2012-07-01から1ヶ月間の記事一覧

裸の島('60)  新藤兼人 <耕して天に至る>

1 必要な時間に必要な動きを、必要なエネルギーによって日常性を繋いで 乾いた土 限られた土地 映画「裸の島」で、冒頭に紹介されるこの短いフレーズの中に、既に映画のエッセンスが語られている。 映画の舞台は瀬戸内海に浮かぶ、僅か周囲四百メールの小島…

十三人の刺客('10) 三池崇史 <てんこ盛りのメッセージを詰め込んだ娯楽活劇の「乱心模様」>

1 「戦争」の決意→「戦争」の準備→「戦争」の突沸という、風景の変容の娯楽活劇 この映画は良くも悪くも、物語をコンパクトにまとめることを嫌い、エンターテイメントの要素をてんこ盛りにすることを大いに好む映画監督による、力感溢れる大型時代劇の復権…

ユリシーズの瞳('96) テオ・アンゲロプロス <帰還の苛酷なる艱難さ――人間の旅の、終わりなき物語>

1 マナキス兄弟の映像を求めて 「魂でさえも、自らを知るには、魂を覗き込む――プラトン」 画面の黒に、プラトンの言葉が刻まれて、映像は開かれた。 その画面が切れて、サイレントの映像が映し出された。 「ギリシャ 1905年。マナキス兄弟が最初に撮っ…

つぐない('07)  ジョー・ライト <「贖罪」の問題に自己完結点を設定することへの映像的提示>

1 「贖罪」という名の作り話が閉じたとき 「1930年代、戦火が忍び寄るイギリス。政府官僚の長女セシーリアは、兄妹のように育てられた使用人の息子、ロビーと思いを通わせ合うようになる。しかし、小説家を目指す多感な妹ブライオニーのついたうそが、…

バベル('06) アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ <「単純化」と「感覚的処理」の傾向を弥増す情報処理のアポリア>

1 独善的把握を梃子にして振りかぶった情感的視座 モロッコで始まり、東京の超高層で閉じる物語。 モロッコに旅行に来たアメリカ人夫婦は、関係の再構築のために旅に出て、そこで難に遭う。 東京の超高層に住む父と娘は、関係の折り合いが上手に付けられな…

マンデラの名もなき看守('07) ビレ・アウグスト <千切れかかっていた「善」が、確信犯の「善」のうちに収斂される物語>

1 千切れかかっていた「善」が、確信犯の「善」のうちに収斂される物語 権力を維持するために行使される、過剰な暴力を是とするシステムに馴染めない「善」と、その権力への自衛的暴力を行使することを指示する確信犯の「善」が物理的に最近接し、そこに心…

ぐるりのこと('08)  橋口亮輔 <決め台詞なき映像を支配したもの>

1 予約された「日常性」が裂けていくとき 1993年冬 「週3日?」 出版社の同僚を驚かせる場面によって開かれるヒューマンドラマの幕は、その同僚を驚かせた女の天真爛漫な高笑いを大写しにさせていく。 およそ不幸とは無縁な印象を与える本作のヒロイン…

かもめ食堂('05)  荻上直子 <「どうしてものときはどうしてもです」―― 括る女の泰然さ>

1 「距離の武術」としての「アイキ」の体現者 合気道―― 「理念的には力による争いや勝ち負けを否定し、合気道の技を通して敵との対立を解消し、自然宇宙との『和合』『万有愛護』を実現するような境地に至ることを理想としている。主流会派である合気会が試…

歩いても 歩いても(‘07)  是枝裕和 <『非在の存在性』の支配力、その『共存性濃度』の落差感>

序 リアリズムで抜けていく「人生 論」不在の状況の寒々しさ 近年、私が観た邦画の中では、最も上出来の映像だった。 映像全体から伝わってくる空気感と臭気は、私の体性感覚の内に微細な部分をも溶融して、老夫婦の加齢臭のみならず、阿修羅の異形(いぎょ…

