真夜中のゆりかご(‘14) スサンネ・ビア <「理想自己」と「現実自己」、「現実自己」と「義務自己」の乖離が哀しみや不安・恐怖を生む危うさ>

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1  基本ヒューマンドラマ・一篇のサスペンス映画の鋭利な切れ味
 
 
 
  
「出勤した先に、昔、逮捕した男がいて、トリスタンっていうクズ野郎だ。奴に息子が生まれてた。その子は自分の糞尿にまみれ、凍えてたよ。それで君に電話したくなって。つい、かけたんだ
 
デンマークの湖畔の一角に住む、誠実な刑事・アンドレアスが、相棒シモンと組んで踏み込んだ、薬物依存症のトリスタンの家に、ネグレクトされた乳児・ソーフスを発見し、その遣り切れない思いで妻・アナに電話をかけ、その思いを吐露する。
 
彼にはアナとの間に、ソーフスと同様の乳児・アレクサンダーがいて、他人事に思えなかったのである。
 
ソーフスを心配するアンドレアスは、福祉施設への保護を要請するが、トリスタンだけがヤク中で、妻のサネが薬物中毒ではなく、「子供の発育に異常がない」という理由で、ソーフスの保護は却下される。
 
また、アレクサンダーの夜泣きが続き、散歩に連れて行くアナと別れ、酒癖が悪い相棒のシモンを引き取りに行くアンドレアス。
 
「信じられない。子供がいるなんて。ピンとこないの」

「あんなに夜泣きしてるのに。後悔してる?」
「何てこと言うの?この子は、世界で一番大事な宝物よ」

そう言った瞬間、「よくも、ひどいこと!」と叫び、夫を攻撃するアナ。
 
しかし、夜中に悲劇が起こった。
 
乳幼児突然死症候群」(SIDS)なのか、アレクサンダーの呼吸が止まっていることに気づき、アナは動顛する。
 
「起きて!お願いだから…嘘でしょ!いやよ!」
 
アナの叫びに起こされたアンドレアスは、救急車を呼ぶように妻に求めるが、連絡する行為を拒絶するアナ。
 
通報しようとする夫に、なお、「引き離さないで」と懇願するアナ。
 
「息子を連れてったら、自殺する!子供を奪われたら死ぬ」
 
ここまで言われたら、もう、アンドレアスは何もできない。
 
通報しないという約束をして、アンドレアスはアナに安定剤を飲ませ、何とか就眠させる。
 
ここからのアンドレアスの行動は常軌を逸していた。
 
迷い、懊悩した挙げ句の果ての行動だったが、アレクサンダーの遺体を車に乗せ、ドラッグ中毒のトリスタンの安アパートに行くのだ。
 
トリスタンの家では、いつものように、荒れ放題の室内に、ネグレクトされた乳児・ソーフスがいて、トリスタンとサネは眠っている。
 
その間、アレクサンダーの遺体をソーフスと取り替えてしまうアンドレアス。
 
「アレクサンダーじゃない。別の赤ちゃんだ。…実は、あの二人の子供だ。前に話したろ。トリスタンたちの子さ。アレクサンダーを置いて、この子を連れて来た」
 
我が子の死を受け入れないアナは、アレクサンダーへの拘りを隠せず、夫を厳しく追及する。
 
「もう、いないんだ」
「アレクサンダーに会いたい」
トイレに駆け込み、吐き出し、崩れ倒れてしまうアナ。
 
「僕らは息子を失い、奴らは息子を殺す。耐えられないだろ」とアンドレアス。
「私は耐えてるわ」とアナ。
我が子の死が、他人の子供の〈生〉に切り替えることなどできない、アナの精神的危機を救うために起こした犯罪に煩悶しつつも、極限状態に捕捉されたアンドレアスには、それ以外の手段が思いつかなかったのだろう。
 
