海辺の一角で渾身の一撃を放つ男の、人生のやり直し 映画「アナザーラウンド」('20) 

1 ルールを決め、徹底的に飲み明かし、酔い潰れていく男たち 高校3年の歴史を担当する教師・マーティンが、教室に集まった保護者から大学進学への不安を訴えられる。 生徒たちからも、進学への関心の低さと授業内容の意味不明さを指摘された。 マーティン…

海街diary (‘15)     是枝裕和

<非在の者が推進力と化し、時間を奪回する旅が、今、ここから開かれていく> 1 「お母さんのこと、話していいんだよ。すずはここにいて、いいんだよ。ずっと」 「お父さんって、結構、幸せだったんだね。たくさんお別れに来てくれて」と三女・千佳(ちか)…

「連合赤軍事件」 ― その同志殺しの闇の深さ

1 「我々は『恐怖』に支配されていた」 国家権力と戦争する前に、権力打倒に糾合(きゅうごう)し、集合する居並ぶ同志と戦争してしまった。 かくて、国家権力の殲滅(せんめつ)を標榜(ひょうぼう)する戦争は、その戦力を手ずから破壊したにも拘らず、運…

尊厳死に向かって、「終活」という「生き方」を自己完結させていく 映画「しあわせな人生の選択」('15) 

1 「俺は1年間、考えてきたが、お前は今、考え始めた」 カナダから、スペイン・マドリードに住む親友の舞台俳優フリアンに会いに来たトマス。 フリアンのアパートを訪ね、再会を喜び合う。 末期癌を患うフリアンはトマスと共に、愛犬トルーマンの里親探し…

望み('20)   堤幸彦

<深刻な仮定への考察を奪い取った物語の「約束された収束点」> 1 団欒が崩されていく 12月17日(火) 埼玉県戸沢市。 建築デザインの仕事をしている石川一登(かずと)は、商談中の顧客を、事務所に隣接する自宅の見学に連れて行く。 出版社の校正の…

ナチュラルウーマン('17)    セバスティアン・レリオ

<身体疾駆するトランスジェンダーの尊厳を守る闘い> 1 裸の写真を撮られ、検査されるトランスジェンダーの歌手 トランスジェンダーのマリーナは、南米チリ、サンディエゴのナイトクラブの歌手として、毎晩、美しい歌声を披露している。 パートナーの実業…

プーチンの軍隊「ロシア連邦軍」の人権抑圧・腐敗の凄まじさ

1 「自国民を守る」という理由で小国に駐留し、侵略戦争を仕掛けるプーチンの戦略は一貫して変わらない プーチンの「当然の変化」に驚くロシア史の専門家が少なくないことに、正直、唖然とする。 この人たちは、一体、何を研究してきたのだろうか。 アンナ…

純愛の強靭さを決定づける抜きん出た強度 映画「少年の君」 デレク・ツァン

1 「俺には何もない。頭も、金も、未来さえないけど、好きな子がいる。幸せになってほしい」 2011年 中国 安橋(アンチャオ)市 “高考まで、あと60日”(高考=全国大学統一入試) 高校三年生のチェン・ニェンは、激しい受験競争の中、クラスメートの…

出会うことがない階層社会で呼吸を繋ぐ女性たちの、そのリアルな様態を描く 映画「あのこは貴族」('21)の訴求力の高さ

1 「田舎から出て来て、搾取されまくって。もう、私たちって、東京の養分だよね」 渋谷区松濤の高級住宅街に住む榛原華子(はいばらはなこ)は、現在27歳。 松濤(しょうとう)の開業医の一族の中で育ち、家族から結婚の催促を受けている。 正月元旦のホ…

自立する少女の身体疾駆が弾けていく 映画「いとみち」('21) ―― 心に残るエンタメの秀作 横浜聡子

1 「まいねじゃ」と吐露する少女の鬱屈が今、開放されていく 青森県北津軽郡板柳町に住む高校一年生の相馬いと(以下、便宜的に「イト」とカタカナ表記)は、同級生との会話も成立しないほど津軽弁の訛りが強く、極度の人見知りになっている。 父・耕一は大…

