「パラスポーツが世界を変える」

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【全ての医療従事者たちに深い感謝の念を抱きつつ、起筆します】 

 

 

 

1  今、地球上で最も変革を起こす力のあるスポーツの祭典が始まる

 

 

 

「失ったものを数えるな。残された機能を最大限に生かそう」(It's ability, not disability, that counts)

 

この言葉は、「パラリンピックの父」と呼ばれるユダヤ系神経学者・ルートヴィヒ・グットマンが、先の大戦で傷痍(しょうい)軍人たちを治療している頃に残したものである。

 

COVID-19の広がりの只中で、パラリンピックの中止が真顔で語られ、開催批判の嵐に晒されていた。

 

それでも、パラアスリートらは開催を信じて、苛酷なトレーニングを続けていた。

 

「大会に無事に出ることのほうがメダルを取るより難しい、そういう時間を過ごしている選手がたくさんいる。それでも世界中がコロナと闘った先にパラリンピックを開ければ、コロナ禍を生き抜いた選手たちと世界中の人たちの心が1つになれると信じている」

 

こう語ったのは、「車いすの鉄人」として、多数のパラアスリートから尊敬される伊藤智也選手。

 

2008年北京パラリンピックの400mT52、800mT52で金メダル。

 

2012年ロンドンパラリンピックの400mT52で銀メダルを獲得した、現58歳のパラアスリートである。

 

【因みに、「T52」とは、障害に応じて競技グループを形成する「クラス分け」された等級の一つで、「T52」の場合は、肩関節、肘関節、手関節の機能は、正常もしくはほぼ正常である。

指の曲げ伸ばしに重度の制限があり、投擲(とうてき)用具を把持(はじ)することが出来ない(C7 頚髄損傷レベル)クラスで、「日本パラ陸上競技連盟 クラス分け運営委員会」が規定している】

 

Wikipediaによると、34歳の時に、難病の「多発性硬化症」(厚労省指定の特定疾患)を発症し、車椅子生活に入り、翌年から陸上を始めた伊藤智也選手にとって、COVID-19の広がりは、免疫系が自己の中枢神経組織を破壊する「自己免疫疾患」を持つ難病の故に、命の危険に関わる重大事である。

 

「僕にはウィズコロナはない」

 

伊藤智也選手の言葉である。

 

しかし、自宅にひきこもる生活を余儀なくされながらも、彼は「東京2020パラリンピック」を目指し、トレーニングを重ね、出場するに至った。

 

その理由が、先の言葉の中に結ばれている。

 

「東京2020パラリンピック」でもメダルが期待されていたが、その結果は、400mT53予選で敗退。

 

大会直前に障害の軽いクラス(T53)に変更されても、レース後半に両腕が動かなくなるくらい力走し、57秒16の自己記録をマークするものの、残念ながら決勝に進めなかった。

 

自己ベストの記録でも予選落ちしたのは、直前でのクラス変更のためだったが、本人は「クラスがどうであれ、全力でゴールラインを目指す姿勢に変わりはなかった。一生懸命走れた」と語った。

 

そこに添える言辞の何ものもない。

 

失ったものを数えず、残された機能を最大限に生かした男の生きざまに、脳天を撃ち抜かれるようだった。

 

車いすの鉄人」伊藤智也選手のみならず、「東京2020パラリンピック」の限定されたスポットで、最大級のパフォーマンスを有形化したアスリートたちこそが、ルートヴィヒ・グットマンの言辞の体現者だったということである。

 

ここで、改めて想起する。

 

2021年8月24日、「東京2020パラリンピック」の開会式での、アンドリュー・パーソンズIPC(国際パラリンピック委員会)会長のスピーチである。

 

アンドリュー・パーソンズIPC会長は、こう語ったのだ。

 

「多くの人がこの日が来ることを疑問に思っていました。多くの人が不可能だと思っていました。しかし,大勢の方々のおかげで、地球上でもっとも変革を起こす力のあるスポーツの祭典が始まろうとしています

 

(略)日本にパラリンピック大会のレガシーとして、障害のある人々に対する新たな認識を残します。それにとどまりません。世界全体を変えたいと思います。

(略)パラリンピック競技大会はまさに変革のプラットホームです。

しかし,4年に一度では十分ではありません。よりよい共生社会(より包摂的な社会)を創れるかどうかは、それぞれの国で、街で、コミュニティで、私たち一人ひとりが自らの役割を日々果たすことにかかっています。

