こちらあみ子('22)   小さなスポットに置き去りにされた感情を共有できな無力感

1 「うぉー!これで赤ちゃんとスパイごっこができる!」 「のり君、知らん?」 放課後、友達に訪ね歩く小学生5年生の田中あみ子(以下、あみ子)。 見つからず家に帰ると、母が開いている書道教室を覗くと、そこにのり君がいた。 生徒の一人の坊主頭が、「…

英雄の証明('21)  犯しやすい人間の脆弱性を細密に描いた映画の切れ味

1 「その時、思ったのです。これは何かの啓示で、私の行いは誤りであり、金かは返すべきなのだと」 イランの世界遺産・ペルセポリス遺跡があるシラーズの街。 元妻の兄・バーラムからの借金を返済できずに告発され、刑務所に服役しているラヒム。 2日間の…

英雄の証明('21)  犯しやすい人間の脆弱性を細密に描いた映画の切れ味

1 「その時、思ったのです。これは何かの啓示で、私の行いは誤りであり、金かは返すべきなのだと」 イランの世界遺産・ペルセポリス遺跡があるシラーズの街。 元妻の兄・バーラムからの借金を返済できずに告発され、刑務所に服役しているラヒム。 2日間の…

ハケンアニメ!('22)   「義務自己」「理想自己」を粉砕する原点回帰への時間の旅

1 「今回のクール、視聴率から何まで全部勝って、覇権を取ります!」 「どうしてアニメ業界なんですか?」 「誰かの力になる、そんなアニメを作るためです」 「国立大学を出て県庁で働いているでしょ?なんでわざわざ?」 「王子千晴(おうじちはる)。王子…

ヤクザと家族 The Family ('21)   求めても、求めても得られない「家族」という幻想

1 「これで、家族だな」「親分、宜しくお願いします」 1999年。 覚醒剤の売買をシノギとしてきたヤクザの父親の葬儀に、バイクで駆けつけた山本賢治(以下、山本)。 顔見知りのマル暴の大迫(おおさこ)に声をかけられた。 「お前は、父親みたいになん…

TITANE/チタン('21)   ジェンダーの矮小性をも超える異体が産まれゆく

1 「お前に手を出す者は、俺が殺す。俺がお前を殴ったら自殺する」 少女アレクシアは、父親が運転する後部座席から運転席を蹴り続け、運転を妨害する。 更にシートベルトを外して立ち上がるアレクシアを制止しようと、父親が後ろを振り向いたところで車は大…

ベルファスト('21)   有明の月を目指す家族の障壁突破の物語

1 「この街に人生のすべてが詰まってる」 北アイルランドの首都ベルファストの、現代の美しい街並みのカラー映像から開かれる物語は、一転して、1969年8月15日のモノクロの世界へとタイムワープする。 夕食時の路地で、元気溌剌な少年バディが家に帰…

愛がなんだ('18)  後引き仕草が負の記号になってしまう女子の、終わりが見えない純愛譚 

1 「私は、マモちゃんになりたいって思う…それが無理なら、マモちゃんのお母さんでも、お姉ちゃんでもいい。何なら従兄妹でもいいよ」 「山田さん、もし、もしだよ。まだ会社にいて、今から帰るところだったりしたら、何か買って届けてくれないかな。俺今日…

大河への道 ('22)  「奇跡の旅」を受け継ぐ名もなき者たちの物語  中西健二

1 「伊能忠敬は日本の地図を完成させてない。だから、大河ドラマにはならないんだよ」 伊能忠敬(いのうただたか)の死から開かれる物語。 千葉県香取市の市役所の総務課主任の池本は、市の観光振興策を決める会議で、「大河ドラマ」で郷土の偉人・忠敬(た…

峠 最後のサムライ('19)  己が〈生〉を、余すところなく生き切った男の物語 小泉堯史  

1 「武士の世は滅びる…この継之助も滅びざるを得ない。滅びた後、日本の歴史にかってなかった新しい世の中がやってくる」 「我らの見込みは、政権の奉還より外にない。この判断に、神君家康公の御偉業を継承する唯一の道である。幕府を倒そうと事を謀る一部…

