<普く叡智を結集せよ ―― 人類共通の「敵」と如何に戦い、共存していくか>
1 「スクラップ&ビルドで、この国はのし上がって来た。今度も立ち直れる」
羽田沖での大量の水蒸気の噴出と、東京湾アクアラインでのトンネル崩落事故の発生によって、時の政府は緊急会議を開くに至る。
以下、その会議での会話。
「総理、何ものかが海底にいる可能性があります」と矢口官房副長官。
「何ものって、何だ?」と大河内総理。
「巨大な生物と推測されます。ネットにはそれを裏付ける動画も存在します」
「バカバカしい」
度肝を抜く矢口の言明は、一笑に付される。
「やはり、新たな海底火山か、大規模熱水噴出口でしょう。他に考えられません」と柳原国交大臣。
「では、基本的対処方針をまとめて、直ちに官邸閣僚会議を開きます」
東(あずま)官房長官が緊急会議を括った。
「やんちゃもいいが、お前を推した長官の立場も考えろ」
旧知の仲の矢口に対する赤坂補佐官の忠告である。
しかし、あらゆる可能性を具申すべきと考える矢口は、閣僚会議の場で、再び「巨大生物」の可能性について言及する。
「総理、あらためて提言いたします。やはり原因は、巨大不明生物である可能性があります。各省庁の検討を願いします」
「矢口!閣僚会議の席だ。冗談はよせ」と官房長官。
「議事録が残るんだ。政府に恥をかかせる気か。そんなもの、いるはずがないだろ!」と総理。
矢口の執拗な「巨大生物」発言は、議事録が残る閣議において「ブラック・スワン理論」(起こり得ない事象)の範疇なのである。
ところが、滅多に起こらない「ブラック・スワン理論」であっても、決して全否定されることがない。
そこに極論が生まれる。
だから、その極論がリアリティを持ってしまえば、一気に空気が変容する。
そんな渦中だった。
一報が官房長官に耳打ちされ、会議を中断し、テレビを点ける。
そこに映し出されたのは、波打つ巨大生物の尻尾だった。
驚愕する政府の面々。
各省庁の捕獲か、駆除かの主張が錯綜する中、矢口が明言した。
「ここは、速やかに、不明生物の情報を収集し、駆除、捕獲、排除と、各ケース別の対処方法についての検討を開始してください」
顔を見合わせる政府の役人たち。
何をすべきか分からないのだ。
御用学者の生物学の権威の会議を開いても、何も生まれない。
その間、巨大生物は移動し、大田区の呑川(のみかわ)に侵入し、次々に橋や船、周辺地域を破壊し続ける。
初めての首相緊急会見が開かれる。
確かな情報のみを発表し、国民の安心を促そうとする。
「巨大不明生物の上陸はありません」
そう言い放つや、蒲田に上陸する巨大生物。
言葉を失う総理。
大田区から品川区に移動する巨大生物。
時速13メートルの速度でも、「3時間あれば首都圏を縦断できます」と危機感を喚起する矢口。
被害は住宅街を襲い、建物の破壊が広がり、逃げまとう住民たち。
「このままでは、被害が拡大するばかりだ。公安委員会に連絡をとってくれ。政府が動かないなら、都から有害鳥獣駆除として、自衛隊の治安出動要請を出すしかない」
これは東京都知事。
首都東京が蒙るダメージを抑える手立ては、自衛隊の治安出動以外にないという正論である。
極限状態下でも、憲法上、それはできないと渋るのは総理大臣。
蒙るダメージより、「護憲」に拘泥するのだ。
既に我が国には、有事法制立法の一環として、2004年に成立した「国民保護法」がある。
簡単に言えば、緊急対処事態に直面した場合には、国を挙げて国民を保護する措置を取り、そのためには、国民の自由が大幅に制限されるという法規である。
「国民保護法」があっても、「護憲」に拘泥する時の総理の不決断は、政府高官らから強く迫られるに至る。
「ですから、総理、自衛隊の運用や国民の避難など、政府による事案対象のあらゆる統合が必要です。直ちに、災害緊急事態の布告の宣言をお願いします」
「超法規的な処置として、防衛出動を下すしか対応がありません。この国で、それが決められるのは総理だけです」
なお、決断できない総理大臣。
「しかしなぁ、今まで出たことがない、大変な布告だぞ。その上、初の防衛出動の命令とは」
それでも、日本国民が蒙るダメージの広がりを視認し、総理大臣は戦後初の防衛出動が布告した。
まさに、ウィーン会議で「会議は踊る、されど進まず」と言ったという、リーニュ将軍(オーストリア)のアイロニーがトレースされる。
かくて発令した、防衛出動の目的は害獣駆除。
しかし、「害獣駆除」による防衛出動が発令されても、何も成し得なかったである。
自衛隊機が発射寸前で、逃げ遅れた数人の住民を発見したからだ。
攻撃中止を命令する総理大臣。
安堵感さえ漂っているようだった。
一方、最も危機意識の強い矢口は、「巨大不明生物特設災害対策本部」(巨災対)事務局長に兼務し、直接、事態の対応を指示するポジションに就く。
矢口の初発の行動は、保守第一党政調副会長の泉に人選の協力を求めたこと。
早速、始動した対策本部に集う尖鋭たち。
巨災対の主要メンバーには、矢口の秘書官・志村、厚労省医系技官・森(仕切り役)、大学院准教授で生物科学の専門家・間(はざま)、ゴジラの生態解析に精通する文科省の役人・安田などが募る。
中でも、野生生物に詳しい環境省の役人・尾頭(おがしら)の存在が大きかった。
ゴジラの生態解析を緻密に遂行した彼女によって、巨大生物の活動のエネルギー源が核分裂反応であることが発見される。
時を同じくして、アメリカ合衆国大統領特使として、被爆三世の日系女性のカヨコ・パタースンが来日し、日本の学会から追放された後、渡米し、消息不明となっている分子細胞生物学者・牧悟郎の捜索を依頼する。
このカヨコが矢口の対策本部で、自身が持っている重要な情報を呈出する。
そこで判然としたのは、海洋投棄された放射性廃棄物を摂取する海洋生物の存在を調査していた牧教授が消去したデータのプリント、即ち、解析不能な暗号化資料の提示であった。
この牧悟郎こそ、ゴジラ誕生のカギを握っていたのである。
この間、ゴジラが放つ火炎放射によって、総理を含めた複数の閣僚が死亡するに至り、農水相の里見が総理大臣臨時代理となり、政府機能は顕著に劣化する。
スライド人事の及び腰と揶揄される始末。
遂に巨災対は、牧の暗号化資料の解読に成就。
その結果、ゴジラ退治には、活動抑制剤と血液凝固剤の併合投与が必須であると結論づけられた。
ゴジラの口内に活動抑制剤と血液凝固剤を流し込み、凍結してしまうのだ。
この矢口プランは「ヤシオリ作戦」とネーミングされる。
今や、身長が2倍になり、更に進化した第4形態のゴジラが、鎌倉稲村ケ崎に再上陸した。
2度目の自衛隊出動命令が下される。
ここから、巨災対を率いる矢口が動いていく。
以下、人生論的映画評論・続: シン・ゴジラ('16) 庵野秀明 より