時代の風景 「プーチンとは何者か」

1 銃弾に斃れた気骨のジャーナリスト 「東京2020パラリンピック」に次いで、今回(北京冬季パラリンピック)もまた、国際パラリンピック委員会(IPC)のアンドリュー・パーソンズ会長は吠えた。(以下、敬称略) ―― 以下、パーソンズ会長のスピーチ…

認知症の破壊力を描き切った大傑作  映画「ファーザー 」('20)  ―― その卓出した構築力 

1 自我機能の維持が、今や、風前の灯と化していた 3人目のヘルパーを辞めさせた父・アンソニーの元にやって来た娘のアン。 ヘルパーが腕時計を盗んだと言い張るが、部屋を出てその腕時計をつけて戻って来る。 「もう面倒みられない。今のように毎日はね。…

裸足の季節('15)   デニズ・ガムゼ・エルギュヴェン

<保守的な村のルールの縛りを打ち破る女子たちの闘いと屈折の物語> 1 イスタンブールへの脱出を敢行する二人の少女 「まるで瞬きする間(ま)の出来事。すべてが、一瞬で、悪夢に変った」 物語は、5人姉妹の末っ子・ラーレのモノローグ(以下、モノロー…

残された機能を生かし、打って出た自立への旅 映画「37セカンズ」('19)の強さ

1 風呂場まで這っていき、服のまま浴槽に身を投げ入れる 「今日は、ワンピース着たい」 「1人で行くんでしょ?だったら、ダメ。最近変な人、多いんだから…やっぱり、ママも一緒に行く」 「1人で行かせてくれるって、約束したじゃん」 「ママも一緒に行っ…

エンタメ性を丸ごと捨てた、直球勝負の社会派の秀作 映画「17歳の瞳に映る世界」('20)  ―― その精緻な構成力

1 NYへの中絶の旅に打って出た二人の少女 高校の文化祭で、ギターの弾き語りの舞台に立つ17歳のオータム。 会場から、「メス犬!」とヤジが飛び、オータムの弾き語りが、一瞬、切れてしまうが、最後まで歌い切った。 オータムは、密かにクリニックでセ…

「罪なき傍観者」を断罪し、復讐劇が自己完結する 映画「プロミシング・ヤング・ウーマン」('20)の破壊力

1 覚悟を決め、レイプ事件の本丸に向かっていく 「毎週、クラブへ行って、毎週、立てないくらい酔っ払ったフリをする。そうすると、毎週、まんまと、あんたみたいな“いい奴”が私の様子を見に来る」 昼はコーヒーショップで働くキャシーは、夜になるとクラブ…

“憎しみに居場所なし” 異彩を放つ映画「ブラック・クランズマン」('18) ―― そのシャープな切れ味 スパイク・リー

1 潜入捜査官 公民権運動が終焉した後の1970年代、コロラド・スプリングスの警察に採用された初の黒人青年・ロンが、潜入捜査官として最初に与えられた仕事は、ブラック・パンサーの元最高幹部・カーマイケル(「クワメ・トゥーレ」というアフリカ名に…

茜色に焼かれる('21)   石井裕也

<負の記号を潰して生きんとする「舐められた女」と、その一人息子との愛と希望の物語> 1 「お金のことは、絶対気にしないで。それで、行けるところまで、行きなさい」 田中良子(りょうこ)の夫・陽一が、横断歩道を自転車で横断中に、赤信号を無視して暴…

全篇にわたって心理学の世界が広がっている 映画「空白」 ―― その半端なき映像強度

1 何もかも空転しているようだった 父と別れて再婚した母・翔子(しょうこ)に買ってもらった携帯を、父・添田充(そえだみつる/以下、充)に取り上げられ、窓外に投げ捨てられてしまった娘・花音(かのん)。 漁労を生業(なりわい)にする充は荒っぽい性…

街の上で('19)   今泉力哉

<恋の風景の縺れた糸の行方> 1 夜中まで恋バナを咲かせて、盛り上がる二人 物語の舞台は、【古着屋・古本屋・飲食店・商店街・映画&若者の恋模様】として、映画の中で記号化される下北沢。 二人の男女がいる。 主人公・荒川青(あお。以下、青)と恋人・…

