恐怖のスポットでグリーフワークが完結する 映画「蜜蜂と遠雷」('19) ―― その眩い煌めき 石川慶

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1  「落ちちゃったよ。生活者の音楽は、敗北しました」

 

 

 

第10回 芳ヶ江 国際ピアノコンクール

第一次予選 11月9日~13日

 

「2週間にわたる3つの予選を経て、6名が本選へ進みます。今年は過去最多の53か国1地域から、512名の応募がありました。この後の審査で、二次に進む24名が選ばれます」

 

カメラに向かって解説する海外メディアのレポートである。

 

このコンクールで本命視されているのは、ジュリアード音楽院に通うマサル(通称「ジュリアードの王子」)。

 

コンクールに参加する一人、岩手の楽器店に勤めている高島明石(以下、明石)は、年齢制限ギリギリで、このコンクールに挑戦する一人。

 

そして、密かに注目されているのは、「消えた天才、栄伝亜夜(えいでん あや/以下、亜夜)」、20歳。

 

母親の逝去が原因で、7年前にステージをドタキャンした過去がある。

 

「一次審査は通るでしょうけど、かつてのような輝きはなかった」

 

審査委員長・嵯峨三枝子(以下、嵯峨)の亜夜への評価である。

 

彼女は、審査員の一人である元夫のシルヴァーバーグと、今回の参加者について立ち話をしていた。

 

その亜夜は、かつて近所に住み、亜夜の母親にピアノを教わっていたマサルと再会する。

 

「あーちゃんのお母さんは、僕にピアノの楽しさを教えてくれた先生だよ」

 

亜夜との再会を喜ぶマサルの言葉である。

 

また、このコンクールに16歳の天才少年・風間塵(じん/以下、塵)が参加している。

 

彼の評価を巡り、審査委員会は紛糾する。

 

「あんな弾き方は冒涜に近い」

「とてつもない才能の持ち主だ」

 

しかし、彼を推薦したのは、ピアノの神様ホフマンだった。

 

ホフマン曰く、「“彼は文字通り、天から我々へのギフトだ”」。

 

そして、第一次の予選結果が発表される。

 

そこには、上記4人の名があった。

 

第二次予選。

 

マサルは演奏に備え、朝からマラソンをして、体調管理に余念がない。

 

課題曲は「春と修羅」。

 

カデンツア」(即興的演奏)共々、自信作と言い切るマサルに対し、亜夜はまだ何も決まっていないと答える。

 

難曲を演奏し終えたマサルは、満面の笑みを湛えていた。

 

本作の中に、明石の生活風景の一端が挿入される。

 

その明石は、第二次予選で、温もりに満ちた生活風景を感じさせる「カデンツア」を披露した。

 

それを会場で聴いていた亜夜は、急に思い立ち、練習用のピアノを探すが、会場に空きはなく、明石が知り合いの工房を紹介してくれた。

 

彼女の跡をつけてきた塵と、ピアノへの思いを語り合い、窓の月を見ながら、二人でドビュッシーの「月の光」(ドビュッシー)、「イッツ・オンリー・ア・ペーパー・ムーン」(ハロルド・アーレン)、「月の光」(ベートーヴェン)を連弾する。

 

塵はインタビューで応募理由について聞かれ、ホフマン先生との約束について答えている。

 

「世界は音楽で溢れているから、聴きなさい、っていう意味なんだけど、そういう音楽をね、ホフマン先生は奏でなさいって言ってた。そういう音楽を奏でる人を見つけなさいって」

 

その塵の第二次予選の演奏が終わった。

 

「すっごい、気持ちよかったよ!ホールで弾くのって、こんなに楽しいんだって、思った」

 

楽屋で、次の演奏の順番を待っていた亜夜に弾んだ声で報告する塵。

 

そして、亜夜の番がやって来た。

 

「行ってらっしゃい。客席で聴いているよ」

 

母親との連弾を思い出しつつ弾くピアノは、上々の出来だった。

 

第二次予選後、インタビューに答える明石。

 

「落ちちゃったよ。生活者の音楽は、敗北しました。これで、ひとまず、俺の音楽人生の第一章はお終い」

 

海岸に出て、砂浜で遊ぶ亜夜とマサル、塵を見ながら、一緒にやって来た明石と、明石に帯同するカメラマンで、同級生の仁科雅美が語り合うシーンが挿入される。

 

重要なシーンなので、詳細は批評において言及する。

 

 

人生論的映画評論・続: 恐怖のスポットでグリーフワークが完結する 映画「蜜蜂と遠雷」('19) ―― その眩い煌めき 石川慶 より