2011-04-01から1ヶ月間の記事一覧

雨月物語('53)  溝口健二 <本来の場所、本来の姿――「快楽の落差」についての映像的考察>

1 夜の琵琶湖の不吉 「『雨月物語』の奇異幻怪は、現代人の心にふれる時、更に様々の幻想をよび起す。これはそれらの幻想から、新しく生まれた物語です」 これが、映画「雨月物語」の導入となった。 「戦国時代、ある年の早春。近江国琵琶湖の北岸・・・」とい…

アラビアのロレンス・完全版('88) デヴィッド・リーン <溢れる情感系のアナーキー性を物語る抑制機構の脆弱さ>

1 自分で運命を切り開く男の英雄伝説の第一歩 T.E.ロレンスの自伝(「知恵の七柱」)で書かれたロレンス像とどこまで重なり合っているか定かでないが、明らかにデイヴィッド・リーン監督は、本作の主人公を「英雄譚」として描き切っていない。 何より、…

稲妻('53) 成瀬巳喜男 <離れて知る母の思い>

1 あまりに人間的で、嘘臭い装飾を、一切剥ぎ取ったそれぞれの生きざま ごくありふれた日常性を丹念に描く映像作家、成瀬巳喜男のその膨大な映像群の中で、私にとって最も愛着の深い作品は「稲妻」である。 「稲妻」は、私が「成瀬巳喜男」を「再発見」する…

運動靴と赤い金魚('97) マジッド・マジディ <順位を予約して走る少年の甘さにお灸を据えた適性なるリアリズム>

この日、小学校高学年のアリ少年は、八百屋で買い物をしているとき、修繕したばかりの妹ザーラの運動靴を紛失してしまう。 八百屋の前を通りかかった屑屋さんが、ゴミと一緒に、運動靴の入った袋を持っていってしまったのだが、そんなこととは露知らず、アリ…

ショーシャンクの空に('94) フランク・ダラボン   <「希望」という名の人生の求心力、遠心力>

この作品で、作り手がアピールしている文言は唯一つ。 一に「希望」、二に「希望」、三にも四にも「希望」である。 これほど「希望」という観念を押し付けながら、観る者に押し付けがましさを感じさせない物語展開の巧妙な技巧が、本作を最後まで引っ張り切…

Focus('96)  井坂 聡 <暴走するメディア― それを転がす者、それに転がされる者>

一台のテレビカメラが、様々なアングルから映し出されていく。 「ソニー」製の文字が見える大型のカメラは、まるで一つの生き物のように、それが本来の獲物を捕らえる利器の役割を逆転させて、自らが被写体となって晒されていく姿は異様ですらあった。 その…

4分間のピアニスト('06) クリス・クラウス <「表現爆発」に至る物語加工の大いなる違和感>

この映画にサスペンスタッチの描写が挿入された意味を考えてみよう。 件の描写が挿入されているラインには、二つある。 一つはジェニーの養父の「暗躍」であり、もう一つは老ピアニスト、クリューガーの「ナチス体験」である。 前者は、主人公のジェニーが女…

カミュなんて知らない('05)  柳町光男 <風景の断裂 ―― 或いは、公序良俗に阿らない破壊的突破への熱量>

1 不条理劇の破壊的テーマを前にして 本作は、「境界」についての映画である。 「正常」と「異常」、「日常性」と「非日常」、「生」と「死」、「恋愛」と「友情」、「教諭」と「学生」、「アニマ」と「アニムス」、「犯罪者」と「非犯罪者」、「学生」と「…

ワンダフルライフ('99) 是枝裕和 <「人と人が記憶を共有する」という、人間の固有の自我の内部世界に対する過大な幻想>

「これ以上、人から忘れられるのは恐いんだ」 これは、「人が死んでから天国へたどりつくまでの7日間というファンタジックな設定の中で、"人にとって思い出とは何か?"という普遍的なテーマを描いた作品」(公式HP)である本作において、「死んでまもない…

レナードの朝('90) ペニー・マーシャル<「爆発的奇跡」―― ロマンチシズムへの過剰な傾斜という凡作の極み>

1 隔離施設の中の治療的試み 1969年夏 ブロンクスにあるベインブリッジ病院。 慢性神経病の患者専門の病院である。 臨床医の応募のために、セイヤー医師は当病院の面接を受けて、何とか就職できた。 彼は5年かけて、4トンのミミズから1デジグラムの…

