危機意識の共有を崩す若手官僚の正義の脆さ 映画「新聞記者」('19)  藤井道人

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1  煩悶する官僚 ―― 正義に駆られる記者

 

 

 

2月20日 2:14-千代田区 東都新聞・社会部。

 

無人のオフィスに複数枚のファックスが届く。

 

2:16-千代田区 吉岡宅。

 

テレビでは有識者たちのメディア論の座談会が映し出されている。

 

正確に言えば、「劇中座談会『官邸権力と報道メディアの現在』」という名目の、原作者の望月衣塑子と文科省元トップ(事務次官)の前川喜平による特別出演の座談会である。

 

吉岡エリカは、その座談を聞きながら、新聞ファイルなどで情報収集している。

 

元記者の日本人の父と韓国人の母を持つ米国生まれの彼女は、現在、東都新聞の社会部に所属している。

 

2:18-霞が関 内閣情報調査室(内調)。

 

その同じテレビ座談会を見ている、若手官僚の杉原拓海(たくみ)。

 

外務省からの出向官僚である。

 

2:21-中央区 銀座。

 

夜の街を歩く初老の男性と若い女性が、何者かによって写真を撮られ、それが内調にいる杉原に直ちに送付される。

 

以上が、オープニングシーン。

 

翌朝、「白岩聡元教育局長 在職中から野党議員と不適切な関係」といった見出しの記事が、全国各紙の一面に踊っていた。

 

テレビでは早速、格好の一大スキャンダルとして、白岩本人にインタビューする映像が流されていく。

 

【これは、文科省元トップの前川喜平(以下、全て敬称略)が「出会い系バー」に出入りし、買春を行っているかのように報じて波紋を広げた一件のこと。因みに、「映画『新聞記者』本物の記者・内調関係者が語る『いい点と悪い点』」というサイトでは、「この報道は内調や公安筋が前川氏を尾行して、盗撮した写真を読売にリークしたというのが定説」となっていると記述されている。また、Wikipediaには、当該女性のインタビューで、「前川から口説かれたことも手を繋いだこともなく有り得ない」という文藝春秋(2017年7月号)の記事が掲載されている】

 

東都新聞ではスタッフが集まり、この記事の不自然さが指摘され、内調のリークであると考えるのが妥当であると、社会部デスクの陣野が断定した。

 

以下、このテレビ映像のモニターを見ながらの内調での会話。

 

「無理あるな、この言い訳。ま、白岩の社会的信用は、これでゼロ以下だ」

「こういう仕事増えましたよね」

「こういう仕事って?犯罪者でもないのに、公安が尾行して、俺達がスキャンダルを作る仕事」

「そこまで言ってないですけど…」

「多田さんが何も考えないで、こんな仕事やらせるわけないだろ。あくまでも、マスコミの情報操作の対抗措置でしかない」

 

その会話を背後で聞きながら、黙々と仕事を続ける杉原拓海。

 

【内調がネットを使った情報操作を行っているという行為を、前掲サイトでは、「職員は国内、国際、経済など各分野に分散配置されていて、とてもではないですが、1日中パソコンの前に座って世論操作をやっているヒマはないからです」という点を指摘する元内調職員の言葉を掲載しているが、真偽のほどは分からない。元々、内調は、インテリジェンス機能の強化の目的で、1952年に、吉田茂の意向を受けた緒方竹虎(当時、副総理)が「日本版CIA構想」を立ち上げたが、世論を背景にする大手メディア(読売新聞が中心)の激しい反対運動によって頓挫した。その後、内閣官房の組織として内調が設置され、紆余曲折を経て、第2次安倍内閣に至り、「日本版NSC」=「国家安全保障会議」として創設されるに及び、内調とのインテリジェンス機能における連携のテコ入れが図られる。従って、「こういう仕事増えましたよね」という台詞の背景に、時の政権による情報統制の強化が存することは自明である。当然ながら、内調はヒューミントに携わるプロパー職員が中枢となっている。これが本作の多田の役割と思われるが、その業務の特性が「内調の闇」とされている】

