香港死す ―― 習近平政権の人権抑圧の悍ましさ

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1  「消息不明」という薄気味悪さが浸潤している

 

 

「闘い続ける必要がある。一番恐ろしいのは中国政府だ。我々にとっては、生きるか死ぬかの状況だ」

 

匿名を条件に訴えた某教師の言葉である。

 

然るに、これは、実弾まで使用するに至った、香港警察の圧力による抗議活動が、史上最大200万人デモ(2019年6月17日)において最高潮に達した、2019年6月から開かれた「2019雨傘運動」の話である。

 

催涙弾のみならず、実弾が登場する香港警察を総動員しての、「今、あるもの」さえ奪われる香港市民の怒りが、この200万デモ、170万デモという、想像の域を遥かに超えた参加者たちのうちに爆轟(ばくごう)した話題が、まだ1年前であった事実が、今や遠い昔のようである。

 

言うまでもなく、「今、あるもの」とは、「香港基本法」(1990年に採択された香港の憲法)の生命線である、「港人治港」(こうじんちこう/香港人による香港の統治)という、香港市民に与えられた絶対的特権である。(因みに、反意語は「京人治港」(「北京の人間が香港を統治する」)

 

これが壊される恐怖。

 

この恐怖感が、「港人治港」・「一国二制度」を守らねばならないという正義を立ち上げ、行動に具現化されていった。

 

この心理的文脈の発火点 ―― それは、2015年10月に起こった「書店員失踪事件」(「銅鑼湾書店事件」)だった。

 

銅鑼湾(どらわん)書店」の店長など、関係者5人が相次ぎ失踪し、中国当局によって拘束された「書店員失踪事件」(「銅鑼湾書店事件」)の衝撃が、香港人の感情を凍てつかせ、「逃亡犯条例」に対する大規模な反対運動の徒(ただ)ならないサジェスチョンになっていったのである。

 

事件の真実が表沙汰になって、生還した後の林栄基(りんえいき)店長の会見によると、「自殺しないように、歯ブラシも自由に使えなかった」など、24時間の監視下にあったと言うのだ。

 

「渡された歯ブラシは、とても小さかった。ナイロンの紐(ひも)がついていた。歯を磨く時は看守が紐の反対側を持っていたし、終わったら返さなくてはならなかった。歯ブラシを飲み込んで自殺を図るんじゃないかと、思われていたのだろう。前に誰かがやったに違いない」

 

林栄基店長の、生々しい体験の一端(いったん)である。

 

深圳市(しんせんし/広東省)で拘束され、手錠と目隠しをされた状態で、電車で東部の寧波市(ねいはし/浙江省=せっこうしょう)に連行され、厳しい尋問を受け、3月まで狭い独居房に監禁されていた拘束状況を、赤裸々に語る林栄基店長の表情には、恐怖感が滲(にじ)み出ていた。

 

決して身体暴力を加えることなく、ただ単に、拘束状況の怖さを相手の自我に浸潤(しんじゅん)させるためにのみ、独居房に監禁するという中国共産党の手慣れた手法が、ここに垣間見(かいまみ)える。

 

ここでは、共産党批判者の「無力化」が目的だったのだ。

 

これは、「影響力の武器」(ロバート・チャルディーニ 誠信書房)で言及されていたように、米軍人捕虜に対する中国共産党の洗脳手法の本質が、「心理戦」=「脳の戦争」であった事実を踏襲するものである。(参考記事・「BBCニュース」2016年6月17日)

 

そして私たちは、「銅鑼湾書店事件」の直前に起こった「7・9事件」(「暗黒の金曜日事件」)を忘れてはならないだろう。

 

「中国の人権派弁護士らが相次ぎ拘束された問題で、13日までに連行された人が一時的な拘束を含め120人に達したことが香港の支援団体などの調べで分かった。摘発は、北京の弁護士事務所を主な標的に、中国公安省が指揮していたことも判明。弁護士がブロガーらとつながり、反政府的な世論をつくり出しているとして弾圧に踏み切った」(朝日新聞デジタル2015年7月14日)

 

人権派弁護士を狙い撃ちにした「暗黒の金曜日事件」の薄気味悪さは、常に「大事」が出来すると、「消息不明」という言辞が惹起する現象に尽きる。

 

先の「銅鑼湾書店事件」然り、そして、国家政権転覆罪などで起訴された15人のうち、江沢民政権下で「邪教」認定され、集団気功(気功は心身のバランスを整える運動)が禁止され、4000人もの実践者が収容死した、「法輪功」の信者の弁護で知られる王全璋(おうぜんしょう)だけが「消息不明」になっているという報道(「ある日、夫が“消えた”~中国が恐れるのは民主化?弁護士が拘束される中国のひどい真相」)ばかりか、パンチェン・ラマ10世の急死(「消息不明」という名の暗殺説が有力)後、ダライ・ラマ14世が自らが見つけて来た6歳の男児パンチェン・ラマ11世もまた、現在でも「消息不明」になっていて、この類の薄気味悪さが「中国の大事」に浸潤しているのだ。

 

幸いにして、今年、王全璋弁護士は刑期を終えて山東省の刑務所を出所したという報道(朝日新聞デジタル2020年4月5日)があったが、しかし、これには厄介な状相が張り付いていた。

 

新型コロナウイルス対策を理由に、家族の待つ北京に戻ることは許されず、独裁国家でお馴染みの「隔離生活」が強いられたと言われている。

 

「2019雨傘運動」で世界に知らしめた「香港の憲法」=「香港基本法」の「23条」こそ、香港での条例制定を可能にする、「基本法」に埋め込まれた「時限爆弾」(産経ニュース)だったのだ。

 

「(中国は)新たな出発点から軍の総合的な闘いに備えなければならない…非常時における効果的な対応を確実にするため、戦争と戦闘への備えを深めなければならない」

 

2019段階での習近平の言辞である。

 

現に、習近平政権は、「台湾を支配下に置くための武力行使の権利があるとの立場を改めて示した」のだ。

 

「国際社会はこれを深刻に受け止めるとともに、台湾への支持の声を上げて力を貸してもらいたい」

 

これは、危機感を強める蔡英文の、国際社会への呼びかけであるが、果たして、国際社会が「正義」の行使を貫徹できるか。(参考記事・「ニューズウィーク日本版」2019年1月7日/「中国による台湾の武力統一、『あと5年は無理」』))。

 

チベットウイグル(拙稿「ウイグル絶望収容所」 ── 中国共産党・その罪の重さ」を参考されたし)に止めを刺す、他民族の文化破壊を平気で行う習近平政権の人権抑圧が、現代史において如何に危険に満ち、悍ましいかという言語を絶するアクチュアリティ。

 

いつしか、世界の人権の歴史に、その負の記号が鏤刻(るこく)されるに至るだろう。

 

以下、時代の風景: 「香港死す ―― 習近平政権の人権抑圧の悍ましさ」より