2011-09-01から1ヶ月間の記事一覧

映画史に残したい「名画」あれこれ  外国映画編(その4)

フルメタル・ジャケット(スタンリー・キューブリック) 本作の物語構造は、とても分りやすい。それを要約すれば、こういう文脈で把握し得るだろう。 「殺人マシーン」を量産する「軍隊」の、極めて合理的だが、それ故に苛酷なる短期集中の特殊な新兵訓練を…

レスラー('08)  ダーレン・アロノフスキー <「何者か」であり続けることを捨てられない男の究極の選択肢>

序 シンプルな情感ラインで描き切った、武骨な男の孤独の悲哀 全てを失った男が、自分の「墓場」と決めた場所で昇天する。 そこに至るまでのプロセスに、人生の哀感が存分に詰まっていて、それが観る者の心を痛々しく、切ないまでに騒がせるのだ。 そんな映…

クレイジー・ハート('09) スコット・クーパー <闇深き病理への治癒の困難さを、簡単にスル―してしまう物語の安直さ>

1 「男の生きざま」という、「物語の芯」の脆弱さ ハリウッド映画の浮薄さを曝け出した、凡作の極みのような一篇。 地の果てまでも続くと思わせる、広い大地の遥か上空を占有する、ゆったりと流れる雲と抜けるような青空。 この大自然を背景にして、白人開…

4分間のピアニスト('06)  クリス・クラウス <「表現爆発」に至る物語加工の大いなる違和感>

1 簡潔な粗筋の紹介 本稿に入る前に、以下、本作の粗筋を簡潔にまとめておこう。 ピアノ教師として女子刑務所に赴任して来た80歳のクリューガーは、新入りのジェニーが机を鍵盤代わりにして指を動かす姿を見て、一瞬にして抜きん出た才能を認知する。 「…

ピアニスト('01)  ミヒャエル・ハネケ <「強いられて、仮構された〈生〉」への苛烈極まる破壊力>

1 「父権」を行使する母との「権力関係」の中で 母の夢であったコンサートピアニストになるという、それ以外にない目的の故に形成された、実質的に「父権」を行使する母との「権力関係」の中で、異性関係どころか、同性との関係構築さえも許容されなかった…

多摩森林科学園の春

JR高尾駅で下車し、北口から10分ほど歩けば辿り着く多摩森林科学園。 かつて浅川実験林と呼ばれていた頃から、サクラ保存林として名高い件の多摩森林科学園に、私は殆ど毎年のように通い詰めていた。 当時は入園料もなく、入口でサインするだけで8haも…

陽春を歩く(その2)

小金井公園 ―― さすがに国営昭和記念公園の広大な面積には及ばない(2分の1)が、日比谷公園の5倍近く、上野公園の1.4倍もある都立公園である。 戦前から玉川上水沿いに咲く「小金井桜」として、その名を馳せてきた桜の名所は今も健在である。 ソメイヨ…

運動靴と赤い金魚('97) マジッド・マジディ <順位を予約して走る少年の甘さにお灸を据えた適性なるリアリズム>

この日、小学校高学年のアリ少年は、八百屋で買い物をしているとき、修繕したばかりの妹ザーラの運動靴を紛失してしまう。 八百屋の前を通りかかった屑屋さんが、ゴミと一緒に、運動靴の入った袋を持っていってしまったのだが、そんなこととは露知らず、アリ…

イヴの総て('50) ジョセフ・L・マンキウィッツ <「ちんけな夢想家」という範疇を突き抜ける、抜きん出てクレバーな野心家の物語>

1 「ちんけな夢想家」という範疇を突き抜ける、抜きん出てクレバーな野心家の物語 本作の実質的なヒロインであるイヴが、自己破壊的な行動をも随伴する「演技性人格障害者」ではないことを確認しておく必要があるだろう。 彼女を、そのような「精神疾患者」…

陽春を歩く(その1)

2000年4月29日。 「みどりの日」である。 私が神代植物公園に訪園した最後の日である。 ブルーに染め抜かれた空が眩いほどだった。 その日、私は生まれて初めて、最も美しい風景を見たという幻想に酔ったのは事実である。 ハナミズキ園の樹木が最高の…

