

 

伯爵夫人の娘のエロイーズが散歩に出たのだ。

 

エロイーズを追うマリアンヌ。

 

突然、走り出したエロイーズは岸壁で止まって振り返った。

 

「夢みていました」

「死を?」

「走ることです」

 

帰館したマリアンヌは、散歩で観察したエロイーズの顔を思い出し、デッサンする。

 

再び海に出て、浜辺に座り込む二人。

 

「海に入りたい」

「今日は波が高いです」

「滞在は何日?」

「あと6日です」

 

散歩中も、エロイーズの目を盗んでデッサンするマリアンヌ。

 

「難しい…一度も笑わないの」とソフィに話すと、「お互い様では?」と返され、笑みが零れる。

 

三度、エロイーズとマリアンヌの会話。

 

唐突だった。

 

「自殺でしたの?」

「はっきり尋ねた人は初めてです」

「ご自分は?」

「口には出してない。最後の手紙に“許して”とありました」

「何を許すのです?」

「逃げること」

「結婚からですね」

「何をご存じ?」

「相手はミラノの方だと」

「私もそれだけ。だから不安なんです」

「考えようでは?」

「どう考えれと?」

修道院がお好き?」

「図書館、音楽、歌がありました。それに平等です」

「私は息苦しくて、すぐに逃げ出しました。ノートに絵を描いては怒られた」

「絵を描くの?」

「ええ、少し」

「あなた、ご結婚は?」

「一生しないかも」

「お見合いも?」

「ええ。たぶん父の仕事を継ぎます」

「選べる人には分かりません」

「分かります」

 

エロイーズが部屋を訪ね、明日一人で教会にミサを聴きに出かけると話す。

 

マリアンヌはエロイーズがオーケストラを聴いたことがないというので、チェンバロ(ピアノのルーツで、バロック音楽の時代の鍵盤楽器)でヴィヴァルディの協奏曲『四季』の「夏」を弾く。

 

「楽しい曲?」

「命を感じます」

 

二人は見つめ合い、エロイーズの表情は明るくなってきた。

 

教会から帰ったエロイーズはマリアンヌに話しかける。

 

「明日は一緒に。1人は確かに自由でした。でも寂しかった」

 

その言葉に反応するマリアンヌ。

 

伯爵夫人に絵が完成したことを報告する。

 

「完成しました」

「出来栄えは?」

「先にお嬢様に見せ、真実を告げたい」

「娘は、あなたを気に入っているものね」

 

海岸で、マリアンヌはエロイーズに訪館目的を、正直に吐露する。

 

「私はあなたを描きに来ました。ゆうべ完成した」

「ミラノを称賛したのは、罪悪感ですか?」

 

エロイーズはドレスを脱ぎ、海へ入って行った。

 

震えながら戻って来たエロイーズに、マリアンヌが訊ねる。

 

「泳げましたか?」

「分かりません。どう見えました?」

「浮いていました」

 

二人は笑顔を交わす。

 

「家へ」

 

エロイーズは顔を横に振る。

 

「だから私を見てた」

 

絵を見せて感想を求めた。

 

「これが私?こう見えるの?」

「…規律、しきたり、観念が支配しています」

「私自身は?」

「つかの間現れても、消えてしまいます」

「消えないものや、深い感情もあります。この絵は私に似ていません。あなた自身とも違う」

「絵の何をご存じなの?心外です」

「画家だったなんて」

 

エロイーズが伯爵夫人を呼んで来る間に、マリアンヌは肖像画の顔を消してしまった。

 

画家のプライドに侵蝕する物言いは、詰まる所、モデルの本質を見抜けなかった画家自身の中枢を射抜いてしまうのだ。

 

「描き直します」

「ふざけないで…描けないなら出ていって」

 

ここで、エロイーズは自らモデルになると主張する。

 

「本気?どうして?」

「理由が必要?」

「いいえ。5日後に戻る。それまでに仕上げて。出来は私が判断する」

 

ここから、館に残る3人の世界、就中、画家とモデルの二人の凝縮した時間が開かれていく。

 

  

人生論的映画評論・続: 燃ゆる女の肖像('19)  窮屈な〈生〉を払拭し、湧き出る感情を一気に解き放っていく  セリーヌ・シアマ より