英雄の戦後史

 英雄を必要とする国は不幸である、と言った劇作家がいた。英雄を必要とするのは、国家が危機であるからだ。しかし国家が危機になっても、英雄が出現しない国はもっと不幸である。なぜなら、英雄が出現しないほどに国民が危機になっているからだ。

 英雄を必要としない国が、最も幸福な国なのである。そういう社会が、最も健全な社会なのである。民主主義に英雄は最も似合わないからである。

 思えば、私たちの社会を見回しても、英雄という形容を冠するに値する人がいなくなったことに、改めて思い至るのである。

 かつて、力道山(写真)は英雄だった。

 彼は多くの日本人にとって、一人のプロレスラー以上の何者かであった。彼が一人の外人レスラーをマットに沈めるとき、マットに沈んだのは単なる外人レスラーではない。そこに沈んだのは、まさしくアメリカであったのだ。当時、様々に屈折した感情を封印して、私たち日本人に幾重にも大きな重石にもなっていたアメリカを、力道山がマットに沈めることで、彼は日本中の喝采を浴びたのだった。

 堀江謙一(注1)もまた、時代に輝いた。

 インド洋ではなく、大西洋でもなく、まさに太平洋を渡り切ったということ、そしてその先にアメリカが待っていたという事実に於いて、彼もまた時代の栄誉を受けたかのように見えた。本人もそれを目指していたようだった。

 然るに、歓喜の渦で出迎えるはずのアメリカは、この奇襲のような侍の侵入に当惑し、制度の壁でブロックして見せたのだ。かつてリンドバーグ(注2)を歓喜の人の輪で迎えたパリ市民の熱狂は、そこになかった。そのリンドバーグを、母国アメリカで英雄にさせた力は、彼がヨーロッパを歓喜させたアメリカ人であった、という点にある。

 その意味で、堀江青年は英雄になり切れなかった。

 彼は英雄もどきであったのだ。アメリカを驚嘆させる者だけが、この国では英雄と呼ばれるらしいのだ。堀江青年の出現は、少し早すぎたようである。堀江青年が密出国で渡った相手国こそ、この国が20年ほど前に、軍事的奇襲をかけたアメリカという強国であったのだ。アメリカではまだ、真珠湾の遺族が重い歴史を負っていたのである。

 ボクシングの白井義雄(注3)やファイティング原田(注4)もまた、時代の英雄だった。しかし彼らはアメリカを沈めたボクサーではなかった。英雄伝説にあと一色、それも決定的な一色に欠けていたのである。だから彼らもまた英雄もどきであった。

 野球の王貞治も、殆ど英雄だったと言っていい。

 彼がベースボールの国の偉大な記録を抜いたとき、確かにこの国の人々は熱狂し、スタジアムは興奮の坩堝(るつぼ)と化した。だが王貞治の記録は、アメリカで達成されたのではなかった。球場の広さも、相手投手のレベルも劣っているという決め付けによって、当然の如く、海の向こうの眩い国の人々は、奇襲なしには勝てないと蔑む小国の、スモールサイズのスポーツ文化の喧騒など歯牙にもかけなかったのだ。

 それどころか、彼らはお辞儀ばかりして薄気味悪いこの「属国」の、「野球」という名の国民スポーツを、本音の部分では未だに「ベースボール」と認定していないのだ。王貞治の英雄像の広がりは、実は今でも、野球博物館の遠心力が及ぶエリアにしか届かないのである。彼もまた英雄もどきでしかなかったのである。

 やはり、この国の英雄は一人しかいないのか。力道山である。

 この国では、力道山は既に一つの現象だった。力動山という現象は、英雄を必要とする国家が、英雄を必要とする時代に、英雄が立ち上げてくる最も分りやすい方法によって、その絶妙なタイミングの只中で湧き立ち、広がり、燃え尽きて、そして消えていった。民主主義がかつての仇敵から準備され、それを受容する気分がようやく固まりつつある時代の話である。

 英雄は生まれるのではない。時代が作り出すのである。英雄は国家という十字架を担って、国家がその出現を最も待望するときに、その出現を最も共有し得る方法によって、時代の後押しを受けて、絶妙のタイミングの中に呱呱の声を上げるのだ。
 
 この国が二十世紀に送り出した英雄は、私の見る所、三人いる。

 東郷平八郎山本五十六、そして力道山である。それぞれが、英雄出現のモチーフと条件を全て内包しているからだ。
 
 英雄出現の条件には、三つある。

 第一に、国家や社会が危難に遭っていたり、秩序が定まっていないような状態を呈していたりすること。

 第二に、その危難の中でプールされた国民的ストレスを中和したり、払拭することの要請が最大限に高まっていたりすること。

 そして第三に、このような国民的ストレスをプールさせた対象としての仮想敵が存在し、それとの顕在的、潜在的対立関係の中で、その緊張を解放させていく流れが待望されているということである。

 「危難や不安定な秩序」、「国民的ストレス」、「仮想敵」の三つが英雄出現の条件である、と私は考えているので、世に部族の英雄とか、時代の英雄とかいう呼ばれ方をする英雄も多いが、やはり英雄という、得体の知れない何者かを狭義に定義すれば、国民国家がそのアイデンティティを鮮烈に立ち上げていくときに、最も相応しい出現の仕方をする仮構のヒーローという風に把握できようか。

 その意味から言えば、ヒトラーはまさしくドイツ民族の英雄であったのだ。国家的危難と高まるストレス、共産革命の挫折と広がる無秩序、ワイマール体制(民主主義を基本とする政治体制)の基盤の脆さと民族の求心力の空洞化。そしてドイツを包囲する仮想敵なる国々と、特定的な民族(ここでは、「ユダヤ人」や「ロマ=ジプシー」)。このような沸騰しきった状況こそが英雄を待望させる空気となり、この空気を嗅いで、殆ど確信的に立ち上げてきた男がヒトラーだったのだ。

 空気がヒトラーを生んだのだ。

 だから彼は、最も民主的な手続きによって、議会の中から選ばれたのである。民主主義がヒトラーを生み出したという事実こそ、決して忘れてはならない歴史的教訓であるということだ。英雄はこのようにして、しばしば歴史のステージに駆け昇って来るのである。
 
 
(「心の風景/英雄の戦後史 」より)http://www.freezilx2g.com/2008/11/blog-post_7241.html(2012年7月5日よりアドレスが変わりました)