パピチャ 未来へのランウェイ('19)   ムニア・メドゥール

<時代の逆流の渦中で、それでも止められない女たちの確かなランウェイ> 1 逆巻く時代が開いた冥闇なる風景のくすみ アルジェ 90年代 大学生のネジュマとワシラは、夜の寮を抜け出し、白タクを拾って街のクラブへと向かう。 車内で好きな音楽をかけ、着…

幸せなひとりぼっち(‘15)     ハンネス・ホルム

<グリーフは吐き出すことで癒される> 1 「死ぬのも簡単じゃない。居候まで増えた。こいつを何とかしたら、必ず、そっちへ行く」 「昨日、そっちへ行けなくて、すまなかった。周りが騒がしくてね。新入りが越してきたんだ。近頃の奴らには驚かされる。車で…

人生論的映画評論・続 MOTHER マザー('20)   大森立嗣

<「見捨てられ不安」を膨張させてきた感情の束が累加され、強迫観念と化していく> 1 「ばあちゃんダッシュ」をさせる機能不全家族 「周平、学校は?」 それに答えない息子の足の怪我を見て、傷を舐める母・三隅秋子(みすみ/以下、秋子)。 このオープニ…

息を呑む圧巻の心理的リアリズム 映画「瞳の奥の秘密」の凄み  フアン・ホセ・カンパネラ

1 「瞳は語りかける。瞳は雄弁だ」 【現在】 「1974年6月21日 モラレスとリリアナの最後の朝食。モラレスはこの朝を生涯忘れない。休暇の計画を立て、咳に効くレモンティーを飲んだ。角砂糖は、いつも通りひとつ半。以来、ベリージャムは食べてない…

天外者('20)   田中光敏

<「資産はなく、借金だけが残されていた」男の顕彰譚> 1 括り切った男が拓く〈未来〉だけが広がっている 「1850年 東の果てのこの島国では、長きにわたる鎖国が解け、新たな風が吹き出していた。そんな時代の転換期には、必ず英雄たちが現れる。私の…

父と娘がタイアップし、破天荒な局面を突破する 映画「カメラを止めるな!」 ('17)  上田慎一郎

1 約束されたように開かれた不気味な物語が、俯瞰ショットで閉じていく 東京から2時間以上も離れた、とある地方の廃墟。 この廃墟で、ゾンビドラマの撮影が行われていた。 顔面蒼白で、目を見開いたゾンビが、斧を持った若い女性に近づいて来る。 「お願い…

ペイン・アンド・グローリー('19)   ペドロ・アルモドバル

<冥闇なる物理的時間を穿ち、内的時間が動き出していく> 1 苦痛と恐怖の〈現在性〉に捕捉された男の時間の重さ プールに潜り、幼い頃の母との思い出を回想するスペインの映画監督・サルバドール。 プールから上がると、ホテルのラウンジで、旧友のスレマ…

「第六感」=「ヒューリスティック」が極限状態をブレークスルーする 映画「ハドソン川の奇跡」('16)  クリント・イーストウッド

1 事故のトラウマを抱えた男の中枢が、愈々、気色ばんでいく 「カクタス1549便 滑走路4 離陸を許可」 「カクタス1549 離陸する」 離陸直後の操縦席の交信。 「メーデー(事故だ)、カクタス1549、両エンジン、推力喪失」と機長。 「再点火、不…

依存症の地獄と、その再生を描き切った逸品 映画「凪待ち」の鋭利な切れ味 ('19) 白石和彌

1 陽光が削られた鉛色の空が、男の総体を覆い尽くしていた 川崎競輪場で大負けした挙句、印刷所を解雇され、宮城で再就職することになった男・木野本郁男(きのもといくお/以下、郁男)。 「約束できる?ギャンブル厳禁。一緒に向こうで暮らすんなら、お酒…

「母」との短い共存の時間を偲び、想いを込めて世界で舞う「娘」 映画「ミッドナイトスワン」('20)  内田英治

1 「私が怖い?私、気持ち悪い?あなたなんかに、一生分からない…なんで、私だけ…」 トランスジェンダーの凪沙(なぎさ)は、新宿のショーパブ「スイートピー」で、ショーガールとして働いている。 チュチュ(バレエ服)を纏(まと)い、4人組でバレエダン…