<「悲嘆」を共有する女性作家の変容と覚醒の物語>
1 「読書会」という名の心の繋がりを作った女の軌跡を求めて
1941年 イギリス海峡 ガーンジー島 第二次大戦中、ドイツ軍による占領下。
冒頭のキャプションである。
外出禁止令の中、いきなりドイツ軍の兵士に複数のイギリス人が補足される。
「読書会なんです。占領軍は統治のモデルケースとして、文化活動を推奨してます」とエリザベス。
「会の名前は?」とドイツ軍将校。
「ガーンジー島の…」
「“ポテトピールパイの会”」
「違法な会合だ!全員逮捕する!」
その時、ほろ酔いの初老のエベンが吐瀉し、将校の靴にかかったことで、彼らの連行は免れる。
かくて、「ポテトピールパイ読書会」が当局に登録されるに至る。
オープニングシーンである。
1946年 ロンドン。
戦災で父母を喪うというトラウマを抱える女性作家ジュリエットの元に、一通の手紙が届いた。
「僕はドーシー・アダムズ。ガーンジー島の住人です。戦時中に古本を入手しました。チャールズ・ラムの随筆集です。あなたの名前と住所が内側に。占領下にラムは笑いを与えてくれました。特にローストピッグのくだり。僕の所属する“読書とポテトピールパイの会”もドイツ軍から豚肉を隠すために誕生しました。ドイツ軍は去りましたが、島には本屋が残ってません。『シェイクスピア物語』を買いたいのです。ロンドンの書店の住所を教えてもらえますか?」
「シェイクスピア物語」を進呈したジュリエットのもとに、件(くだん)のドーシーから返事が来た。
「…1940年の冬には、食料が不足し、皆、空腹でした。ラジオが没収され、郵便も止められ、電信網も切られました。完全な孤立状態です。そんなある日、“アメリアの家に、肉切り包丁を”」
そう書かれたメモが届き、ドーシーは包丁を持って訪れた。
豚を隠していたアメリアの家で、エリザベス・マッケンナが発案してパーティーが開かれていく。
「彼女は分かっていた。僕らが食べる物以上に欲しているのは、人との繋がりや語らい、友情だと。ご近所の、アイソラ・プリビーは、自家製のジンとハーブ薬を持参しました。郵便局長のエベンは…」(ドーシーの手紙)
そのエベンはポテトピールパイを持参した。
「招かれたのはエリザベスの友人たちでした。彼女のお陰で僕らは、つかの間、占領やドイツ軍を忘れ、人間らしさを取り戻したのです」(ドーシーの手紙)
これが、冒頭のドイツ兵に検問に繋がるのである。
「読書会」とは、夜間の外出禁止令下にあって、ホームパーティーの帰路の検問を逃れるために、エリザベスが咄嗟に思い浮かんだ言葉だった。
「急いで読書会の体裁を整えました。その時に、ラムの本を。見張りは初回だけ。読書会は、僕らの避難所でした。闇の世界で手に入れた、精神の自由。新しい世界を照らすキャンドル。それが読書でした…住む世界は違っても、本への愛情は同じです」(ドーシーの手紙)
「アダムズさん、本は私の避難所でもあります。両親を亡くした時も、私は本に救われました。私、読書会の皆さんに、お会いしたいの。もっともっと、皆さんのお話を聞きたい」
事情を知ったタイムズ紙の担当編集者で、親友のシドニーが止めるのも聞かず、ジュリエットはガーンジー島行きを決めてしまう。
ジュリエットは、港へ送りに来た恋人である米軍高級将校マークからのプロポーズを受け入れ、ガーンジー島に向かう船に乗り込むに至った。
【チャールズ・ラムとは、19世紀英国の作家で、「シェイクスピア物語」はラムの代表作の一つ】
島に着くと、その日のうちにアメリアの家で、現在も開かれている読書会に参加する。
この日は、ジュリエットが発表する役割を与えられ、彼女は処女作の「アン・ブロンテの生涯」について朗読し、因習に囚われなかったアンの近代的意識の高さを主張するのだ。
【アン・ブロンテは、シャーロットとエミリーという最も著名なブロンテ3姉妹の末妹で、長編小説「ワイルドフェル・ホールの住人」を遺作とし、29歳の若さで逝去した。シャーロットとエミリーも30代で夭折したが、死因は結核であると言われている。流星の如く出現し、英国文壇のみならず、現代に呼吸を繋ぐ私たちに大きな文化財を残しつつも、一人の子孫を残すことなく逝った3姉妹の物語は、今なお一つの伝説となっている】
そこには、手紙の主のドーシーや、エベン、エベンの孫のイーライ、アイソラなどのメンバーが集まっているが、会を創設したエリザベスは島を離れていて、その姿はなかった。
読書会はジュリエットの参加で大いに盛り上がるが、それをタイムズ誌の記事にしたいと言うや、メンバーの態度は硬直する。
「『タイムズ』の読者を喜ばせる気はないわ」
アメリアはきっぱりと拒絶する。
「でも、理解したいんです」
「分かるわけない!この気持ちは、よその人間には分からない」
そこに、エリザベスの娘キットが部屋に入って来た。
ドーシーの娘でもあり、父と一緒に帰宅する。
