2015-05-01から1ヶ月間の記事一覧

インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌(‘13) コーエン兄弟 <「俺の音楽」に拘泥する男の予約された人生行程>

<「俺の音楽」に拘泥する男の予約された人生行程> 1 プライドラインの絶対的城塞を手放さない男の流離いの旅 近すぎず遠すぎず、登場人物との適正な距離を保持しながら、緻密な構成力によって、コメディという衣裳を被せつつ構築し切った人間ドラマの傑作…

トゥヤーの結婚(‘06) ワン・チュアンアン <新たに開いた時間を紡いでいく、モンゴル牧畜民の気概のある女の物語>

1 「家族は誰も死なせない!」 中国共産党支配下の内モンゴル自治区西北部の草原のゲルに住む、トゥヤーの家族は相当数の羊の放牧で生計を立てている。 今、このゲルには、酔ってバイクで転倒した隣人のセンゲーが厄介になっている。 嫁に駆け落ちされたセ…

さよなら、アドルフ(‘12) ケイト・ショートランド  <不安と恐怖を堪え切って完結した旅の、その精神的風景の反転的収束点>

1 時代環境の劇的な変化の渦に翻弄された少女のドイツ縦断の旅 1945年5月7日。 ドイツが連合国に降伏した日である。 このドイツの敗戦を前にして、ナチス親衛隊(SS)の高官を父に持つ家族の生活は一変する。 愛犬を射殺し、「遺伝性疾患 断種法」…

酒井家のしあわせ(‘06) 呉美保 <「思春期スパート」した少年を吸引する「家族」の底力>

1 コメディ基調の物語の風景の変容が開いた世界 「オカンの嫁入り」がそうであったように、この作り手が只者ではないことが、よく分った。 「そこのみにて光輝く」への一気の跳躍は、フロックではなかったのだ。 思春期の揺動感を巧みに切り取って描いたこ…

その夜の侍(‘12) 赤堀雅秋 <捩れ切って完結するグリーフワーク ―― その風景のくすんだ広がり>

1 「8月8日 お前を殺して、俺は死ぬ 決行まで、あと二日」 綺麗事を完全に払拭した人間ドラマの傑作。 四人の主要登場人物(堺雅人、山田孝之、新井浩文、綾野剛)の心情がダイレクトに伝わってきて、その葛藤描写の痛々しさが、観る者の魂に食らいついて…