1 「ピストルは右手で撃った。私は左利きじゃない。忘れているのね」
山西省・大同(ダートン)、2001年4月2日。
雀荘・クラブを仕切り、裏社会で生きるビンが麻雀中に、「絶対に裏切らない」忠君・ 至誠の神・関羽像を持ち出し、借金取りの立てで揉める仲間の仲裁に入り、見事解決するオープニングシーン。
渡世で生きるビンにピッタリと寄り添い、隣に座るのは恋人のチャオ。
仲間が一堂に会し、兄弟の誓いの酒を酌み交わす。
「隠し事はなしだぞ!」
父の住む宏安炭鉱(大同)に戻ったチャオは、石炭価格の暴落で立ち行かなくなった炭鉱労働者に向かい、幹部の不正を放送でアジテートする父を家に連れて帰る。
既に、当局が新疆への移転を決め込む噂が流れ、人々には諦めムードが広がっていた。
「父さん、生活が大事よ。炭鉱のことは心配しないで」
そう言って、麻雀に行くと言う父に小遣いを渡し、再びビンの元に戻って来るチャオ。
YMCAで踊る若者たちで賑わうビンの店に、彼の後ろ盾である実業家のアーヨンがやって来た。
「あなたは善人だ」とビン。
「老いたのさ。大同はお前次第」とアーヨン。
「あなたに学ばないと」
そして、アーヨンの別荘開発事業を妨害する輩を排除する約束をするビン。
あろうことか、そのアーヨンが半グレの如き何者かに刺殺されてしまうのだ。
警察がやって来て、犯人を特定しようとするが、明確な情報は得られなかった。
そんな折、ビン自身が突然、若者に脚を殴打され、怪我を負ってしまう。
その若者は捕まるが、「人違いだった」と主張し、ビンは彼らを解放する。
ビンを愛しつつも、裏社会に生きるつもりがないチャオは、ビンに銃を手放すことを促す。
しかし、裏社会で生きることの厳しさを実感するビンは、銃を手放せない。
「警察が取り締まってる。早く捨てて。銃に頼るなんて。闘争より、警察の逮捕が先だわ」
「きっと誰かに狙われる。俺達みたいな人間は、いつか殺される」
「私たちのこと?」
「渡世人だよ」
「私は違う」
そのチャオに、ビンは銃を手渡す。
「お前も今、俗世を渡ってる」
「ヤクザ映画の見過ぎでしょ?あんた、いつの時代に生きてるつもり?」
「人のいる場所には渡世がある」
そう言うと、チャオの手を取り、銃を撃ち放つ。
仲間に慕われ、羽振りのいいビンだったが、車で移動中に渡世とは無縁な半グレ集団に襲われ、激しい立ち回りの末、力尽き、命の危険に晒されるほど追い詰められた。
それを救ったのは、チャオの威嚇発砲だった。
しかし、その結果、チャオは銃の不法所持で警察に逮捕されてしまう。
拳銃の所持者と入手経路を尋問されたチャオは、銃は自分のもので、拾ったと答えるのみ。
その罪の重さを説かれ、正直に話すよう促されるが、チャオは主張を曲げることがなかった。
かくて、女子刑務所に服役するチャオ。
そんな折、チャオの友人のチンが面会に訪れた。
刑務所が引っ越すと聞き及び、遠くなるからやって来たと言う。
ここで、軽微な刑で入所していたビンが、既に出所したことを知らされることになる。
出所しながら、ビンがチャオの面会に来ることはなかった。
5年の刑を終え、チャオは出所する。
今、長江客船に乗船し、三峡から湖北省巴東(はとう)へ向かう船上にいる。
【長江の洪水の抑制を目的にした三峡ダムの工事は、発電所等を含めた全プロジェクトが2009年に完成し、2012年7月には発電所が全面稼働するが、住民の強制移住・文化財の水没、地滑りの問題の発生、更に洪水の危機の不安を惹起した世界最大級の大工事であった】
ビンを探すチャオは、友人で実業家として成功しているリン・ジャードンのオフィスを訪ねた。
「ビンは?」
「奉節(フォンジェ/重慶市)にいるはずだ。ビンには伝言しておいたけど」
「連絡なしよ。会社では?」