「タイムズ」の記事を断られたジュリエットだが、宿屋の女主人シャーロットから、読書会には悪い噂があると聞き及び、ロンドンに帰らず、島にしばらく滞在することにする。
そしてジュリエットは、エリザベスが1944年に逮捕された事実をイーライから聞き、島の住人が共有する読書会に関する秘密があることを知る。
以下、海岸でのジュリエットとドーシーの会話。
「余計な詮索だと思うけど、なぜエリザベスは連行されたの?一体、何が?」
「人を助けて逮捕されたんだ」
「人を助けて?彼女は今、どこに?消息は?」
それだけだった。
「エリザベスは聖女じゃない。あの女はドイツ人好きのアバズレよ。タバコと引き換えに下着を脱ぐ女たちと同類。口紅一本でも。島を“混血児”だらけに。彼女がいない間、連中が育ててるのよ。あの私生児を」
これは、ジュリエットが逗留する宿屋のシャーロットの言葉。
キットの本当の父親を知るために、ジュリエットはドーシーに直截に尋ねる。
「父親はクリスチャン・ヘルマン」
「ドイツ人?シャーロット(宿の女主人)の言うように、ナチ?」
「それはそうだが…悪い奴じゃない。友達だった」
医者であるクリスチャンは、1941年にドーシーの牛の出産を手伝って以降、エリザベスとの親交が始まる。
既に病院で、クリスチャンと知り合っていたエリザベスとの「危険な恋」が芽生えていた。
「やめろと言うべきだったが、彼女は幸せだった」
次の読書会で、ジュリエットはアメリアからクリスチャンとの一件について看過できない話を聞かされる。
エリザベスがクリスチャンを読書会に連れて来た際、アメリアは二人の交際に烈しく反対したと言うのだ。
アメリアにとって、ドイツ軍は絶対に許せない正真正銘の敵対国だった。
空爆で妊娠中の娘を殺害したドイツ軍=ドイツ軍人に寛容になれないのだ。
決して浄化できない敵対感情をクリスチャンに特化するのは必至だったのである。
しかし、エリザベスはアメリアの忠告を頑として聞き入れなかった。
既に妊娠していたからである。
「彼は営舎を抜け出したのが見つかり、翌日、本国へ強制送還。2人はそれきりに。彼が乗った船は沖で魚雷に撃沈されて、彼は死んだ…クリスチャンは子供のことも知らず、2人を残して死んでいった。責められるべきは私。私のせいよ。手を差し伸べなかった。キットだけは守るわ。エリザベスが戻らなければ、キットの親族はドイツ人だけ。取られるかも…あり得ないことが何度も起きた。これ以上、愛する人をドイツ人に奪われたくない」
このトラウマがアメリアの内面を支配しているのだ。
一方、ジュリエットが宿泊先に戻ると、宿主のシャーロットが勝手にキャサリンの原稿を読み、難癖をつけるので、怒って宿を出て、アイソラの家に転がり込む。
少しずつ、エリザベスについての真実が明らかになっていく。
ジュリエットに好意を持ち、信頼度を増していく中で、ドーシーはこれまで語られなかったエリザベスのことを話し始める。
「彼女は逮捕される前に、うちに来た。奴隷労働者の少年が脱走して、彼女が見つけた。治療が必要だった。彼女はうちに来て、“病院に薬を取りに行く間、娘を見てて”と」
外出禁止令が出ていて、娘(キット)が大切だというドーシーの忠告を聞かずに、奴隷労働の少年を病院に連れて行くエリザベス。
しかし、エリザベスの正義感の強さが仇になる。
「その直後に、少年は射殺。エリザベスは捕まった。力づくでも止めてれば…僕が行かせた」
ドーシーの苦衷(くちゅう)の告白だが、このシーンによって、ドーシーにも強い贖罪意識が内包している事実が判然とする。
そんな折、突然、マークが島にやって来た。
婚約指輪をつけていないキャサリンに不満を言うが、マークの来島の目的は、ジュリエットから依頼されていたエリザベスの現在の消息だった。
マークはエリザベスについての報告書をジュリエットに手渡す。
それを手に、ジュリエットは読書会のメンバーに、エリザベスの現在の消息を報告していく。
「収容所で彼女を見た人がいるの。彼女が死んだ日に。射殺よ。看守に殴られていた少女を守ろうとしたの。彼女は警棒を奪って、看守に殴りかかった。少女は助かったけど、代わりに彼女が。残念だわ」
衝撃的だった。
その話を聞くや、ドーシーは外にいるキットに話しに行く。
「4歳の子に理解できるかしら?」とアイソラ。
「この年になっても理解できないわ。何ひとつ」とアメリア。
号泣して崩れ落ちるアメリアを、アイソラが抱え込む。
このアメリアの言葉は、本作を通底するテーマになっている。
「悲嘆」を共有するジュリエット。
ジュリエットもまた、戦災のトラウマを抱え込んでいるのだ。
マークに促され、ロンドンへと帰っていくジュリエットは、後ろ髪を引かれる思いで、読書会のメンバー一人一人に別れを告げる。
互いに思いを寄せるドーシーとは、文通を続ける約束をして軍用機に乗り込んでいく。