奥武蔵・秩父の四季(その3)

陽春の季節に奥武蔵の集落を歩くこと。 これが、私の最も気に入った趣味である。 特に、集落の細い路傍に咲くハナモモの赤やピンクが、私を魅了して止まないのである。 だから、西部池袋線・秩父線の各駅を降りて、自由に散策する習慣がいつしか身についてし…

白いリボン('09) ミヒャエル・ハネケ<洗脳的に形成された自我の非抑制的な暴力的情動のチェーン現象を繋いでいく、歪んだ「負のスパイラル」>

1913年の夏。 北ドイツの長閑な小村に、次々と起こる事件。 村で唯一のドクターの落馬事故が、何者かによって仕掛けられた、細くて強靭な針金網に引っ掛かった事件と化したとき、まるでそれが、それまで連綿と保持されていた秩序の亀裂を告知し、そこか…

風景への旅(四季の武蔵野)

梅郷と言ったら、吉野梅郷。 私の中ではそれしかない。 関東近県で、これに勝る風景美を見せてくれる梅郷を私は知らない。 その最大の理由は、私の好きな色彩豊かな紅梅が多いからである。 それは白梅の海の中に紅梅が点在するというよりも、紅梅のピンクや…

武蔵野冬景色

ここには収められていないが、奥武蔵野の山々、とりわけ、顔振峠や高山不動の稜線からの夕景の写真を撮るために、最寄りの大泉学園駅から吾野まで通った日々が懐かしく思い出される。 冬の日没は早いので、遅くとも午後4時頃までには、見晴らしの良い稜線上…

覚悟の一撃(短言集)

* 虐めとは、身体暴力という表現様態を一つの可能性として含んだ意志的、継続的な対自我暴力である。 最悪の虐めは、相手の自我の「否定的自己像」に襲いかかり、物語の修復の条件を砕いてしまうことである。その心理的な甚振(いたぶ)りは、対象自我の時…

サンセット大通り('50) ビリー・ワイルダー<肥大し切った虚栄心の、伸び切ってしまった欲望の稜線の迷走の果てに>

虚栄の心理学という問題意識で考えるとき、本作の「ヒロイン」であるノーマ・デスモンドの虚栄心の在り処は、彼女が固執するある種の優越感情(ここでは、「自分はこんなに優秀な女優なのだ」という感情)の根拠となる対象(優秀な女優を気取っているという…

武蔵野・初夏の花

神代植物公園。 私が最も多く通い詰めた「花の公園」である。 都立で唯一の、この植物公園には、早春から晩春まで各種の花が咲き続け、来園者を失望させることはない。 中でも、意外に知られていないのは、早春3月に、公園の一角を見事な色彩に染め上げる「…

グエムル - 漢江の怪物('06) ポン・ジュノ <アンチの精神の激しい鼓動が生み出したもの>

2000年2月9日。 駐韓米軍第8部隊・ヨンサン基地内霊安室。 アメリカの一人の老科学者が、韓国の若い科学者に「ホルムアルデヒド(注5)の瓶に汚れが付いているので、一滴残らず捨ててカラにしたまえ」と命じた。規則違反を理由に躊躇(ためら)う部下…

ほえる犬は噛まない('00)  ポン・ジュノ <ペット犬飼いの「近代性」と、ペット犬喰いの「前近代性」の包括的共存の様態>

高層団地という限定的スポットの中で出来した、「連続小犬失踪事件」。 それは、学長への賄賂なしに大学教授のポストを得られない現実を認知しながら、身重の姉さん女房に食べさせてもらっているが故に、賄賂の工面も為し得ず、その類の振舞いに引いてしまう…

風景への旅(冬紀行)

私の好きな富士山への最近接というイメージこそ、「冬紀行」という言葉に相応しい何かである。 その優美な山容において、成層火山特有の円錐形に近い、美しい稜線を持つ富士山は、私にとって「登る山」ではなく、一貫して「仰ぎ見る山」である。 この「仰ぎ…