しゃべれども しゃべれども('07)  平山秀幸 <「ラインの攻防」 ―― 或いは、「伏兵の一撃」>

1 絶対防衛圏 「噺家(はなしか)の名前を何人知っているだろう。テレビによく出ているので3、4人。そんなもんじゃないだろうか。東京で450人あまり、上方も合わせれば600人以上。それが現役の噺家の数だ。寄席は都内でたったの4軒(注1)。そう…

連作小説(3) 死の谷の畔にて

一 私はかつて一度、自死の恐怖の前に立ち竦んだ。 自死へのエネルギーをほんの少し残しながら、それを他の行為に転化することができたことで、何となく救われた。その恐怖はその後、私の脳裏にべったりと張り付いて決して離れることはなかった。 以来私は、…

連作小説(3) 死の谷の畔にて

一 私はかつて一度、自死の恐怖の前に立ち竦んだ。 自死へのエネルギーをほんの少し残しながら、それを他の行為に転化することができたことで、何となく救われた。その恐怖はその後、私の脳裏にべったりと張り付いて決して離れることはなかった。 以来私は、…

連作小説(2)  壊れゆくものの恐怖

一 地の底から見る風景は、過剰なまでに絶望的だった。 中枢性疼痛という地獄の前線で噛まれて、私だけの悶絶の仕方で、あらん限りの醜悪を晒していた。そこに崩壊感覚としか呼べないものが蟠踞している。壊れゆくものの恐怖感。そいつが私を喰い尽くそうと…

連作小説(1)  悪意の歩行者

一 ほんのひと押しの揺らぎで崩れてしまうような、ちっぽけなガラスの秩序。そこに私は棲んでいる。 気晴らしに向かうどのような気分の集合がどれほど威勢よくても、その気分を乗せている辛いものの集合がほんの少し暴れ出したら、もう澱みきったものの淵に…

「勝者」と「敗者」を作り出す飛び切りの娯楽 -------- その名は「風景としての近代スポーツ」

1 「勝利⇒興奮⇒歓喜」というラインを黄金律にする近代スポーツ 近代スポーツは大衆の熱狂を上手に仕立てて、熱狂のうちに含まれる毒性を脱色しながら、人々を健全な躁状態に誘(いざな)っていく。 この気分の流れは、「勝利⇒興奮⇒歓喜」というラインによ…

「最高のルール」なるものと出会うまでの、最低のルールを通過する辛さ

ルールの設定は、敗者を救うためにあると同時に、勝者をも救うのだ。 戦いの場でのテン・カウントは勝敗の決着をつけると共に、スポーツの夜明けを告げる鐘でもあった。これは、坂井保之(プロ野球経営評論家)の名言である。 死体と出会うまで闘いつづける…

視覚の氾濫  文学的な、あまりにも文学的な

沈黙を失い、省察を失い、恥じらい含みの偽善を失い、内側を固めていくような継続的な感情も見えにくくなってきた。 多くのものが白日の下に晒されるから、取るに足らない引き込み線までもが値踏みされ、僅かに放たれた差異に面白いように反応してしまう。 …

11人の迷走する男たちの人間的なる振れ方  文学的な、あまりにも文学的な

「十二人の怒れる男」(シドニー・ルメット監督)という有名な作品がある。 一人の強靭な意志と勇気と判断力を持った男がいて、その周りに11人の個性的だが、しかし、決定的判断力と確固たる信念による行動力に些か欠如した、言ってみれば、人並みの能力と…

尊厳死の問題の難しさと深淵さ  文学的な、あまりにも文学的な

「自我が精神的、身体的次元において、統御可能な範囲内にある様態」―― 私はそれを「人間らしさ」と呼ぶ。 例えば、耐え難いほどの肉体的苦痛が継続するとき、間違いなく自我は悲鳴を上げ、その苦痛の緩和を性急に求める。 しかし、その緩和が得られないとき…

