そこのみにて光輝く(‘13) 呉美保<「人生」の「どん底」のゾーンで動けない女の中枢を、男のストロークが移動させていく縁(よすが)の物語>

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1  「どん底」の生活に縛られ続けている女と、心的外傷を負った男の曲線的交錯


 


 


 


突き詰めて選(え)りすぐった、カットの集積が構築した映像のパワーの凄み。 


 


プロの俳優の圧巻の演技力が、殆ど完璧に、水底に接するぎりぎりの底層に呼吸を繋ぐ女と、その女へのストロークに一切を懸けることで、自己救済を果たす男の物語を支え切っていた。


 


邦画のフィールドに、突然変異のように出現した映画の訴求力の強度は、観る者に与える情感濃度をマキシマムに高めるのに充分過ぎるものだった。


 


俳優たちの的確な感情表現に脱帽する。


 



 


全て良い。


 


彼らの的確な感情表現を演出した、呉美保監督の腕力の凄み。


 


絶賛したい。


 


―― 以下、詳細な梗概。


 


盛夏の函館の街。


 


両親の墓を買いたいと言う妹の手紙を受け取っても、特段の反応をしない達夫が、バラックと化した部落の一角に住む千夏と知り合ったのは、行きつけのパチンコ屋で、拓児という初見の若者に、100円ライターを与えたことが契機だった。


 


「刑務所の友達?お前の連れて来るもんは、ろくな奴じゃねえ」


 


これは、「お邪魔してます」という達夫の挨拶を無視し、仮釈放中の息子・拓児に悪態をつく母・かずこ。


 


部屋の奥から、脳梗塞で、寝たきりの父親の呼ぶ声がかかって、世話をしに行く母親と入れ替わるように現れたのが千夏だった。


 


扇風機を一人占めにした弟の拓児を目視し、達夫の前に団扇を投げ出す千夏は、二人にチャーハンを作って、彼女なりの対応をする。


 


「上手いです」


 


チャーハンを食べながら、小声でお礼を言う達夫。


 


「何する人?」


「特に、なんも」


「奥さんは?」


「いないです」


 


初めて交わした、達夫と千夏の会話であるが、既に、お互いを意識する初発的な感情が、そこに読み取れる。


 


「色気違いや」


 


父親の良がり声が聞こえてきて、不快感を露骨に口に出す拓児。


 


恐らく、いつものような、「母の介護」の一端を垣間見せる僅かなシーンのみで、千夏の家族の生活風景が観る者に印象づける。


 


ふらっと立ち寄っただけの男の心と、それを傍観する家族の心が、未だ大きな距離を持つ物語の素晴らしい導入シーンである。


 


そんな中で、達夫と千夏が、二人の距離に相応な間隔を取って、家の近くの浜辺を歩いている。


 


「性欲を抑える薬もあるんだけどね、でも、それ使うと、脳味噌が早くダメになるんだって。驚いた?」


「いや」


 


それだけの会話だったが、達夫の寡黙さが際立っている。


 


そして、達夫と千夏の3度目の会話は、最悪の状況下で出来した。


 


たまたま、達夫が、泥酔状態で入り込んだバーが、売春を斡旋する店であることを知らず、そこで売春婦として働く千夏を見て、バツの悪い二人は、バツの悪い会話に振れていく。


 


「こういうとこ、来るんだ」


「いや」


「どうすんの?」


「幾ら?」


「8000円」


 


ここで、泥酔状態の中で、嘲笑とも思えるような反応をする達夫。


 


その達夫の頬を、繰り返し、平手打ちする千夏。


 


ここでもまた、二人の距離は、事情を知らない者同士の落差を生み出していた。


 


思いがけない場所で、思いがけない女と出会って、思いがけない会話の可笑しさを表現しただけの男と、男の表現を下衆(げす)と受け取る女の感情的落差である。


 


それは同時に、「夜の仕事」のみならず、昼は週3日の塩辛工場の勤務をしながらも、家族の生活費を稼ぐために働く女の、仕事もせずに飲んだくれている男に対する感情的反発でもあった。


 


しかし、この一件を契機に、二人の距離は急速に近接していく。


 


無気力ながらも、男の誠実さが関係を動かしていくのだ。


 


謝罪に行く達夫の訪問を拒絶しながら、共に泳ぎに行くことを受容したのは、千夏の心が、達夫への決定的拒絶にまで膨らんでいなかったからである。


 


「何の仕事してたの?」


「山で石を割ってた」


「石?」


「道路なんかに使う石・・・拓児は、刑務所にいたのか?」


「酔って、喧嘩して、人刺したんさ・・・今は、仮釈放中で、働く所ががないと釈放できないって言われたから、あたしの知り合いがやってる植木畑で働かせてもらってんの」


「それ、あんたの男?」


「腐れ縁みたいなもんで・・・なして、石の仕事辞めたの?」


「山より、海の方がいいべ」


 


達夫はそう言ってはぐらかし、千夏もまた、既に、映像提示されている中島の存在を、「腐れ縁」と答えて、話題を変えていく。


 


この辺りが、現時点での二人の距離の様態だが、裸になって泳ぐことで、北の海の開放系の包摂力が推進力と化して、男女関係の距離感だけは、一気に縮小していく。


 


男と女の肉感的な出し入れには、時として、関係性の緩やかな階梯を無化してしまう力がある。


 


北の海での二人の愛情交換が、達夫の部屋での交接に結ばれていくのは必至だった。


 


殆ど片手間のような、拓児の仕事を世話することで千夏との関係を繋いでいた中島に対して、柔らかだが、千夏がきっぱりと自分の気持ちを表現したのは、その直後だった。


 


「もう、やめよう。電話しても出ないから・・・」


 


達夫と千夏の関係に激しく嫉妬する中島の想いが強いのは、この千夏の拒絶の前で、ただ、頭を上げられず、反応する何ものもない態度のうちに表れていた。


 


昼間の勤務を終えた千夏の前に、なお未練を残して出現する中島を、相手にせずに去っていく女の心の中枢には、人生に目的がないような謎の男・達夫の存在が張り付いているようにも見える。


 


 
人生論的映画評論・続/そこのみにて光輝く(‘13) 呉美保<「人生」の「どん底」のゾーンで動けない女の中枢を、男のストロークが移動させていく縁(よすが)の物語>)より抜粋http://zilgz.blogspot.jp/2015/03/13_22.html