#映画レビュー

サイの季節(’12)  バフマン・ゴバディ<「生者」は「死者」となり、「死者」と化していた「生者」は移ろい過ぎ去ることなく、「永遠の詩人」として蘇る>

1 女を求め続けた男の寄る辺なき孤独な魂が、女の幸福を願いつつ、荒野の中枢を彷徨する 「本作は、イランで27年投獄された詩人、S・キャマンガールの実話に基づく。偽りの訃報と墓を前に、家族は悲嘆に暮れた。詩の朗読はクルド人女性による」 冒頭のキ…

未来を生きる君たちへ(’10) スサンネ・ビア<「やられたら、やり返す」 ―― それは、人類が本能的に獲得してきた「生き延び戦略」の結果である>

1 暴力・復讐・悲嘆・許し・親愛・友情・ 理想・喪失 ―― 二つの家族が交差し、負ったものの重さ デンマークの海沿いの町に住むエリアス少年。 そのエリアス少年は、地域医療に従事する内科医の母・マリアンと、年の離れた弟・モーテンと暮らしているが、ア…

真夜中のゆりかご(‘14) スサンネ・ビア <「理想自己」と「現実自己」、「現実自己」と「義務自己」の乖離が哀しみや不安・恐怖を生む危うさ>

1 基本ヒューマンドラマ・一篇のサスペンス映画の鋭利な切れ味 「出勤した先に、昔、逮捕した男がいて、トリスタンっていうクズ野郎だ。奴に息子が生まれてた。その子は自分の糞尿にまみれ、凍えてたよ。それで君に電話したくなって。つい、かけたんだ」 デ…

エル・スール(’82) ビクトル・エリセ <父が失った振り子を繋ぎ、それを自我の確立に変換させ、昇華し、社会的に自立していく娘の物語>

ゼロ年代以前に作られたヨーロッパ映画の中で、ベルイマンとハネケ映像群を別格にすれば、私はこの「エル・スール」が一番好きだ。 オメロ・アントヌッティの僅かなセリフと表情のみで、人間の孤独の極限的な様態を、ここまで抉(えぐ)り出した映像に、唯々…

野火(’14) 塚本晋也 <究極のサバイバルスキルに振れていかない男の煩悶の、唯一可能な防衛機制>

1 人間が人間であることの根源性が問われるレイテ島の凄惨さ ガダルカナル島の撤退(1943年2月)などで戦線を押し込まれたことで、大日本帝國が策定した防衛計画・「絶対国防圏」が、サイパン島陥落(1944年7月)によって崩壊した。 今や大本営は…

名もなき塀の中の王(’13) デヴィッド・マッケンジー<「態度変容」の可能性を広げていく、過剰防衛反応としての「定常的構え」という行動様態>

1 「凶暴で反抗的」とラベリングされた青春の、 小さくも確かな変容 19歳のエリック・ラブ(以下、エリック)が英国の成人刑務所に移送され、「要注意人物」として、舎房棟の中の独居房に強制収容されるに至ったのは、少年院で暴力事件を起こしたことが原…

岸辺の旅(’15) 黒沢清<人間の〈生〉と〈死〉、グリーフワークを丹念に描いた秀作>

1 望みが叶って、稲荷神社の祈願書を燃やし、グリーフが完結 する 「楽しい曲だし、何か、曲のリズムと先生のテンポが合っていないっていうか…だから、この子、間違えるんじゃないかって…」 ピアノ講師の仕事で、見過ぎ世過ぎを繋いでいる瑞樹(みずき)の…

さよなら渓谷(’13) 大森立嗣<「レイプトラウマ症候群」 ――  その瞑闇の世界の風景の痛ましさ>

1 男の贖罪意識を試し続けてきた女の、それ以外にない収束点 東京都郊外(奥多摩近辺と思われる)。 夫婦の隣家で起きた幼児殺人事件を契機に、夫婦の関係に亀裂が入る。 夫の尾崎俊介(以下、俊介)が、件の殺人事件の容疑者として、地元警察に逮捕される…

夏をゆく人々(‘14) アリーチェ・ロルヴァケル<歴史の時間と「個人の秘密」が溶融し、人間の営為の「絶対的個別性」を生きた少女の永遠の価値>

1 渺茫たる自然の一角で生業を繋ぐ家族の懐に、異文化が闖入して来た 「エトルリア文化が香る土地。昔ながらに生きる皆さんと、素敵な宵をご一緒に。神秘的な古代墓地で、生と死の狭間で、美味しいハムやソーセージ、チーズを味わいましょう」 「ふしぎの国…

ショート・ターム(’13)  デスティン・ダニエル・クレットン<ロックド・インされた狭隘な出口を抉じ開け、〈状況〉を作り出した中枢点で吐き出し、暴れ狂い、解き放つ>

