2013-01-01から1ヶ月間の記事一覧

無言歌(‘10)  ワン・ビン <「約束された衰弱死」によって失われる、感受性の劣化を怖れる男の尊厳が弾けたとき>

1 「毛沢東の大飢饉」の土手っ腹での不条理 パソコンや携帯電話などエレクトロニクス製品に不可避な材料である、レアアースの世界最大の鉱床として名高いバイユンオボ鉱床。 しばしば「戦略物質」として利用される、このレアアースの鉱床の所在地は、中華人…

気狂いピエロ(‘65)  ジャン=リュック・ゴダール <「永遠」という名の「究極の死」によってしか結ばれないトラジコメディの収束点>

1 物語らしい表面的体裁をギリギリに保持した映像が開いた荒唐無稽の遁走譚 テレビ局に勤務する妻子のいるフェルディナンは、裕福な家庭での生活に嫌気が差していた。 パーティーの場でも、饒舌に時を過ごす連中から一人浮いたようなフェルディナンは、目眩…

バベル('06)  アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ <「単純化」と「感覚的処理」の傾向を弥増す情報処理のアポリア>

1 独善的把握を梃子にして振りかぶった情感的視座 モロッコで始まり、東京の超高層で閉じる物語。 モロッコに旅行に来たアメリカ人夫婦は、関係の再構築のために旅に出て、そこで難に遭う。 東京の超高層に住む父と娘は、関係の折り合いが上手に付けられな…

少年と自転車(‘11)  ダルデンヌ兄弟 <「お伽噺」を仮構してまで、“愛が少年を救えるか?”という基幹テーマを問いかける一篇>

1 殆ど奇跡的な現代の、上出来な「お伽噺」 これは「お伽噺」である。 それも上出来な「お伽噺」である。 それは、作り手のダルデンヌ監督自身が「お伽噺」であると認めていることでも分る。 更に、サンマンサ役を演じた著名な女優であるセシル・ド・フラン…

グッドフェローズ(‘90)  マーティン・スコセッシ  <組織暴力の爛れた生態を描き切った究極の一篇>

1 「大統領より憧れだった」ギャング生活に身を染めた愚か者の物語 この映画で最も興味深いのは、モデルとなっ実在の犯罪者・主人公ヘンリー・ヒル(以降、ヘンリーと呼称。因みに、2012年6月に69歳で病死)の人物造形である。 大抵、ギャング生活に…

八日目の蝉('11) 成島出 <「八日目」の黎明を抉じ開けんとする者、汝の名は秋山恵理菜なり>

1 個の生物学的ルーツと心理学的ルーツが乖離することで空洞化した、屈折的自我の再構築の物語 本作は、個の生物学的ルーツと心理学的ルーツが乖離することで空洞化した自我を、日常的な次元の胎内の辺りにまで、深々と引き摺っているような一人の若い女性…

別離(‘11)  アスガー・ファルハディ <「善」と「善」の対人的葛藤の物語と対比される、「善」と「善」の内的葛藤の物語>

1 予期せぬ事態にインボルブされた者たちの対人的葛藤と内的葛藤を描く物語 ― 梗概。 家裁の離婚調停の場に臨んだナデルとシミンの夫婦は離婚許可が下されず、別居を選択するに至る。 離婚理由は、アルツハイマー型の認知症を患う父への介護を優先するナデ…

ロルナの祈り(‘08)  ダルデンヌ兄弟<「雑音を吐き出す壊れたCD」が「援助を求める病理の人格」に変換されたとき>

1 犯罪者の気質と無縁な女性が「共犯関係」をどこまで継続できるのか、という問題意識 この映画の最大のポイントは、自分が関わる犯罪の内実を知りながら、本来、犯罪者の気質と無縁であると思わせる女性が、そこで出来した「共犯関係」をどこまで継続できる…

ゆれる('06)   西川美和 <微塵の邪意も含まない確信的証言者の決定的な心の振れ具合>

1 完全拒絶によって開かれた「事件」の闇 本作は、ある「事件」を契機に、雁字搦めに縛りあげていた「圧力的な日常規範」から、自我を一気に解放していく心的過程を辿っていく者と、自在に解放された世界で自己運動を繋いでいた自我が、その解放への起動点…

アンチクライスト(‘09)  ラース・フォン・トリアー<どのように振舞っても救われない人生彷徨の、「壮絶なる破綻」の絶望的な振れ方>

1 「救い」の欠片すら拾えない「狂気」に充ちた映像の凄み ラース・フォン・トリアー監督 ―― またしても、途轍もない映画を作ってくれたものだ。 作り手の「狂気」が、それを演じる俳優に憑依し、それが化学反応を起こすことで、止まる所を知らない程に裸形…

善き人のためのソナタ('06)  フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマル <スーパーマンもどきの密かな睦み―或いは、リアリズムとロマンチシズムの危うい均衡>

1 序 「善」なるものという確信的理念系 恐らく、初めから人間が普通に生きていくレベルの自由を保障されている「西側」に住む感覚が、それ以外の感覚を経験し得ないほどに自我の内に張り付いてしまうと、その自我は「自由の価値」の実感を改めて感受する時…

シンドラーのリスト('94) スティーブン・スピルバーグ <英雄、そして権力の闇>

1 歴史の重いテーマの映像化の中で不要な、「大感動」のカタルシス効果 ポーランドで軍用工場を経営していたオスカー・シンドラーは、ユダヤ人会計士の協力を得て、ゲットーのユダヤ人を工場労働者として集め、好業績を挙げた。 複数の愛人と関係し、放恣な…