名もなき塀の中の王(’13) デヴィッド・マッケンジー<「態度変容」の可能性を広げていく、過剰防衛反応としての「定常的構え」という行動様態>

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1  「凶暴で反抗的」とラベリングされた青春の、
小さくも確かな変容
 
 
  
19歳のエリック・ラブ(以下、エリック)が英国の成人刑務所に移送され、「要注意人物」として、舎房棟の中の独居房に強制収容されるに至ったのは、少年院で暴力事件を起こしたことが原因だった。
 
その独居房で、エリックは自分の小荷物から髭剃りなどを取り出し、歯ブラシのヘッドをライターで溶かして、カミソリの刃に嵌め込むのだ。
 
自分を守るための武器として、それを天井の蛍光灯の裏に隠す。
 
更に、腕立て伏せを繰り返し、自己を武装するエリック。
 
運動場で孤立しているエリックのもとに、一人の男が近寄って来て、忠告する。
 
「普通に振る舞え。目立つことはするな。覚えとけ」
 
その忠告を、未だ素直に聞けないエリックが、他の囚人に暴行を振るったのは、その直後だった。
 
横になって休んでいるエリックの部屋に入って来たので、いきなり、彼の過剰防衛反応が発現したのである。
 
この暴行事件によって部屋に閉じこもるエリックに、武装した刑務官が襲いかかり、「お前ら、人間のクズだ!」と叫ぶエリックを捕捉するが、ここに、ボランティアでセラピーを主宰する心理カウンセラー・オリバー・バウアー(以下、オリバー)が仲介に入るに至る。
 
まもなく、女性所長・クリスティーンに呼ばれたエリックは、刑務所内のルールを守るという条件付きで、エリックをグループセラピーに参加させるのだ。
 
「治療がうまく効いて、もし俺が更生したら、あんたたちは次々と同じ治療を施す。いいのかよ、警察はパクる奴が減るし。裁判官もヒマだ。そうなりゃ、あんたたちは失業だぜ」
 
どこまでも自分の弱さを認めないエリックには、このような物言いしかできないのである。
 
だから、グループセラピーのセッションに参加させようとするオリバーの誘いに、エリックが簡単に乗らないのは当然だった。
 
「凶暴で反抗的」とラベリングされたエリックにとって、オリバーと、先に「忠告した男」の二人だけが味方だった。
 
そして、映像は、「忠告した男」こそ実父である事実を提示する。
 
実父の名は、一生、刑務所から出所できない運命を余儀なくされているネビル。
 
自殺に見せかけて刑務官たちから殺害されるというネビルの忠告にも、全く耳を貸そうとしないエリック。
 
既に、ネビルを実父と特定できていたエリックの未熟な自我には、「人間は誰も信じられない」というような不信感が、深々と根付いてしまっているのである。
 
そんなエリックへの囚人たちの憎悪が、彼の部屋に汚物を撒かれる行動に現れるが、暴力のみを頼りにするエリックには通じない。
 
度重なる暴行事件を犯しても、「怖いもの知らず」のエリックを、グループセラピーの仲間だけは何とかサポートするのだ。
 
幼児期より寄宿学校に入らされた経験を持つことを話すオリバーが、無給で働いていることを知ったエリックは、自分の経験譚を話していく。
 
「俺も幼い頃、入れられた。施設に。10歳の時、変質者がいた。奴を殴り、熱湯やクソをかけた。幼児性愛者は奇妙だ。被害者に普通の行為と思わせ、その子が見逃してくれることを望むんだぜ。相手を安心させ、信頼を得る」
 
オリバーを幼児性愛者と決めつけているのだ。
 
「君を治療すべきか分らない。考えずにブチのめしたいね」
 
本音を出した、このオリバーの、一歩も引かない態度を気に入ったのか、エリックはグループセラピーに参加する。
 
自分の父親に侵入され、いきなり激昂するエリック。
 
自分の感情を抑えることが目的のセラピーの雰囲気が、エリックの参加によって、いつもと異なる空気が生まれ、喧嘩腰の態度が他の参加者を興奮させてしまうのだ。
 
それをコントロールするオリバーの苦労は尋常ではなかった。
 
そんな空気を作ったエリックの内側で、小さな変化が芽生えたのは、彼が父親の監房を訪ねたときだった。
 
「話に来た。男同士で。いがみ合っても仕方ない。あんたは、いつも命令ばっかだ。俺の気持ちも考えろ」
「何があったんだ?話してみろ。脅されたか?」
 
自らの意志で訪ねて来たにも拘らず、息子の感情を理解できないネビルの声高な態度に、ネビルのゲイパートナーがエリックの気持ちを察するようなアドバイスを送るが、父と子の心理的乖離感は全く埋まらない。
 
セラピーを継続しながらトレーニング場でミット打ちの練習に励んでいたエリックが、シャワー室で命を狙われる危機に遭ったが、男を撃退した後、彼の復讐劇が開かれていく。
 
例の歯ブラシのヘッドをライターで溶かし、カミソリの刃に嵌め込んだ武器を使用し、囚人の黒幕・デニスを特定し、いきなり襲いかかる。
 
しかし、父親に制止され、事は収まった。
 
グループセラピーが続いている。
 
怒りを抑える訓練をしているのだ。
 
エリックの表情から、初めて笑みが漏れる。
 
しかし、それは束の間だった。
 
セラピー内部の小さな喧嘩を重く見た看守長 ・ヘインズが、女性所長を随行させて、オリバーを難詰(なんきつ)し、エリックを懲罰房に入れることを命令する。
 
オリバーはこの一件で、完全に切れてしまい、辞職するに至る。
 
そして、自分を救えない父と本気で格闘し、叩きのめすエリック。
 
もう、自分の感情を制御できないエリックは、刑務所内で暴れ捲るのだ。
 
父親の援護も限界を来たす。
 
懲罰房に入れられた父と子は、物理的に遮断された距離で、荒々しくも、本音をぶつけ合う。
 
「自殺するからな。本気で死んでやる。便器に頭をぶち当てて、くたばってやる」
 
嗚咽しながら叫ぶネビル。
 
その叫びを耳にし、自分を守る父親の愛情の片鱗を受容するエリック。
 
懲罰房から出されたエリックを、看守長 ・ヘインズたちが襲いかかり、エリックの首に紐を巻き、自殺に見せかけて殺害しようとする。
 
そこにネビルが足早に侵入して来て、死にかかった息子を、必死に救い出す。
 
間一髪だった。
 
嗚咽しながら、父の懐に潜り込む息子。
 
そして、息子を助けるためにデニスを殺害した罪で移送される父・ネビルが、エリックに遭いに来て、言葉を交わさずに、ただ、頭を寄せ合うのだ。
 
「お前の父親で良かった」
 
父が残した最後の言葉である。

 

人生論的映画評論・続/名もなき塀の中の王(’13) デヴィッド・マッケンジー<「態度変容」の可能性を広げていく、過剰防衛反応としての「定常的構え」という行動様態> )より抜粋http://zilgz.blogspot.jp/2016/08/13.html