 

一方、東都新聞では、送付された羊の絵から開かれる物語の、その匿名のファックスをチェックしていた。

 

表題には「新設大学院大学 設置計画書」とあり、内閣府が認可する医療系大学の概要が記されていた。

 

「総理のお友達企業とか、優遇してんじゃないの」

「それをリークしたくて送ってきたとしか思えないな」

 

陣野は吉岡に、このファックスの送信元を調べるように指示した。

 

「ひょっとして、政権がひっくり返るかも知れないぞ」

 

そんな渦中にあって、杉原は帰宅間際に、内調を仕切る上司の多田に呼び止められ、外務省の動きを逐一報告することを指示される。

 

帰宅すると、杉原の妻・奈津美がまだ起きていた。

 

奈津美は妊娠中で、出産を控えている。

 

東都新聞では、総理べったり記者・辻川和正の後藤さゆりレイプ事件(「詩織さん事件」のこと)の逮捕見送りの記事が取り上げられる。

 

同じ記事を読んだ多田が、杉原を呼び出して、後藤さゆりの弁護士が野党絡みであるとのチャート図を作るように指示する。

 

「どういうことですか?」

「辻川は嵌められた。さゆりはハニートラップだ。それを裏付ける人物相関図と、指示系統の図を作るんだよ」

「この人、完全な民間人ですよね」

「野党と繋がっているという事実さえ作ればいいんだ…これも国を守る大事な仕事だ」

 

以下、その後藤さゆりの記者会見。

 

「捜査状が出ていたが、上からの指示で取り消され、彼も捜査を外された。力になれず、申し訳ないと。一度はジャーナリズムを志した者として、このまま黙っていることはできないと思いました。性被害というものが、女性を一生涯傷つけ、苦しむ人生を強いるものだということを知ってもらいたいのです」

 

内調では、後藤さゆりのハニートラップをSNSで拡散する作業が行われていた。

 

杉原は、多田の指示による作業に疑問を抱き始めている。

 

そんな折、外務省のかつての上司で、杉原が慕う神崎(かんざき)から連絡が入り、食事の誘いを受ける。

 

そんな中、吉岡は自身が書いた「後藤さゆりレイプ事件」が、ベタ記事扱いされたことを陣野に抗議するが、取りつく島もない。

 

片や、内調では、レイプ事件に内閣府が関与しているという情報が週刊誌に出たことで、杉原は多田に責められる。

 

「後藤さゆりが野党と繋がっているという情報を、与党ネットサポーターに拡散しろ」

「ちょっと待ってください。嘘をでっち上げるんですか?」

「嘘か本当かを決めるのは、お前じゃない。国民だ」

 

多田からの叱責を受け、不満を募らせている杉原が、元上司の神崎と久しぶりに会食した。

 

そこで、神崎が5年前の不祥事の責任を一人で負った事実を吐露するが、杉原もまた、この一件を知悉(ちしつ)している。

 

「国と家族のためだって、自分に言い聞かせた」

 

その神崎は、内閣府の大学新設の担当から外された直後に自殺してしまうのだ。

 

この由々しき事態が惹起する同時刻に、杉原は死ぬ直前の神崎から電話を受けていた。

 

「俺たちは一体、何を守ってきたんだろうな」

 

そう言い残し、神崎はビルから飛び降りたのだ。

 

杉原は多田の執務室に乗り込み、神崎の件を問い質す。

 

「うちがマークしてたんですよね。神崎さんに何をしたんですか!それは、組織としてやった行動ですか!」

 

その質問には答えず、多田はきっぱりと言い放つ。

 

「お前、子供が生まれるそうじゃないか」

 

明らかに恫喝である。

 

神崎とコンタクトしようとしていた吉岡もまた、その死を知り、5年前に自殺した父のトラウマが侵入的想起(不快記憶の想起)し、フラッシュバックに襲われる。

 

