遠い空の向こうに(‘99)  ジョー・ジョンストン  <「夢を具現する能力」に昇華させた「夢を見る能力」の凄み>

イメージ 11  「炭鉱は僕の人生じゃない。僕は宇宙へ飛びたい
 
 
 
素直に感動できる。
 
物語の主人公自分の遠大な夢を具現するには、本人の人一倍の努力だけでなく、それを共有する仲間との友情、周囲の理解ある大人の存在が如何に重要であるかということを、あざとさを全く感じさせない落ち着いた筆致で、情緒過多に流れることなく、丁寧描き切ったところが、この映画の人気の所以なのだろう。
 
―― 以下、あらすじと批評。
 
ウェストバージニア州の南端に位置するマクドウェル郡。
 
石炭採掘産業で全国に知られていたが、本作の背景となる1950年代に石炭産業の衰退によって、州内で最大の人口減少率を示し、とりわけ若者の流出が顕著で、貧窮化も増加していった。
 
本作の舞台となるコールウッドの炭鉱町も、その例外ではなかった。
 
この時代の大きな転換期に、暗鬱(あんうつ)な空気を払拭するかの如く出現したのが、物語の主人公・「ロケット・ボーイズ」だった。
 
アメリカ政府は昨日、1957年10月4日、ソ連が人類初の人工衛星の打ち上げに成功し、軌道に乗せたと発表した。ソ連人工衛星スプートニクは画期的な快挙で、アメリカ政府関係者は、“冷戦”に新たな章を加える懸念を隠せず、事実、その衝撃の波紋は国中に広がってます・・・陸軍ミサイル開発局の主任フォン・ブラウン博士は、アメリカもソ連に続き、ただちに人工衛星を打ち上げる宣言を。また、未確認情報ですが、このソ連の衛星は、アメリカにいる我々も、まもなくその軌跡を肉眼で見られると。日の入りで1時間後と日の出1時間前に、アメリカの“10月の空”を横切ります」
 
この長いキャプションから開かる物語は、いわゆる「スプートニクショック」と呼ばれるほど、アメリカを筆頭にする西側諸国の政府や社会に、「共産主義国家・ソ連」への危機感を決定づけた「歴史的事件」として、今でも語り草になっている。(注)
 
―― コールウッドの炭鉱町にあるビッグ・クリーク高校で、アメフトに興じるホーマーが決定的に変わる出来事。
 
それは、“10月の空”を華麗に横切っていくスプートニクを眺めたこと。
 
全ては、ホーマーの青春に存分すぎる刺激を与えたこの夜から開かれていく。
 
ロケットを作る。スプートニクだよ。とにかく作る」
 
家族の団欒(だんらん)の中で発せられた、ホーマーの行動宣言である。
 
炭鉱夫としての誇りを持つ父・ジョンや母と兄は、冗談としてしか受け止めないので、笑って済ますだけだった。
 
しかし、ホーマーは本気だった。
 
友人のロイ・リーオデルを誘って、ロケットを作る実験をするが、化学的知識がないので当然失敗する。
 
性格的にポジティブなホーマーが、「アメリカ宇宙開発の父」と呼ばれるドイツ出身の科学者・フォン・ブラウン博士に手紙を書き、自分の思いを伝えるほどの入れ込みようだった
 
そんなホーマーが、「変人」扱いされているクエンティンを仲間に引き入れたのは、化学の素養を持つクエンティンの頭脳が必要だったからである。
 
「ロケット・ボーイズ」の誕生である。
 
ホーマーの家の地下室を拠点に、ロケット作りに励む4人組が苦労して作ったロケットの発射実験で、炭鉱に飛ばしたため、父の激しい叱責を受け、さすがのホーマーも意気阻喪(いきそそう)する。
 
それでも彼らには、力強い味方がいた。
 
物理の女性教師のライリーである。
 
ロケットを教室内に持ってきたホーマーを指弾した校長から、授業で使用するという理由で守るのだ。
 
更に、科学コンテストで優勝すれば、奨学金を手に入れられるという情報に、ロケット作りに向かうホーマーのモチベーションが一気に高まっていく。
 
奨学金が手に入れば、炭鉱夫にならずに大学に行けるという思いが、ホーマーの行動力の根柢にある。
 
しかし、「科学コンテストの優勝の可能性はゼロ」と言われ、炭鉱夫を継ぐ以外の選択肢がないと諦めるロイ・リーとのシリアスな議論が挿入されることで、「ロケット・ボーイズ」に待ち受ける試練は、まさにコールウッドで生まれた者の宿命でもあった。
 
