人生論的映画評論・続  状況に馴致することによってしか呼吸を繋げなかった女の悲哀 映画「愚行録」('17) ―― その異形の情景 石川慶

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1  女を弄び、腹を抱えて笑う二人の男

 

 

 

我が子(千尋ちひろ)をネグレクトした罪で、警察に拘留されている妹・光子に、弁護士を随伴して面会する兄・田中武志(以下、武志)。

 

「あの子、元々食が細いんだよ。普通の家庭がどうしているか、分かんないけどさ。ちょっと育て方が下手だからって、警察の人もひどいよね」

 

この光子の物言いに、弁護士の橘が制止する。

 

「あたし、秘密って、大好きだから」

 

そう言って、武志を見つめる光子。

 

警察署を出た二人

 

「保護されたとき、千尋ちゃんの体重は、一歳児並みだったそうです。今もまだ、意識が戻っていません。回復したとしても、脳に重い障害が残るだろうって、主治医の先生が…どちらにしても起訴の可能性が高いでしょうね」

 

橘は光子の精神鑑定を想定しているようだった。

 

「光子さんの感じ、ちょっと変ですよね。責任を感じていないっていうか、他人事みたいな。彼女…例えば、子供の頃、千尋ちゃんと同じような経験をしていたりとか?」

 

無言の武志。

 

雑誌記者の武志は、1年前に惹起し、迷宮入りしていた「田向家の一家惨殺事件」(以下、「事件」)の取材を申し込み、渋々、デスクに許可される。

 

「何でもいいから、何かやってないと、気持ちが持たないだろう」

 

デスクの醒(さ)めた反応である。

 

早速、現場となった空家を訪れる武志。

 

通りがかりの女が、近所の人たちは、皆、引っ越したと話すばかりの殺伐たる空気感。

 

武志は被害者・田向浩樹(たこうひろき/以下、田向)の大学時代の友人であり、同期入社の渡辺に、会社帰りに会って話を聞く。

 

新入社員の歓迎会の飲み会で、田向は隣席だった山本礼子と、その日のうちに関係を持つ。

 

しかし、田向は酔った気分だったことを渡辺に吐露する。

 

だから、バーで田向からドタキャンされた山本と、偶然出会った渡辺もまた、彼女と関係を持つが、彼の場合、最初からは遊びに過ぎなかった。

 

「既成事実を作ったところで、仕上げですわ」

 

2.3回遭ったところで、田向と付き合っていたことを持ち出し、山本を責めたてる渡辺。

 

謝る山本に対し、冷たく言い放つ。

 

「ごめん、正直、顔見るのもきついんねん」

 

山本を振った渡辺は、田向と居酒屋で最初は深刻そうに話していたが、堪(こら)え切れずに、腹を抱えて笑い出す二人の男。

 

「でも、山本さん、エロかったわぁ」と渡辺。

「なぁ?飽きちゃうの分かるだろ?」と田向。

 

女を弄び、腹を抱えて笑う二人の男。

 

こんな連中なのである。

 

渡辺の話が終わり、店を出た武志は、その山本は既婚し、子供もいるらしいと聞かされる。

 

別れ際に、渡辺は号泣し、振り絞るように語った。

 

「なんで、あんなええ奴が殺されな、あかんのですかね」

 

橋の欄干で泣き続ける渡辺の傍で、佇(たたず)むだけの武志だった。

 

 

 

2  気位が高い女たちのコンフリクトの収束点

 

 

 

精神鑑定を受ける光子。

 

精神科医の杉田に子供の頃、母親に食事も作ってもらえず、兄がいなかったら生きてなかったかも知れないと話す光子。

 

「お兄ちゃんって、どんな人だったの?」

「人生やり直せるなら、生まれた時からやり直したいけど、お兄ちゃんだけはそのままがいい。私、生まれ変わっても、お兄ちゃんの妹でいたい」

 

武志が次に向かったのは宮村順子(以下、宮村)。

 

