きっと、いい日が待っている('16)   イェスパ・W・ネルスン

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<決定的に成就する、「月面着陸」という復讐劇>

 

 

 

1  「幽霊になること」を強いられた少年たち

 

 

 

1967年 コペンハーゲン

 

望遠鏡や雑誌を万引きし、店員に追いかけられ、2人の兄弟が逃走する。

 

エリックとエルマーである。

 

まもなく、“児童保護サービス”に捕捉された二人を、母親が迎えに来る。

 

「学校の報告によれば、無断欠席やケンカに無気力、盗みも働いている」

 

そう指摘され、施設行きを促されるが、病気がちな母親は、困窮する母子家庭の背景を説明し、今回だけは施設行きを免除された。

 

「兄弟の父親は数年前に、首を吊って自殺。母一人だった。エルマーは内反足で、人類が月に行ければ、大抵の問題は解決すると信じていた。母親に会ったことはないけれど、笑顔を想像できる。何があっても、希望を保つしかない」(トゥーヤのモノローグ/以下、モノローグ)

 

「母親は工場に行かず、自転車置き場で具合が悪くなり、家に戻った。重病だった。叔父によれば“癌”だ」(モノローグ)

 

叔父は定職がないため、行政の指示で、二人は児童施設に預けられることになった。

 

入所した翌朝、一斉に起こされ、皆、無言でオートミールの牛乳のみの朝食を摂る。

 

ヘック校長(以下、ヘック)が入って来るや、全員起立して挨拶をする。

 

ヘックは新任の国語教師のハマーショイ先生(以下、ハマーショイ)を紹介する。

 

続いて、ヘックに新顔のエリック兄弟が紹介された。

 

「将来、何になりたい?」

「宇宙飛行士」

 

エルマーがそう答えるなり、二人を直接指導する一人の教師(以下、この体罰教師がトフトという名であることが、トゥーヤのモノローグで判明する)が平手打ちを食らわした。

 

「勘違いはいけない。やり直そう。では、まずは堤防への岩運びをさせろ」

 

ヘックがそう言うや否や、エリックが反発した。

 

「できません。弟は内反足で、重い物を持つと足が痛むんです」

 

校長は全く取り合わなかった。

 

「勝手に校長に話しかけるな。分かったか?」

 

今度は、エリックにトフトのビンタが飛んだ。

 

ハマーショイを教室に案内した際、ヘックは指導方針を説明する。

 

「ここの子供たち皆を、そこそこの職人にするのが我々の義務だ。たとえ体罰を用いてでも」

「私は体罰は与えませんが、分かりました」

 

それだけの会話であるが、既に体罰を目視しているハマーショイにとって、この児童施設での仕事の馴染みにくさを感じ取っていた。

 

岩運び作業の日課を、皆で行っていた時だった。

 

昼食はビスケットのみ。

 

兄弟に話しかけてきたトゥーヤは、仲間のトッパーとロードも紹介した。

 

「生き残るには幽霊になれ。目立たないように。いつか“永久許可証”がもらえる。施設を卒業できる。15歳までには。それまで透明人間でいろ」

 

その一方で、施設の他の少年たちから貢ぎ物を出せと、酷い暴力的な虐めを受ける。

 

「兄弟は初日に逃げ出した。あまりにショックで、家に帰りたくなった。逃亡で学ぶ教訓だ。施設の子の味方はいない」(モノローグ)

 

結局、兄弟がヒッチハイクした車は、二人を施設に送り返したのだった。

 

エリックとエルマーに対し、施設に入所する少年たちによる、「制裁!制裁!」の合唱が響く。

 

何も為し得ず、それを目視するだけのハマーショイ。

 

押さえられた二人に対し、一人一人の鉄拳が顔面を激しく殴打する。

 

【この描写だけは頂けない。全員が拳で殴ったらショック死する危険性があるばかりか、兄弟の顔は腫れ上がり、その相貌も変形するだろう】

 

「兄弟は幽霊になろうと頑張った。だが簡単じゃなかった」(モノローグ)

 

更にエルマーが寝小便をしたことが発覚し、寒空の中、裸でシーツを手で広げて、乾くまで立ち尽くすという罰を受けた。

 

その姿を、一斉に囃(はや)し立てる少年たち。

 

「エルマーが医者にかかり、貢ぎ物の量を増やされた。エルマーのおねしょのせいだ。」(モノローグ)

 

【ここで治療薬として処方されたのは、統合失調症治療で鎮静剤・トルクサルと、ADHD(注意欠陥・多動性障害)に使用される危険ドラッグのアンフェタミン

 

ノローグによると、「トルクサルで鎮静し、朝はアンフェタミンで覚醒された。だが、薬を増やしても、おねしょは続いた」とある。

 

因みに、「子どもを『薬漬け』にする児童養護施設の現実」というサイトによると、全国605施設に約2万5000人が入所している我が国の児童養護施設で、ADHDと診断され、複数の副作用が現出する向精神薬コンサータストラテラの服用が強いられるなど、「体罰から向精神薬へ」という流れが定着しているとのこと。紛れもなく人権侵害である】

 

ハマーショイの授業でも、エルマーは薬の副作用で、居眠りして注意される始末。

 

ところが、エルマーの識字能力はハマーショイの目に留まり、自分で書いた日記を読むように指示され、皆の前で音読して見せる。

 

高い識字能力を認められたエルマーは、郵便係を担当することになり、いつしか寝小便も止まった。

 

加えて言えば、エルマーの識字能力の高さは、宇宙への関心の深さが宇宙関係の新聞記事を読み漁る習慣の結果であり、これがラストシークエンスの布石となっていく。

 