 

人類が団結してコロナウィルス感染症と戦うべき今、その調和を乱そうと望む者もいます。

私たちを一つにするものを見過ごし、違うところばかりに目を向けることは、差別を引き起こします。そして私たち人類がともに達成できるものを弱めていきます。

 

違いは強みであって弱さではありません。

 

よりよい形での再建を目指す中、ポストコロナの世界がすべての人に機会が開かれる社会でなければなりません。

 

大会が延期された去年、パラリンピック・アスリートは希望の光となりました。不確実性の影が差す中でも、決してトレーニングを辞めませんでした。夢を追い続け、信じ続けたのです。必ず今夜この競技場に立てる、と。彼らは計り知れない力、良いことを巻き起こす力です。彼らの打たれ強さは多くの人に力を与えました。

しかし、彼らだけで成し遂げたわけではありません。彼らの後ろには、各国・地域のパラリンピック委員会、国際競技連盟が支え、そして導いて、人類が経験したことのない事態を乗り越えようと努めたのです。

これがパラリンピック・ムーブメントの力です。力を合わせ,アスリートが輝ける最高の舞台を用意したのです。

 

パラリンピアンの皆さん!

皆様はここに来るために、血と汗と涙を捧げました。

今こそ、世界に、皆様の技、力、強い意志を示す時です。

もしも、世界が一方的にあなたたちのことを傷つけたことがあるなら、今こそ、それを覆すときです。

自分はチャンピオン、英雄、友情、仲間、ロールモデル、或いは、一人の人間だと。

皆様は人類最高の姿です。

そして、皆様だけが、自分たちは何者かを決めることができるのです。

皆様は本物です。

皆様は素晴らしいのです。

皆様は、一番の高みを目指すと決められました。

皆様の活躍は、皆様の運命を変えるかもしれません。

でも、何より大事なことは、12億の人々の人生を永遠に変えるだろうということです。

それがスポーツの力です。

人々の行く末と社会を変革する力です。

変化はスポーツから始まります。

そして明日から、パラリンピック・アスリートたちは再び世界を変えていくでしょう」

 

この一文は、スピーチの原文が手元にないが故に、NHKでの同時通訳をベースに、国際パラリンピック委員会公式ホームページの開会式レポートを参照にして翻訳したもので、訳者・髙岡敦史氏が「誤訳の可能性あり」と自ら認めたもの。

 

しかし、その後のパラアスリートの躍動を目の当たりにしたことで、開会式で熱弁したアンドリュー・パーソンズIPC会長の思いがオーバーラップされ、ストレートに受容できる。

 

「地球上でもっとも変革を起こす力のあるスポーツの祭典」

「変化はスポーツから始まる」

「違いは強みであって弱さではない」

「パラアスリートたちが、再び世界を変えていく」

 

文字通り、この熱弁をトレースする「東京2020パラリンピック」だったからである。

 

「さまざまな障害を持つ選手らは、外部との接触を断つ『バブル方式』に加え、補助器具などの消毒といった感染対策を徹底した」(日経社説 2021年9月6日)

 

加えて、開催中の活動拠点・選手村(中央区晴海)が、建物内の通路を幅広く取り、段差も解消するバリアフリー仕様だったこと ―― この事実を認知したい。

 

この日経社説によって、「東京2020パラリンピック」が無事に閉幕したことが分かるだろう。

 

【「バブル方式」とは 選手や運営関係者を隔離し、外部と接触させない方式】

 

【選手村跡地が高齢者向けの住宅やシェアハウス、保育所、医療モール、そして何より、水素ステーションを設置し、そこからパイプラインを通じて、マンションや商業施設、学校などに電力を供給する「水素タウン」が建設され、クリーンエネルギーの拠点になる】

 

COVID-19の広がりの渦中にあって、7000人の医療従事者や、延べ7万人以上ものボランティアの人々の強力なサポートを得て具現した「東京2020五輪・パラリンピック」。

 

只々、深謝(しんしゃ)の念しかない。

 

スポーツの風景: パラスポーツが世界を変える」より