フェリーニのアマルコルド('74) フェデリコ・フェリーニ <「相対経験」の固有の相貌と色彩感を放って>

 1  総合芸術としての映像表現技法の独壇場  ストーリーライン①



 風花のように綿毛が空を舞って、北部イタリアの小さな港町を白で覆い尽くす季節が、今年もやってきた。春の訪れを告げる綿毛の舞である。

 冬を象徴する魔女の人形に火をつけ、それを燃やし、爆竹を鳴らす祭りに、町中の熱気が集合するのだ。

 「ローマ人とケルト人の血が混じり、この町の住民は皆、雄弁で高潔で頑固なのです」

 これは、「第四の壁」を突き抜けて、観る者に語るナビゲーター役の登場人物の説明。

 時代背景は、第二次エチオピア戦争が勃発した1935年頃のこと。ファシスト党率いるムッソリーニの独裁体制が、猛威を振るっていた時代である。

 「冬が死んでいく祭り」の中に、叔父夫婦を含めて、祖父、両親、弟、そして物語の主人公である15歳のティッタの7人も参加し、思い切り騒いでいた。

 そんな血族同居の家族の中で、父親の威厳だけは形式的に保持されていた。

 「一日中、働いて帰って来れば、出迎えるのは鬱陶しい顔ばかり」

 祭りも終わり、忙(せわ)しない夕餉(ゆうげ)での父親の愚痴は、他人の頭に小便をかけた息子の不良行為が司教からの電話によって知らされたとき、途端に怒号に変わった。

 「学校を中退させる。小遣いもやらん。働かせるんだ。こいつが自分の息子とはな」

 そんな父親の荒れ狂う態度に呆れる母もまた、夫の激昂が乗り移っていた。

 「あんたたち、皆、殺してやる。スープに毒を盛ってやる。こうなったら、私が死んでやる」

 それを聞いた父は、「ふざけるな!俺が死んでやる」と言った後、自分の口を両手で開いて、死ぬ真似をしてみせたのだ。

 一人、我関せずという態度で、いつもの騒々しい空気の中にいた祖父は、別室に行くや否や、「1、2、3」と声を出して、放屁するという飄々(ひょうひょう)さ。

 これが、この血族同居の家族の普通の風景であるのだ。

 映像序盤から、フェリーニ・ワールド全開のシークエンスが続くが、血族同居の家族の風景が登場し、頑固親父に追い駆け回される少年の反抗が描かれることで、物語の中枢に15歳の少年がいて、その思春期特有の逸脱性の様態をフォローしていく流れが、本作のテーマ性になっていることが把握されるだろう。

 そのティッタ少年の思春期遊泳は、聖アントニオ(ポルトガル守護聖人で、各地で祭りが開催)の日に、仲間たちと連れ立って、町の女たちのお尻を見に行く程度の悪戯ぶりになお留まっていた。

 陽春の4.21は、ローマ誕生の祝祭日。

 歴史に名高い「黒シャツ隊」を発展的に継承したファシスト党の行進が、ムッソリーニの大きな顔の看板の戯画化に象徴されれるように、思い切り揶揄されるように描き出された映像展開が、突如、蓄音機で「インターナショナル」の曲を流した者たちを必死に捜索する、ファシスト党支部の暴力性の描写に暗転していく。

 そして、「ムッソリーニが前進しようと知るものか」と放言したことを理由に、ティッタの父が拘束され、無理やり、特有の臭気を持つ下剤であるヒマシ油を飲まされ、拷問される描写が痛々しかった。

 夕餉の際に喧嘩が絶えない一家だが、拘束された夫を路上で待ち続け、這う這うの体(ほうほうのてい)の夫を抱きかかえ、自宅に連れて行って、優しく介抱する母がそこにいた。

 そして、血族同居の家族に夏がやってきた。

 父の弟に当たる42歳のテオ叔父さんを、一家は毎月、入院中の精神病院から馬車で連れ出していたが、この夏に起こったエピソードは、一つの事件と言ってよかった。

 男盛りの叔父さんの解放感が破裂したのか、いつの間にか、テオ叔父さんは大木の上に乗って、「女が欲しい!」と叫び続けて止まないのだ。

 危険性と恥の意識からか、地上に戻そうとする家族たちに、テオ叔父さんは投石して反抗する始末。

 家族たちは馬車で帰る振りをしても、テオ叔父さんの行動は変わらず、結局、病院に連絡して、再び連れ戻されたという笑えないような顛末だった。

 その際、小人の看護婦さんが、「降りといで。遊んでやんないよ」と言っただけで、テオ叔父さんはニコニコしながら降りて来たのである。

 この興味深い、いかにも通俗性を好むフェリーニらしいエピソードが語るものは、精神を病んだ42歳の中年男の生理と、その心の綾が経験的に理解できている者の在り処を示唆していたと言えるだろう。

 そして、この年、北部イタリアの小さな港町に住む人々が、春の訪れを告げる「冬が死んでいく祭り」に次いで、大きく弾ける「祝祭事」があった。

(人生論的映画評論/フェリーニのアマルコルド('74) フェデリコ・フェリーニ <「相対経験」の固有の相貌と色彩感を放って>)より抜粋http://zilge.blogspot.com/2010/01/74.html