それでも、「ロケット・ボーイズ」の挑戦は継続されていく。
 
炭鉱住宅内でのロケット作りの拠点を奪われた彼らは、まもなく、13キロ離れたスネークルートという広々としたエリアで実験を進めていくが、中々、成功しない。
 
「塩化カリウムカリウム原子を砂糖と混ぜ、加熱すれば酸素3に対し、二酸化炭素2と剰余物が取れる。つまり膨張ガスが量産され、いい推進剤になる」
 
理科の実験での、ホーマーへのクエンティンのレクチャーである。
 
推進剤を確保することができても、高熱に耐える良質な鉄として「高炉銑鉄」を使うことを、炭鉱機械室のボールデンに指摘されるが、それを買うには高価であると言い添えられる。
 
炭鉱の閉鎖によって、廃止の支線だらけのマクドウェル郡の、廃線になった列車のレールを盗み、それを金に換えていく「ロケット・ボーイズ」の面々。
 
「燃料が燃える時、爆発を制御する。ノズルが燃焼ガスを噴流させ、その流速は、噴出口では音速まで高まる!」
 
興奮しながら仲間にレクチャーするクエンティンは、自分の得意分野で勝負する実験にアイデンティティを確保して、ほとんどアルター エゴ(別人格)の相貌(そうぼう)を見せるのである。
 
かくて、失敗続きの「ロケット・ボーイズ」は、ボールデンの協力を得て、ロケットの改良を繋いでいく。
 
しかし、ロケットの発射実験は甘くない。
 
改良を加えたロケットに点火しても、天に向かって飛ばずに爆発する。
 
それでも諦めない、「ロケット・ボーイズ」の挑戦。
 
繰り返される失敗の連続の果てに、遂に成功する。
 
彼らのロケットは、天に向かって、どこまでも飛んでいくのだ。
 
彼らを囲繞(いにょう)する空気は一変する。
 
「ロケット・ボーイズ」の存在は、今や、地元の新聞にまで掲載されるほどの認知度を獲得していく。
 
ところが、「遠い空の向こうに」まで飛ばしたロケットが、あろうことか、森林火災を引き起こした疑惑で、警察に逮捕されるに至る。
 
幸いにして、未成年という理由で釈放されたホーマーだが、炭鉱夫を継父に持つロイ・リーが、警察に捕捉されたことで暴力を振るわれている現場を見たホーマーの父・ジョンは、いつもの男っ気を発揮して、ロイ・リーを救済する。
 
「お前の実の父親は、今までで最高の部下だった。俺は幸運だった」
 
自分の車に同乗させたロイ・リーへのジョンの言葉である。
 
何も語らないが、勇敢な炭鉱夫を父に持つホーマーの誇りが、そこに垣間見える。
 
この一件で、「ロケット・ボーイズ」のアイデンティティの拠点・スネークルートの簡易小屋を焼却せざるを得なかった。
 
不幸は連鎖する。
 
坑内と繋がっているケーブルの切断によって起こった炭鉱事故で、金銭的理由で坑内に留まったバイコフスキーが犠牲になり、ジョンが大怪我を負ったのは、その直後だった。
 
「お前のオヤジさんがいなきゃ、最低10人は死んでるところだ」
 
事故の報を受け、父が失明する危険性があると知ったホーマーにとって、「勇敢な炭鉱夫」の健在の事実よりも、賠償金すら受け取ることが叶わない、一家の大黒柱を喪うリスクの大きさを考えたとき、ブルーな気分に落ち込むのは当然だった。
 
「俺が働く」
 
アメフトで奨学金を得て大学に行く兄に代わって、ホーマーは、今や、それ以外にない選択肢に振れていく。
 
まもなく、キャップランプを取り付け、ヘルメットを被ったホーマーが坑道に出現するカットが映し出される。
 
そして、炭鉱夫の労働を経て、退院した父と掘削の最前線で共に働くに至ったホーマーが、「ロケット・ボーイズ」の夢を繋ぐことを決意したのは、ライリー先生と再会したことが契機になっていた。
 
以下、「ホジキン病」(リンパ球が癌化して増殖するので、現在、「ホジキンリンパ腫」と言われる)を患う彼女が、その思いを込めて語った言葉。
 
「時には、他人の言うことを聞いてはいけないの。自分の内なる声を聞くの。あなたは炭鉱マンじゃない。別の人生を設計してるはずよ」
 
その夜、思いを巡らすホーマーが、「内なる声」を聞いて出した結論が、「ロケット・ボーイズ」への復活だった。
 
森林火災を引き起こしたと疑惑をもたれたロケットの着地点を、クエティンとの協力で三角関数を用いて難解な方程式を解き、火災の原因が航空機の照明弾である事実を確認させ、ライリー先生の後押しで、校長の前で化学的に立証したことで、ビッグ・クリーク高校の代表として、科学コンテストへの参加の許可を受けるに至る。
 
しかし、ここでもまた、最大の強敵は父だった。
 
  
 
人生論的映画評論・続遠い空の向こうに(‘99)  ジョー・ジョンストン
 「夢を具現する能力」に昇華させた「夢を見る能力」の凄み)より抜粋http://zilgz.blogspot.jp/2015/12/99.html