「愛」があって「性」がある関係にのめり込んでいった少女の「愛の風景」 映画「第三夫人と髪飾り」('18)が訴える、女性差別の裸形の情態

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1  「女性共同体」の中枢に吸収されていく少女の変容

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「19世紀 ベトナム 14歳のメイは、裕福な大地主の第三夫人となる。事実に基づく物語」(冒頭のキャプション)

 

二艘(いっそう)の小舟。

 

先頭の一艘に、花嫁となる少女が乗り、渓流を上っていく。

 

少女を迎えたのは、養蚕業を営む大地主・ハン一家。

 

花嫁の名はメイ。

 

ハンの第三夫人として嫁いできたのである。

 

結婚式が華やかに執り行われ、第二夫人のスアンの歌が披露されている。

 

美しいスアンに見入るメイ。

 

幼さを残した表情には、緊張感が解(ほぐ)れていないのが透けて見える。

 

盛大な結婚式が執り行われたら、初夜の儀式が待っていた。

 

生卵の黄身をハンが口に含み、それをメイの体に這わせて、交接に及ぶのだ。

 

翌朝、枝にかけられた血の付いたシーツが花瓶に差され、その横にメイは佇んでいる。

 

処女の初夜を証明する習わしなのだろう。

 

「いつも村の医者がハ奥様に作ってた。奥様の妊娠中は毎日、私も祈りました。男の赤ちゃんの元気な鳴き声を聞いて、うれしかったわ」

「私も男の子を」

「そうですよ。スアンさんは、“奥様”とは言えない。旦那様の息子を産んでないからです」

 

筆頭使用人のラオとの会話である。

 

ラオが言う「ハ奥様」とは、第一夫人ハのこと。

 

そのハ夫人には、年頃の息子・ソンがいる。

 

唯一の男児を儲けたことで、ハ夫人=「ハ奥様」と呼称され、三人の女児を儲けた第二夫人スアンと一線を画すのである。

 

スアン夫人の二人の女児の名は、リエンとニャン。

 

三人目の子は、まだ幼児で、その名の映像提示はない。

 

一線を画す両夫人だが、二人には確執の欠片(かけら)も拾えない。

 

絹で編んだと思われる美しいアオザイベトナムの民族衣装)を身に纏(まと)い、弱い立場に置かれた者同士の「女性共同体」が、そこにある。

 

その「女性共同体」の中枢に、メイが吸収されていく。

 

「あの時はとても痛いの」とメイ。

「演技をすれば、旦那様も喜ぶわ。いつか、それが本当になる。ハ夫人は、荒々しくされるのが好き」とスアン。

「荒々しく?」とメイ。

「笑えばいいわ。そのうち分かるから。子供を産むと体が変わる」とハ。

 

装身具を磨きながら、ハとスアンが、不安含みのメイに、家主ハンからの愛され方を教授するのだ。

 

そんな折、スアンの長女リエンが初潮を迎えた。

 

喜ぶ母スアン。

 

リエンの妹のニャンは、メイとの花摘みの家路の途中、「黄色い花には毒がある」とメイに言い伝える。

 

「女性共同体」の暮らしに溶け込んでいくメイ。

 

そして、待ち望まれていたメイの妊娠。

 

「メイを甘やかさないで」

 

メイを可愛がる祖父に対して、ハが一言、添えた。

 

「心配しなくていい。あの子はまだ子供だ。野心などない。結局のところ、人は仏の陰に積もる塵に過ぎない」

 

「野心」という言葉に驚かされるが、ハの言葉には毒がない。

 

悪阻(つわり)で苦しみ、夜中に目覚めたメイが、寝床を抜け出したスアンのあとを追い、そこで見たのは、第一夫人の息子ソンとスアンの交接の現場だった。

 

その足でハンの寝床に戻って来たメイは、就眠しているハンのベッドの傍らで自慰行為に及ぶのである。

 

興奮する少女は「性」に目覚めたのだ。

 

スアンに対する想いも強化されていく。

 

そのスアンに優しく体を拭いてもらったり、髪を梳(す)いてもらって、愉悦するメイ。

 

その直後に提示された映像は、密通が発覚した使用人がハンに鞭打たれる描写。

 

女は剃髪(ていはつ)されて寺に引き取られ、男には罰が待っている、とスアンに聞かされた。

 

