時代の風景 「尾木直樹という、『特定他者』を餌食にし、消費させる『メディア暴力』の無頓着な体現者」

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1  「正・不正」、「善・悪」をジャッジする領域にまで踏み込んでしまうことへの無頓着さ ―― 「北海道小学生置き去り・行方不明騒動」を総括して その1
 
 
 
尾木直樹(敬称略)については、私が私塾を切回していた関係で、隣町の石神井中学校の教諭だった壮年期の頃から知っていたが、「学校は愛とロマンと民主主義の砦」(「愛とロマンの砦生きている中学校」新日本出版社)という言葉に思わず引いて、読むことを止めてしまった記憶がある。
 
普段からテレビを見る習慣が殆どないので、彼がその後、「Yahoo!ニュース」などで、時代の「寵児」のようなポジションを得て褒めそやされる一方、彼のブログ(「尾木直樹尾木ママ)オフィシャルブログ「オギ♡ブロ」)が、しばしば炎上している情報を知っても、「相変わらず無頓着だな」という感懐しか持たずにやり過ごしていた。
 
それほど距離を置いていた彼のブログが、嘘か真か、100万件を超えたという大炎上の情報を得て、初めて深い関心を持った。
 
その理由は、たまたま、テレビのニュースで、連日のように、「北海道小学生置き去り・行方不明騒動」(以下、「騒動」)を報道していて、このニュースとの関連で、尾木直樹のブログが大炎上したという事実を知ったからである。
 
「まず、子どもの立場に立ちます…」というタイトルで、彼は信じ難き物言いをつけたのである。
 
「北海道の放置親に同情する 方々に問いたいこと・親は絶対的な権力者 ・親は子どもより圧倒的な強者・7歳より親の方が分別がある ・親は子どもを安全に養育する責任と義務がある・子どもは親に安心・安全に育ててもらう権力がある  大切なのは 子どもを救出し、命を守ることです!! こんな状況に置いた 親は厳しく批判されるべきです警察にも間違いなく 逮捕されることでしょうねビックリマーク  立場見据えてブレること あってはならないのですよ!!」(全文掲載)
 
その日時は、2016年5月31日21時15分。
 
大いに違和感を覚えた。    
 
「警察にも間違いなく 逮捕されることでしょうねビックリマーク」
 
ここまで言い切ったのだ。
 
この自信は、一体、どこからくるのか。
 
この「騒動」の一連の流れをフォローしていた私にとって、それが不思議で仕方なかったからである。
 
なぜなら、5月31日21時の時点で、事実として判明している経緯の内実は、以下の情報に限定されていたのである。
 
以下、日経電子版経由の共同通信と、朝日新聞デジタルの報道をベースに、判明した情報を確認していく。
 
北海道七飯(ななえ)町東大沼付近の林で、28日午後、北斗市に住む小学2年の男児・田野岡大和君(7)が行方不明となり、函館中央署は同日、山菜採り中に家族とはぐれたのが理由と発表したが、両親の説明が虚偽と判明したので、同署は29日、両親が置き去りにしたのが原因と発表を修正した。 
 
「言うことを聞かなかったことがあり、しつけとして置いてきた」
 
両親が大和君を置き去りにした理由である。
 
「本当のことを言うと、(虐待をしたなどと)疑われるかも知れず、世間体を気にした。多くの皆さんに迷惑をかけ、申し訳ない気持ちで一杯です」
 
辛そうな表情を浮かべ、父親は詫びていた。
 
大和君は28日、両親と姉の一家4人で鹿部町の公園で川遊びをしたが、公園で人や車に石を投げつけたため、両親は同日午後5時頃、「悪いことをするとこうなる」というしつけの意味を込め、自宅への帰り道に、七飯町の舗装されていない林道で車から降ろしたという、動機に関わる重要な事実が判明した。
 
大和君が泣きながら、車を追いかけて来たため、車に乗せたが、しばらくして、再び、降車させたという事実も判明する。
 
ところが、約5分後に父親(44)が現場に戻ったにも拘らず、大和君の姿が見えなくなっていたと言う。
 
かくて、道警と消防などが、約180人体制で日没まで捜索し、夜間は林道のパトロールを捜索、30日は午前6時から本格的な捜索を再開する。
 
消防や道警など、約130人態勢で、現場から半径5キロ範囲の道路周辺や、廃屋の中を捜索。
 
消防隊員らが茂みを掻(か)き分け、大和君の名前を大声で呼びながら捜した。
 
同署は、置き去りが保護責任者遺棄の容疑に当たるか慎重に調べているというニュースが配信。
 
「しつけのために、ちょっと怖い思いをさせようと、車から降ろした。元気な子だけど、体調が心配」
 
大和君が、アルファベット入りの黒色の上着と、紺色のジャージーズボン、赤色の運動靴を着用していて、食べ物や携帯電話も持っていない事実も判明。 
 
函館地方気象台によると、七飯町がある北海道渡島地方の30日の天気は曇り、中心都市の函館市の気温は、最低12度と予想されると発表。
 
31日朝、捜索は4日目となり、道警などは発見を急ぎ、消防隊員らは、31日午前6時半頃、林道や近くを通るJR函館線の線路に沿って、熊よけの鈴を響かせながら出発するが、依然として、男児の姿を発見できず。 
 