1 童話の様式をとった少女の「自己開示」 「原則として1年未満。例外として3年以上」 某都市の郊外にある短期児童保護施設、「ショート・ターム12」における児童の入所期間である。 そこに、新人職員・ネイトがやって来た。 大学を1年間休学し、人生経…

父 パードレ・パドローネ(‘77)  タヴィアーニ兄弟<仮想敵の「権限的縄張り」を突き抜けた青春の奇跡的飛翔の目映さ>

1 複雑な父子の葛藤を描き切った物語 「彼はガビーノ・レッダ。35歳。読み書きできなかったが、今では言語学者で、人気作家だ。この映画は、彼の自伝を基に作られた。物語は、サルデーニャの小学校から始まる。ガビーノは1年生だ。ある11月の朝、役場…

楢山節考(‘83) 今村昌平<「自然の摂理」によって潰された、反転的な「敬老訓話」>

1 「楢山様に謝るぞ!」 ―― 村の掟を犯した者への苛酷な制裁 「お婆ぁ、いま幾つだったっけ?」 「69だ」 「お婆ぁの歯は丈夫だなぁ。その歯じゃ、マツカサでもヘッピリ豆でも、何でも食えるら。お婆ぁの歯は33本あるら」(注・マツカサは松の種子、ヘ…

リアリティのダンス(‘13) アレハンドロ・ホドロフスキー <「家族のスターリン」を延長できなかった男から解放され、「ただ、風だけが通り過ぎる」記憶を再構成する映画作家の物語>

1 「未来の君は、すでに君自身だ。苦しみに感謝しなさい。そのおかげで、いつか私になる。幻想に身を委ねなさい。生きるのだ」 「お金は血なり、循環すれば活力になる。お金はキリストであり、分かち合えば祝福される。お金はブッダであり、働かなければ得…

その男、凶暴につき(‘89) 北野武 <「野生合理性」という感情システムを内蔵する男の「約束された収束点」>

1 血染めの赤に塗り潰された、重くて、救いようのない瞑闇の風景の中で 既成の映画文法の押し付けを拒絶し、好き放題に撮った映画の面白さ。 それが、この映画に凝縮されている。 北野作品群の中で、「娯楽」と割り切って作ったこの映画が、私は一番好きだ…

サイダーハウスルール(’99) ラッセ・ハルストレム <「人生の重み」 ―― 「戦略的離脱」に打って出た青春が手に入れた至高の価値>

1 「こんな充実感は初めてです。僕は残ります。役に立ってると思うから。ここで学ぶのは、どんな小さなことも、僕には新鮮です」 「よそでは、若者は家を出ると、自分の未来を探して、広く遠く旅をする。その旅のエネルギーは、悪を倒すという夢や、めくる…

トレーニングデイ(‘01) アントワーン・フークア <「公正」の観念によって葬られる、「上下関係で固められた、構造化された秩序」>

1 疑心暗鬼で揺れる若き捜査官の良心を甚振り、利用する男の容赦なき狡猾さ 「俺、刑事になりたいんです」 自ら志願し、ロス市警の刑事部・麻薬取締課に配属された、妻子持ちのジェイクの言葉である。 彼の相棒となったのは、ベテラン刑事のアロンゾだった…

サンドラの週末(‘14) ダルデンヌ兄弟<疾病再発の危うさをブレイクスルーした女の、それ以外にない着地点>

1 人生の新たな局面に向かって、自己運動を繋いでいくまでのシビアな物語 社会観・世界観が違っていても、ダルデンヌ兄弟の映画は大好きだ。 決してプロパガンダに堕さず、秀逸なヒューマンドラマに仕上がっているからである。 グリーフという現代的テーマ…

きみはいい子(‘14) 呉美保 <揚げパンを届けるために疾走する新米教師、或いは、トイレに隠れ込む母が負う荷が降ろされるとき>

「酒井家のしあわせ」、「オカンの嫁入り」、「そこのみにて光輝く」、そして本作の「きみはいい子」と4作観てきたが、全て一級品である。 いつもながら、呉美保監督の抜きん出た演出力は、ここでも圧巻だった。 高良健吾、尾野真千子。共に素晴らしい。 特…

海にかかる霧(‘14) シム・ソンボ <悲劇の円環性 ――  その救いようのない海洋密室劇>

1 日の出と共にに沈降していった、海霧の中で炙り出される男たちの「野生合理性」 麗水(ヨス・全羅南道東南部の沿海部に位置する)で漁業を営むカン船長が、中国からの朝鮮族の密航(中国から韓国に運ぶ違法行為)を引き受けたのは、近年の深刻な漁業不振…

大統領の執事の涙(‘13) リー・ダニエルズ<「黒人の家畜化」を拒絶する父と子 ―― その復元の物語>

1 同胞たちとの距離を感じつつも、威厳ある振る舞いによって人種間の壁を崩す戦士 【本作は公民権運動を背景に描いているので、公民権運動の流れについては3で後述します】 “闇は、闇を追い払えない。 闇を払うのは光だけ” 冒頭から、「ストレンジフルーツ…