「うちの会社ではビンさんを養えない。ビンさんは大きな商売で忙しいのさ」
「企業も渡世のうちかしら?」
「発電関係の仕事らしいよ」
「発電プラント?…どこにあるの?」
「俺にもよくわからない」
そう言うや、会議を理由にリンは出て行った。
その会話の一部始終を、ビンは別室で聞いていた。
以下、リンの妹ジャーイエンとチャオの会話。
「人間の感情は変わって当然。自分の感情は自分で解決しないとね」
「何が言いたいの?」
「この土地で、ビンさんは恋人がいるの。だから彼はあなたに会えない」
「驚かないわ。でも彼の口から直接聞かないと。伝言は無用よ」
「ビンは今、私の彼氏よ」
「そうなのね…私は直接彼に聞く。私と彼の問題だから」
チャオは奉節の街を彷徨(さまよ)った挙句、何とか発電所にいるビンと再会する。
「どこに住んでるの?」
「住まいは遠いんだ」
「あんたの家に行くわ」
「定まった家はない。サウナ、カラオケ。毎日、違う場所だ」
「じゃあ、部屋を借りる?」
「すぐに出張がある」
「私もついて行く」
「それはできない」
「できないのね」
「奉節にはいつまで?」
「いつまででも。あんたが決めて」
宿屋に着いて、二人の会話は続く。
「はっきりさせたい」
「言えよ」
「私は今もあんたの恋人?」
「どう思う?」
「私が尋ねてるの」
「俺はもう昔の俺じゃない。別人なんだ」
「渡世人は、遠回しな話し方を好む」
「もう渡世人でもない」
「今の私は渡世人。そしてあんたを探した」
「奉節まで来て、そんな話をしたいのか?」
「いいえ」
「何が言いたい?」
「あんたのために服役して、あんたは4年前に出所。出所したら迎えに来てると思ったら、あんたは来なかった」
「俺は重要か?」
「あんたは何が大事なの?」
俯(うつむ)き、「間」の中から思いを吐き出すビン。
「わかるか?男が一人、全くの文無しで、どんな気持ちか。出所したその瞬間、一人も迎えはいなかった。俺の運転手が、今や外車を乗り回している。意気揚々とね」
「それがあんたの大事なこと?じゃあ、私は?ビン、一緒に帰ろう」
「今の状態で、俺は帰れない…奴らに見せてやる。川の流れも30年で変わるってことを」
「なら、私一人で故郷へ戻る」
「話すことがある。俺は…」
「知ってる。リン・ジャーイエンから聞いた…今から、私たちは何の関係もない。でしょ?」
それには答えず、チャオの手を取るビン。
「この手が俺の命を救った」
「ピストルは右手で撃った。私は左利きじゃない。忘れているのね」
涙声だった。
背後で嗚咽を漏らすチャオの情感を受け止め、ビンも涙声で吐露する。
「…俺が悪い。お前が出所した日、俺は迎えに行くべきだった。まだ遅くない」
そう言うや、厄払いに盥(たらい)に新聞を燃やし、その上を跨(また)ぐチャオ。
手を握り合う二人の別れ。
女の涙を受け止め、男は雨の中を帰って行った。
その後、チャオは故郷の大同に向かう列車に座っていた。
列車の中で、前に席に座った男に仕事の勧誘をされ、新疆へとついて行くチャオ。
ウルム行きの列車に乗り継ぐが、新疆で観光開発をし、UFOの旅行ツアーを計画しているという男の話は、真っ赤な嘘で、実は雑貨店をしていると、チャオに告げる。
「いいじゃない」
そうチャオは答え、男の抱擁に身を委ねる。
「君は?」
「私は囚われた人間」
「どういう意味?」
「刑期を終えたばかり」
その話を聞くや、男は反応しなくなり、チャオは男を残して途中下車する。
一時(いっとき)の孤独を癒しても、チャオの復元力は健在だったのだ。
夜空にUFOが飛翔するシーンがインサートされ、それに見入るチャオがそこにいる。
人生論的映画評論・続: 形容し難いほどのラストシーンの遣る瀬なさが、観る者の中枢を射抜く ―― 映画「帰れない二人」('18) ジャ・ジャンクーより