その夜、スアンは三人目の幼児を抱き、自分の部屋の前でリエン、ニャンと共に蒸し暑いひと時を過ごしている。

 

スアンの子守歌に聴き入っているメイ。

 

メイがベッドに入って来たハンを拒んだのは、この直後だった。

 

今や、メイには、スアンのことしか頭にない。

 

日々、スアンのことばかり考え、彼女なりのセクシュアリティーを感じてしまうので、ハンの性愛を受容し得なくなっているのだ。

 

まもなく、メイから乗り換えられたかの如く、ハ夫人が妊娠した。

 

ハ夫人のよがり声を聞くメイ。

 

小正月などの飾り物として、養蚕によって絹を作る繭玉(まゆだま)が映し出された。

 

今、三夫人が広い庭で寛(くつろ)いでいる。

 

向こうに見えるのは、スアンの三人の女児たち。

 

ラオが三人目の幼児を抱いているのが見える。

 

一幅の印象派絵画のような構図である。

 

ハ夫人の妊娠を祝う御馳走が振る舞われ、その様子を見ているメイには対抗心が湧いていた。

 

そして、自分に男の子が授かるよう祈るのだ 。

 

「どうか、私に息子を授けてください。この家で最後の男の子を」

 

まもなく、ソンの結婚が決まるが、乗り気ではないソンは刃物を振り回して拒絶する。

 

「知らない女となんか結婚できない」

 

ソンを抱きながら慰めるハ。

 

「私も相手を知らなかった。式の日に初めて会ったの」

 

そんな折、ニャンが可愛がっていた牛が病気になり、黄色い花で毒殺するハ。

 

烈しく拒絶するニャンは、スアンが無理やり食事を採らせようとするが、頑として拒否する。

 

「どうして毒草を?」とメイ。

「結婚式の日に死なれたら困る」とハ夫人。

 

朝方、当の本人のソンは諦め切れずに、スアンの元に行くが、スアンに拒まれてしまう。

 

「俺達には、子供も生まれたのに」

「あなたの娘じゃない。旦那様の子よ」

「何だって?嘘をつくな」

「いえ、本当よ。アザミ茶を飲んで、あなたのは流していた。分かったら、もう諦めて。もう行って…」

「僕を、愛してなかったのか?」

 

スアンも辛い。

 

しかし、それ以外の選択肢がないのだ。

 

部屋に戻ったソンは、ラオに慰められる。

 

ラオもまた、好きな人と一緒になれなかった話をして、一時(いっとき)、ソンの気持ちを和らげる。

 

ハが流産した。

 

メイは自分が息子を欲しいと祈ったから天罰が下る、と泣いてスアンに訴える。

 

「リエンを妊娠中に、息子が欲しいと祈った。ニャンの時もそうよ。でも3回目は祈るのをやめた。運命は変えられない」

 

スアンはそう話して、メイを慰めた。

 

かくて迎えた、ソンの結婚式の初夜。

 

あどけない花嫁・トゥエットが待っている部屋に、ソンは酩酊状態で入って来た。

 

少女が服を脱ごうとすると、「やめろ!」と叫ぶソン。

 

祝福すべき儀式が終焉した瞬間である。

 

一方、スアンに大きなお腹のマッサージをしてもらうメイは、愈々(いよいよ)、スアンへの「愛」を隠し切れなくなった。

 

メイはスアンにキスをし、スアンも応じるが、途中で止めさせた。

 

「こんなこと許されない」

「あなたを好きなの」

「ダメよ。天罰が下る」

「でも、愛してる」

「できないわ」

「どうして?」

「あなたは、もうすぐ子供を産む。きっと、自分でも混乱してるのよ。今の気持ちは、本物じゃない」

 

メイは、嗚咽しながらスアンを睨む。

 

「私を嫌いなのね」

「愛してるわ。でも、娘のように思ってるの」

 

もう、これ以上、先に進めなかった。

 

メイの「愛」も、終焉を迎えるに至る。

 

 

人生論的映画評論・続: 「愛」があって「性」がある関係にのめり込んでいった少女の「愛の風景」 映画「第三夫人と髪飾り」('18)が訴える、女性差別の裸形の情態 アッシュ・メイフェア より