ロスト・イン・トランスレーション(’03)   ソフィア・コッポラ

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<「時間」と「空間」が限定された、一回的に自己完結する心理的共存の切なさ>

 

 

 

1  東京滞在に馴致できない中年男と、年若き女の出会いと別れの物語

 

 

 

パークハイアット東京ホテルに、二人のアメリカ人が宿泊している。

 

一人は、ウィスキーのCM撮影のために来日したハリウッドスターのボブ。

 

早速、スタジオで撮影に入るが、日本語が分からないボブは、通訳を介し、CMディレクターから,威圧的な態度で「もっとテンションを上げろ」と指示されるが、要求されている内容が理解できず、戸惑うばかり。

 

そんな状況下で、部屋でテレビを見ても、バーで飲んでいても落ち着かず、早く仕事を終えて帰国することばかり考えている。

 

もう一人は、カメラマンの夫ジョンに随行して、大都市・東京にやって来たシャーロット。

 

仕事が忙しく、ジョンに相手にされないシャーロットは、東京の街を一人で寂しく歩いて回るが、彼女もまた言葉が通じず、寺や生け花に接しても、心を動かされることがない。

 

ホテルの部屋に戻り、友人に電話しても話を聞いてもらえず、孤独感が極まって涙を零してしまうまうのだ。

 

ジョンの仕事の打ち合わせに同行したシャーロットは、バーに居合わせたボブと目が合い、笑みを交わし、ボブに一杯のお酒をプレゼントする。

 

不眠に悩むシャーロットとボブは、再びバーで出会い、会話する。

 

「なぜ東京に?」

「妻から逃れ、息子の誕生日を忘れ、200万ドルのギャラで、ウィスキーのCMに出てる。CMより芝居に出るべきだが。でも酒で気分がいい。君は、なぜ東京に?」

「カメラマンの夫が東京で撮影があって。ヒマだからついてきたの。東京に友人もいるし」

「結婚して、何年?」

「2年よ」

「僕は25年だ」

「あなたは“中年の危機”かも…25年だなんて。すごいわ」

「人生の三分の一は眠ってるから、8年と少し引ける。残りは16年と少し。16歳は、まだ“青春”だ。運転できるけど、事故を起こしやすい。君の仕事は?」

「まだ何も。春に大学を卒業したばかり」

「専攻は?」

「哲学よ」

「そいつは儲かりそうだ」

 

時に笑いながら、シャーロットは会話を繋いでいく。

 

「眠れないの」

「僕もだ」

 

最後の一言は、東京滞在に馴致(じゅんち)できない二人の本音だった。

 

夫の仕事仲間と飲みに行っても、溶け込めず、いつものように、バーに来ているボブに近づき、声をかけるシャーロット。

 

「楽しんでる?」

「秘密を守れる?脱獄を計画してる。共犯者が必要だ。このバーを出て、ホテルから逃げ出す。街からも、この国からも。やるか?」

「いいわ。荷物をまとめる。コートも。じゃあね」

 

そんな冗談めいた短い会話が、本当に遂行された。

 

ホテルの脱出計画が実行されたのだ。

 

ジョンが撮影の仕事で福岡へ行く留守の孤独を埋めるために、シャーロットの東京の友人チャーリーと会う約束にボブを誘ったのである。

 

再開した友人たちと飲み、踊り、街を走り抜け、カラオケを歌い、存分に愉悦する二人。

 

遊び疲れた二人は、タクシーでホテルに戻る。

 

ボブはシャーロットを抱え、彼女の部屋のベッドに寝かせるが、何も起きない。

 

それ以降、二人は遊びに出かけたり、病院へ行ったり、眠れぬ夜は部屋で一緒に酒を飲んだりして、会話が重ねられていく。

 

例えば、こんな会話もあった。

 

「なぜ日本人は“RとL”が苦手なの?」

「わざとさ。ふざけてるんだ。間違った発音で、楽しみたいのさ」

「二度と東京には来ない。今回が楽しすぎて」

「そうだな。君の言う通り」

 

東京で味わった孤立感が、ホテルの脱出計画の実践躬行(じっせんきゅうこう)を契機に、様々な体験の共有によって、「TOKYO」の多様性を感受し、欣喜雀躍(きんきじゃくやく)することができたのである。

【ついでに書けば、日本では、LとRが音声として存在しないからである】

 

「君は、絶望的じゃない」と、ボブに言われたシャーロットは、その言葉を推進力に、一人で新幹線に乗り京都へ行く。

 

初めてシャーロットが能動的に行動し、「不思議の国・JAPAN」と遭遇したのだった。

 

古い寺社を訪ね、静寂な古都の空気感に自らをゆだねていく。

 

シャーロットとの関係で少し元気が出たボブは、予定を変更してテレビのトーク番組に出演した。

 

一方、携帯電話に日常生活の些末なことで、逐一、電話をしてくる妻リディアに合わせていたが、そろそろ限界にきていた。

 

今回は、書斎の絨毯の色の変更についてだった。

 

「君に任せる。自分を見失った」

「たかが、絨毯よ」

「そのことじゃない」

「じゃ、何なの?」

「分からない。健康になりたい。自分を大切にしたい。まずは食生活を健康に。もうパスタはイヤだ。日本食のような食事がいい」

 

夜、バーのいつもの席で飲んでいると、専属歌手の女性に誘惑され、朝起きたら、ベッドを共にしたことに気づく。

 

嫌悪感に襲われたボブは、部屋にシャーロットがスシを食べに行かないかと誘い来るが、今は無理だと断る。

 

シャーロットも、「取込み中」と察知し、退散する。

 

その後、二人でしゃぶしゃぶ店に行くが、気まずい雰囲気で会話が弾まない。

 

世代の違う二人の共有言語が見つかっていないのだ。

 

その夜、ホテルの火災報知機が鳴り、部屋着のままロビーに集まる客たち。

 

シャーロットはそこでボブに気づき、立ち話で、明日、出発することを知る。

 

バーで見つめ合う二人。

 

「帰りたくない」

「じゃ、私と一緒に残って」

 

翌朝、出発のロビーで関係者に挨拶をするボブ。

 

シャーロットが部屋から降りてきて、別れの挨拶を交わすが、心残りのボブは、彼女が去るのを見つめている。

 

タクシーに乗り、ふと見ると、街中を歩くシャーロットの後ろ姿が目に留まった。

 

タクシーを降りて、シャーロットの元に行き、そっと抱擁し合う二人。

 

シャーロットは涙を浮かべ、ボブはその耳元に、何かを囁(ささや)く。

 

別れ際にキスを交わし、二人はそれぞれの方向へ歩いていく。

 

以下、人生論的映画評論・続: ロスト・イン・トランスレーション(’03)   ソフィア・コッポラより