サイダーハウスルール(’99) ラッセ・ハルストレム <「人生の重み」 ―― 「戦略的離脱」に打って出た青春が手に入れた至高の価値>

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1  「こんな充実感は初めてです。僕は残ります。役に立ってると思うから。ここで学ぶのは、どんな小さなことも、僕には新鮮です」
 
 
 
 「よそでは、若者は家を出ると、自分の未来を探して、広く遠く旅をする。その旅のエネルギーは、悪を倒すという夢や、めくるめく恋や、一攫千金の夢などだ。だが、ここ、セント・クラウズで、それは難しい。ここでは、駅に降り立つにも決心がいる。子供をもらうにしても、預けるにしても、ここへ旅する目的は孤児院なのだ。私は、孤児と不幸な妊婦のために、医師として赴任。英雄気取りだったが、ここには、そんな余地はなかった。暗く、すさんだ孤児の世界に、英雄など無用なのだ。それで私は、孤児たちの世話役になった。父親役をつとめた子も一人。名はホーマー・ウェルズ」
 
 セント・クラウズの孤児院長・ラーチのモノローグは、ギリシャ神話の詩人に倣(なら)った映画の主人公・ホーマー・ウェルズ(以下、ホーマー)を引き取るところから開かれる。
 
「セント・クラウズでは、規則を作るも破るも、最優先されるのは孤児の未来だ。養子先を二度失敗したのは、いい兆しではない。だが、私には分っていた。特別な子だと。私は彼の将来のために、医術を教えた」
 
 その「特別な子」ホーマーが青春期を迎えた際に、ラーチ院長ははっきりと言い切った。 
 
「もし、ここに留まるつもりなら、私の役に立て」 
 
それが、ラーチ院長の父親としての愛情表現だった。 
 
かくて、医大どころか、高校すら行っていないホーマーに、孤児の世話と中絶の手伝いをさせるラーチ院長。 
 
「以前から、私は心に決めていた。堕胎で女性を救うと。それが私の道だ。だが、ホーマーはその道を拒んだ」(モノローグ) 
 
1943年3月。ニューイングランド(合衆国北東部の6州)のメイン州にあるセント・クラウズでのことだった。 
 
米陸軍航空軍の爆撃機B-24(「解放者」という愛称で知られる)のパイロットのウォリー・ワージントン少尉(以下、ウォリー)が、その恋人・キャンディ・ケンドル(以下、キャンディ)随行させて、セント・クラウズにやって来たことから、物語は動いていく。 
 
恋人・キャンディの中絶手術が目的だった。 
 
手術が無事終わり、孤児院を出る決心をしたホーマーが、その意思をラーチ院長に伝えた後、院長の警告を押し切ってまで、ウォリーとキャンディの帰還と共に、初めて、外界の空気を吸うための旅に出たのである。 
 
その場所は、ウォリーの実家があるケニス岬。 
 
生まれて初めて見た海の風景に感動するホーマーは、まもなく、ウォリーの実母が経営するリンゴ園で働くことになる。
 
 黒人農園労働者たちの宿舎・サイダーハウスを生活の拠点にするホーマーは、いきなり、文字の読めない一人の黒人の要請で、暗い宿舎の壁に貼ってある規則を読み上げていく。
 
「ベッドでタバコ禁止」・「酒を飲だら粉砕機を操作せぬこと」・「屋根の上で昼食を取らないこと」・「どんなに暑くても、屋根の上で寝ないこと」などと書かれていた。 
 
「俺たちが書いた規則じゃない」 
 
そう言って、ホーマーの行為を中断させたのは、農園労働者のボスであるミスター・ローズだった。 
 
ウォリーが自ら志願し、第二次大戦の危険な前線に従軍したのは、ホーマーがリンゴ園の作業に当たり始めたときだった。 
 
そのリンゴ園で、ミスター・ローズの親切な指導を受け、ホーマーはあっという間に適応していく。 
 
リンゴ園で収穫したリンゴを、セント・クラウズに贈るホーマー。 
 
一方、セント・クラウズのラーチ院長は、「狂信的なキリスト教徒」(院長の言葉)が集う理事会に解任されようとしていた。 
 
それを防ぐために、ラーチ院長はホーマーがハーバード大学医学部卒の学位を持ち、医師の免許を偽造したばかりか、理事会の場で、インドで伝道活動をしていると説明するのだ。 
 
