2012-05-01から1ヶ月間の記事一覧

八日目の蝉('11)  成島出 <「八日目」の黎明を抉じ開けんとする者、汝の名は秋山恵理菜なり>

1 個の生物学的ルーツと心理学的ルーツが乖離することで空洞化した、屈折的自我の再構築の物語 本作は、個の生物学的ルーツと心理学的ルーツが乖離することで空洞化した自我を、日常的な次元の胎内の辺りにまで、深々と引き摺っているような一人の若い女性…

ディア・ドクター('09)  西川美和 <微妙に揺れていく男の脱出願望 ―― 「ディア・ドクター」の眩い残影>

1 男の脱出願望と、感謝の被浴による快楽との危うい均衡 必ずしも、本作の主人公である「『善人性』を身体化するニセ医者」のバックボーンが明瞭に表現されていないが、私なりにイメージする、件の「ニセ医者」の心理の振れ具合に焦点を当てて書いてみよう…

ゆれる('06)   西川美和 <微塵の邪意も含まない確信的証言者の決定的な心の振れ具合>

1 完全拒絶によって開かれた「事件」の闇 本作は、ある「事件」を契機に、雁字搦めに縛りあげていた「圧力的な日常規範」から、自我を一気に解放していく心的過程を辿っていく者と、自在に解放された世界で自己運動を繋いでいた自我が、その解放への起動点…

闇の子供たち('08)  阪本順治  <「象徴的イメージを負った記号」の重量感に弾かれて>

1 象徴的イメージを負った記号 ここに、6人の日本人がいる。 1人、2人目は梶川夫婦。拡張型心筋症の息子(8歳)を持ち、近々、タイで心臓移植を計画している夫妻である。① 3人目は、買春目的でタイに行き、非合法でペドフィリア(小児性愛)を愉悦し、…

悪人('10) 李相日  <延長された「母殺し」のリアリティに最近接した男の多面性と、「母性」を体現した女の決定的な変容 ―― 構築的映像の最高到達点>

1 無傷で生還し得ない者たちの映画 言わずもがなのことだが、本作は、主要登場人物8人(祐一、光代、祐一の祖母、祐一の母、佳乃、佳乃の父の佳男、佳乃の母、増尾、)のうち、物理的に生還できなかった者(佳乃)を除いて、無傷で生還しなかった者は一人…

ミツバチのささやき('73) ヴィクトル・エリセ <「家族の再生」の物語に軟着させた「非武装なるイノセント」の復元力>

1 「幼児」と「児童」の見えないボーダーが駆動させた「善きもの」への好奇心 「なぜ、怪物はあの子を殺したの?なぜ、怪物も殺されたの?」 「怪物もあの子も殺されてないのよ。映画の中の出来事は全部嘘だから。私、あの怪物が生きてるのを見たもの。村外…

禁じられた遊び('52)  ルネ・クレマン <愛情対象を喪失した幼女の悲哀の儀式>

本作のストーリーラインの言及に入る前に、この映画と付き合うに際して重要な視座を持たねばならないと考えている事柄がある。 それはこの映画が、幼児を主人公しにした「絶対反戦」のメッセージをもって語られることで、全く文句の付けようがない見地に立っ…

蝶の舌('99) ホセ・ルイス・クエルダ  <穏やかさを剥ぎ取られた「風景の変色」>

少年モンチョは不安な夜を過ごしていた。その思いを、就寝中の兄に吐き出さざるを得なかった。 「アンドレス、アンドレス、起きて」 「どうした?」 半醒半睡状態の兄は、その顔をベッドに埋めながら答えた。 「学校で叩かれた?」 「もちろんさ」 「行きた…

草生す廃道に蹲る意志  文学的な、あまりにも文学的な

絶対的弱者は絶対的に孤独である。 自らが他者に全面依存しているという確信的辛さが、ますます弱者を孤独に追いやり、弱者の自覚を絶対化する。 弱者は、もうこの蜘蛛の糸から脱出不能になる。 弱者はかなりの確率で抑鬱化するだろう。 壊れゆく明日のリア…