クリスマスも迫ったある日、いつものように郵便物を配るエルマー。

 

エリックたちにも、母親からの手紙が届いていた。

 

部屋で何度も読み上げるエルマー。

 

そして、毎年、クリスマスに同じ文面で不在を知らせるトゥーヤの父親からの手紙を、エルマーは「追伸」と称して、妹が見た兄との宇宙の夢を創作して語り始める。

 

「“妹も会いたがってる。愛を込めて”」

 

そう結んだエルマーの言葉に、最初は嫌がっていたトゥーヤだったが、いつしか感極まっていた。

 

かくて、トッパーも自分の手紙をエルマーに差し出すのだった。

 

「俺たちはエルマーの才能に気づいた。自分たちでも読めたが、彼に読んでほしかった。俺たちは月と妙な名前の惑星の話を聞いた。エルマーも楽しんでいた…俺たちは初めて施設の外の大きな何かを感じた。大事なことだ。幽霊でいるべき時があるのと同じぐらい…」(モノローグ)

 

しかし、エルマーのハネムーンの時間は、呆気なく頓挫する。

 

夜になって、アクセルという教師が、寝静まっている少年たちの部屋に来て、エルマーを連れ出した。

 

性的虐待を受けたのだ。

 

これは常態化していて、施設内の子供たちの周知の事実だった。

 

性的虐待を受けたエルマーが洗面所で倒れていた事態について、施設の教師たちと医者が話し合っていた。

 

ハマーショイは虐待を強く主張したが、施設の校長・教師・医師たちは思春期の悪戯であると決めつけ、ハマーショイの異議をあっさりと退けてしまう。

 

言うまでもなく、アクセルも同調する。

 

次の議題では、監査当局の検査の問題について話し合われていくという手順であった。

 

それでも拘泥するハマーショイは、直接、何があったかをエルマーから聞き出そうとする。

 

犯人が子供だと思い込んでいるハマーショイだったが、エリックに否定され、施設内での性的虐待の構造の根深さに初めて気づくのだ。

 

「年次検査では、エルマーは、ほぼ普通に見えた。校長の指示で、アザは化粧でごまかした。俺たちは一張羅を着込んだ。検査官は俺たちを見ないのに…兄弟の帰宅は数日後。俺までうれしかった」(モノローグ)

 

工具の作業中、検察官に問いかけられたエリックは、「とても楽しいです」と答えるのみ。

 

この閉鎖系のスポットにおいて、幽霊でいる以外の適応戦略は存在しないのである。

 

そのとき、エルマーがアクセルに呼ばれ、二人の秘密だと念押しされる。

 

それを見ていたエリックは、密かに電動工具を仕掛けて、アクセルに大怪我を負わせてしまう。

 

ハマーショイはその惨事の一部始終を見て、性的虐待の犯人が誰であるかを察知するに至る。

 

アクセルは救急車で運ばれ、仕事の復帰時期が判然としない状態となった。

 

エリックに叔父から電話が入ったのは、クリスマスの夜の食事中の時だった。

 

それは、母の死を告げるものだった。

 

「静かに食べろという」ヘックの指示に従わず、泣き止まない兄弟たちに、ヘックは怒りを爆発させる。

 

二人に平手打ちを食らわし、無理やり食べさせようと、エリックの顔を皿に押し付けた。

 

それでも嗚咽が止まらない二人に対し、ハマーショイは席を立って、そっと寄り添うのみ。

 

程なくして、兄弟の叔父さんが施設を訪ねて来た。

 

母の死の様子を聞き、遺書の中に、叔父が二人を引き取るという内容が記されていた事実を知らされる。

 

エリックは引き取るのが半年後という叔父に対し、「すぐに出たい」の一点張り。

 

「エリックは逃げる気だった。違法なことを頼むなら、叔父さんが一番。彼は恐れ知らずだ」(モノローグ)

 

叔父はヘックに二人を引き取ることを話すが、ヘックは定職のない叔父に対し、養育する資格がないと取り合わない。

 

「彼らの人生の肝心な時期に、あなたは悪影響です」

 

そこまで言い切ったのだ。

 

「叔父さんは兄弟を連れて帰りたかった。だが兄弟が“夜を待とう”と。叔父さんは道路で彼らを拾い、かくまうと約束した」(モノローグ)

 

ところが、叔父は兄弟たちの話が信じ切れず、約束を守れないことをハマーショイに伝言を依頼する。

 

ハマーショイは消灯後の部屋に入ろうとすると、ヘックに止められ、二人の計画が知られてしまう。

 

予定通り施設を出た二人は再び捕捉され、ヘックとトフトによる激しい暴行を受ける。

 

殴り倒されながらも、エリックは校長に歯向かっていく。

 

「閉じ込めておけないぞ!家に帰ったら、警察に言ってやる!」

 

しかし、ヘックは叔父さんが断りの電話をハマーショイに伝えた事実を告げ、抵抗が無駄であると言い放つ。

 

その話を信じようとせずに暴れるエリックは取り押さえられ、地下室へ連れて行かれる。

 

ハマーショイはエルマーに叔父さんが謝っていたことを告げ、施設に残ることを促す。

 

「他の大人と同じだ」

 

子供ができないハマーショイの、エルマーに対する一連の行為を詰(なじ)ったことで、ハマーショイは思わずエルマーを叩いてしまう。

 

「ごめんなさい」

 

エルマーはその場から走り去り、翌日、ハマーショイも施設を後にした。

 

「兄弟は一夜にして幽霊になった。状況を変えられるのは永久許可証だけだった」(モノローグ)

 

 

人生論的映画評論・続: きっと、いい日が待っている('16)   イェスパ・W・ネルスンより