ホーマーが戻って来ると信じ、彼を自分の後任にするためである。 
 
そのホーマーを遊びに誘い、キャンディはウォリーのいない孤独を癒していく。 
 
セント・クラウズの定番の「キングコング」以外の映画を存分に観て、車の運転をし、海岸で遊びまくり、そして、二人は結ばれていく。 
 
季節労働者がリンゴ園から去っていく中で、ホーマーだけは農園に残っていた。 
 
「先生には悪いけど、今の生活を楽しんでます。エビ捕りや農園の仕事。こんな充実感は初めてです。僕は残ります。役に立ってると思うから。ここで学ぶのは、どんな小さなことも、僕には新鮮です」 
 
心臓が悪く、気管支炎を患い、常に、酸素テントでの生活を余儀なくされたファジーが死んで、悲しみに耽るラーチ院長のもとに届けられたホーマーの手紙の一文である。 
 
今度は、恋に耽溺するホーマーの成長ぶりを感じ取った、ラーチ院長からの手紙が届けられる。 
 
ホーマーを知り尽くしているラーチ院長の、その観察眼の鋭さが窺えるシーンだった。
 
 それでも、その手紙のやり取りの中で、医師の仕事を継ぐことを求めるラーチ院長と、それを拒むホーマーの落差は、なお埋まっていなかった。
 
 
 
2  「僕の新生活が始まった」
 
 
 
季節が変わり、農園労働者たちが戻って来た。 
戻って来た農園労働者たちの中で、ローズ・ローズ(ミスター・ローズの娘/以下、ローズ)の具合の悪さに気づいたホーマーは、彼女の病気が妊娠に起因する事実を知って、援助しようとするが、拒絶される。 
 
「赤ん坊は産めないわ。自分で始末をつけるわ」 
 
ローズの煩悶が極まっていた。 
 
そのローズにキャンディが接触し、彼女の煩悶の原因が、父親・ミスター・ローズの溺愛による近親相姦である事実が判明する。 
 
衝撃を受けるキャンディとホーマー。 
 
その噂を、直接、ミスター・ローズに尋ねるホーマーに対して、「俺は愛してる!娘を傷ものにはせん」と激しく反駁(はんばく)するミスター・ローズ。 
 
「彼女は妊娠しているぞ」 
 
このホーマーの一言に、今度は、ミスター・ローズが衝撃を受ける。 
 
そして、もっと衝撃的なニュースが、キャンディとホーマーを襲う。 
 
ビルマ戦線に従軍していたウォリー大尉が、日本の戦闘機に撃墜され、B型肝炎に罹患し、下半身麻痺になり、歩行困難な状態に陥ってしまったのである。 
 
「僕はどうすればいい?」

「何もよ」
「なりゆきを待てと?」
「いいえ。何もしないで。彼を待つわ。でも、会うのが怖い」 

暗鬱な未来しかイメージできないキャンディとの会話の中で、ホーマーは言い切った。 
 
「決心すべきなのは僕だ」
 
家出しようとするローズを、父親が必死に止めている現場をホーマーが見たのは、その夜だった。 
 
「僕は医者だ。だから、力を貸したいんだ」 
 
初めて、自己を規定したホーマーのこの言葉が、風景を一変させた。 
 
かくて開かれた、ローズに対するホーマーの中絶手術。 
 
それを傍で見て、懊悩するミスター・ローズ。 
 
無事に終了した中絶手術後、娘に刺されたミスター・ローズは、娘の堅固な意思を知り、家出させるのだ。 
 
そして、そのナイフで自分の体を繰り返し刺し、自殺するミスター・ローズ。 
 
娘のローズに罪を被せないためだった。 
 
「俺はきっちり、筋を通したいんだ。そうするには、規則も破る」
 
 この言葉が、ミスター・ローズの遺言となった。 
 
そんな折、ラーチ院長の訃報がホーマーに伝えられ、度重なる衝撃的な出来事の連射で激しく落胆し、嗚咽するホーマー。 
 
痛みを和らげ、入眠しやすいように、麻酔作用の効果を持つエーテルの常用が原因だった。 
 
慌てて身支度をして、セント・クラウズに向かうホーマー。
 
ホーマーの旅は終わったのだ。 
 
 
 
人生論的映画評論・続/サイダーハウスルール(’99) ラッセ・ハルストレム <「人生の重み」 ―― 「戦略的離脱」に打って出た青春が手に入れた至高の価値> )より抜粋http://zilgz.blogspot.jp/2016/05/99.html