「自分自身を信じる力」が強い男の強烈なメッセージが、風景を変えていく 映画「ノクターナル・アニマルズ」の凄み('16)   トム・フォード

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1  強い衝撃を与えた小説の残像が張り付き、過去の日々が侵入的に想起していく

 

 

 

ロサンゼルス(以下、LA)。

 

全裸の肥満女性たちが卑猥な相貌性を展示するオープニングシーンが、観る者の中枢を抉(えぐ)っていく。

 

このおぞましい展示をプロデュースしたのは、アートディーラーのスーザン。

 

仕事を終え、帰宅するとスーザン宛の書類が届いていた。

 

開けてみると、「『夜の獣たち』エドワード・シェフィールド著」と表紙に書かれた小説の校正刷りが入っていた。

 

エドワードとは、スーザンが20年ほど前に別れた元夫のこと。

 

“小説を書いた。出版は春だ。君といた頃とは作風が違う。君との別れが着想となった。校正刷りを読んでほしい。仕事で水曜までLAにいる。ぜひ会いたい。連絡を待つ。エドワードより”

 

添えられた手紙の全文である。

 

エドワードは現在未婚で、ダラスの進学校の教師をしているというが、数年前にスーザンが電話をかけた際には一方的に切られた経験を有している。

 

夫ハットンに、そのことを話すスーザン。

 

彼は妻の仕事に全く関心がなく、週末の誘いにも乗らず、仕事でNYへ行くと言うのみ。

 

不眠症に悩むスーザンは、常用する眠剤を飲んだ後、ベッドでエドワードの小説を読み始める。

 

小説の舞台はテキサス(以下、テキサス)。

 

目的地であるマーファー(砂漠の町)に向けて、トニーと妻ローラ、娘のインディアの親子3人の夜のドライブが始まる。

 

ハイウェイをしばらく行くと、1台の車が絡んで来た。

 

絡む車に対し、気の強いインディアが中指を立てた行為(Fuck you=くそったれ)によって、走行を邪魔されるばかりか、車体を激しく衝突させられ、遂に路肩に弾き出されてしまう。

 

車を衝突させた男たちがやって来て、言いがかりをつけるのだ。

 

警察に行くと言うが、トニーの車はパンクさせられていて、身動きが取れない状態。

 

タイヤを交換すると言いながら、車からローラとインディアを降ろさせた挙句、激しい揉み合いとなり、二人はならず者たちに拉致され、車で連れ去られてしまう。

 

残されたトニーは呆然と立ち尽くすのみ。

 

そこまで読み終えたスーザンは、衝撃を抑え切れなかった。

 

夫に電話するが、そこに愛人が寄り添っているのが判然として、孤立感を抱くばかり。

 

テキサス。

 

置き去りにされたトニーは、残った仲間の一人に指図され、自らが運転して二人の後を追うが、誘導された道の行き止まりに放り出されてしまう。

 

暗闇の中を歩いていると、ならず者らが車で戻って来てトニーを探すが、トニーは身を隠し、呼びかけに応答しなかった。

 

夜が明け、ハイウェイに戻り、歩いて走行する車に助けを求めるがスルーされ、民家からの通報で警察に辿り着いた。

 

事件を伝え、モーテルで休んだトニーは、その後、所轄署のボビー警部補と共に、妻と娘の行方を探すことになる。

 

ボビーのパトカーに乗り、元の道を辿っていくと、幹線道路から外れた脇道が見つかった。

 

トニーとボビーと警官は車を降りて、その奥へと向かう。

 

その行き止まりでトニーが見たものは、ゴミ置き場のソファに裸体で横たわる妻と娘の姿だった。

 

小説の世界に衝撃を受けたスーザンは実娘に電話をかけ、その声を聞き、心を落ち着かせようとする。

 

しかし、スーザンに強い衝撃を与えた小説の残像が張り付き、エドワードと過ごした過去の日々が侵入的に想起していく。

 

トニーが元夫のエドワードと重なったからである。

 

ニューヨーク(以下、NY)。

 

20年前、NYの街角で、コロンビア大学奨学金の面接で、テキサスの田舎からやって来た小説家志望のエドワードと偶然に再会する。

 

その頃、スーザンはイェール大学を卒業し、美術史専攻でコロンビア大の修士課程にいた。

 

いずれも、アイビー・リーグ8校のエリート私大である。

 

スーザンがエドワードを食事に誘い、レストランでの会話が弾む。

 

「君は僕の初恋の人なんだ。君に会いたくて、お兄さんと友達に」

「あなたは兄の初恋の人」

「彼がゲイだったとは…僕は悪い友人だ。彼を傷つけたかな」

「あなた、いい人ね。親友がゲイだと知ると、皆、イヤがるのに…両親に勘当され、口もきいてもらえない」

「なぜ?」

「両親は保守的で信心深く、性差別・人種差別主義者。共和党支持の救いがたい物質主義者よ…両親は、私と兄も“同類”だと思ってる。だから兄を認めない。そんなの許せない。私にも古い考えをおしつけてくる。特に母がそう」

「…君の瞳にも同じ“悲しみ”が」

「何のこと?」

「お母さんと同じ」

「変なこと言わないで…もう言わないで。母に似たくないわ」

 

更に会話は、二人の将来の話に展開する。

 

「なぜ芸術家の道を諦めた?」

「私は物の見方が皮肉すぎるから、芸術家に必要な心の奥に秘めた衝動がないのよ」

「自分を過小評価してる」

 

そして、スーザンは告白する。

 

「あなたに夢中だったの」

「知ってる」

 

テキサス。

 

「死因が判明した。奥さんは、頭蓋骨、骨折だ。凶器はハンマーか、野球のバット。殴打は1回か2回だ。娘さんは、もっと苦しんだ。窒息による死。片方の腕が折れていた。2人ともレイプされてた」

 

衝撃を受けて、顔を埋めるトニー。

 

NY。

 

将来について母親から尋ねられたスーザンは、エドワードとの結婚の意志を伝える。

 

当然ながら反対する母親に対し、反発するスーザン。

 

「私が言いたいのは、あなたはとても意思が強い。でも、エドワードは弱すぎる」

「“繊細”と言うべき。うちの家族にはない感性よ」

「“自分は親と違う”と思うのは間違いよ。数年後、“ブルジョワ的生活”がとても大切に思えてくるわ。でも、エドワードではムリ。財力がないもの。意欲も野心もないわ」

「…でも、彼は強い。いろんな意味で、私より、ずっと…彼の強さとは、自分自身を信じる力よ。そして私を」

「…あなたは彼を傷つけるだけ。やがて彼の長所まで憎むようになる。気づいていないでしょうけど、あなたと私はとても似てるのよ…見てなさい。娘はみんな、母親のようになる」

 

LA。

 

「“エドワードへ 原稿を読んでいるけど、圧倒的で、力強い作品よ。すばらしい!火曜日の夜に会いたいわ スーザンより”」

 

スーザンは、エドワードにメールを送ったのだ。

 

 

人生論的映画評論・続: 「自分自身を信じる力」が強い男の強烈なメッセージが、風景を変えていく 映画「ノクターナル・アニマルズ」の凄み('16)   トム・フォードより