「早く見つかってほしい。それだけです」
 
親戚だという男性は焦りを募らせていた。
 
捜索は午前6時20分頃から、警察官や消防隊員、自治体職員ら、115人態勢で始めたが、午後3時頃に強い雨が降り始め、同4時に打ち切った。


―― 以上が、大炎上の最初の契機となった、尾木直樹のブログで書かれていた、5月31日21時の時点で判明していた、ほぼ全容である。

主観を交えない僅かな情報のみで分明になったのは、その真偽の程は定かではないが、公園で人や車に投石した7歳の我が子を、父親が、「悪いことをするとこうなる」というしつけの意味を込め、午後5時頃、自宅への帰り道に降車させたということ、そして、その事実を知られたら、虐待を疑われる恐怖から虚偽の説明をしたこと、更に、虚偽説明を含む、自らの犯した一連の行為で迷惑をかけたことへの謝罪と、この父親のブリーフィング(事情説明)をもとに、大掛かりな捜索が行われたにも拘らず、依然として行方不明であるという事実である。
 
尾木直樹の「間違いなく 逮捕される」という言辞が飛び交ったのは、これらの情報等による発信だった。
 
言うまでもなく、この時点での「逮捕」の容疑は、刑法第218条の「保護責任者遺棄罪」に当たり、この218条には、「危険な場所に残したまま、場所的離隔により、危険を高める置き去り」が含まれている。
 
その意味で、函館中央署が父親の犯した一連の行為を、刑法第218条の容疑に当たるか慎重に調べるのは、法執行機関として当然のことである。
当時、テレビを観ていた人の多くは、心痛な表情で言葉に結ぶ父親の姿を目の当たりにし、自らの犯した行為に煩悶する一人の人間に対して、「嘘ではないな。でも、ちょっと厳し過ぎたかな」というような印象を受けたのではないだろうか。
 
父親の虚偽説明の動機も、よく理解できる。
 
人間は脆弱なのだ。
 
起こった事態に翻弄され、狼狽(うろた)え、理性的行動が取れず、「大変なことをした」という拭い難い恐怖感が、極限状態に置かれた者の心理にも似て、自我機能を打ち砕き、視床下部にある交感神経(心身をリラックスさせる副交感神経と共に自律神経を構成)が心臓の心拍数を高め、血圧を上げ、血糖値を一気に上げていく。
 
だから、記憶が飛んだ可能性があり、説明の矛盾を胚胎(はいたい)したのだろう。
 
しかし、為すべき行動を起こす知性に全く届かず、真に極限状態に置かれた当事者は、7歳の大和君自身である。
 
大和君の記憶が飛んだ可能性も高い。
 
大和君の父親が、「しつけ」の手段の選択肢を間違えたのは否定できないのだ。
 
その意味で、父親の行為は、「置き去り」であると言っていい。
 
ここで重要なのは、大和君が降車された時間が、十分に明るい、夏至に近い日の午後5時頃だったという事実である。
車で500メートル離れた場所に停め、視界不良ながらも、5分程度、間を取って、迎えに行くという父親の「しつけ」の遣り口は、精神的外傷にもなりやすい、7歳の児童に与える甚大な恐怖感について無知過ぎたと言えるのではないか。
 
人の心の世界を主観で決めつけることはできないことを重々承知していても、そう解釈するのが妥当であると、私は考える。
 
「教育のミス」という見解に対して部分的に同意しつつも、「危険な場所に残したまま、場所的離隔により、危険を高める置き去り」の範疇に入れられる可能性を否定できないのである。
 

後に、同情論で湧き上がる世論に流されることなく、函館中央署が、心理的虐待の疑いがあるという理由で、この一件を児童相談所に通告した対応は間違っていないと思う。

道警の方針として、「児童虐待防止法」で、虐待の疑いがあれば、必ず通告するルールもあった。

更に言えば、過去、児童相談所に通告された「置き去り」行為の殆どが、捨て子など、保護責任者遺棄の色合いが強いものである事実や、父親に悪意が全くない事実を信じていてもなお、「事件性」の判断を専門家のフィールドに委ね、児童福祉司による事情聴取によって明らかにされねばならないだろう。

 
以上の文脈を踏まえつつ、敢えて言えば、尾木直樹は、「逮捕される可能性がある」と発信すべきであって、まかり間違っても、「間違いなく逮捕される」などという無責任な言辞を弄(ろう)するべきではない。
 
前者は憶測の域を出ないが、後者は「正・不正」、「善・悪」をジャッジする領域にまで踏み込んでしまっているのである。
 
「正・不正」、「善・悪」をジャッジする領域にまで踏み込んでしまうことへの無頓着さ ―― これこそが、最もたちの悪い現象であることを知るべきである。
  

時代の風景 「尾木直樹という、『特定他者』を餌食にし、消費させる『メディア暴力』の無頓着な体現者」 より抜粋http://zilgg.blogspot.jp/2016/06/blog-post.html