2011-06-01から1ヶ月間の記事一覧

二十日鼠と人間('92) ゲイリー・シニーズ <「深い親愛感情」をベースにした、「対象依存的な友情関係」の見えない重さ>

1 構築力が高く、人間の生きざまを真摯に見詰める映像 本作は、構築力の高い秀逸な映像である。 プロット展開には殆ど無駄がなく、説明的にもなっていない。 アラバマ物語(1962年製作)で有名な、ホートン・フートの脚本もいい。 彷徨する農業労働者…

思い出の風景  武蔵野春爛漫(その1) )

「関東平野西部の荒川と多摩川に挟まれた地域に広がる台地」(ウイキ) ―― それが武蔵野台地である。 狭義に言えば、武蔵野とは、東京都と埼玉県にまたがる洪積台地である。 ここでは、もっと範囲を広げて、東京近県の風景をも網羅して、かつて武蔵野の早春…

サラバンド('03) イングマール・ベルイマン <圧倒的な女の包括力と強靭さ ―― ベルイマンの女性賛歌の最終的メッセージ>

序 肉塊の襞をも裂く人間の孤独の極相を抉り出して ハイビジョンデジタルビデオカメラ(HDカメラ)の技術を駆使して抉り出された世界は、体性感覚の微細な揺らぎの見えない刺激まで捕捉して、自我の支配域をファジーにした、人間の愛憎の闇の深い辺りで迷…

炎のランナー('81)  ヒュー・ハドソン <ユニオンジャックの旗の下に包括しようとする意思が溶融したとき>

1 鋭角的な攻撃性を輻射して止まない男 1924年のパリ・オリンピックの陸上競技で、英国に二つの金メダルをもたらした実話のランナーを描いた、この著名なアカデミー作品賞の中に、本作の基幹のメッセージとも言うべき極めて重要な描写が2か所ある。 本…

サン・ジャックへの道('05)  コリーヌ・セロー <ハッピーエンドの「ヒューマンドラマ」に収斂される流れを担保にとる姑息さ>

1 「旅は、人を変容させる」というロードムービーの基本命題 「旅は、人を変容させる」 全てとは言わないが、この「変容」という概念に収斂される極め付けの幻想が、ロードムービーの基本命題である。 従って、ロードムービーを成功させるのは、「変容し得…

バベル('06)   アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ <「単純化」と「感覚的処理」の傾向を弥増す情報処理のアポリア>

1 独善的把握を梃子にして振りかぶった情感的視座 モロッコで始まり、東京の超高層で閉じる物語。 モロッコに旅行に来たアメリカ人夫婦は、関係の再構築のために旅に出て、そこで難に遭う。 東京の超高層に住む父と娘は、関係の折り合いが上手に付けられな…

イースタン・プロミス('07)  デヴィッド・クローネンバーグ <「全身ハードボイルドもどき」の男と、「聖母マリア」の距離が関数的に広がっていくだけの物語>

1 「全身ハードボイルドもどき」の男と、「聖母マリア」の距離が関数的に広がっていくだけの物語 本作に関しては、深読みするスノッブ効果は不必要である、というのが私の結論。 分りやす過ぎる映画だからだ。 「俺には両親はいません。これまで、“法の泥棒…

田舎の日曜日('84)   ベルトラン・タヴェルニエ <老境の光と影――慈父が戦士に化ける瞬間(とき)>

1 陽光眩しい田舎の日曜日 1912年、樹木がその色彩を鮮やかに染めつつある、初秋のパリ郊外。 およそ第一次大戦前夜の、暗雲垂れ込めつつあるヨーロッパの風景とは思えないような、長閑(のどか)なる田舎の日曜日。 その日、既に老境に入った画家のラ…

フィールド・オブ・ドリームス('89)  フィル・アルデン・ロビンソン <反論の余地のない狡猾さを、美辞麗句で糊塗してしまう始末の悪さ>

序 奇麗事で塗りたくられた気恥ずかしさ 少なくとも私にとって、ここまで奇麗事で塗りたくられた映画を見せつけられたら、あまりの気恥ずかしさで、「勝手にやってくれ」と言いたくなる種類の典型的な映画。 しかし、本作で扱われた歴史的事実についての誤っ…

さらば、わが愛 覇王別姫('93)  チェン・カイコー <人間の脆弱さの裸形の様を描き切った映像の凄味>

序 説明過剰な冗長さに流されない映像構成力の切れ味 3人の主要な登場人物の複雑で、絡み合った愛憎のリアルな関係を基軸にした生身の「物語性」の中で、途方もなく紆余曲折した中国現代史の波乱万丈な時代の航跡や、そこで呼吸する者の息吹を伝える社会を…

