ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書('17)   スティーヴン・スピルバーグ

f:id:zilx2g:20200807200411j:plain

<「古い時代は終わるべきだ。権力を見張らなくてはならない。我々がその任を負わなければ、誰がやる?」>

 

 

1  「これが本物なら、我々も“試合復帰”だ」

 

 

1966年、ベトナム戦争の真只中で、「大使館の関係者で、戦況を調べている」(米軍兵士の言葉)ダニエル・エルズバーは悲惨な戦場をレポートし、飛行機での帰国の途上、時の国防長官マクナマラに呼ばれた。

 

「エルズバーグの報告を読むと、事実とは思えん。コウマー(注1)はジョンソン大統領に“戦況は改善”と報告した。私には悪化したとしか思えない。前線へ行った君の意見を聞きたい。改善か、悪化か?」

マクナマラ長官、泥沼のままかと思われます」

「私が言った通りだ。10万の兵力を追加して改善せず。それは悪化と同じだ」

 

コウマーは、そう捲し立てられ、沈黙するしかなかった。

 

マクナマラがタラップから降りると、多くのメディアが待ち構えていた。

 

戦況について楽観的か、悲観的か問われたマクナマラは、それに答えた。

 

「この一年の軍事的成果は、我々の期待を上回り、勇気づけられる。飛躍的な進展だ」

 

ベトナム戦争の事実と裏腹な発言を耳にしながら、エルズバーグは早速、勤務先のランド研究所に保管されているベトナム戦争の最高機密文書を持ち出し、全ページをコピーした。

 

かくて、ニクソン政権下の1971年、ニューヨーク・タイムズ(以下、タイムズ紙)の記者ニール・シーハンの署名入りで、「マクナマラ長官への調査報告=ペンタゴンペーパーズ」を大スクープする。

 

「それは、許しがたい機密保護法違反であり、まさしく激震です」とキッシンジャー長官。

「漏洩した者による反逆的行為だ。厳罰に処さねばならん」とニクソン大統領。

 

ペンタゴンペーパーズを漏洩したのは、言うまでもなくダニエル・エルズバーグ。

 

後に、「言論の金字塔」と評価される大スクープだった。

 

その頃、ワシントンにある、小さな地方紙ワシントン・ポスト(以下、ポスト紙)は、この大スクープに驚愕し、編集主幹のベン・ブラットリー(以下、ベン)は地団駄を踏む。

 

ニール・シーハンの行動を、ベンが部下に調べさせていた結果がこれだった。

 

既に、ポスト紙のオーナーのキャサリン・グラハム(以下、キャサリン)は、友人のマクナマラから、このスクープの情報を聞かされていたが、何も成し得ないのだ。

 

彼女もまた、自死した夫から社主を引き継ぐが、日々、経営悪化の立て直しに腐心していて、役員らから無能扱いされる始末だった。

 

それを打開する契機を作り出したのが、取材コストの高さから「海賊」呼ばわりされ、経営陣から疎(うと)まれているベンだった。

 

以下、苛立つベンが、キャサリンに対し、マクナマラから機密文書を手に入れるよう強く求めた際の会話。

 

マクナマラは古い友人よ。今、彼は苦境に立ってる」

「彼があなたに話したのは、ワシントン・ポストの社主だからだ。味方として守ってもらうためだ」

「違うわ。それは私の役目じゃない。彼をどう書こうと構わない。でも、私から彼に言う気はないわ。最高機密文書をあなたに渡せなどと。それは犯罪行為だし、あなたの情報源になることよ」

「我々の情報源だ」

 

やがて、この「我々の情報源」というベンの言辞が、スクープと無縁な記事を書き繋いできたポスト紙を根柢的に変えていく。

 

折も折、タイムズ紙の大スクープで、ベトナム反戦運動アメリカ国内で激しさを増していく。

 

ポスト社に、見知らぬヒッピー風の若い女性によって機密文書が届けられたのは、そんな渦中だった。

 

「これが本物なら、我々も“試合復帰”だ」

 

見る見るうちに、ベンの表情が戦闘モードに変わっていく。

 

その頃、ポスト紙の編集局次長バグディキアンは、外部から受けた電話を、社外に出てかけ直していた。

 

電話の相手は、米国のシンクタンクとして知られるランド研究所の所長だった。

 

「この手の文書を持ち出す度胸があるのは、道義心と信念を持つ人物だ。そして、自尊心が強い。一人、思い当たるだろ?私と同じくランドにいて、辞めた。誰だか、分かるだろ?タイムズを見て、彼だと思ったはずだ」

 

これが、ランド研究所の所長の反応の全てだが、明らかに機密文書をリークしたのが、かつて、ランド研究所に勤務し、バグディキアンの同僚だったエルズバーグであると特定し、二人の認識は共有されるに至った。

 

一方、キャサリンは、タイムズ紙の編集局長ローゼンタール夫妻と会食していた。

 

同時に、ポスト紙では、先に入手した機密文書が、既にタイムズ紙に掲載されている事実を知り、落胆の色を隠し切れなかった。

 

こうしたリークに業を煮やしたホワイトハウスでは、秘密漏洩の罪でタイムズ紙を訴える準備を始める。

 

その一報が、キャサリンと会食中のローゼンタールにもたらされると、彼は慌ててその場を後にした。

 

キャサリンは早速、ベンに電話し、大統領がタイムズ紙に差止め命令を求めることになったと伝える。

 

「そうなったら、試合はすべて終わりよ」

「チャンスをつかむためなら、何だってやる」

「どうぞ、法に触れない限りはね。連邦判事がタイムズに差し止め命令を出せば、うちも掲載できない。文書を入手してもね」

 

それでもベンは、文書の出所がエルズバーグだという事実をバグディキアンから報告を受けたことで、直ちに彼を探し出し、本人と接触することを促す。

 

以下、エルズバーグとの接触に成功したバグディキアンと、エルズバーグとの会話。

 

「文書は47巻ある。数巻ずつ持ち出し、数か月かけてコピー。当時の政府職員たちがまとめた。最高機密だ」

「勇敢だな」

「勇気よりも、罪の意識だ。マクナマラは嘘をつけなかった」

「だが、この内容は予想外だった」

「皆、思った。これが暴露されれば、国民は一転して、ベトナム戦争に反対に。秘密工作、債務保証、不正選挙、すべてある。アイゼンハワーケネディ、ジョンソン。ジュネーブ協定違反、議会や国民への嘘。勝てないと知りながら、若者を戦場へ」

ニクソンは?」

「路線を継承してる。“戦争に負けた大統領”になるのを恐れて。ある時、ある人が言った。負けると知りながら、なぜ続けるか。10%南ベトナム支援。20%共産主義の抑止、70%アメリカ敗北という不名誉を避けるため。戦場へ送った若者の70%は…不名誉を避けるためだけ?衝撃だった」

 

テーブルに広げられた文書に目を通しながら、エルズバーグの話に衝撃を受けたバグディキアンは反応した。

 

「連中に追われるぞ、はっきり言って、君を特定するのは簡単だ」

「分かってる」

「刑務所行きだ」

「戦争を止めるためなら、君は?」

「理論的には賛成だ」

「文書を掲載してくれるな?」

「ああ」

「差し止め命令が出ても?」

「掲載する」

 

エルズバーグの行動のモチーフが理解できる、極めて重要なシーンである。

 

ここから、何もかも変わっていくからだ。

 

以下、「人生論的映画評論・続: ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書('17)   スティーヴン・スピルバーグ」より