<落としどころがなく、溶融しにくい会話を交わしながら、不器用な二人の男女が心理的距離を縮めていく>
1 「まあ、俺は変だから」「へえ、じゃ、あたしと一緒だ」
渋谷の夜の街の片隅。
「でもさ、なんでこんなに、何回も会うんだろうね。東京には1000万人も人がいるのに。どうでもいい奇跡だね」と美香。
「それは分かんないけど、人身事故で電車が止まっちゃって、それで仕方なく歩いて帰ってたんだけど」と慎二。
「また死んだんだ、誰か…で、その眼は、何?」
「あいつ、智之、いい奴だから、なんか、君、電話番号渡してたけど、電話番号って、何ていうの、ほんと、何ていうの、あれ。電話の会社って、金持ちからも、貧乏人からも、月に1万円ぐらいずつ取るでしょ?昔はそんなことなかったわけだし、それはつまり要するに、何ていうの…」
身体を動かし、大げさなジェスチャーを交えて、取り留めもなく話し続ける慎二。
「話が大好きなの?」
「ああ、いや、嫌い。嫌いっているか、何ていうの?」
「何かこう、喋ってないと不安なんだろうね」
その言葉に、落ち着きを取り戻した慎二は、階段に腰を下ろし、静かに話す。
「まあ、俺は変だから」
「へえ、じゃ、あたしと一緒だ」
美香は自転車を転がし、慎二と二人で道を歩く。
「あ!」
「何?」
「月って、あんなに青かったっけ?東京だけか…それより何より、誰も気にしてないみたいだ。嫌な予感がするよ」
「分かる…じゃ、さよなら」
そう言って、美香は自転車に乗り帰っていく。
「でも、綺麗だ…」
喋り過ぎる慎二 ―― 建設現場で日雇い労働者として働く若者である。
「どうでもいい奇跡だね」と言い放つ美香 ―― 昼間は看護師、夜はガールズバーでアルバイトをして、身過ぎ世過ぎ(みすぎよすぎ)を繋いでいる。
建設現場での休憩中に、あってはならない事故が発生した。
慎二の仕事仲間の先輩の、智之の脳梗塞による死。
智之の死は、オリンピックの需要による、建設現場での労働の苛酷さと無縁ではなかった。
スマホで、美香とデートの約束のやり取りをした直後の死だった。
「仕事中に死ぬなって、皆に伝えておけ」
葬儀の場での、社長の冷徹な言葉である。
早々と葬儀の場から離れていく社長と入れ替わるように、智之と付き合い始めた美香も、葬儀に出席した。
「笑っちゃうね。お通夜はあんたが仕切るしかないんだ。そっか、あんたも死んだら、こんな感じでしょ?家族誰も来ない系…今日は喋らないんだ」
沈黙を保って、渋谷の街を歩く二人。
笑顔を作り、慎二が口を開く。
「俺ができることがあれば、何でも言ってくれ」
「死ねばいいのに」
『死ね、と言えば、簡単に孤独を手に入れられていた』(美香のモノローグ)
会話が成立しないのだ。
そんな二人が、又候(またぞろ)、出会う。
建設現場で怪我をした慎二が、訪れた病院でのこと。
美香が看護師であることを知る慎二。
病院の建物の裏で、煙草を吸う二人。
美香の左側に移動する慎二。
「左目が殆ど見えない。だから、こっちの向きじゃないとダメなんだ」
慎二が自らのプライバシーを告白するが、美香の反応は呆気ない。
「へえ、そういうことなんだ。じゃ」
「また、会えないか?」
「何で?俺にできる事は何でも言ってくれって、それが、それなわけ?ま、メールアドレスだけなら教えるけど」
それだけだったが、慎二は満足そうだった。