昼顔('67)  ルイス ・ブニュエル<予約された生き方を強いられてきた女の、不幸なる人生の理不尽な流れ方>

1 「昼顔」という非日常の異界の世界で希釈させた罪責感 冒頭のマゾヒスティックな「悪夢」のシーンによって開かれた映像は、本作のテーマ性を包括するものだった。 「不感症さえ治れば、君は完璧だよ」とピエール。夫である。 「言わないで。どうせ治らな…

ノーカントリー('07)  コーエン兄弟 <「世界の現在性」の爛れ方を集約する記号として>

1 恐怖ルールを持つ男 個人が帰属する当該社会に遍く支持されている規範(ルール)、それを「道徳」と呼ぶ。 この道徳的質の高さを「善」と定義しても間違いないだろう。 しかしそれらは、どこまでも「やって欲しいこと」と「やって欲しくないこと」を内的…

ペパーミント・キャンディー('99)  イ・チャンドン <そこにしか辿り着かないような、破滅的傾向を顕在化させた自壊への航跡>

1979年秋。 20歳のヨンホにとって、「人生で最も美しい瞬間」を映し出して閉じていくラストシーンである。 「花の写真を撮る」ことを趣味とする、工場労働者のヨンホの性格傾向に張り付く、ある種の「イノセント性」は、世代としては共通するであろう…

こうのとり、たちずさんで('91) テオ・アンゲロプロス  <“家に着くまでに、何度国境を越えることか”――「確信的越境者」の呻き>

1 「人は去る。なぜ去るのか?」 「国境の取材に向う間、ずっとビレウス港の事件を考えていた。海に浮かんだアジア難民の死体。ギリシャ政府は、彼らの上陸を拒否した。太平洋でギリシャ船に拾われた彼らは、結局、海に身を投げて死んだ。なぜそういう決心…

さらば愛しき大地('82)  柳町光男  <自己を肥大させて生きた男の約束された崩壊現象>

1 決定的に変わり切れない人生を繋ぐ不器用さの、あられもない姿 鹿島臨海工業地帯のコンビナートの硬質な風景から、夜間の人工灯が洩れる異様な風景の中をクレジットタイトルが刻まれて、それを、地の底から染み出るような横田年昭の異界の音楽が、際限な…

あらくれ('57)  成瀬巳喜男 あらくれ('57)  <声を上げ、たじろがず、情を守り、誇りを捨てなかった女>

神田の缶詰屋の店先で、ひたむきに働く若い女。お島である。 彼女は没落した庄屋の娘で、幼くして農家の養女になっていたが、生来の男嫌いなのか、結婚話を断って無断で上京して来た。その折に、植源(うえげん)という世話人の紹介で、缶詰屋の若主人である…

ブレードランナー('82)  <人間とヒューマノイドの鑑別テストを必要とする、大いなる滑稽さ>

1 「人の心を読むロボット」開発の現実化の様相 オスカー・ピストリウスという名の、著明なアスリートがいる。 人呼んで、「ブレードランナー」。 1986年生まれの、南アフリカ共和国のパラリンピック陸上選手である。 「両足切断者クラスの100M、2…

東京物語('53) 小津安二郎 <「非日常」(両親の上京)⇒「日常」(両親の帰郷)⇒「非日常の極点」(母親の死)⇒「日常」(上京し、帰宅)というサイクルの自己完結性>

1 「分化された家族」の風景をリアルに描き切った物語 この映画を評価するに当って、私たちは、この国の家族の変遷について纏(まつ)わる認識を改める必要があると思われる。 それは、この国の一般家庭の家族制度の中核は、一貫して「核家族」であったとい…

家族の肖像('74)  ルキノ・ヴィスコンティ <老境無残―「状況」に捉われて、噛まれて、捨てられて>

1 異文化圏に棲む者たちに翻弄されて イタリアのローマ。 この大都市に豪邸を構える一人の教授がいる。家政婦と共に住むが、家族を持たない孤独な生活を送る彼の趣味は、絵画のコレクション。それも「家族の肖像」と呼ばれる、家族団欒を描いた18世紀英国…

