全人類を餌にする破壊力が爆裂する ―― 人類史は感染症との壮絶な闘いの歴史である

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1  細菌と人類の終わりなき苛烈な攻防の歴史


打製石器と骨角器を武器に狩猟採集生活を送っていた「獲得経済」の時代から離れ、磨製石器と土器の出現(「新石器革命」)を可能にした私たち人類が、およそ12000年前頃に、家畜を飼育し、食糧を生産する農耕・牧畜を始めた「生産経済」の時代への遷移は、人類史上、最大の変革だった。

人類は慢性的な飢餓状態から脱したのである。

この「食料生産革命」=「農業革命」=「定住革命」によって、食糧の安定的供給が可能になり、当然ながら、人口を劇的に増加させ、文明の誕生を具現した。

定住農耕社会への遷移は、分業を促進させることで階級を生み、社会構造を複雑化させ、国家を誕生させるに至る。

「新石器革命」は、人間の行動変容を根柢から惹起させる大変革だった。

同時に人類史は、生物の発生・進化の歴史と共に発現する感染症の歴史でもあった。

細菌とウイルスのような微生物に代表される病原体が、生物の体内に侵入し、増殖して、組織を破壊する疾病。

これが感染症である。

有史以前、人類の疾病を占有し続けてきた感染症は、1928年、アレクサンダー・フレミング(英国)によって、「20世紀史上、最も偉大な発見」と言われる世界初の抗生物質ペニシリンが発見されたことで、一時的に衰退する。

ペニシリンは、細菌の細胞壁の崩壊を伴って破壊することで死滅させる「溶菌」(ようきん)によって、対象物を使用しても害のない程度まで減らす、微生物を死滅させる操作としての「殺菌(滅菌)作用」を発現させる最強の武器になった。

しかし、ペニシリンに対する薬剤耐性を獲得した「ペニシリン耐性菌」が出現する。

ペニシリンの過剰濫用の中で淘汰に生き残り、それが「ペニシリン耐性菌」出現の引き金となったのである。

人間も黙っていない。

体内に入り込んだペニシリンを分解し、耐性を得て活性化する耐性菌に対して、それを破壊し、細菌を死滅させていくペニシリン抗生物質を開発していく。

まさに、ペニシリン抗生物質開発の歴史は、弱作用菌や耐性菌との戦いの歴史でもある。

そして今、免疫力が低下したときに引き起こされる「日和見感染症」の代表的な感染症緑膿菌」(腸内細菌の一種)や、肺炎から敗血症まで様々な疾患の原因となり、1990年代に米国で猛威を振るった、自然環境中に生息する「アシネトバクター」、「黄色ブドウ球菌」(食中毒)などに代表される、抗生物質に耐性を獲得した「多剤耐性菌」(治療無効な「スーパー耐性菌」)という、厄介な細菌が問題になっている。

現時点で、「多剤耐性菌」は頻度が少なく、体の抵抗力が低下している人が感染しているので、今回の「新型コロナウイルス感染症」(COVID-19=コーヴィッド19)と異なり、重大な社会的問題にまで発展していないが、今後、健康な人でも感染のリスクが高くなる危うさがあると、複数の専門家は指摘する。

ただ、「多剤耐性菌」が、インフルエンザウイルスのように飛沫感染(4m飛んで、45分間滞留)ではなく、接触感染によって広がると想定されているので、菌の広がりを危惧する必要がないのは救いである。

然るに、既に明らかになっている現実。

それは、抗生物質の使用から1年以内に耐性菌が検出されることが多く、その薬剤耐性の獲得の手法が、薬剤効果を無化する酵素を作り出すや否や、あっという間に薬剤を分解してしまうという由々しき現象。

そして、細菌自身が分子構造を変異して、それまで有効であった薬剤の作用点を無化する。

更に、細菌が内包するエネルギーを用いて、薬剤を細胞外に排出することで、細胞内の薬物濃度を下げ、効果を無化するのである。

Wikipediaの「薬剤耐性」を援用すれば、薬剤耐性によって獲得された耐性は、遺伝によってその子孫にも伝えられる遺伝的形質を有し、「薬剤耐性遺伝子」によって担われていて、この「薬剤耐性遺伝子」が、その薬剤による作用から逃れるための機能を備えたタンパク質の情報をコード(符号化)し、感受性の病原体がこの遺伝子を何らかの方法で獲得することで、薬剤耐性は獲得されるということ。

この「薬剤耐性」のメカニズムを認知する限り、抗生物質への依存度が極端に高い現代社会にあって、この依存度が高まれば高まるほど、先進国に呼吸を繋ぐ私たち現代人は、厄介な耐性菌を選択・増殖させるという自家撞着(じかどうちゃく)の罠に陥るのではないか。

「細菌と人類―終わりなき攻防の歴史」(中央公論新社)で明らかにされたのは、私たち人類に間断なく襲来し、多くの命を奪ってきたペスト、コレラ赤痢チフスジフテリア結核、梅毒、破傷風炭疽菌、等々、細菌の連射の圧倒的な破壊力の地獄絵図の風景。

細菌と人類の終わりなき苛烈な攻防の歴史は、いつしか、強力に変異した「多剤耐性菌」の大発生によって、全人類が餌にされるという脅威を目の当たりにする時代の到来によって終焉するのだろうか。

以下、「時代の風景: 全人類を餌にする破壊力が爆裂する ―― 人類史は感染症との壮絶な闘いの歴史である」より