ディーパンの闘い(’15) ジャック・オーディアール <一筋縄でいかない世界の現実を凝縮し、リアルを仮構した映画の完璧な「描写のリアリズム」>

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1  アナーキー
「戦争」に巻き込まれた、「疑似家族」の憂愁の時間の果てに 
 
 
 
内戦下のスリランカで決定的に敗北した、反政府運動を展開する「タミル・イーラム解放の虎」(以下、LTTE。詳細は3で後述する)の戦士・ディーパンが、難民キャンプで、26歳の女性・ヤリニ、そして、内戦で母親を喪い、孤児となった9歳の少女・イラヤルと、海外渡航の斡旋業者の介在で「疑似家族」を結び、従兄弟(従姉妹?)がいる英国行きを望むヤリニの思いと裏腹に、フランスに渡航する。
 
その間、難民審査の場で、ディーパンの素性がLTTEの戦士であると知った通訳の指示に従い、政治難民として認知され、審査が通る。
 
三人は、パリ郊外にある団地に住むが、フランス語が話せないディーパンは、団地の管理人になる際に、フランス語が少しばかり理解できるイラヤルの助けもあり、清掃や郵便物の仕分け、出納長への経費の記載などの仕事を任される。
 
そのイラヤルは学校に入り、フランス語を学ぶために外国人用クラスに編入される。
 
しかし、クラスの仲間に溶け込めない少女は仲間外れにされ、相手の少女を突き飛ばしてしまうのだ。
 
この時点で、イラヤルだけが、新しい生活に馴染めないでいる。
 
一方、差別を恐れて外出するのを嫌がっているヤリニに対し、ディーパンは仕事をするように求めたが、同じ団地の住民・ユスフの仲介によって、ハビブという老人の家の家政婦として勤めることになる。
 
働くことで、周囲の環境に慣れていくディーパンとヤリニ。
 
少しずつ、空気が浄化されていく「疑似家族」。
 
「言葉は全部分るが、ちっとも笑えない」とディーパン。

「言葉の問題じゃないわ」とヤリニ。
「じゃ、何だ」
「ユーモアのセンスよ」
「フランスの?」
「国は関係ない。あなたは堅物だから。タミル語でも面白くない」

この会話の中で、ヤリニの笑みが弾けていた。
 
休日になって、この雰囲気の延長上に、民族衣装をまとった「疑似家族」の三人が、LTTEが依拠するヒンドゥー教寺院に赴き、そこで祈りを捧げ、同じ宗派の仲間たちとピクニックを楽しむのだ。
 
このピクニックを契機に、「疑似家族」の「疑似性」が大きく剝がれていく。
 
しかし厄介なことに、老朽化した団地の中では、ヤクの売買をしている連中が屯(たむろ)っている。
 
その拠点こそ、ヤリニが家政婦をしているハビブの家であり、そのリーダーが甥のブラヒムだった。
 
ここで、GPS(位置情報)を足に付けているブラヒムが、性犯罪者や、ドラッグなどの特定の前歴者の一人であり、「要注意人物」である事実が露わになる。
 
因みに、特定の犯罪者の監視目的のGPSを取り付ける制度がある国は米英・独・カナダ・スウェーデン・韓国などと共に、移民の国・フランスもまた、法制化され、今でも実施されている。
 
そんな厄介な連中との距離を置いていたディーパンが、LTTEのかつての上官である大佐の元に連れて行かれ、「解放戦争」を諦めない彼らから金銭の無心を求められる。
 
「すべて終わった。妻も子供たちも死んだ。戦いはもう…」
 
そう反駁(はんばく)した瞬間、ディーパンは暴力を振るわれるが、それでも、彼の決意は固かった。
 
「私の中では終わっています」
 
暴力の被弾の中でも屈しない男の心に張り付く「解放戦争」の悪夢 ―― それは、妻子を犠牲にした自分が戻ってはならない世界だった。
 
内戦の悪夢を見たのは、ディーパンだけではなかった。
 
ヤリニとイラヤルもまた、見てはならない暴力のリアリティを被弾する。
 
団地内での麻薬抗争事件の現場に巻き込まれ、人間同士が殺し合う銃撃戦を目の当たりにし、恐怖に怯(おび)えるイラヤルを部屋に閉じ込めるヤリニだが、彼女の自我に張り付く内戦のトラウマが侵入的想起していく。
 
従兄弟のいるイギリスに逃げようとするヤリニを止め、彼女が持っている偽造パスポートを奪い取り、ヤリニの脱出の僅かな機会は決定的に頓挫する。
 
この偽造パスポートこそ、三人のアカの他人によって仮構された「疑似家族」が、言語も理解できない異国の地で、なお、異国で定着していくための唯一の生命線なのである。
 
置き去りにされたヤリニは、ディーパンを責める以外になかった。
 
ディーパンが団地内の抗争を止めるために、「発砲禁止区域」の白線を引いたことで、麻薬ギャング団に目を付けられたのは、「疑似家族」が最大のピンチを迎えた時だった。
 
それでも、健気にフランス語を勉強するイラヤルだけは、未来に架橋していく時間を持ち得ていた。
 
しかし、事態はいよいよ悪化していく。
 
管理人でしかないディーパンが、「発砲禁止区域」の白線を引く行為に振れたことで、完全に麻薬ギャング団の敵と看做(みな)され、彼らの仲間であるユスフを介在し、ヤリニを呼び出し、ブラヒムは警告する。
 
恐怖に怯(おび)えているヤリニを、宥(なだ)めるディーパン。
 
それを拒絶するヤリニ。
 
今、この「夫婦」は、自分たちと全く関与しない「悪の巣窟」にインボルブされ、今や、脱出口が見出せなくなったとき、ディーパンは覚悟を括った。
 
ヤリニにパスポートを用意し、家を出ていくのだ。
 
その際に、ヤリニと携帯電話で話すシーンが挿入される。
 
「休暇後に、イラヤルとイギリスへ。学校にもそう伝えるわ。帰って来て…」
 
嗚咽の中のヤリニの思いが伝わってきて、ディーパンの情動が激しく揺さぶられる。
 
翌朝、そのヤリニは、ブラヒムに自分の思いを勇気を持って伝える。
 
「夫は悪い人じゃない。いい人よ。夫は戦争のせいで、頭が変になったの。夫を傷つけないで」
 
ディーパンの危機を感じ取ったヤリニの吐露が伝わったのか、ブラヒムから帰宅を促される。
 
ブラヒムと抗争している敵対組織からの銃弾が乱射され、ブラヒム自身と叔父のハビブが銃撃を受けたのは、この直後だった。
 
恐怖がピークに達しているヤリニが、まだ息のあるブラヒムに拳銃で脅され、ディーパンに連絡することを強制される。
 
連絡を受けたディーパンは、ブラヒムに人質として取られたヤリニを救うために、ブラヒムの敵対組織が占有している団地の中枢に入っていく。 
 
相手の制止を振り切って、敵対組織との「戦争」が開かれていくのだ。
 
生存の可能性が少ない「戦争」の渦中で、ブラヒムの部屋に入ったディーパンは、そこにいたヤリニに銃口を向けてしまう。
 
ディーパンの内側に張り付いていた本物の「戦争」の記憶が、彼の頑丈な身体の中に蘇ってきて、理性を完全に失ってしまってい
 


人生論的映画評論・続/ ディーパンの闘い(’15) ジャック・オーディアール <一筋縄でいかない世界の現実を凝縮し、リアルを仮構した映画の完璧な「描写のリアリズム」>より抜粋http://zilgz.blogspot.jp/2017/02/15.html