2013-08-01から1ヶ月間の記事一覧

わが心のボルチモア(‘90) バリー・レヴィンソン <「映画の嘘」の飯事遊戯を拒絶した構築的映像の、息を呑む素晴らしさ>

1 ノスタルジー映画の欺瞞性を超える一級の名画 「古き良き時代のアメリカ」を描いただけの、フラットなノスタルジー映画に終わっていないところに、この映画の素晴らしさがある。 嘘臭い感動譚と予定調和の定番的な括りによって、鑑賞後の心地良さを存分に…

籠の中の乙女(‘09) ヨルゴス・ランティモス <「反教育」という「無能化戦略」の安定的な自己完結の困難さ>

1 塑性的に歪んだ権力関係の中で惹起する風景の変容① “海” は「革張りのアームチェア」、“高速道路”は「とても強い風」、“遠足”は「固い建築資材」、“カービン銃”は「きれいな白い鳥」。 これらの言葉が、カセットテープを介し、「今日、覚えるのは、次の単…

シンドラーのリスト('94) スティーブン・スピルバーグ <英雄、そして権力の闇>

1 歴史の重いテーマの映像化の中で不要な、「大感動」のカタルシス効果 ポーランドで軍用工場を経営していたオスカー・シンドラーは、ユダヤ人会計士の協力を得て、ゲットーのユダヤ人を工場労働者として集め、好業績を挙げた。 複数の愛人と関係し、放恣な…

陸軍(‘44) 木下惠介 <「嗚咽の連帯」によって物語の強度を決定づけた「基本・戦意高揚映画」>

1 精神主義一点論のシーンを切り取った出来の悪いプロパガンダ映画 これは、相当出来の悪いプロパガンダ映画に、木下惠介監督特有の暑苦しい「センチメンタル・ヒューマニズム」が強引に張り付くことで、「無限抱擁」の「慈母」の情愛のうちに収斂されてい…

エデンの東('54)  エリア・カザン  <「自我のルーツを必死に求める者」の彷徨の果てに>

1 提起された主題と、それに対する答えが出揃ってしまった時代の映画 本作は、殆ど批評の余地のない映画である。 物語の中で提起された主題と、それに対する答えが、全て登場人物たちによる台詞の中で出揃ってしまっていたからである。 昔の映画の常として…

サウンド・オブ・ミュージック('64) ロバート・ワイズ  <訴求力を決定的に高めて成就した「内的清潔感」という推進力>

1 訴求力を決定的に高めて成就した「内的清潔感」という推進力 本作を根柢において支えているもの ―― それは、ジュリー・アンドリュース演じる修道女マリアの人物造形が、眩いまでに放つ「清潔感」である。 「素直で、健全な若者育成映画」、「観ると心が洗…

セブンス・コンチネント(‘89) ミヒャエル・ハネケ <「大量廃棄」によって無化される「大量消費」の「負のリズム」―― ハネケ映像の強靭な腕力の支配力の凄み>

1 現代最高峰の映像作家 恐らく、ミヒャエル・ハネケ監督は、私たちの「映画観」を根柢から変えてしまう凄まじいパワーを持つ映像作家である。 一切の娯楽的要素を剥ぎ取って作り出した映像の凄みは、時には、薄っぺらで、見え見えな軟着点が予約されている…

(ハル)('96) 森田芳光  <「異性身体」を視覚的に捕捉していく緩やかなステップの心地良さ>

1 緩やかなステップを上り詰めていく男と女の物語 ―― プロット紹介 恋人を交通事故で喪ったトラウマを持つ(ほし)と、アメフトの選手としての挫折経験を引き摺る(ハル)が、パソコン通信によるメール交換を介して急速に関係を構築していく。 同時に、(ハ…

靖国 YASUKUNI ('07)  李纓  <強引な映像の、強引な継ぎ接ぎによる、殆ど遣っ付け仕事の悲惨>

1 記録映画作家としての力量の脆弱さ 人の心は面白いものである。 自分の生活世界と無縁な辺りで、それが明瞭に日常性と切れた分だけ新鮮な情報的価値を持ち、且つ、そこに多分にアナクロ的な観劇的要素が含まれているのを感覚的に捕捉してしまうと、「よく…

田舎司祭の日記(‘50) ロベール・ブレッソン  <「譲れないものを持つ者」の「強い映像」の凄み>

1 「譲れないものを持つ者」の「強い映像」の凄み この遣り切れない物語は、「神の沈黙」をテーマに先鋭的な映像を繋いできたイングマール・ベルイマン監督がそうであったように、「聖」の記号である司祭としての一切の行為が灰燼に帰し、遂に、自らの拠っ…

生きるべきか死ぬべきか(‘42)  エルンスト・ルビッチ <複層的に絡み合っている「笑いのツボ」の嵌りよう>

1 複層的に絡み合っている「笑いのツボ」の嵌りよう 正直言って、この「名画」は、私には全く嵌らなかった。 一言で言えば、面白くないのだ。 恐らく、私の「笑いのツボ」に嵌らないのだろう。 「笑いのツボ」は多岐多様であり、個性的であると同時に、年輪…

グラン・トリノ('08)  クリント・イーストウッド<「贖罪の自己完結」としての「弱者救済のナルシシズム」に酩酊するスーパーマン活劇>

1 「否定的自己像」を鋭角的に刺激する危うさに呑み込まれた、頑迷固陋の「全身アメリカ人」 頑固とは、自己像への過剰な拘泥である。 そのために、自分の行動傾向や価値観が環境に適応しにくい態度形成を常態化させていて、且つ、その態度形成のうちに特段…

小間使の日記(‘63)  ルイス・ブニュエル   <心の「真実」の姿を表現した決定的行為、或いは、「閉鎖系世界」の枠に閉じ込められていく「自在な観察者」>

1 人の心の分りにくさ 人の心は定まらない。 その時々の状況の中で、どのようにでも振れていくし、動いていく。 特定の例外を除いて、そこで振れた行為の全ては、その人間の心の「真実」の姿の一端である。 その行為によって歓喜し、沸き立つような愉悦感を…

昼顔('67) ルイス ・ブニュエル<予約された生き方を強いられてきた女の、不幸なる人生の理不尽な流れ方>

1 「昼顔」という非日常の異界の世界で希釈させた罪責感 冒頭のマゾヒスティックな「悪夢」のシーンによって開かれた映像は、本作のテーマ性を包括するものだった。 「不感症さえ治れば、君は完璧だよ」とピエール。夫である。 「言わないで。どうせ治らな…

アンダルシアの犬('29)  ルイス・ブニュエル サルバドール・ダリ <「殺人への絶望的かつ情熱的な呼びかけ」というライトモチーフの破壊力>

1 第一次世界大戦のインパクトが分娩したもの ヨーロッパを主戦場にした第一次世界大戦 ―― それは、開戦当時の予想を遥かに超える膨大な犠牲者を生み出した悲惨な戦争だった。 2000万人近くの死者を生み出した、このサバイバルな消耗戦を終焉させたとも…

欲望のあいまいな対象('77) ルイス・ブニュエル<「自己完結点」を持ち得ない、無秩序なカオスの世界に捕捉されて>

1 欲望の稜線を無限に伸ばして疲弊するだけの人間の、限りなく本質的な脆弱性 アルカーイダのテロネットワークの存在を見ても分るように、いつの時代でも、テロの連鎖はやがてテロそのものが自己目的化し、肥大化し、過激化していく。 本作の中で描かれたテ…