「事件」の被害者である田向の妻・旧姓・夏原友希恵(以下、夏原)の、文応大学時代の友人である。

 

以下、宮村の話。

 

文応の女子には、下から上がって来た「内部生」(ないぶせい)と「外部生」の学内カーストがあり、「外部生」は「内部生」の仲間に入ることを「昇格」と呼んでいた。

 

「私たちのクラスで、真っ先に昇格したのが夏原さんでした。華やかさでは、『内部生』に全然負けてませんでしたね」

 

夏原の取り巻きは立ち所に増え、「外部生」の拠り所になっていたと言う。

 

「なんか、聞いてると、ちょっとした救世主みたいな」

「そんな風に聞こえました?そこがズルいというか、怖いところなんですよ。夏原さん、結局、誰も救わないんです。取り巻きに対して、自分の真似は許すけれど、自分と同列になることは認めないんです」

「宮村さん、相当、夏原さんのこと、嫌いだったんですね」

「あ、いえ、嫌ってるとか、そういうことではなくて…ああ、でもまあ、あの世界知らない人にどう言っても伝わらないか…」

「すいません」

 

その夏原の方から、宮村に近づいて来たと話すのだ。

 

海外暮らしで、英語が堪能である宮村に興味を持った夏原から食事に誘われ、店に行くと、共にバイトをする恋人の尾形がいたので、驚きを隠せなかった。

 

帰路、二人になった際に、宮村は、夏原に対する尾形の態度に嫉妬し、怒りを禁じ得ない情態が露呈される。

 

宮村の話を聞いた武志は、今度は、その尾形に会いに行く。

 

「嫉妬しまくってたし、張り合う気満々でしたよ」

 

尾形の物言いである。

 

しかし、夏原は全然違っていたと言う。

 

「女って、基本、自分の話をしたがるじゃないですか。その点、夏原さんは、こっちの話を聞いてくれるんですよね。で、場の空気をちゃんと読んで、必要以上に目立たないし。でも、あれだけ美人なんで、目立っちゃうんですけどね」

 

斯(か)くして、尾形は淳子から夏原に乗り換えていくという月並みのエピソードに落着する。

 

以下、武志が聞いた宮村の話。

 

「夏原さんが、わざとバレるように仕向けたんじゃないかって、思うんです」

「それは、どういう意味で?」

「夏原さんは、あたしに憧れてるみたいなこと言いましたよね。だからなんじゃないかなって、思うんです」

 

今度は、尾形の話。

 

「それ、全く逆です。むしろ、淳子が夏原さんになりたかったんじゃないのかな…淳子には、俺から電話で伝えました。もう、ほんと大変でしたけど、まあ、おかげで罪悪感もすっとんだし、結果的には良かったですよ」

 

人は皆、自分の都合のいいように過去を想起する。

 

主観が暴走するのだ。

 

自我を守る無意識の戦略として誰でも駆使する、ごく普通の現象である。

 

心理学では、これを「記憶の再構成的想起」と言う。

 

ともあれ、尾形に振られた宮村はバイト先に乗り込んで、思い切り尾形を突き飛ばし、叩くという、ごく普通のオチになる。

 

「別れたいって、どういうことよ!あの女でしょ!」

 

それから、パーティーに集合している夏原の元に行き、頬を叩く。

 

但し、瞬時に、夏原は宮原を叩き返す。

 

プライドの防衛的反応だが、自らを憧憬するだろう女子たちの前で、弱みを露呈するわけにはいかなかった。

 

不意をつかれたのは宮原だった。

 

宮原は、夏原を囲繞する自己基準のカーストから、そそくさと逃げだすしかなかったという、これも往々にして見られるオチである。

 

気位が高い女たちのコンフリクト(確執)の収束点だった。

 

  

人生論的映画評論・続: 状況に馴致することによってしか呼吸を繋げなかった女の悲哀 映画「愚行録」('17) ―― その異形の情景 石川慶

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