灼熱の魂(‘10) ドゥニ・ヴィルヌーヴ <「衝撃的なラスト」に印象誘導するストーリーが失った「映像総体の強度」>

イメージ 11  中東を巡る不安含みの旅が到達した悲劇の極み



カナダのケベックに住む、双子の姉弟がいる。

ジャンヌとシモンである。

彼らの母親のナワルは、プールサイドで視認した「何か」によって体調を崩し、呆気なく逝去する。

しかしナワルは、謎めいた遺言を残したことで、双子の姉弟を大いに困惑させる。

以下、公証人が読むナワルの遺言。

“墓石はなし。私の名は、どこにも刻まないこと。約束を守れぬ者に墓碑銘はない。ジャンヌとシモンへ。子供時代は、まるで喉に刺さるナイフ。容易には抜けない。

 “二つの封筒が相手に渡されたら、あなたたちに手紙が。沈黙は破られ、約束が守られる。そのとき初めて、私の墓に墓石が置かれ、名前が刻まれる”

「なぜ、こんな遺言を?」とジャンヌ。
「気持ちはよく分る。驚くべき内容だ」と公証人
「いや、ちっとも。母は変わり者だった」とシモン。
「遺言で、作り話をする人はいない」と公証人
「母親としてはまともではなかった。せめて最期ぐらい、普通に埋葬したい」

一貫して、シモンは不服そうだった。

そんな姉弟に託された二つの封筒。
 
ジャンヌには、死んだはずの父宛ての封筒で、寝耳に水の話で迷惑がるシモンには、存在しないはずの兄宛ての封筒だった。

母親の自分勝手な遺言の受託を拒否するシモンを残し、ジャンヌは、母の過去を巡る旅に出た。

母の祖国の地である、中東を巡る不安含みのジャンヌの旅が、信じ難い程の苛酷な半生を刻んだ、母の過去を知る行程になっていくにつれ、彼女の自我の耐性限界を超えていく。

ジャンヌは、弟シモンの援助を乞う以外になかった

それは、自らのルーツを特定する旅の様相を露わにしていくが、未だそこに届くことなく、母の過去を巡る旅を繋いでいく。

以下、母の過去について、ジャンヌとシモンが、やがて共有するようになる衝撃的な事実。

パレスチナ難民との許されざる恋の果てに、身内によって恋人を殺され、自らも命の危険に晒されたとき、祖母に救われ、お腹の子供も出産と同時に、孤児院に預けるに至った。

「母さんの顔をよく見て。忘れないように。いつか必ず、探しに行く」

祖母によって、踵に針で目印をつけられ赤子との別れの言葉である。

故郷の地を追われたナワルは、叔父の家から大学に通っていたが、内戦の激化で大学が閉鎖され、自分がいた南部のキリスト教徒の村が襲われた事実を知り、息子を探しに、南部に行くが見つからず、途方に暮れるばかりだった。
 
中東国家(レバノン)での内戦下で激化する、宗派対立にインボルブされたナワルは、恋人を殺され、パレスチナ難民に対する虐殺を目の当たりにしたことで、キリスト教マロン派系の極右政党・民兵組織(ファランヘ党)への憎悪が滾(たぎ)り、急拵(ごしら)えのテロリストになった挙句、キリスト教右派指導者を暗殺するに至った。

不思議にも、その場で射殺されることなく、ナワルは、その後、15年間もの長きにわたって投獄されるに至るが、拷問専門官のような男からレイプされ続けるという苛酷な日々を送る。

その男によって妊娠させられたナワルが、双子を出産したのは、その苛酷な日々の渦中であった。

この辺りで、インセストという衝撃的事実をイメージされるが、「極上のミステリー」の王道のラインを繋ぐ物語は、ファジーに累加された伏線を張っていくだけ。

ともあれ、自我の破壊を免れるために、声を絞り出して歌い続けることで、ナワルは、いつしか「歌う女」と呼ばれるようになった。

15年後に釈放されるナワルの、その後の人生は、レイプによる拷問によって出産した双子の姉弟との、封印した過去を持つ「物言わぬ共存生活」が開かれていく。
 
ナワルをレイプし続けた挙句、双子の姉弟を産ませた男こそ、ナワルが探し続けていた、踵に針で目印をつけて別れ離れになっていた我が子であったのだ。

即ち、ナワルの遺言に隠し込まれた「父」とは「兄」のことであり、両者は同一人物だったのである。

「1+1=1」

これは、姉のジャンヌに洩らしたシモンの言葉。

更に分明になったのは、ナワルがプールサイドで視認した「何か」とは、踵に針で目印をつけた我が子だったということ。

 アブ・タレク=ニハドが、姉弟から二つの封筒を受け取ったとき、彼の中で抑えていた感情は、もう、行場のない情動の混乱に捕捉され、絶え絶えだった。

それは、中東を巡る姉弟の、不安含みの旅が到達した悲劇の極みでもあった。
 
 
(人生論的映画評論・続/灼熱の魂(‘10) ドゥニ・ヴィルヌーヴ <「衝撃的なラスト」に印象誘導するストーリーが失った「映像総体の強度」>)より抜粋http://zilgz.blogspot.jp/2013/03/10.html