形容し難いほどのラストシーンの遣る瀬なさが、観る者の中枢を射抜く ―― 映画「帰れない二人」('18)  ジャ・ジャンクー

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1  「ピストルは右手で撃った。私は左利きじゃない。忘れているのね」

 

 

 

山西省・大同(ダートン)、2001年4月2日。

 

雀荘・クラブを仕切り、裏社会で生きるビンが麻雀中に、「絶対に裏切らない」忠君・ 至誠の神・関羽像を持ち出し、借金取りの立てで揉める仲間の仲裁に入り、見事解決するオープニングシーン。

 

渡世で生きるビンにピッタリと寄り添い、隣に座るのは恋人のチャオ。

 

仲間が一堂に会し、兄弟の誓いの酒を酌み交わす。

 

「隠し事はなしだぞ!」

 

父の住む宏安炭鉱(大同)に戻ったチャオは、石炭価格の暴落で立ち行かなくなった炭鉱労働者に向かい、幹部の不正を放送でアジテートする父を家に連れて帰る。

 

既に、当局が新疆への移転を決め込む噂が流れ、人々には諦めムードが広がっていた。

 

「父さん、生活が大事よ。炭鉱のことは心配しないで」

 

そう言って、麻雀に行くと言う父に小遣いを渡し、再びビンの元に戻って来るチャオ。

 

YMCAで踊る若者たちで賑わうビンの店に、彼の後ろ盾である実業家のアーヨンがやって来た。

 

「あなたは善人だ」とビン。

「老いたのさ。大同はお前次第」とアーヨン。

「あなたに学ばないと」

 

そして、アーヨンの別荘開発事業を妨害する輩を排除する約束をするビン。

 

あろうことか、そのアーヨンが半グレの如き何者かに刺殺されてしまうのだ。

 

警察がやって来て、犯人を特定しようとするが、明確な情報は得られなかった。

 

そんな折、ビン自身が突然、若者に脚を殴打され、怪我を負ってしまう。

 

その若者は捕まるが、「人違いだった」と主張し、ビンは彼らを解放する。

 

ビンを愛しつつも、裏社会に生きるつもりがないチャオは、ビンに銃を手放すことを促す。

 

しかし、裏社会で生きることの厳しさを実感するビンは、銃を手放せない。

 

「警察が取り締まってる。早く捨てて。銃に頼るなんて。闘争より、警察の逮捕が先だわ」

「きっと誰かに狙われる。俺達みたいな人間は、いつか殺される」

「私たちのこと?」

渡世人だよ」

「私は違う」

 

そのチャオに、ビンは銃を手渡す。

 

「お前も今、俗世を渡ってる」

「ヤクザ映画の見過ぎでしょ?あんた、いつの時代に生きてるつもり?」

「人のいる場所には渡世がある」

 

そう言うと、チャオの手を取り、銃を撃ち放つ。

 

仲間に慕われ、羽振りのいいビンだったが、車で移動中に渡世とは無縁な半グレ集団に襲われ、激しい立ち回りの末、力尽き、命の危険に晒されるほど追い詰められた。

 

それを救ったのは、チャオの威嚇発砲だった。

 

しかし、その結果、チャオは銃の不法所持で警察に逮捕されてしまう。

 

拳銃の所持者と入手経路を尋問されたチャオは、銃は自分のもので、拾ったと答えるのみ。

 

その罪の重さを説かれ、正直に話すよう促されるが、チャオは主張を曲げることがなかった。

 

かくて、女子刑務所に服役するチャオ。

 

そんな折、チャオの友人のチンが面会に訪れた。

 

刑務所が引っ越すと聞き及び、遠くなるからやって来たと言う。

 

ここで、軽微な刑で入所していたビンが、既に出所したことを知らされることになる。

 

出所しながら、ビンがチャオの面会に来ることはなかった。

 

5年の刑を終え、チャオは出所する。

 

今、長江客船に乗船し、三峡から湖北省巴東(はとう)へ向かう船上にいる。

 

【長江の洪水の抑制を目的にした三峡ダムの工事は、発電所等を含めた全プロジェクトが2009年に完成し、2012年7月には発電所が全面稼働するが、住民の強制移住文化財の水没、地滑りの問題の発生、更に洪水の危機の不安を惹起した世界最大級の大工事であった】

 

ビンを探すチャオは、友人で実業家として成功しているリン・ジャードンのオフィスを訪ねた。

 