恋愛ゲームの手痛い挫折者  文学的な、あまりにも文学的な

アンデルセンは、片思いの恋人(ルイーゼ・コリン)に読んでもらうために自伝を執筆し、それを出版した。 その中で自分の数奇な遍歴を誇張し、努力家としての自分のイメージを必死に売り込んだ。 しかし、ルイーズから手紙を送り返されて、嘆くばかりだった…

人間をサイボーグにさせない自由の幅  文学的な、あまりにも文学的な

役割が人間を規定すると言われる。 役割が人間を規定することを否定しないということは、人間は役割によって決定されるという命題を肯定することと同義ではない。 そこに人間の、人間としての自由の幅がある。 この自由の幅が人間をサイボーグにさせないので…

苦悩することの可能なくしては、享楽することの可能は不可能である  文学的な、あまりにも文学的な

「苦悩を癒す方途は無意識を意識の衝撃にまでもたらすことであり、決して無意識の裡に沈潜させることではなくして、意識にまで自らを昂揚し、而もよりいっそう苦悩することである。(略)苦悩の悪は、より大なる苦悩によって、より高次の苦悩によって癒える…

禁断の愛の破壊力  文学的な、あまりにも文学的な

禁断の愛は、堅く封印された扉を抉(こ)じ開ける愛である。 その扉を抉じ開けるに足る剛腕を必須とする愛、それが禁断の愛である。 そして、その扉を抉じ開けた剛碗さが継続力を持ったとき、その愛は固有なる形をそこに残して自己完結する。 果たしてそこに…

「確信は嘘より危険な真理の敵である」 文学的な、あまりにも文学的な

「確信は嘘より危険な真理の敵である」―― これは、「人間的なあまりに人間的な」の中のニーチェの言葉である。 「確信は絶対的な真実を所有しているという信仰である」とも彼は書いているが、それが信仰であるが故に、確信という幻想が快楽になるのだ。 例…

「自虐のナルシズム」というイメージの氾濫  文学的な、あまりにも文学的な

私たちの内側では、常にイメージだけが勝手に動き回っている。 しかし、事態は全く変わっていない。 事態に向うイメージの差異によって、不安の測定値が揺れ動 くのだ。 イメージを変えるのは、事態から受け取る選択的情報の重量感の落差にある。 不安であれ…

眼の前に手に入りそうな快楽が近接してきたとき  文学的な、あまりにも文学的な

比べることは、比べられることである。 比べられることによって、人は目的的に動き、より高いレベルを目指していく。 これらは人の生活領域のいずれかで、大なり小なり見られるものである。 比べ、比べられることなくして、人の進化は具現しなかった。 共同…

幸福の選択に博打はいらない  文学的な、あまりにも文学的な

一度手に入れた価値より劣るものに下降する感覚の、その心地悪さを必要以上に学習してしまうと、人は上昇のみを目指すゲームを簡単に捨てられなくなる。 このゲームは強迫的になり、エンドレスにもなるのである。 自己完結感が簡単に手に入り難くなるのだ。 …

「晒された、寡黙なる陰鬱さ」 文学的な、あまりにも文学的な

「察知されないエゴイズム」 これがあるために、一生食いっぱぐれないかも知れない。 人に上手に取り入る能力が、モラルを傷つけない詐欺師を演じ切れてしまうからだ。 「察知されない鈍感さ」 これがあるために、不適切な仕草で最後まで走り抜けてしまうの…

草生す廃道に蹲る意志  文学的な、あまりにも文学的な

絶対的弱者は絶対的に孤独である。 自らが他者に全面依存しているという確信的辛さが、ますます弱者を孤独に追いやり、弱者の自覚を絶対化する。 弱者は、もうこの蜘蛛の糸から脱出不能になる。 弱者はかなりの確率で抑鬱化するだろう。 壊れゆく明日のリア…

それでも人は生きていく  文学的な、あまりにも文学的な

どれほど辛くても、これをやっていれば、少しは辛さを忘れられるというレベルの辛さなら、軽欝にまで達していないのかも知れない。 忘れられる辛さと、忘れようがない辛さ。 辛さには、この二種類しかない。 楽しみを持つことで辛さを忘れられる者を、「躁的…