夜と霧 ('55) アラン・レネ<「ある国の、ある時期の話」に封印してはならないというメッセージの力技>

1 「ある国の、ある時期の話」に封印してはならないというメッセージの力技 ナチスの台頭で米国に亡命し、その後、東独に生活の拠点を設け、東独の国歌をも作曲したユダヤ人、ハンス・アイスラーが作曲した、詩的でありながら、時には軽快で、淀みのないB…

映画史に残したい「名画」あれこれ  外国映画編(その1)

映画のランク付けを好まない私だが、邦画の「ベストワン」を「浮雲」(1955年製作)に決めているように、外国映画でも、紛れもなく、「ベストワン」と思わせる映像がある。 ジェリー・シャッツバーグ監督の「スケアクロウ」(1973年製作)である。 …

叫びとささやき('72)   イングマール・ベルイマン <「感情吸収」による「和解」の文脈のリアリズム>

1 非日常と日常が交差し、そこで展開される人間模様 緩やかな晩秋の陽光が斜めに射し込んだ森の風景は、まるで一幅の絵画を思わせるような自然美を写し撮っていた。 その森の一画に、いかにもブルジョアの風格を矜持する大邸宅が建っていた。 舞台は、19…

アンナと過ごした4日間('08)  イエジー・スコリモフスキ<「戦略的ミスリード」を駆使する映像宇宙の鋭利な切れ味>

1 「戦略的ミスリード」を駆使する映像宇宙の鋭利な切れ味 単に「面白いだけの映画」を観たら、鑑賞後、5分も経てば忘れるだろう。 「面白さ」のエピソードが、脳の記憶に張り付いていても、いつしか、その後に観た同種の映画との差異が曖昧になり、やがて…

不良少女モニカ('53)  イングマール・ベルイマン <自我の未成熟な女の変わらなさを描き切った圧倒的な凄味>

1 「青春の海」の求心力 ―― プロットライン① 陶磁器配達の仕事に追われる一人の若者がいる。 彼の名は、ハリー。 彼は奔放な我がまま娘と出会うことで、その生活に変化を来たしていく。 彼女の名は、モニカ。このとき、17歳だった。 純粋な青年、ハリーと…

冬の光('62)  イングマール・ベルイマン <物語に縋って生きる「職業的牧師」の欺瞞と孤独>

1 「職業的牧師」という名の、一人の「凡俗の徒」 本作の主題は、拠って立つ自我の安寧の基盤である物語に亀裂が入ってもなお、その物語に縋って生きていかねばならない男の欺瞞と孤独である、と私が考えている。 物語とは、キリスト教への深い信仰の念であ…

風景への旅

「日本一周無銭旅行」という、今から思えば赤面するような一人旅を、私は19歳の時に経験した。 約50日間、一般旅館や、ユースホステルのような青少年旅行者用のチープな簡易宿泊施設に泊まることなく、ヒッチハイカーというのでもなく、一貫して鉄道を利…

太陽に灼かれて('94)  ニキータ・ミハルコフ <「風景の変容」 ―― 3部構成によって成る特徴的な映像構成の劇的効果>

1 「朱に染まった波の間から、偽りの太陽が昇り始める」 「“最近、モスクワ近郊で奇妙な現象がしきり(しばしば)と見られると、通告(報告)されている。火の球が出来(出現)したかと思うと、消え去る。作物は被害を受け、農者(農民)たちの健康を脅かし…

誰がため('08)  オーレ・クリスチャン・マッセン<複雑な状況下に捕捉された人間の、複雑に絡み合った心理の様態を映し出した秀作>

1 「約束された墓場」である「約束された悲劇」の物語 本作は、死を極点にする「非日常」の鋭角的な時間を日常化した男たちの、「約束された悲劇」を描いたものである。 「約束された悲劇」とは、「過激なテロリスト」の人生が、そこにしか流れ着かないよう…

普通の人々('80)  ロバート・レッドフォード <自我を不必要なまでに武装化して――或いは、グリーフワークの艱難さ>

序 骨の髄まで生真面目な筆致で貫徹した作品 この骨の髄まで生真面目な筆致で貫徹した作品を、アメリカの著名な映画俳優が片手間で作った映画であると見てはいけない。 これは紛れもなく、一人の有能な映像作家による作品なのだ。 片手間どころか、この映像…