「ビンは?」  

「奉節(フォンジェ/重慶市)にいるはずだ。ビンには伝言しておいたけど」

「連絡なしよ。会社では?」

「うちの会社ではビンさんを養えない。ビンさんは大きな商売で忙しいのさ」

「企業も渡世のうちかしら?」

「発電関係の仕事らしいよ」

「発電プラント?…どこにあるの?」

「俺にもよくわからない」

 

そう言うや、会議を理由にリンは出て行った。

 

その会話の一部始終を、ビンは別室で聞いていた。

 

以下、リンの妹ジャーイエンとチャオの会話。

 

「人間の感情は変わって当然。自分の感情は自分で解決しないとね」

「何が言いたいの?」

「この土地で、ビンさんは恋人がいるの。だから彼はあなたに会えない」

「驚かないわ。でも彼の口から直接聞かないと。伝言は無用よ」

「ビンは今、私の彼氏よ」

「そうなのね…私は直接彼に聞く。私と彼の問題だから」

 

チャオは奉節の街を彷徨(さまよ)った挙句、何とか発電所にいるビンと再会する。

 

「どこに住んでるの?」

「住まいは遠いんだ」

「あんたの家に行くわ」

「定まった家はない。サウナ、カラオケ。毎日、違う場所だ」

「じゃあ、部屋を借りる?」

「すぐに出張がある」

「私もついて行く」

「それはできない」

「できないのね」

「奉節にはいつまで?」

「いつまででも。あんたが決めて」

 

宿屋に着いて、二人の会話は続く。

 

「はっきりさせたい」

「言えよ」

「私は今もあんたの恋人?」

「どう思う?」

「私が尋ねてるの」

「俺はもう昔の俺じゃない。別人なんだ」

渡世人は、遠回しな話し方を好む」

「もう渡世人でもない」

「今の私は渡世人。そしてあんたを探した」

「奉節まで来て、そんな話をしたいのか?」

「いいえ」

「何が言いたい?」

「あんたのために服役して、あんたは4年前に出所。出所したら迎えに来てると思ったら、あんたは来なかった」

「俺は重要か?」

「あんたは何が大事なの?」

 

俯(うつむ)き、「間」の中から思いを吐き出すビン。

 

「わかるか?男が一人、全くの文無しで、どんな気持ちか。出所したその瞬間、一人も迎えはいなかった。俺の運転手が、今や外車を乗り回している。意気揚々とね」

「それがあんたの大事なこと?じゃあ、私は?ビン、一緒に帰ろう」

「今の状態で、俺は帰れない…奴らに見せてやる。川の流れも30年で変わるってことを」

「なら、私一人で故郷へ戻る」

「話すことがある。俺は…」

「知ってる。リン・ジャーイエンから聞いた…今から、私たちは何の関係もない。でしょ?」

 

それには答えず、チャオの手を取るビン。

 

「この手が俺の命を救った」

「ピストルは右手で撃った。私は左利きじゃない。忘れているのね」

 

涙声だった。

 

背後で嗚咽を漏らすチャオの情感を受け止め、ビンも涙声で吐露する。

 

「…俺が悪い。お前が出所した日、俺は迎えに行くべきだった。まだ遅くない」

 

そう言うや、厄払いに盥(たらい)に新聞を燃やし、その上を跨(また)ぐチャオ。

 

手を握り合う二人の別れ。

 

女の涙を受け止め、男は雨の中を帰って行った。

 

その後、チャオは故郷の大同に向かう列車に座っていた。

 

列車の中で、前に席に座った男に仕事の勧誘をされ、新疆へとついて行くチャオ。

 

ウルム行きの列車に乗り継ぐが、新疆で観光開発をし、UFOの旅行ツアーを計画しているという男の話は、真っ赤な嘘で、実は雑貨店をしていると、チャオに告げる。

 

「いいじゃない」

 

そうチャオは答え、男の抱擁に身を委ねる。

 

「君は?」

「私は囚われた人間」

「どういう意味?」

「刑期を終えたばかり」

 

その話を聞くや、男は反応しなくなり、チャオは男を残して途中下車する。

 

一時(いっとき)の孤独を癒しても、チャオの復元力は健在だったのだ。

 

夜空にUFOが飛翔するシーンがインサートされ、それに見入るチャオがそこにいる。

 

人生論的映画評論・続: 形容し難いほどのラストシーンの遣る瀬なさが、観る者の中枢を射抜く ―― 映画「帰れない二人」('18)  ジャ・ジャンクーより