一方、アレクサンダーの遺体と取り替えられたソーフスの死を目の当たりにし、動顛するトリスタンとサネ。
 
「ソーフスじゃない」
 
サネは、きっぱりとそう答える。
 
「いい加減にしろ。死んだら、顔は変わるもんだ。お前のせいで、ムショに戻されてたまるか!この計画はうまくいく。協力しろよ」
 
サネの首を絞めながら、恫喝するようにトリスタンは言い包めるが、サネは動顚するばかりだった。
 
言うまでもなく、トリスタンは乳児虐待の罪で仮釈が取り消され、逮捕されることを恐れているのだ。
 
そして、トリスタンの置かれた状況を察知し、彼が警察に届けることがないだろうと、アンドレアスは読んでいた。
 
「まず、僕たちは疑われない」とアンドレアス。

「完全犯罪?」とアナ。
「いや、犯罪じゃない。クズ野郎が子供を殺すこと、それが犯罪だよ。僕らは子供を救うんだ」

 
夫の言葉に納得する妻。
 
そこに、アンドレアスの様子の変調を感じ取り、相棒のシモンがやって来た。
 
「アナの体調がよくないんだ」
 
そう言って、シモンを帰らせた直後に、自分のせいにされたアナは狂ったように激怒する。
 
一方、トリスタンの言う「計画」とは、死んだ子供を隠すために誘拐事件をでっちあげる狂言誘拐だった。
 
その捜査を担当するアンドレアスに、サネは「誰かが連れ去った」と答えるのだ。
 
このサネの言葉に不安を抱いたアンドレアスは、トリスタンを追い詰め、赤ん坊の所在を問い詰めていく。
 
「バカげた作り話だ」とアンドレアス。
 
サネの尋問を求めるシモンに同意し、二人の刑事はサネを尋問するに至る。
 
ここでもサネは、「ソーフスは生きている」ことを強調し、きっぱりと言い切った。
 
「子育てする資格のない悪い母親に見えるけど、私は虐待なんかしない」
 
この間、少し落ち着きを取り戻したように見えたアナは、ソーフスを外に連れ出し、トラックを止めて、同乗を求める。
 
心配するトラックドライバーに、アナはソーフスを預かってもらうのだ。
 
そのアナが、橋から川に身を投げてしまったのは、その直後だった。
 
信じがたい事実を知り、驚愕するアンドレアス。
 
相棒の置かれた状況を案じて、シモンがアンドレアスを訪ねても、もう、会話が困難な状態になっていた。
 
この相棒のシモンが今、打って変わったように変身していく。
 
あれほど好きな酒を完全に絶ち、本来の職業としての警察官に立ち返り、アンドレアスと共に、事件の真相を追及していく。
 
かくて、トリスタンを自供に追い込み、ソーフスがトイレの床で死んでいたことを認めさせた。
 
同時に、サネの尋問を繋いでいく。
 
ソーフスの死を一貫して否定するサネの反応には、まさに、ソーフスの母親としての皮膚感覚的な記憶が復元しているのだ。
 
このサネの尋問におけるアンドレアスの消極的態度に、肝心の相棒・シモンが疑念を深めていく。
 
発狂するほど煩悶するサネの言動を目の当たりにし、自分が犯した行為に対する贖罪意識が垣間見えるアンドレアスもまた、誰にも話せない心的状況下で、人知れず、悩み苦しんでいる。
 
ソーフスの遺体を森に埋めたことを自白するトリスタン。
 
保釈中であるが故に、虐待の現実を含め、一切をサネの責任にするトリスタンの供述が真実でないことを知っているアンドレアスが、取調室でキレてしまい、トリスタンに暴行を振るうのだ。
 
この一件で、上司から休養を促され、カウンセリングを受けるように指示されるアンドレアス。
 
そして、森の捜索によって遺体が見つかるに至り、検視報告が明日になる事実をアンドレアスに連絡するシモン
 
遺体の死因がCTとX線写真によって、「硬膜下血腫」(こうまくかけっしゅ/頭の怪我によって、脳の表面に血液が溜まる病気)による出血と特定される。
 
更に、故意に揺すったときの肋骨骨折があり、「誰かが乳児を激しく揺さぶった」(「揺さぶり症候群」)という監察医の報告を、いの一番に聞いたアンドレアスは衝撃を隠せなかった。
 
ことの一切が、自殺したアナの犯行である現実を知り、ンドレアスは完全に常軌を逸し、自己を失ってしまう。
 
アナの狂気の振る舞いは、ネグレクトの事実を隠蔽するためのものだったのだ。
 


人生論的映画評論・続/真夜中のゆりかご(‘14) スサンネ・ビア <「理想自己」と「現実自己」、「現実自己」と「義務自己」の乖離が哀しみや不安・恐怖を生む危うさ> )より抜粋http://zilgz.blogspot.jp/2016/08/14_23.html