勝手にふるえてろ('17)   大九明子

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<持ち前の「自己推進力」が、心の隘路を抉じ開けていく>

 

 

 

1  「なるほど。孤独とは、こういうことか」 ―― 冥闇の世界に放り込まれ、凹んだ女子の傷心の決定的変換点

 

 

 

何年もの間、憧憬し続けてきた「天然王子」イチと、「彼氏なし」の24歳のOLヨシカとの会話。

 

「ねえ、君、なんか話してよ」とイチ。

「え~どうしよ。あーじゃ、絶滅したドードー鳥の話でもいいかな」とヨシカ。

「え~いいねぇ。好きだよ。古代の動物とか、絶滅した動物とか、特に好き」

「え、どうして?」

「本当に、あんな歪(いびつ)な奴らが地球上に存在したんだとか考えるだけで、面白いから」

「歪かぁ。だから私、どっか自分と重ねちゃうんだな」

 

自分と趣味が合うと知り、目を輝かせるヨシカ。

 

そこからアンモナイトの話になり、「励まされるちゃう」とヨシカの気分は弾んでいく。

 

絶滅したオオツノジカの話でイチと盛り上がり、「生き下手過ぎて、泣けてくるよね」と意気投合するのだ。

 

「君と話してると、不思議。自分と話してるみたい」

「そうだね」

「あの頃、君と友達になりたかったな」

 

目の色が変わるヨシカ。

 

「そうだね…イチ君て、人のこと、君って言う人?」

「ごめん、名前、何?」

 

瞬時に凍り付くヨシカ。

 

突然、笑い出すヨシカだが、泣き笑いがウェーブし、胸のあたりが苦しくなって、タワマンから退散する。

 

「私の名前をちゃんと呼んで…」

 

帰りの電車から降ると、これまでの風景は一変していた。

 

フレンドリーに話しかけていた駅員は素知らぬ振り。

 

行きつけの喫茶店の金髪の女子店員も、オープニングシーンとは打って変わって、素っ気ない接客態度。

 

コンビニ店員も、朝晩釣りに興じている中年男も、誰もがヨシカの存在に気づかない。

 

「誰にも、見えてないみたい」

 

そう呟き、笑うヨシカ。

 

これまで提示されたヨシカの、他者とのコミュ―ニケーションや好意的なストローク(他者への働きかけ)は、自分の世界で妄想を膨らませて享受するポジティブな妄想癖の所産だったのだ。

 

アパートに帰宅して、号泣するヨシカ。

 

この一件があってから、自分が観ていた“ニ”に対する評価が遷移していく。

 

公園での二人のデート。

 

「付き合おうっか。私たち…え?もう付き合ってましたっけ」

「え?どうなの?」

「じゃ、付き合ってる」

 

その答えを聞いて、喜び転げる“ニ”。

 

「何で今、そう思ったの?」

「何か、自然じゃない?私たちって。違和感ないって」

 

そこで、“ニ”がキスしようとすると、ヨシカは狼狽し、一目散に走り去ってしまう。

 

会社で再会した二人。

 

“ニ”が昨日のことを謝り、ヨシカは受け入れるが、親友のクルミから彼氏と付き合ったことがないから、それを踏まえてアタックするようにというアドバイスを受けた事実を知り、逆上してしまった。

 

「今ので私、決めた。私ね、中学の頃からずっと好きな人がいるの。その人のこと、10年ずっと好きなの。私には彼氏が二人いて、一人がその人。もう一人があなた。でも、やっぱり、一人に絞ります。一番好きな一人に絞ります。だから、さようなら」

 

悔し涙を隠し、心配するクルミに声を掛けられると、悪阻(つわり)と偽り、アパートに戻るヨシカ。

 

翌日、出社したヨシカは、虚偽の産休を上司に申し入れるが、暫定的な有給扱いで休むことになる。

 

秘密をバラしたクルミに対する怒りで、罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせた。

 

経理のスキルの高さにおいて、クルミへの優越意識が、ヨシカの悪意の言辞に垣間見える。

 

荷物を整理し、帰り際に“ニ”と出くわすが、彼は冷たい視線をヨシカに向けただけだった。

 

