2012-09-01から1ヶ月間の記事一覧

レインマン(’88)  バリー・レヴィンソン <テーマに真摯に向き合う作り手の強い意志 ――  ラストシーンの決定力>

1 「障害者映画」を免罪符にした感傷的ヒューマニズムに流れる危うさを救った、ラストシーンの決定力 この映画ほど、ラストシーンが決定力を持つ映画も少ないだろう。 ラストシーンの素晴らしさが、この映画の完成度を決定的に高めたと言っていい。 と言う…

ライフ・イズ・ビューティフル('98)  ロベルト・ベニーニ  <究極なる給仕の美学>

1 軽快な映像の色調の変容 一人の陽気なユダヤ人給仕が恋をして、一人の姫を白馬に乗せて連れ去った。 映画の前半は、それ以外にない大人のお伽話だった。 お伽話だから映像の彩りは華やかであり、そこに時代の翳(かげ)りは殆ど見られない。 姫を求める男…

ショーシャンクの空に('94) フランク・ダラボン <「希望」という名の人生の求心力、遠心力>

1 アーリー・スモール・サクセスを遥かに超えた、ビギナーズラックという最適消費点 人並みの希望を持ち、人並みの悲哀を味わって、日々に呼吸を繋ぐごく普通の人々が、その日常性の枠内で、心地良い刺激をごく普通に求めるとき、まさにそのニーズを保証す…

太陽がいっぱい('60) ルネ・クレマン  <「卑屈」という「負のエネルギー」を、マキシマムの状態までストックした自我の歪み>

1 「越えられない距離にある者」に対する、普通の人間のスタンスを越えたとき 「越えられない距離にある者」に対する、普通の人間のスタンスは二つしかない。 一つは、相手を自分と異質の存在であると考え、相対化し切ること。 例えば、「越えられない距離…

<茨の道を往く男 ― 松井秀喜・2012、或いは「野球のロマン」という物語の脆弱性>

1 「鉄の男」という伝説の終焉 の中で 一人の男がいる。 ベースボールプレーヤーとしては決して若くない。 決して若くない、その男の名は松井秀喜。 1974年6月生まれだから、2012年9月現在で38歳になるが、昔のように、壊れるまでプレーを継続…

劒岳 点の記('09) 木村大作 <「仲間」=「和」の精神という中枢理念への浄化の映像の力技>

序 「誰かが行かねば、道はできない」 ―― 本作の梗概 「誰かが行かねば、道はできない。日本地図完成のために命を賭けた男たちの記録」 この見事なキャッチコピーで銘打った本作の梗概を、公式サイトから引用してみる。 「日露戦争後の明治39年、陸軍は国…

グラン・トリノ('08) クリント・イーストウッド<「贖罪の自己完結」としての「弱者救済のナルシシズム」に酩酊するスーパーマン活劇>

1 「否定的自己像」を鋭角的に刺激する危うさに呑み込まれた、頑迷固陋の「全身アメリカ人」 頑固とは、自己像への過剰な拘泥である。 そのために、自分の行動傾向や価値観が環境に適応しにくい態度形成を常態化させていて、且つ、その態度形成のうちに特段…

つぐない('07)  ジョー・ライト <「贖罪」の問題に自己完結点を設定することへの映像的提示>

1 「贖罪」という名の作り話が閉じたとき 「1930年代、戦火が忍び寄るイギリス。政府官僚の長女セシーリアは、兄妹のように育てられた使用人の息子、ロビーと思いを通わせ合うようになる。しかし、小説家を目指す多感な妹ブライオニーのついたうそが、…

冬の小鳥('09)  ウニー・ルコント  <「反転の発想」によって駆動していく少女の、極めてポジティブな身体疾駆>

1 開放された門扉の向こうへの遥かなるディスタンス 少女が大人たちの止めるのも聞かず、施設の門柱の上に乗った。 寮母が少女の脚を捕捉しようとしたが、身軽な少女にかわされてしまったのだ。 不安げに事態を見詰める施設の子供たち。 「子供たちを中に。…

ピアノ・レッスン('93)  ジェーン・カンピオン <男と女、そして娘と夫 ―― 閉鎖系の小宇宙への躙り口の封印が解かれたとき>

1 自然と睦み合う旋律と一体化した女、それを凝視する男 ―― 浜辺のシークエンスの決定力 幼少時より言葉を失った女は、非社会的で閉鎖系のミクロの宇宙に住んでいる。 そんな女が嫁ぐために、ニュージーランド南端に浮かぶ「異界」の島にやって来ても、そこ…

竹山ひとり旅('77)  新藤兼人   <「目明きは、汚ねえ!」 ―― ラスト20分の爆轟の突破力>

1 「目明きは、汚ねえ!」 ―― ラスト20分の爆轟(ばくごう)の突破力 〈生〉を絶対肯定するエピソード繋ぎだけの前半の冗長さから、ラスト20分で爆発する「反差別」へのシフトが劇的であっただけに、映像構成の些か不安定な流れ方が気になったが、〈生…

川の底からこんにちは('09) 石井裕也   <「深刻さ」を払拭した諦念を心理的推進力にした、「開き直りの達人」の物語>

1 「開き直った者の奇跡譚」という物語の基本骨格 本作の物語の基本骨格は、「開き直った者の奇跡譚」である。 「開き直った者の奇跡譚」には、物語の劇的変容の風景を必至とするだろう。 独断的に言えば、物語の劇的変容の風景を映像化するには、コメディ…

ブラック・スワン('10)  ダーレン・アロノフスキー <最高芸術の完成形が自死を予約させるアクチュアル・リアリティの凄み>

1 「過干渉」という名の「権力関係」の歪み かつて、バレエダンサーだった一人の女がいる。 ソリストになれず、群舞の一人でしかなかった件の女は、それに起因するストレスが昂じたためなのか、女好きの振付師(?)と肉体関係を持ち、妊娠してしまった。 …

羅生門('50) 黒澤 明  <杣売の愁嘆場とその乗り越え、或いは「弱さの中のエゴイズム」>

序 秀逸な人間ドラマの深み その完成度の高さによって、黒澤作品の腕力と凄みを映画史に記した記念碑的な一篇。 最後はヒューマニズムで括っていく黒澤一流の過剰さが、ここではそれほど厭味になっていない。名作と称される「生きる」の過剰な通俗性が、ここ…

地獄の黙示録('79) フランシス・F・コッポラ <「ベトナム」という妖怪に打ち砕かれて>

ベトナム戦争は、大義なき戦争であった。 大義なき戦争を戦う者たちが、その自我の拠り所にするものは一体何か。 そんな戦争であるが故にこそ、何とか自我の折り合いが付けられるような、自分なりの物語を紡ぎ出していくしかないであろう。その物語が紡ぎ出…

東京物語('53) 小津安二郎<「非日常」(両親の上京)⇒「日常」(両親の帰郷)⇒「非日常の極点」(母親の死)⇒「日常」(上京し、帰宅)というサイクルの自己完結性>

1 「分化された家族」の風景をリアルに描き切った物語 この映画を評価するに当って、私たちは、この国の家族の変遷について纏(まつ)わる認識を改める必要があると思われる。 それは、この国の一般家庭の家族制度の中核は、一貫して「核家族」であったとい…