その頃、杉原は内調が作り上げた神崎に関するプロファイル(情報資料の集合)を読んでいた。

 

そこには、自殺の要因として、国家戦略特区の機密費の不正流用が発覚したこと、そして、体調不良を理由に聴取を拒否し、内調からの最終通達の日に飛び降り自殺したことが記されていた。

 

杉原は神崎俊尚関連のツイッターでの反応を調査する。

 

吉岡もまた、時を同じくして、ツイッターをチェックしている。

 

その夜、神崎の通夜に杉崎は訪れた。

 

吉岡も通夜の場にいた。

 

例の如く、遺族に対するメディアスクラム

 

「不正流用は本当なんですか?」

 

容赦なく、遺族に質問とフラッシュを浴びせるメディアに対し、思わず、記者の腕を掴む吉岡。

 

「それ、今する質問じゃないでしょ!あなたはされたら、どう思うの?」

 

吉岡もまた、父の自殺の一件で、メディアスクラムに被弾していた過去を持っていたこと ―― これが彼女の行動の推進力となっている。

 

神崎の遺族をメディアから守っていた杉原は、その様子を見て、既に見知りの吉岡に声をかける。

 

「新聞記者だよね、君は…どうして?君は、あっち側だろ」

「あたしは、神崎さんが亡くなった本当の理由が知りたいんです。あなたは、神崎さんがどうして死んだと思いますか?家族を残してまで、背負えないものがあったのか」

「君には関係のないことだ」

 

その一言を受け、吉岡は嗚咽しながら、その場を離れていく。

 

その直後、杉原の妻・奈津江が破水(卵膜の破れ、羊水が子宮外に流れ出すこと)して、緊急搬送されたという連絡が入る。

 

杉原は慌てて病院に駆けつけるが、帝王切開し、母子共に無事であることを担当医から知らされる。

 

スマホのメールを確認すると、何度も奈津江からの不在着信と体調不良を訴えるコメントが入っていた。

 

ベッドの傍らで、「ごめん」と呟く杉原。

 

その杉原は神崎の後任となった、元同僚の都築(つづき)に神崎の自殺について問い質す。

 

「覚えてますよね。5年前、私達はマスコミに出たら困る文書を改竄(かいざん)した。神崎さんは、上からの指示で文書改竄しただけなのに、責任はすべて神崎さんが被った。神崎さんは外交官としてのキャリアを人質に取られてました…教えてください。どうして神崎さんは死ななければならなかったのか」

 

そう詰め寄る杉原に対して、都築は一言返すのみ。

 

「内調だ。自分で調べろ」

 

新聞では、神崎の死と文書改竄を関連付ける記事が一面トップに掲載されていた。

 

遅れを取った東都新聞だったが、大学認可計画が頓挫したことで、デスクの陣野は逸(はや)る吉岡に対し、引き際が大事だと忠告する。

 

一方、杉原は神崎の家に弔問に訪れた。

 

「5年前に、あの事件があってから…息を潜めて、ただ、時間が過ぎるのを待って…こんなことになるまで、気づいてあげられなかった…」

 

神崎の妻・伸子は嗚咽を漏らしながら、そう吐露した。

 

官邸前では、改竄を糾弾し、内閣総辞職を求めるデモが行われていた。

 

多田は写真に撮られたデモ参加者の顔を丸で囲み、公安に渡し、彼らの経歴を調べるよう、杉原に指示する。

 

「全員、一般人ですよ」

「全員、犯罪者予備軍だ」

「それ、個人的見解ですよね」

「だとしたら、何なんだ」

 

多田は杉原のデスクにあった神崎の記事を視認して、その場を離れた。

 

今や杉原は、公安内でマークされる存在になっていた。

 

人生論的映画評論・続:  危機意識の共有を崩す若手官僚の正義の脆さ 映画「新聞記者」('19)  藤井道人より