死刑にいたる病 ('22)   叫びを捨てた怪物が放つ、人たらしの手品に呑み込まれ、同化していく

1 「…僕はね、君と話してる時間は、すごく落ち着いていられたんだ。君と話してると、僕は普通の街のパン屋さんになった気でいられたんだ」 筧井雅也(かけいまさや)の祖母が亡くなり、葬儀が執り行われる。 Fランクの大学に通う雅也は、親戚に「東京の大…

ベイビー・ブローカー('22)  「生まれてくれて、ありがとう」 ―― この生育を守り抜いていく

1 「一番売りたかったのは、私なのかも」「私たちの方が、ブローカーみたい」 弾丸の雨の中、一人の若い女が、教会のべイビーボックスの前に赤ん坊を置いて去って行く。 「捨てるなら産むなよ…あの女、任せた」 その様子を見ていたスジン刑事がイ刑事に呟き…

岬の兄妹('18)   炸裂する、障害者という「弱さ」の中の「強さ」 

1 生きるためなら何でもするという生存戦略が渦巻いていた 「真理子、真理子!」と呼びかけながら、足を引き摺り歩き回る男の叫びから物語は開かれる。 下肢機能障害である男・道原良夫(以下、良夫)。 港町の造船所で働く良夫は、警官の友人・肇を呼んで…

僕が跳びはねる理由('21)  自分たちのリズムを壊すことなく、成長を望む思いを共有していく

1 「感情に訴える何かが起こると、雷に打たれたように体が動かなくなる。でも跳びはねれば、縛られた縄を振りほどくことができる」 「およそ10年前、10代だった東田直樹は、その著作で知らざれる世界を明らかにした。“自閉症の僕が跳びはねる理由”は、…

さがす('22)  生まれ変わった父を信じる力が、少女の底力の推進力と化していく

1 天を衝く少女の叫びが、闇のスポットを劈いていた スーパーで、20円足りずに万引きした父・原田智(さとし)を迎えに走って店に来た中学生の娘・楓(かえで)。 場所は、大阪市西成区あいりん地区。 「うちの父、ちょっと抜けてるとこあるんです」 楓が…

流浪の月('22)  小さくも、誰よりも清しい愛が生まれゆく

1 「お父さんは、お腹の中に悪いものができて、あっという間に死んじゃった。お母さんは彼氏と暮らしているよ…私、ずっとここにいていい?」 10歳の少女・家内更紗(以下、更紗=さらさ)が、公園のベンチで本を読んでいると、大粒の雨が降ってきた。 更…

前科者('21)  自己救済への長くて重い内的時間の旅

1 「人間だから、罪を犯してしまう。私はそれを止めたい」 「村上さん!いるのは分かってるんですよ。会社から電話がありました。無断欠勤はルール違反です!」 保護司の阿川佳代(以下、佳代)が、保護観察対象者の村上美智子(窃盗罪 仮釈中)の家を訪ね…

ノマドランド('21)  最後の“さよなら”がない〈生き方〉を選択していく

1 「点滴のボタンをもう少し長く押せば、逝かせてあげられると。私にその勇気があれば、あんなに苦しませずに済んだ」 2011年1月31日、USジプサム社は業績悪化により、ネバタ州の石膏採掘所を閉鎖。企業城下町であるエンパイアも閉鎖され、7月に…

ドライブ・マイ・カー('21)  切り裂かれた「分別の罠」が雪原に溶かされ、噴き上げていく

1 「前世、彼女はヤツメウナギだったの。川底の石に吸盤みたいなベロをくっつけて、ひたすら、ゆらゆらとする」 「彼女は時々、ヤマガの家に空き巣に入るようになるの」 「ヤマガ?」 「彼女の初恋の相手の名前。同じ高校の同級生。でも、ヤマガは彼女の想…

チョコレート・ドーナツ('12)  魂を打ち抜く反差別映画

1 「世界を変えたくて、法律を学んだんでしょ。今こそカミングアウトして、世界を変えるチャンスよ」 カリフォルニア州 ウエスト・ハリウッド 1979年 ショーパブで歌うゲイのルディを見つめる一人の男。 地方検事局に勤務するポールである。 ルディもポ…