それでも人は生きていく  文学的な、あまりにも文学的な

どれほど辛くても、これをやっていれば、少しは辛さを忘れられるというレベルの辛さなら、軽欝にまで達していないのかも知れない。 忘れられる辛さと、忘れようがない辛さ。 辛さには、この二種類しかない。 楽しみを持つことで辛さを忘れられる者を、「躁的…

「絶対孤独」の闇に呑まれた叫び  文学的な、あまりにも文学的な

「君の現実が悪夢以上のものなら、誰かが君を救える振りをする方が残酷だ」 この言葉は、「ジョニーは戦場へ行った」(ドルトン・トランボ監督)の中で、一切の自由を奪われた主人公が、その残酷極まる悪夢で語られた、イエス・キリストの決定的な一言。 映…

「手に入れたものの小ささ」と「失ったものの大きさ」との損益分岐点の攻防戦

1 「競馬の醍醐味」への「スノッブ効果」的侵入 「ギャンブル依存症」と言ったら大袈裟になるが、私はかつて競馬三昧の生活を送っていたことがあった。 遥か成人に届く前の青臭い頃だ。 アルバイトで知り合った年長の先輩たちから、「競馬の醍醐味」を教え…

「目立たない程度に愚かなる者」の厄介さ

私たちは「「程ほどに愚かなる者」であるか、殆んど「丸ごと愚かなる者」であるか、そして稀に、その愚かさが僅かなために「目立たない程度に愚かなる者」であるか、極端に言えば、この三つの、しかしそこだけを特化した人格像のいずれかに、誰もが収まって…

「脆弱性」―― 心の風景の深奥 或いは、「虚偽自白」の心理学

1 極限的な苦痛の終りの見えない恐怖 こんな状況を仮定してみよう。 まだ眠気が残る早朝、寝床の中に体が埋まっていて、およそ覚醒とは無縁な半睡気分下に、突然、見たこともない男たちが乱入して来て、何某かの事件の容疑事実を告げるや、殆ど着の身着のま…

太陽はひとりぼっち('62) ミケランジェロ・アントニオーニ  <ラスト9分間に及ぶ、無言のシークエンスの決定力>

1 軟着点の見えない話し合いの後で 原題は「L’ECLIPSE」。 「月食」、「日蝕」という意味である。 カンツォーネの代表的女性歌手である、イタリアのミーナ・マッツィーニが歌う、軽快な邦題通りの主題歌から、クレジットタイトルが刻まれる途中で、唐突に、…

欲望('66) ミケランジェロ・アントニオーニ <関係の不毛という地平にまで絶望的な稜線を伸ばしてきて>

1 「広場の孤独」の世界に置き去りにされて この知的刺激に充ちた本篇において最も枢要な映像構成点は、堀田善衞の小説(「広場の孤独」)の主人公のように、その人格像は決して誠実とは言えなかったが、「事件」(「殺人事件」による公園の「薮の中」に横…

マイ・バック・ページ('11) 山下敦弘 <相対化思考をギリギリの所で支え切った、表現主体としての武装解除に流れない冷徹な視線の肝>

1 「革命」という甘美なロマンによって語られる、それ以外にない最強の「大義名分」を得て 「革命」という言葉が死語と化していなかった時代を、「幸運な時代」と呼んでいいかどうか分らないが、そんな時代状況下にあって、「世界の動乱」を鋭敏に感受し得…

松ヶ根乱射事件('06) 山下敦弘 <「アンチ・ハリウッド」の気概すら感じさせる、切れ味鋭い映像の「自己完結点」>

1 「日常性のサイクル」の恒常的な安定の維持の困難さ 刺激情報をもたらす外気との出し入れが少なく、それなりに「自己完結的な閉鎖系の生活ゾーン」では、そこで呼吸を繋ぐ人々の多くは、「日常性のサイクル」を形成しているだろう。 因みに、「日常性」と…

