2014-02-01から1ヶ月間の記事一覧

舟を編む(‘13) 石井裕也 <辞書という名の「大海に浮かぶ一艘の舟」を丁寧に編む男の物語>

1 主題と構成が見事に融合し、均衡感を堅持した、邦画界での名画の誕生を告げる秀逸な一篇 特段にドラマチックな展開もない地味な物語の中で、歯の浮くような感傷譚を挿入することなくして、これだけの構築力の高い映画を作った石井裕也監督に最大級の賛辞…

まほろ駅前多田便利軒(‘11) 大森立嗣 <実存的欠損感覚を補填する心的旅程の艱難さ>

1 実存的欠損感覚を持つ二人の男 実存的欠損感覚を持つ二人の男がいる。 一方の男は、不確実性の高い、見えにくい未来に向かうことで欠損の補填をしようと、辛うじて身過ぎ世過ぎを繋いでいる。 しかし、男の心奥に潜むトラウマが、いつもどこかで、その補…

川の底からこんにちは('09) 石井裕也 <「深刻さ」を払拭した諦念を心理的推進力にした、「開き直りの達人」の物語>

1 「開き直った者の奇跡譚」という物語の基本骨格 本作の物語の基本骨格は、「開き直った者の奇跡譚」である。 「開き直った者の奇跡譚」には、物語の劇的変容の風景を必至とするだろう。 独断的に言えば、物語の劇的変容の風景を映像化するには、コメディ…

パーマネント野ばら(‘10) 吉田大八 <ブラックコメディの暴れようが、ヒューマンドラマに一気に回収されていく秀作>

1 ブラックコメディの暴れようが、ヒューマンドラマに一気に回収されていく秀作 山下敦弘監督と共に、吉田大八監督は、私にとって、邦画界で最も愛着の深い映画監督である。 その殆ど全ての作品が好きな山下監督は別として、吉田監督はその明晰な頭脳で、巧…

桐島、部活やめるってよ(‘12) 吉田大八 <「現代の青春」の空気感を鋭く切り取った青春ドラマの大傑作>

1 「現代の青春」の空気感を鋭く切り取った青春ドラマの大傑作 映画を観ていて、涙が止まらなかったのは、いつ以来だろうか。 外国映画なら人間の尊厳を描き切った、ワン・ビン監督の「無言歌」(2010年製作)という生涯忘れ難い作品があるが、邦画にな…

腑抜けども、悲しみの愛を見せろ(‘07) 吉田大八<男たちの「腑抜けさ」を均等に分け合って喰っていく、誰も勝者のいない女たちの腕力の決定版>

1 「癒しの空間としての家族」という物語と、家族外人間関係における道徳観念が内包する欺瞞性 私たちが殆ど疑うことがない「癒しの空間としての家族」という物語と、とりわけ、この国において、家族外人間関係における道徳観念が内包する欺瞞性を、ブラッ…

キツツキと雨(‘11)  沖田修一 <非日常の「祭り」の世界に変換された「異文化交流」の物語>

1 非日常の「祭り」の世界に変換された「異文化交流」の物語 ここでは、殆ど大袈裟な事件・事故が惹起しない、緩やかに、淡々と進む映画のストーリーラインから書いていく。 以下、本篇の簡単な梗概。 3年前に、病気で妻を喪った、「林業一筋」の初老の男…

かもめ食堂('05) 荻上直子 <「どうしてものときはどうしてもです」―― 括る女の泰然さ>

1 「距離の武術」としての「アイキ」の体現者 合気道―― 「理念的には力による争いや勝ち負けを否定し、合気道の技を通して敵との対立を解消し、自然宇宙との『和合』『万有愛護』を実現するような境地に至ることを理想としている。主流会派である合気会が試…

ブルース・ブラザーズ('80) ジョン・ランディス<印象濃度を決定付けた「破壊的シークエンス」の映像構成>

1 マキシマムにフル稼働させた「ナンセンス性」 私にとって、「単に面白いだけの映画」に過ぎない、この映画の異常な人気を考えてみたい。 それが本稿の目的である。 その一。 スラップスティックに内包される「ナンセンス性」を、マキシマムにフル稼働させ…

蒲田行進曲(‘82) 深作欣二 <「全身映画的」を構築し切った「活動屋魂の復元」の情感のうちに結ばれた、「カーテンコール」という自己完結点>

1 「全身映画的」なヒューマン・コメディの一代の傑作 良かれ悪しかれ、いつの時代でも、その時代の風景に見合った映画のサイズが存在することを慮(おもんばか)れば、本篇が、「映画命」と幻想し、その身を削っていた者たちが、なお命脈を繋いでいた、「…

その土曜日、7時58分('07) シドニー・ルメット<「失敗は失敗のもと」という負のスパイラル――自壊する家族の構造性>

1 兄 「不動産業界の会計は実にはっきりしている。ページにある数字を全部足せばいい。毎日、それできちんと帳尻が合う。総額はいつもパーツの合計だ。明朗会計。絶対的な数字が出る。でも俺の人生は、そうはならない。パーツが積み重ならず、バラバラだ。…

カポーティ('05)  ベネット・ミラー<「恐怖との不調和」によって砕かれた、「鈍感さ」という名の戦略>

1 野心 1959年11月15日 グレートプレーンズの中枢に位置する、小麦畑が広がるカンザス州西部のホルカムで、その事件は起きた。 平原の一角の高台にある、富裕なクラッター家の家族4人が、惨殺死体で発見されたのである。 「間違いは正直に認めなき…