家に帰り、ベッドに横たわり、呟く。

 

「なるほど。孤独とは、こういうことか」

 

この思いは、冥闇冥闇(めいあん)の世界に放り込まれ、凹んだ女子の傷心の決定的変換点と化していく。

 

会社に行かず、ただ家にいるヨシカは、何度も携帯のメールの着信を確認するが、何も届いていない。

 

唯一、クルミから電話がかかってきたが、ヨシカは出なかった。

 

二度目のクルミからの電話の留守録を聞くヨシカ。

 

「あたし、ヨシカを怒らせるようなことしちゃったのかな。しちゃってたら謝ります。ごめんなさい」

 

ヨシカの妊娠を信じるクルミは祝福のメッセージを送り、社内で付き合っていた男から振られた話をして、謝罪するのだった。

 

それを聞きながら、涙ぐむヨシカ。

 

留守録を保存し、クルミに電話をかけると、着信拒否になっていた。

 

「ファック!」

 

ここでまた、キレてしまう。

 

次に、会社に電話をかけ、“ニ”を呼び出し、自宅に招くのだ。

 

雨の中、玄関前で、「とりあえず来た」と言う“ニ”に、妊娠が虚偽だった事実を告げるヨシカ。

 

それを聞いて、怒り出す“ニ”。

 

想定外の“ニ”の反応には、それまでの「チャラ男」のイメージを払拭するのに充分だった。

 

「被害者面、よしなよ!バラすつもりなくても、人の秘密バラしちゃうことってあって、でも、そこに少々の意地悪心がないと言えば嘘かもしれないけど、でも、人間って、そんなもんじゃん!」

 

ヨシカも、感情含み存分に反駁(はんばく)する。

 

「それ、他人事だから言えんだよ。私なんかね、もう、ウヒャーってなって、会社中にバレちゃったんだよ。みっともない。だって、もう私、会社行かれない人になっちゃったじゃんよ!何ひとつ成し遂げられないまま、愚痴あてることになっちゃったんじゃんよ!!」

 

二人の言い争いには、終わりが見えないようだった。

 

「なに大げさなこと言ってんの。この歳で、何かを成し遂げてる奴なんて、この地球上に存在しねぇよ!」

ジャンヌ・ダルクがいる!」

「すげぇとこと、勝負しようとしてんじゃねぇよ!偉人になりたいの?…もう、脳ミソが悪魔的だよ!」

「そっちこそ、処女狙いの悪魔じゃん。あたしのこと処女だから好きになったんでしょ!処女だから、可愛いとか、何でそんな怖いこと言うの?」

 

激しい雨の中、言い争っていたが、隣人が二人の言い争いを聞き、立ち竦んでいるのに気づき、部屋に入る二人。

 

「あのね、好きなら耐えろとか、すげぇこと言ってるの、自分で分かってる?普通は怯(ひる)むんだけど、ヨシカを見つけた俺は、かなり冴えてると思うから、自分を信じて頑張ってみる」

「何それ、上から目線。傲慢で震えがくるわ…私のこと、愛してるんでしょ。こうやって野蛮なこと言うのも私だよ。受け入れてよ!」

「いや、正直、俺、まだ、ヨシカのこと愛してはない。好きレベル…俺は、かなりちゃんとヨシカを好き」

「何で?」

「何だろ。珍しいからかな」

「珍しいって、何?異常ってこと?」

「異常でもないし、偉人でもないけど、一緒にいたくなるんだわ。ヨシカは分かんないことだらけなんだよ。だから、好き。でも、いくら好きだからって、相手に全部むき出しで、しなだれかかるのは、よくないよ」

 

玄関のドアを開け、“ニ”は戸外に向かって叫んだ。

 

「俺との子供、作ろうぜ!!」

 

ヨシカは涙を一筋流し、“ニ”に抱き着く。

 

「霧島君…勝手に震えてろ」

 

そう言い放ち、“ニ”にキスするヨシカ。

 

ラストカットである。

 

 

人生論的映画評論・続: 勝手にふるえてろ('17)   大九明子 より