1 「誰の呪い?聖ヨブの腹の虫。雌鶏のフンでお薬作ろ。犬と猫のフンも入れ、朝には元気」
「私はこの結婚を心から祝福する。新婦は婚礼も待たずに身ごもった。戦争のさなかに。誰もが命懸けだ。アメリカ軍は間近に迫り、ドイツ軍は居座っている。一つ言っておきたい。神の審判の日、つまり、世界の終わりがそこまできているなら、私たちは力の限り、生き延びる義務がある。いいね?」
「私は6歳になったばかりだった。怖いような、楽しいような。あの数日を今でも覚えている」
成人となったチュチリアのモノローグである。
まもなく、村民の全てを聖堂に集合させるというドイツ軍からの指令があり、命令に背く者は容赦なく爆破することを、村の司教が伝えてきた。
しかし、村民の多くが大聖堂に向かうときに、ドイツ軍の罠を疑うガルバーノは強硬に反対する。
「村に留まるより、同じ考えのものは一緒に行こう」
かくて、夜道を歩くという理由で、黒い服を着たガルバーノの一行は、大聖堂に残る者と別れ、日没を待って出発する。
村人たちの運命が分れる瞬間だった。
連合軍に合流するためのガルバーノの一行の中に、「ワクワクする」と吐露するチェチリアと母・イヴァーナも加わっていた。
突然、大爆音が轟(とどろ)いた。
サン・マルティーノの小村が爆発された瞬間である。
この音を聞き、「村じゃない」と慨嘆する若者は、ガルバーノの一行の中に加わっていたことで、命を守ることができたのである。
「村が消えてしまった」
嗚咽しながら、深い喪失感を感じる、このガルバーノの一言が、状況の全てを説明していた。
しかし、決定的な悲劇が起こる。
聖餐ミサの儀式の最中に、大聖堂が爆破されたのである。
ドイツ軍の仕業である。
「私たちは、ひたすら歩き続けたが、アメリカ軍の砲撃は、もう聞こえなかった。一方、思わぬ幸運に、私の胸は弾んだ。コンチェッタさんは実家を焼かれ、もう帰れなくなった。それで、耳飾りを私に。子供に預ければ、安全らしい」(チュチリアのモノローグ)
陣痛が始まったことで、母親と村に戻って行ったベリンディアは、大聖堂の爆発に巻き込まれたのか、不運にも命を落としてまう。
身重のベリンディアと共に大聖堂に行き、妻の死に慨嘆した夫・コラードは、ガルバーノの一行に合流するが、妻の死の衝撃のため、この間の記憶を失ってしまっていた。
「8月10日の晩は、星が降ってたわ。願い事が叶う聖ロレンツォの夜よ。私の願いがわかる?でも皆、忙しすぎた。翌朝、皆が起きて歩き出す前に用足しに行ったの」(チュチリアのモノローグ)
二人の米軍兵士と出会ったチュチリアは、一人の兵士から、膨らませたコンドームを風船と勘違いし、嬉々として一行の元に戻り、かくて、皆で手分し、米軍兵士を探すが、その痕跡はなかった。
ブルーノを探していたニコラが、ファシスト党に殺されるに至る。
そのブルーノが、ファシスト党に入っていた親子を殺したことで、悲惨な光景は終焉する。
村人同士で殺し合うこの光景は、初めて見る信じがたい出来事に触れたチュチリアの心に、トラウマとして残っていくイメージを鮮烈に想起させる。
「誰の呪い?聖ヨブの腹の虫。雌鶏のフンでお薬作ろ。犬と猫のフンも入れ、朝には元気。しゃっくり、ばっさり、ブドウの木。おうちへお帰り」
幼いチュチリアには、このような呪文を唱えるしか、為す術がなかったのである。
「村へ帰ると、彼らは一夜の宿を提供してくれた。誰もが疲れ切って、恐怖を忘れていた」(チュチリアのモノローグ)
手首に怪我を負っているガルバーノは、実家を焼かれた中年女性・コンチェッタと同室になり、一個しかないベッドに横たわる。
「若い頃、君に熱を上げてた。知ってたの?恋と咳は隠せない」
ガルバーノの告白に、コンチェッタは「知ってたわ」と答える。
未だ内戦状態が沸騰している段階で、初老に差し掛かった二人は、何も思い残すことがないような空気の中で結ばれる。
翌朝になった。
待ちに待った米軍の第五師団が、ようやくやって来た。
彼らが束の間、宿をとった村は解放されたのである。
コンチェッタを含む、村から脱出した一行は、サン・マルティーノの故郷を目指して帰村するのだ。
そんな中で、ガルバーノは一泊の宿をとった村を気に入り、この村に残るという選択をした。
「彼は3時間ほど、そこに残り、物思いに耽った。私たちは村へ向かった。これで、この話はおしまい。記憶と違っているかも。でも、6歳の私が本当に体験したの。そして、最後はハッピーエンド。おやすみ、坊や。寝顔を見せて。何て、可愛い顔」
立派な主婦になったチュチリアが、愛児に語る物語のラスト・モノローグである。
人生論的映画評論・続/サン★ロレンツォの夜(’82) タヴィアーニ兄弟<耳を塞ぎ、呪文を唱える幼女の「再構成的想起」の痛ましさ> )より抜粋http://zilgz.blogspot.jp/2016/10/82.html