かもめ食堂('05) 荻上直子 <「どうしてものときはどうしてもです」―― 括る女の泰然さ>

1 「距離の武術」としての「アイキ」の体現者 合気道―― 「理念的には力による争いや勝ち負けを否定し、合気道の技を通して敵との対立を解消し、自然宇宙との『和合』『万有愛護』を実現するような境地に至ることを理想としている。主流会派である合気会が試…

黒い雨('89)   今村昌平 <「ピカで結ばれた運命共同体――「戦後」を手に入れられなかった苛酷なる状況性>

どこまでも長閑(のどか)で、穏やかな瀬戸内の海に、小さな島々が浮かんでいる。そこに、「黒い雨」というタイトルが映し出されていく。 昭和20年8月6日。晴れ上がった朝だった。 トラックの荷台に何人かの女性たちが乗っていて、一軒の屋敷の前で止ま…

イブラヒムおじさんとコーランの花たち('03) フランソワ・デュペイロン <「ファンタジー」に包んだ、「イスラム教の本来的な『寛容』の精神」という主題提起>

1 トルコ移民の老人の包括力に抱かれるユダヤ人少年 13歳のユダヤ人少年であるモイーズ(以下、「モモ」)は、「筆下ろし」の願望を実現するために、貯金箱を壊して、パリのブルー通りの向かい側にある、トルコ移民の老人の食料品店へ両替に行った。 食料…

詩集 地の底から

地獄 くるしみの先にくるしみがある くるしみの前にくるしみがある くるしみの中に地獄がある 世界 私の中に世界が見えない 世界の中に私の影が見えない 世界の中に私を拾えない 自分の影を求める私を拾えない 時間 いつの日か 噴き上げていく絶え絶えの熱…

25時('02)  スパイク・リー  <大いなる悔悟の向こうで――― 選択できなかったもう一つの人生>

様々な廃棄物が捨てられているような汚濁した路傍の一角に、その犬は死にかかっていた。友人のコースチャと車を飛ばすモンティの視界に、その犬が捉えられたとき、なお本来的な攻撃性を振り絞って見せるかのような、白の斑(まだら)の入った黒犬に近づき、…

流れる('56)  成瀬巳喜男  <今まさに失わんとする者たち>

1 シビアな現実を、淡々と、しかし残酷に描き切った成瀬映画の最高到達点 「男を知らないあなたに、何が分るって言うのよ!」 「男を知っているってことが、どうして自慢になるのよ!」 「へぇ、このお嬢さんは大変なことをおっしゃいましたよ。女に男がい…

十九歳の地図('79) 柳町光男 <歪んだ支配願望が極点にまで達する危うさを必然化して>

1 「嫌がらせの電話」という卑小な日常を繋ぐ青年 ファーストシーン。 厳冬の東京の未明。 新聞を抱えた青年が、白い息を吐きながら走っている。 一軒の家の前で立ち止まる青年。 いつも吠えられている犬が、今朝もまた、青年に向かって攻撃してきた。 小石…

連作小説(4) 崩されゆく明日

一 この年の、例年にも増して蒸し暑い盛夏に吐き出されて、その夜の外気には、皮膚を焦がすような尖った悪意がたっぷりと含まれていた。飼い主を失って、餌を漁っているような黒褐色の老犬が一匹、堤下を繁茂する夏の色彩の深みに半身を埋めて、明日に繋がら…

連作小説(3) 死の谷の畔にて

一 私はかつて一度、自死の恐怖の前に立ち竦んだ。 自死へのエネルギーをほんの少し残しながら、それを他の行為に転化することができたことで、何となく救われた。その恐怖はその後、私の脳裏にべったりと張り付いて決して離れることはなかった。 以来私は、…

連作小説(2)  壊れゆくものの恐怖

一 地の底から見る風景は、過剰なまでに絶望的だった。 中枢性疼痛という地獄の前線で噛まれて、私だけの悶絶の仕方で、あらん限りの醜悪を晒していた。そこに崩壊感覚としか呼べないものが蟠踞している。壊れゆくものの恐怖感。そいつが私を喰い尽くそうと…

連作小説(1)  悪意の歩行者

一 ほんのひと押しの揺らぎで崩れてしまうような、ちっぽけなガラスの秩序。そこに私は棲んでいる。 気晴らしに向かうどのような気分の集合がどれほど威勢よくても、その気分を乗せている辛いものの集合がほんの少し暴れ出したら、もう澱みきったものの淵に…