フォックスキャッチャー(‘14) ベネット・ミラー <「自己愛性パーソナリティ障害」 ―― その屈折的自我の心の闇の痛ましき風景>

1 「国を羽ばたかせたい」という尖り切った熱情の破滅的帰結点 「カポーティ」(2005年製作)で度肝を抜かれ、「マネーボール」(2011年製作)で感動させられ、そして、この「フォックスキャッチャー」(2011年製作)では、完璧すぎて絶句させ…

おみおくりの作法(’13) ウベルト・パゾリーニ  <「孤独死」のリアリズムの風潮を反転させ、「葬送儀礼」の本質を描き切った秀作>

1 「孤独死」した人の葬儀に誠心誠意を尽くす男の物語 道路を渡るとき、車が通らない状況下でも、青信号になって、左右を確認し、道路を渡る男がいる。 この極端に几帳面な性格を持つ男の名は、ジョン・メイ(以下、ジョン)。 様々な事情で「孤独死」した…

黒衣の刺客(‘15)  ホウ・シャオシェン <「今、ここから」、暗殺者の人生の時間が変換されていく>

1 政治に翻弄され続ける暗殺者の悲哀と新たな旅の物語 8世紀の中国は、第9代皇帝・玄宗(げんそう)の出現で絶頂期を迎えたと言われる唐王朝の時代だった。 しかし、多くの場合、絶頂期は衰退期の始まりになる。 辺境防衛の目的で設置された強大な軍事力…

私の、息子(‘13) カリン・ピーター・ネッツァー <〈状況〉を開き、その〈状況〉の中枢点に自己投入する「胎児」の「恐怖突入」の物語>

1 階級的特権が優位に、且つ効果的に機能し、温存されている社会の中枢で起こった交通事故 凄い映画を観た。 余計な描写を切り取ったラストシーンに震えが走った。 全てとは言わないが、説明セリフを捨てられるヨーロッパ映画の厳しさを観せられると、徹底…

初恋のきた道(‘99) チャン・イーモウ <「再構成的想起」による完全無欠な純愛映画>

1 村と町をつなぐありふれた山道で愛し合った父と母の物語 「父が突然、死んだ。私の故郷は三合屯(サンヘチュン)という小さな山村。父は村の小学校で、ずっと教師をしていた。私は一人っ子で、村でただ一人、大学に行った。残された母が、どうしているか…

自由が丘で(‘14)  ホン・サンス <そこだけは他者と共有できない「内なる時間」の絶対性>

1 「不在の女」と「常在の女」の間で浮遊する男の軽走感 「手紙を送ります。君に書いた手紙だからです。“親愛なるクォン。ソウル行きの機内にいる。すぐ会いに行くよ。機体が降下を始め、窓越しにはっきり地上が見える。空の光がとても美しい。たとえ会えな…

仮面ペルソナ(‘66)  イングマール・ベルイマン <映画作家の煩悶が集中的に外化し、模索する稀有なアーティストの映画論>

1 海辺の別荘を拠点にした女の真摯な「内的会話」の結晶点 「3カ月間、そのままで、あらゆる検査も受けた。精神的にも肉体的にも全く問題はなかった。ヒステリー発作でもない」 これは、舞台女優として地位を築いていたエリザベートが、突然、舞台の出演中…

第七の封印(‘56) イングマール・ベルイマン <虚無の地獄に喰い尽くされた者たちの、その終息点の風景の痛ましさ>

1 「ヨハネの黙示録」 ―― その冥闇の世界が開かれていく ベルイマン監督の映画は、いつ観ても素晴らしい。 経年劣化しないのだ。 常に、人間の普遍的テーマを問題意識のコアに据えて、それを的確に表現するアーティストとしての力量が、一頭地を抜いている…

利休にたずねよ(‘13) 田中光敏<「政治の世界の天下人」と「芸術世界の天下人」 ―― 加速的に累加された矛盾の最終炸裂点>

1 「ぬかづく茶人」に堕ちていく道を確信犯的に拒絶する男の物語 利休聚楽屋敷。 利休切腹の朝は嵐だった。 「茶人一人に、3000の兵を差し向けるとは・・・我が一生は一服の茶に己が全てを捧げ、ひたすら精進に励んできた。その果てが・・・天下を動かしてい…

コーヒーをめぐる冒険(‘12)  ヤン・オーレ・ゲルスター<依存的なモラトリアムが壊れ、魂の呻きを吐き出す「現在性」が動き出していく>

1 「周りが変に思えて、違和感があるんだ。だけど分ってきた。問題なのは他人じゃなくて、自分なんだと・・・」 「コーヒー、いれようか?」 「遅刻しそうなんだ」 「今夜の予定は?」 「今夜は無理だ」 「何で?」 「忙しいんだ」 「何があるの?」 恋人の質…