アメリカン・ビューティー('99)  サム・メンデス <「白」と「赤」の対比によって強調された「アメリカン・ビューティー」の、爛れの有りようへのアイロニー>

1 小さなスポットで睦み合う青年と少女 本作を、一人の青年が支配している。 リッキーという名の、18歳の青年である。 ビデオカメラで隣家の少女を盗撮したり、麻薬の密売で小遣いを稼ぐ危うさを持つ青年だが、そんな男に盗撮される当の少女が、青年のう…

バウンティフルへの旅('85)    ピーター・マスターソン <「郷愁の念」によって切断された「現実との折り合いの悪さ」>

1 「郷愁の念」によって切断された「現実との折り合いの悪さ」 観念としての死がリアリティを持ちつつある自我の中で、「現実との折り合いの悪さ」が「郷愁の念」を喚起し、喚起された「郷愁の念」が拡大的に自己運動を起こすことで「現実との折り合いの悪…

フライド・グリーン・トマト('91) ジョン・アヴネット <「善き関係の構築が、人間を変容させる」という基幹テーマのお座成りな張り付け>

1 「善き関係の構築が、人間を変容させる」という基幹テーマのお座成りな張り付け 何となく観て、何となく気に入った映画を、批評の視座を加えて観るとき、初頭効果的に過ぎない、「何となく気に入った映画」への印象が全く変わってしまうケースが多い。 そ…

野性の少年('69)  フランソワ・トリュフォー <「『愛』による『教育』」の成就 ――「父性」と「母性」の均衡感のある教育的提示>

1 「アヴェロンの野生児」の発見 1797年に、南フランスの森深くで、猟師たちによって発見され、生け捕りにされた裸の少年がいた。 所謂、「アヴェロンの野生児」である。 程なく、パリの国立聾唖学院に預けられ、獣と戦った痕を示す15か所の傷を確認…

黄色い大地('84)  チェン・カイコー <道理を超えた矛盾と齟齬を描き切った、「掟」と「掟」の衝突の物語>

1 「異文化」からの使者の求心力、悪しき習俗の遠心力 粗い砕屑物(シルト)の土壌である黄土(こうど)が、黄河の中流域にまで広がる黄土高原の裸形の風景の中枢に、植生破壊の脅威を見せる陝西省(せんせいしょう)の一帯は、まさに中国の土手っ腹に当た…

セントラル・ステーション('98)  ヴァルテル・サレス <感覚鈍磨させてきた「情愛」を復元させる心情変容のステップ>

序 説得力のある映像構成によって成就した秀作 本作は、善悪の感覚に鈍磨した中年女性が、父を捜し求める少年との長旅を通して、感覚鈍磨した自我が、本来そこにあったと思わせる辺りにまで、曲接的に心情変容していくプロセスを、精緻で説得力のある映像構…

レスラー('08)   ダーレン・アロノフスキー <「何者か」であり続けることを捨てられない男の究極の選択肢>

序 シンプルな情感ラインで描き切った、武骨な男の孤独の悲哀 全てを失った男が、自分の「墓場」と決めた場所で昇天する。 そこに至るまでのプロセスに、人生の哀感が存分に詰まっていて、それが観る者の心を痛々しく、切ないまでに騒がせるのだ。 そんな映…

七人の侍('54)  黒澤 明 <黒澤明の、黒澤明による、黒澤明のための映画>

序 黒澤明の、黒澤明による、黒澤明のための映画 正直なところ、私は「黒澤映画」があまり好きではない。 それは、小津安二郎や溝口健二、木下恵介、大島渚、篠田正浩、増村保造等といった著名な映像作家の作品がそれぞれの理由であまり好きでないように、私…

息子の部屋('01)  ナンニ・モレッティ <悲嘆は悲嘆によってのみ癒される>

1 「グリーフワークのプロセス」のステージとしての「ショック期」、「喪失期」 作り手の問題意識と些か重ならない部分があるかも知れないが、私は本作を、「『グリーフワーク』という迷妄の森に搦(から)め捕られたときの危うさと、そこから抜けていく可…

京都晩秋

「晩秋の京都」 ―― これが、私が知っている京都のイメージの全てである。 中学の修学旅行で行った京都のイメージは、遥か彼方に捨てられていて、そこにはもう、「美しき古都」を感受させる、いかなる情報をも拾い上げることができない。 だから私にとって、…