コーダ あいのうた('21)  「青春の光と影」 ―― 身を削る思いで束ねた時間の向こうに結実していく

1 「家族抜きで、行動した事がないんです」 漁で生計を立てる4人家族のロッシ一家。 父フランク、母ジャッキー、そして兄レオの3人は、共に聴覚障害者。 高校生の娘ルビーが健聴者なので、「コーダ」である。 【コーダ(CODA)とは聴覚障害の家族を持…

はじまりのみち('13)  旅に出た若者が「基地」に帰還し、新たな旅に打って出る

1 「これからは僕がずっと一緒だから、安心してよ。木下恵介から、ただの木下正吉に戻るよ」 静岡県浜松市 米津(よねず)の浜 「昭和18年。太平洋戦争の最中、木下恵介は『花咲く港』で監督デビューした。浜松出身の木下は、この場所でもロケを行い、実…

アルプススタンドのはしの方('20)   迸る熱中に溶融する「しょうがない」の心理学

1 「頑張ってたんだけど、結果としてさ、上演できなければ意味ないもの。だから、そこまでのもんだったんだって。しょうがない」 埼玉県立東入間高校の夏の高校全国野球大会の一回戦。 強豪校との対戦で、夢の甲子園球場に、バスで応援に駆り出された生徒た…

歓待('10)  群を抜く、「決め台詞」と叫喚シーンを捨て去った映像 ―― その鉈の切れ味

1 「大事なのは、腹割ることです。僕は、奥さん、助けたいんですよ」 下町の河川敷に建てられたみすぼらしい破(やぶ)れ屋。 人の気配はない。 そんな下町で印刷業を営む小林家には、主人の幹夫(みきお)と妻・夏希(なつき)、そして前妻の娘・エリコと…

醉いどれ天使('48)  時代遅れのヤクザに対峙し、町医者の憤怒が炸裂する

1 「俺はお前の肺に巣食ってる結核菌に用があるんだ。そいつを一匹でも多く殺したいんだ」 眞田病院という小さな町医者に、ドアに手を挟まれて包帯を巻いた男・松永がやって来た。 釘が刺さったと言うが、眞田(さなだ)が取り出したのは銃弾だった。 「迷…

夕凪の街 桜の国(’07)  被曝で壊された〈生〉なるものを拾い集め、鮮度を得て繋いでいく

1 「生きとってくれて、ありがとな」 昭和三十三年 夏 大空建研という建築事務所に勤める平野皆実(みなみ/以下、皆実)。 復興が進む広島の街の一角にあるスラムで、母フジミと穏やかに暮らしている。 皆実には、疎開先の伯母の家に養子に入った弟の旭(…

いつか読書する日('05)   たった一度の本気の恋を成就させる思いの強さ

1 「私には大切な人がいます。でも私の気持ちは絶対に、知られてはならないのです」 「未来の私からの手紙 二中三年四組 大場美奈子 あなたは、十五歳だった時の事を覚えていますか?もうずいぶん昔の事だけど、あなたは、こう思っていました。私は、この町…

親愛なる同志たちへ('20)  他言無用の「赤い闇」が今、暴かれていく アンドレイ・コンチャロフスキー

1 「彼らは政府を恨んでる。何をするか分からない。全員逮捕して法廷で裁くべきです。扇動した者たちには厳罰を」 ソビエト連邦 ノボチェルカッスク 1962年6月1日 共産党市政委員会(生産担当)に所属するリューダは、上司のロギノフの家で朝を迎える…

硫黄島からの手紙('06)  「自決の思想」を否定する男の、途切れることのない闘争心がフル稼働する

1 「日本で一日でも長く安泰に暮らせるなら、我々がこの島を守る一日には、意味があるんです!」 硫黄島 2005 この日、調査隊が入り、地下壕に埋められた重大な資料を発見する。 硫黄島 1944 「花子、俺たちは掘っている。一日中、ひたすら掘り続け…

「泣く子はいねぇが」('20)  佐藤快磨  破綻から再生までの途方もない旅路

1 「止めて欲しいように見えた…あんなところで働かせるような奴に渡したくない」 娘が産まれたばかりの若い夫婦、たすく(・・・)とこ(・)と(・)ね(・)の会話。 「ちゃんとしようよ。このままじゃ、無理だと思う」 「何が?」 「なーんも、考えていないっしょ…