ビューティフル・デイ('17)    リン・ラムジー

f:id:zilx2g:20210225073032j:plain

<反復的、且つ、侵入的で、苦患の記憶が想起し続ける冥闇の世界に閉じ込められた男の悲哀が漂動する>

 

 

 

1  「何が起きているのか、さっぱり分からない」と漏らす男の少女救済譚

 

 

 

誘拐された少女を連れ戻すという闇の仕事で生計を立て、老いた母と暮らす男・ジョー。

 

そのジョーが、雇い主のマクアリーから仕事を頼まれる。

 

「なぜ俺を呼んだ?」

「州上院議員アルバート・ヴォット。昔、俺が彼の親父を警護してたが、その後、縁が切れてた。ヴォット議員の妻は、2年前に自殺。10代の娘は、それ以来、家出したまま。娘と連絡が途絶えたと、ヴォットから電話があった。彼は現知事と選挙活動中で、警察沙汰は避けたい。現金5万ドルの仕事だ」

「手掛かりは?」

「彼に届いた匿名メールにある住所が。午後2時に、彼と会ってくれ」

 

マクアリーとの会話である。

 

早速、ジョーはヴォットに会いに行く。

 

「娘さんがいたら、必ず連れ戻します」

「君は残忍だって聞いた」

「時にはね」

 

それだけだった。

 

ジョーはヴォットの娘・ニーナの写真をポケットに入れ、次の待ち合わせ場所を指定した。

 

そして、人身売買の拠点に侵入し、警備員をハンマーで殺し、ニーナを救出する。

 

車を止め、隣の座席に座るニーナに話しかけると、少女はジョーに抱きついてきた。

 

「大丈夫、大丈夫だ…そうじゃない。そんなことしなくていい。パパの元へ帰ろう」

 

二人はモーテルに入り、父親の迎えを待つことにする。

 

ところが、テレビでヴォットが飛び降り自殺をしたというニュースが流れるのだ。

 

肝心の依頼主の死に驚愕する間もなく、モーテルの警備員が警官2人を連れ、ドアを開けた。

 

その途端、警備員は背後の警官に射殺され、一人はニーナを連れ去り、もう一人はジョーと格闘して殺された。

 

「何が起きているのか、さっぱり分からない」

 

常に、この言葉がジョーを襲ってくるようだ。

 

いつもの自傷行為で、歯を紐で抜き、血を滴らせるジョー。

 

児童期に家庭内暴力が常態化していて、児童虐待のトラウマを抱える彼には自殺願望がある。

 

そのジョーはマクリアリーに電話をかけるが、留守録のテープが流れるのみ。

 

事務所へ向かうと、マクリアリーは既に殺されていた。

 

そればかりではない。

 

雑貨屋の店主で仕事の仲介者でもあった、エンジェル父子も殺されたのである。

 

混乱の中、子供の頃に受けた父親の虐待のフラッシュバックに苛まれ続けるジョー。

 

「背筋を伸ばして、まっすぐに」

 

そんな言葉が繰り返し、侵入的想起するのだ。

 

不安を抱えて帰宅するや、ジョーは凍り付く。

 

今度は、母親がベッドで銃殺されていたのである。

 

階下に人の気配がしたので、降りて銃を放つと、一人は死に、一人は絶命せずに倒れていた。

 

気息奄奄(きそくえんえん)の男が、ニーナの居場所がウィリアムズ州知事のところであると吐く。

 

この男が黒幕だったのだ。

 

「母は怖がったか?」

「眠ってた」

 

ラジオからかかる「I've Never Been to Me」(愛はかげろうのように)に合わせ、息絶え絶えの男が口ずさむ。

 

ジョーも一緒に歌い、死にゆく男の手を握る。

 

母親の遺体をビニール袋に包んで車に乗せ、美しい森の湖畔へ行き、自らも石をポケットに詰め、潜って母を水葬した。

 

水中に深く沈むジョーは、フラッシュバックで再現されるカウントダウンに入り、自死する行為に振れるが、石を捨て、湖から生還する。

 

ニーナの救済を果たしていないのだ。

 

ニーナを救うべく、ジョーはウィリアムズの選挙事務所に向かい、組織の男たちの車を追尾し、豪邸に入り込む。

 

警備員らをハンマーで撲殺し、ニーナの部屋に辿り着くと、ウィリアムズは既に喉を掻き切られて死んでいた。

 

嗚咽するジョー。

 

ここでも、フラッシュバックが彼を襲う。

 

階下のダイニングルームに行くと、ニーナが血だらけの手で食事をしていた。

 

傍らには、血の付いたカミソリが置かれていた。

 

ニーナがウィリアムズを殺したのである。

 

ニーナに近寄り、少女の腕に手を添えるジョー。

 

「大丈夫よ、ジョー。心配しないで」

 

2人は邸を出て、レストランに入った。

 

「どこへ行くの?」

「そうだな。どこでもいいぞ。どこへ行きたい?」

「分からない」

「俺も分からない」

 

ジョーの言葉を聞くや、ニーナは席を立ち、トイレに向かった。

 

為すすべのないジョーは、一筋の涙を零し、銃で自らの喉を撃ち抜く。

 

ニーナが席に戻り、ジョーの頭に手を置く。

 

「ジョー、目を覚まして」

 

ジョーの自殺は夢だった。

 

「何?」

「行きましょ。今日は、いい天気よ」

「確かに、いい天気だ」

 

二人が座っていた椅子が映し出され、「何が起きているのか、さっぱり分からない」と漏らす男の少女救済譚の物語が、まるで何もなかったかのような印象を観る者に与えて、ラストカットとして閉じていく。

 

 

人生論的映画評論・続: ビューティフル・デイ('17)    リン・ラムジー

 より