天然コケッコー('07) 山下敦弘 <「リアル」を仮構した「半身お伽話の映画」>

1 「思春期爆発」に流れない、「思春期氾濫」の「小さな騒ぎ」の物語 島根県の分校を舞台にした、天然キャラのヒロインの、純朴で心優しきキャラクターを、観る者に決定付けた重要なシーンがある。 天然キャラのヒロインの名は、右田そよ(以下、そよ)。 …

リンダリンダリンダ('05) 山下敦弘 <「青春映画の王道」を相対化し切った映像の独壇場>

1 「困難な状況下の、苛酷な努力による『仲間の再生』」という文脈の暑苦しい臭気を蹴飛ばして 観る者に、冒頭から見せるのは、校内の廊下の長回しのシーンによる、学園祭の準備風景。 既に、この作品が、「学校生活」という退屈極まる〈日常性〉の中の、「…

ラストキング・オブ・スコットランド('06)  ケヴィン・マクドナルド <「悪魔」の「絶対的ルール」を分娩した根源に横臥する、ヨーロッパ人のアフリカ観へのルサンチマン>

1 「彷徨する青春」と「人食い大統領」との運命的な出会いの物語 本作は、「人食い大統領」という言葉に集中的に表現されているように、殆ど狂人とされるアフリカの独裁者の人物像を、良かれ悪しかれ、クーデターという名の圧倒的暴力によって権力を握った…

ウェールズの山('95)  クリストファー・マンガー <「使命感」と「戦争」、そして「同化」についての物語>

1 フュノン・ガルウの誇りにかけて イングランドから来た二人は、地図を作るためにフュノン・ガルウの測量のために、“好色”モーガンの宿に泊まることになった。 「ウェールズに入って最初の山。村で自慢できるのは、大昔からこの山だけ。北部のような大きい…

白いリボン('09) ミヒャエル・ハネケ <洗脳的に形成された自我の非抑制的な暴力的情動のチェーン現象を繋いでいく、歪んだ「負のスパイラル」>

1 「純真無垢」の記号が「抑圧」の記号に反転するとき 物語の梗概を、時系列に沿って書いておこう。 1913年の夏。 北ドイツの長閑な小村に、次々と起こる事件。 村で唯一のドクターの落馬事故が、何者かによって仕掛けられた、細くて強靭な針金網に引っ…

隠された記憶('05) ミヒャエル・ハネケ <メディアが捕捉し得ない「神の視線」の投入による、内なる「疚しさ」と対峙させる映像的問題提示>

差出人不明のビデオテープが届く事態に不安を募らせていく、テレビ局の人気キャスターの夫と、出版社に勤務する妻。 夫の名は、ジョルジュ。 妻の名は、アンヌ。 そこに送付されていた、子供が血を吐く拙い絵。 更に、今や介護者と共に暮らす実母が住む、ジ…

ピアニスト('01)  ミヒャエル・ハネケ <「強いられて、仮構された〈生〉」への苛烈極まる破壊力>

1 「父権」を行使する母との「権力関係」の中で 母の夢であったコンサートピアニストになるという、それ以外にない目的の故に形成された、実質的に「父権」を行使する母との「権力関係」の中で、異性関係どころか、同性との関係構築さえも許容されなかった…

ファニーゲーム('97) ミヒャエル・ハネケ <暴力の本質的な破壊力についての、冷徹なまでに知的な戦略的映像の極北>

夏の長期休暇をとって、湖畔の別荘へ向かうショーバー一家。 ヨットを牽いたワゴン車内には、夫のゲオルグ、妻のアナの夫妻と、一人息子のショルシと愛犬が同乗している。 奇妙な「事件」が起きたのは、セーリングの準備をしている父子の留守のときだった。 …