<特殊な状況が特殊な関係を生み、特殊な事件を作り出した>
1 「女の園」で起こった事態の陰惨なる顚末
鼻歌を歌いながら、森の中でキノコ狩りをする少女が、大木の根元に横たわる北軍兵士に遭遇する。
少女の名は、マーサ・ファンズワース女子学園に寄宿するエイミー。
兵士は、「男性はいるか」とエイミーに尋ねた。
「今は、生徒が5人、先生一人と、園長のマーサ先生だけ。あなたは敵の北軍だけど、ケガ人だから」
兵士の名はマクバニー。
マクバニーはエイミーの力を借りて、何とか学園に辿り着いたが、玄関前で倒れ込んでしまう。
「少し回復するまで、面倒を見ましょう」
園長のマーサの言葉である。
背景にキリスト教精神の教えがある。
かくて、男子禁制の学園の音楽室にマクバニー伍長が運ばれ、マーサと教師のエドウィナによって手厚い手当てを受けることになる。
生徒たちは部屋の様子を伺っているが、マーサに入室を禁止される。
戦争の真っ只中で、男たちが出征したことで食料は不足し、生徒たちには帰る場所もなく、学園に寄宿しているのだ。
そこに、南軍の警備隊が学園に立ち寄り、敵軍兵士が彷徨(さまよ)っていると忠告するが、マーサはマクバニーを通報することはなかった。
以下、覚醒したマクバニーとマーサの会話。
「良くして頂き、感謝してます」
「私が(南軍の)警備隊に通報したら?」
「それは怖くない。通報されるより、悪いことがありますから。軍刑務所で死ぬよりマシです。あなたのお陰で命がある」
「それは、どうだか。脚は痛む?」
「少し」
「無感覚の方が怖いのよ」
「確かに」
「ブランデーを?」
「うれしいな」
「喜ばせるためでは…あなたは、お客じゃない。迷惑な闖入者のご機嫌はとらないわ」
「よく分かってますが、楽しむのは好きでしてね」
以上の会話で、マクバニーが脱走兵である事実が判然とする。
そこへ、手伝いを求めてアリシアがやって来たが、マーサは部屋に追い返す。
次に部屋にやって来たのは、年少のマリー。
マクバニーに聖書を勧めに来たのである。
そのマリーが、教師エドウィナの真珠のイヤリングを付けて部屋から出て来たところを、エドウィナに注意される。
「エドウィナ先生、今日は皆がおしゃれをしてるの…先生だって、おしゃれしてるわ」
「してないわ…仕事に戻って」
そう言うや、間を置かずに、エドウィナはマクバニーの傷の手当てを始める。
そこで、マクバニーは言葉巧みにエドウィナに語りかけ、彼女の心を掴み、弄(もてあそ)ぶ。
「あなたは独りで生きられる。そこが他の連中と違う。それに容姿も違う。今まで見た誰よりも美しい」
そして、エドウィナの手を掴み、彼女の希望を引き出すのだ。
「ここを出ていくこと」
エドウィナは、思わず本音を口にしたのである。
傷が癒え、歩行が可能になったマクバニーは、庭の手入れを買って出る。
水を持って来たエイミーに、マクバニーが語りかける。
「打ち明けると、個々での一番の友達は君だよ。君がいなきゃ、俺は今も森の中だ」
男はこのように、教師をはじめ、子供たちの気を引く言葉を連射し、自己保身に余念がない。
「この状態なら、今週末には出て行けます」
怪我の状態を確かめたマーサは、そう言い放った。
「傷が治って、残念だ」
男の反応である。
すっかり、マクバニーの虜(とりこ)になっているエドウィナは、「出て行かないで」と伝える。
「愛している…初めて話した時からね。拒まれるかと思い、言えなかった。最後の機会かも知れないので、打ち明けた…西部に行きたい」
「父に会えば、きっと助けてくれるわ」
「一緒に行こう」
そう言って、エドウィナにキスした瞬間、アリシアがドアを開けた。
夕食に招待することになったマクバニーを呼びに来たのだ。
そして、夕食の宴が始まった。
皆、一様にオシャレをし、特に若い子たちは嬉々としている。
会話が弾み、バイオリンやピアノの演奏が始まる。
一見、ワイルドな相貌で、男の〈性〉をあからさまに露呈するマクバニーは、エドウィナに、今夜、部屋を訪ねると囁(ささや)く。
エドウィナは部屋のベッドに横たわり、マクバニーを待っていたが、マクバニーは現れなかった。
アリシアの部屋で音がするので入室するや、エドウィナは衝撃を受ける。
あろうことか、彼女とマクバニーは激しく抱擁し合っていたのだ。
男が慌てて、エドウィナに「待ってくれ」と詰寄るが、彼女は振り払い、マクバニーは階段から転げ落ちてしまう。
再び、脚の骨は砕け、止血し、壊疽(えそ)を防ぎ、死を回避するため、マーサは左脚を切り落とす決断をする。
エドウィナに布とノコギリと解剖学の本を持ってくるよう指示し、マーサは自ら手術を施行(しこう)した。
術後、覚醒したマクバニーは、脚を失ったことを知るや、絶叫する。
「神様!あいつらは、何をしたんだ?」
部屋に入って来たエドウィナを、激しく罵(ののし)るマクバニー。
「なぜ、あの女を止めなかった。人殺し!」
「命を救うためだった」
マーサがマクバニーに話すが、彼は聞く耳を持たなかった。
その後も、マクバニーは怒号の嵐で荒れ狂い、態度が一変して狂暴化するのだ。
松葉杖を使い、皆が集まる食堂にやって来るや、誹謗(ひぼう)し、酒を飲み、その瓶を割ってしまう。
恐怖に包まれた女性たちは、マクバニーを学園から追い払おうとするが、逆に、銃を持ったマクバニーに脅され、全員が居間に集められた。
「お前らは何をした?この脚を見ろ。死んだ方がマシだ。殺して欲しかった。目を背け、俺を憐れんでる。こんな俺が男か?心を許してた俺を弄(もてあそ)び、このザマだ!もう十分だ。悪魔ども。6発残ってる。今度何かしたら、そいつをぶっ殺すぞ!いいな!」
そう叫ぶや、シャンデリアを撃ち落とすマクバニー。
エドウィナはマーサの制止を振り払い、部屋に戻るマクバニーを追っていく。
部屋に入ったエドウィナはマクバニーに迫り、二人は激しく体を求め合う。
一方、マーサは、怯(おび)え切った生徒たちと、事態の処置について話し合っていた。
「早く追い払わないと、このままでは危険だわ」
マクバニーがキノコ料理を好きだというマリーは、エイミーに“特別なキノコ”を探すことを提案する。
マーサはエイミーに、件(くだん)のキノコ狩りを頼み、「歓送会」を開くことを決断し、その日のうちに行われるに至る。
そして、全員がテーブルにつき、歓送会の食事が始まった。
「あったことは忘れて、私たちと食事を。旅のご無事を祈って」
マーサがマクバニーに言葉をかけ、マクバニーも席に着く。
「逆上したことを許して頂き、感謝します」
そして、エイミーが摘んできた“特別なキノコ”が振舞われる。
それを食べながら、マクバニーは最期の言葉を残す。
「出ていきますが、その前に俺のしたことの償いをします」
そう言うや、呆気なく、息を引き取ったマクバニー。
南軍への合図である青い布が門に巻かれ、白い布に包まれたマクバニーの遺体が門外に置かれた。
これが、「女の園」で起こった事態の陰惨なる顚末(てんまつ)である。
以下、人生論的映画評論・続: 「The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ('17) ソフィア・ コッポラ」より