晩年の2年間に爆裂する男の「激情的習得欲求」の軌跡 映画「永遠の門 ゴッホの見た未来」('18)   ジュリアン・シュナーベル

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1  「僕の中に何かがいる。誰にも見えないものが見えて、恐ろしい」

 

 

 

「芸術家のグループ展」に出品されたフィンセント・ファン・ゴッホ(以降、ゴッホ)の絵は評価されず、すべて撤去されてしまう。

 

「こんな絵は誰も見ない。一人でも客を増やしたいのに、これじゃ客が逃げていく。全部、外に運び出せ」

 

呆気ないものだった。

 

1880年代のパリ。

 

ゴッホは、弟テオ(テオドルス)と共に、「芸術家共同体」を創設しようとする会合に出席した。

 

その名称や出資金や運営などの規則を巡る議論を聞いていた一人の男が、凛として立ち上がり、異議を唱えた。

 

「また階級制度を作るのか?命令する者と従う者」

 

そう言うや、男は会場から立ち去った。

 

男を追うゴッホ

 

「連中は芸術家気取りの官僚だ。全員が暴君だ」

 

男の名はポール・ゴーギャン(以降、ゴーギャン)。

 

ゴッホは、既に彼の作品に関心を寄せていた。

 

マダガスカルに行くというゴーギャンに、自分の思いを話す。

 

「新しい光を見つけたい。まだ見ぬ絵を描くために。明るい絵。太陽の光で塗った絵」

「南へ行け。フィンセント」

 

画商のテオから資金援助を受けていたゴーギャンの一言で、ゴッホは南仏アルルへと旅発った。

 

想像以上にアルルは寒く、暗い部屋で靴のスケッチを描くゴッホ

 

部屋を出て、枯れたヒマワリ畑を抜け、ひたすら南へと歩き進んでいくと、やがて光り輝く緑と、木々の大地へと辿り着く。

 

喜びに満ちたゴッホは、日没を過ぎた大地にキャンバスを広げ、夜を徹して絵を描く。

 

程なくして、ゴッホは下宿先(カフェ)のジヌー夫人を介して、カフェと共に、自らが経営する「黄色い家」を紹介される。

 

そこは、画家のコミュニティ構想のスポットでもあった。

 

テオの仕送りに頼るゴッホの生活は貧しく、拾った枝を筆に仕立て、広大なアルルの自然を歩き回り、光の風景をスケッチしていく。

 

「平らな風景を前にすると、永遠しか見えない。存在には理由がある」(モノローグ)

 

いつものように自然の中で、木の根っこの写生をしていると、教師が引率する子供たちの集団が近づき、ゴッホの絵を見て口々に揶揄(やゆ)する。

 

「今どきの画家は変わってる。正当な絵の時代は終わり。誰もが木の根を描いて、芸術家を気取るのよ」

 

教師までがそう言い放ち、子供たちが絵に触るので、ゴッホは必死に追い払う。

 

家に帰っていくと、子供たちに石を投げられ、怒ったゴッホは子供に掴みかかるのだ。

 

親たちがゴッホを取り押さえ、施療院に強制入院させられるに至る。

 

逸速(いちはや)く、テオが病院を訪れ、ゴッホに入院の理由を尋ねる。

 

「時々、頭がおかしくなる。意識が自分の外に流れ出していく。僕が路上で、泣き叫んだと皆は言う。顔を真っ黒に塗って、子供たちを怖がらせたとか、だけど何ひとつ覚えてない。覚えているのは、暗闇と不安。それで、ここに入れられた…時々、幻が見えるんだ…時には花だったり、それから天使だったり、人間だったり、混乱してる。話しかけてくることも…このままだと、何をするか分からない。人を殺すか、崖から身投げするか」

 

テオはゴッホを抱き締めながら、ゴーギャンに手紙を書くことを思案する。

 

一刻も早くゴッホの元に行くことを、ゴーギャンに促すテオ。

 

ゴーギャンが「黄色い家」にやって来て、二人は自然を前にして、自らが切り取った「画」に集中している。

 

「僕の描いた木は僕のもの」とゴッホ

「君の描いた顔は君のもの。その顔はずっと残る。描かれた対象じゃない。君が描いたから残るんだ。人々は美術館に君の絵を見に行く」

「だけど、皆は僕の絵を見たがらない」

「革命だよ。分かるか?僕らの世代が変える。絵画と、君のいう自然との関係を根本的に。なぜなら描かれた現実は、独自の現実だから…印象派は、論外だ。そうだろ?彼らは子供や庭を描いただけ…ルノワールドガもモネも期待できない。自己を模倣してる。」

「好きな絵には感謝すべきだ。モネはいいよ」

「今は僕らの時代だ。大きな責任がある」

 

ジヌー夫人をモデルに、二人は笑みを捨てさせた被写体に対峙している。

 

【「アルルの女」(ジヌー夫人)をモデルに、ゴッホ4点の作品を残している】

 

「君は速すぎて、何も見ずに描いていく」

「絵は素早く描くものだ…僕の好きな画家は、明確な筆運びで素早く描く。それが天才の描く線だ」

「君の描き方は違う。速くて、塗り重ねてる。表面は粘土みたいだ。絵というより彫刻だ」

 

絵の技法やモチーフの考え方が異なるゴーギャンが、すぐにアルルを発ち、「パリに戻る」と唐突に言い出した。

 

驚愕(きょうがく)するゴッホ

 

ゴーギャンの言葉を反芻(はんすう)しながら、驀進(ばくしん)するように外部世界へ駈け走っていく。

 

抑制系が切れてしまったのだ。

 

「ずっと独りで、部屋で過ごしてきた。だから自分を忘れるために、外に出て絵を描く。抑制などするものか。熱狂していたい。絵は“行為”なんだ。速く描けば描くほど、気分がいい」(モノローグ)

 

「なぜ泣く?」

「僕のどこが悪かった?」

「どこも。この決断は、君と関係ない。僕らは一緒に暮らせない。気性が合わないんだ。認めろよ。分かってくれ。僕の評価が確立された。もう田舎にはいられない。人々の中で暮らさないと。それに、ここは嫌いだ。周りは愚かで意地悪で、無知な人間ばかり。そんなに興奮するな」

 

そう言い捨てて、ゴーギャンは去って行った。

 

「行くな。頼む。君にいてほしい。そんな仕打ちをするな。頼む。やめてくれ!」

 

置き去りにされたゴッホは、ゴーギャンのヘビーな言辞をループし、叫喚(きょうかん)する。

 

「何度かケンカした。僕は、彼を傷つけたのか。だが、どうやって?覚えているのは、カミソリで自分の片耳を切ったこと…耳を彼に渡したかった。謝罪として。なぜか?神のみぞ知る。ギャビー(馴染みの女子)なら彼の居所を知ってると思い耳を渡した。彼女は怖がった。殺されると思ったのか。それで警察を呼び、僕はここに入れられた…僕の中に何かがいる。誰にも見えないものが見えて、恐ろしい。そんな時は自分に言い聞かせる。僕に見えるものを、見えない人に見せてやろう。彼らに希望と慰めを与えよう…僕の見ているものは、世界の現実に近い。生きるとは何か、人々に感じさせられる…僕の周りには危険な霊がいる。目には見えない。だけど、存在を感じる。霊は僕を脅迫する。僕の心臓を刺したがっている。霊を僕から切り離そうとした」

 

  

人生論的映画評論・続: 晩年の2年間に爆裂する男の「激情的習得欲求」の軌跡 映画「永遠の門 ゴッホの見た未来」('18)   ジュリアン・シュナーベル より