アンダードッグ('20)  武正晴

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<「何者か」に化け切れなかった男の痛みだけが広がっていく>

 

 

 

1  布団の中で咽び泣く男の、形容しがたい悲哀が晒されて

 

 

 

徹底的に被弾し、タオルを投げられ、呆気なくTKO負けに屈するボクサー・末永晃(すえながあきら)。

 

裏寂れたジムに所属し、昼間はサウナで働き、夜はデルヘル嬢の運転手で糊口(ここう)を凌ぎながら、アンダードッグ(かませ犬)として、ボクシング人生を繋いでいる。

 

そんな男の前に、一人の若者が出現する。

 

宅配便の運転手をしながら、別のジムに所属し、これからプロテストを受けるという彼の名は、大村龍太(以下、龍太)。

 

龍太は、7年前の晃のライト級日本タイトル戦を観ていた。

 

「すげえ、いい試合だったよね。そっから全然ダメじゃん。すっかり、かませ犬みたいになって」

 

黙して語らない晃。

 

「あんたさ、夜中にいつも練習してんでしょ。なんで?…なんとなく、分かるけどね」

 

サンドバッグを叩きながら、それだけ言い捨てて、龍太は出て行った。

 

揺れているサンドバッグに向かい、叩く晃の脳裏に7年前の試合が過(よ)ぎる。

 

壮絶な試合だった。

 

インファイトで相手を追い詰めつつも、カウンターを受け、非情な10カウントで沈んでいく。

 

これが、アンダードッグに成り果てた男のルーツだった。

 

妻子に逃げられ、共存するギャンブル狂いの父に金を渡す男は、サウナのバイトをし、事務所で麻雀に興じる。

 

ボクシングジムの会長が、試合のオファーがあることを晃に伝えた。

 

「もう、止めとけ。前の試合から3週間しか経ってないのに。申し込んでくる方も、どうかしてるけどね」

「やりますよ」

「お前、パンチドランカー(脳障害のボクサー)になるぞ?」

「もう、なってますよ」

「もう一度、輝きたいなんて、思ってねぇだろうな?」

「なんすか?」

「そうやって、道を踏み外してしまう奴を、俺は何人も見たんだ。永遠に輝ける奴なんて、いないってのに、それを勘違いしちまう。もう一度、手に入れたいって、思っちまうんだよ。言っとくけどな、お前は2度と、あの時と同じような、輝きはできねぇぞ。だいたい、お前は、一度も輝いていねぇんだよ。それを勘違いしやがって。ボクサーで輝くのは、世界チャンピオンになった奴だけだ!かませ犬なんて、いらねぇんだよ。うちのジムは!」

 

最後は怒鳴り飛ばされながら、帰っていく晃。

 

その「かませ犬」の映像が、繰り返し映像提示される。

 

プロテストの日程が決まったことを、知らせに来る龍太。

 

テストマッチでの完璧な勝利だった。

 

それを、晃は客席から見ていた。

 

帰り際、龍太に声をかけられ、彼の妻が紹介される。

 

そこに、何某かのサブストーリーが垣間見えるが、前編しか観ていないので、一切は不分明である。

 

再び食事に誘われたが、晃は仕事に託(かこつ)けて帰路に就く。

 

ジムの会長から、お笑い芸人の宮木瞬(以下、瞬)とのエキシビジョンマッチ(特例試合)への参戦を促される晃。

 

バラエティー番組のコーナーで、プロテストに合格した瞬のマッチが取り上げられているのだ。

 

その番組に出演し、シナリオ通りに演じる晃。

 

父の出演する番組を見ている息子は、母の佳子に呼ばれ、途中でテレビを消す。

 

大物俳優の息子で、パッとしない芸人の瞬は、親の援助で野放図な生活を送っている。

 

その父から、薬物汚染の芸能界で、「二世タレント逮捕間近か」と報じられた週刊誌を突き付けられ、芸能界から足を洗うことを強く促された。

 

そんな瞬は、芸人としての、うだつの上がらなさに苛立ち、夜中に走り込み、ボクシングの練習も真剣に取り組もうとするが、まともに相手にされることはない。

 

スパーリングでフルボッコにされ、遊び仲間が屯(たむろ)して、踊り狂っている自宅に帰っていくこともできない始末。

 

どこにも自分の居場所はなく、洗面所で涕泣(ていきゅう)する瞬。

 

しかし、翌日も、瞬はジムのトレーナーとスパーリングを続ける。

 

―― その日がやって来た。

 

試合当日である。

 

前座を務める龍太の試合が始まった。

 

1回戦でTKOし、難なく、デビュー戦を勝利で飾った。

 

そして、テレビが入るエキシビジョンマッチが開かれる。

 

客席には、瞬の父親も観戦している。

 

試合が始まると、瞬のパンチは全く当たらない。

 

相手はプロボクサーなのだ。

 

第二ラウンドは、シナリオ通り、晃は一度だけパンチを受け、ダウンする。

 

そして、第三ラウンドは晃が本気を出して、瞬をKOする番だった。

 

テレビとの約束事が終わったからである。

 

ところが、晃のパンチをボコボコに受け、何度ダウンしても起き上がる瞬。

 

第4ラウンドでは、偶(たま)さか、当たった瞬のパンチに、晃がダウンしてしまうのだ。

 

風景に変化が見える。

 

満遍(まんべん)なく被弾しても立ち上がる瞬に、会場は盛り上がり、「宮木コール」が起こるという異様な景色が広がっている。

 

まるで宮木瞬は、先制されても、相手に報復攻撃を加える能力、即ち、「第二撃能力」を有しているようだった。 

 

結局、晃は瞬を倒すことができなかった。

 

それをテレビ観戦する息子は失望し、会長は晃に引退勧告し、金銭を無心していた父親に至っては、ボクシングを辞めた方がいいと言う始末。

 

その夜、布団の中で咽(むせ)び泣く男の、形容しがたい悲哀が晒されていた。

 

ラストカットである。

 

 

人生論的映画評論・続: アンダードッグ('20)  武正晴 より