<「何者か」に化け切れなかった男の痛みだけが広がっていく>
1 布団の中で咽び泣く男の、形容しがたい悲哀が晒されて
徹底的に被弾し、タオルを投げられ、呆気なくTKO負けに屈するボクサー・末永晃(すえながあきら)。
裏寂れたジムに所属し、昼間はサウナで働き、夜はデルヘル嬢の運転手で糊口(ここう)を凌ぎながら、アンダードッグ(かませ犬)として、ボクシング人生を繋いでいる。
そんな男の前に、一人の若者が出現する。
宅配便の運転手をしながら、別のジムに所属し、これからプロテストを受けるという彼の名は、大村龍太(以下、龍太)。
龍太は、7年前の晃のライト級日本タイトル戦を観ていた。
「すげえ、いい試合だったよね。そっから全然ダメじゃん。すっかり、かませ犬みたいになって」
黙して語らない晃。
「あんたさ、夜中にいつも練習してんでしょ。なんで?…なんとなく、分かるけどね」
サンドバッグを叩きながら、それだけ言い捨てて、龍太は出て行った。
揺れているサンドバッグに向かい、叩く晃の脳裏に7年前の試合が過(よ)ぎる。
壮絶な試合だった。
インファイトで相手を追い詰めつつも、カウンターを受け、非情な10カウントで沈んでいく。
これが、アンダードッグに成り果てた男のルーツだった。
妻子に逃げられ、共存するギャンブル狂いの父に金を渡す男は、サウナのバイトをし、事務所で麻雀に興じる。
ボクシングジムの会長が、試合のオファーがあることを晃に伝えた。
「もう、止めとけ。前の試合から3週間しか経ってないのに。申し込んでくる方も、どうかしてるけどね」
「やりますよ」
「お前、パンチドランカー(脳障害のボクサー)になるぞ?」
「もう、なってますよ」
「もう一度、輝きたいなんて、思ってねぇだろうな?」
「なんすか?」
「そうやって、道を踏み外してしまう奴を、俺は何人も見たんだ。永遠に輝ける奴なんて、いないってのに、それを勘違いしちまう。もう一度、手に入れたいって、思っちまうんだよ。言っとくけどな、お前は2度と、あの時と同じような、輝きはできねぇぞ。だいたい、お前は、一度も輝いていねぇんだよ。それを勘違いしやがって。ボクサーで輝くのは、世界チャンピオンになった奴だけだ!かませ犬なんて、いらねぇんだよ。うちのジムは!」
最後は怒鳴り飛ばされながら、帰っていく晃。
その「かませ犬」の映像が、繰り返し映像提示される。
プロテストの日程が決まったことを、知らせに来る龍太。
テストマッチでの完璧な勝利だった。
それを、晃は客席から見ていた。
帰り際、龍太に声をかけられ、彼の妻が紹介される。
そこに、何某かのサブストーリーが垣間見えるが、前編しか観ていないので、一切は不分明である。
再び食事に誘われたが、晃は仕事に託(かこつ)けて帰路に就く。
ジムの会長から、お笑い芸人の宮木瞬(以下、瞬)とのエキシビジョンマッチ(特例試合)への参戦を促される晃。
バラエティー番組のコーナーで、プロテストに合格した瞬のマッチが取り上げられているのだ。
その番組に出演し、シナリオ通りに演じる晃。
父の出演する番組を見ている息子は、母の佳子に呼ばれ、途中でテレビを消す。
大物俳優の息子で、パッとしない芸人の瞬は、親の援助で野放図な生活を送っている。
その父から、薬物汚染の芸能界で、「二世タレント逮捕間近か」と報じられた週刊誌を突き付けられ、芸能界から足を洗うことを強く促された。
そんな瞬は、芸人としての、うだつの上がらなさに苛立ち、夜中に走り込み、ボクシングの練習も真剣に取り組もうとするが、まともに相手にされることはない。
スパーリングでフルボッコにされ、遊び仲間が屯(たむろ)して、踊り狂っている自宅に帰っていくこともできない始末。
どこにも自分の居場所はなく、洗面所で涕泣(ていきゅう)する瞬。
しかし、翌日も、瞬はジムのトレーナーとスパーリングを続ける。
―― その日がやって来た。
試合当日である。
前座を務める龍太の試合が始まった。
1回戦でTKOし、難なく、デビュー戦を勝利で飾った。
そして、テレビが入るエキシビジョンマッチが開かれる。
客席には、瞬の父親も観戦している。
試合が始まると、瞬のパンチは全く当たらない。
相手はプロボクサーなのだ。
第二ラウンドは、シナリオ通り、晃は一度だけパンチを受け、ダウンする。
そして、第三ラウンドは晃が本気を出して、瞬をKOする番だった。
テレビとの約束事が終わったからである。
ところが、晃のパンチをボコボコに受け、何度ダウンしても起き上がる瞬。
第4ラウンドでは、偶(たま)さか、当たった瞬のパンチに、晃がダウンしてしまうのだ。
風景に変化が見える。
満遍(まんべん)なく被弾しても立ち上がる瞬に、会場は盛り上がり、「宮木コール」が起こるという異様な景色が広がっている。
まるで宮木瞬は、先制されても、相手に報復攻撃を加える能力、即ち、「第二撃能力」を有しているようだった。
結局、晃は瞬を倒すことができなかった。
それをテレビ観戦する息子は失望し、会長は晃に引退勧告し、金銭を無心していた父親に至っては、ボクシングを辞めた方がいいと言う始末。
その夜、布団の中で咽(むせ)び泣く男の、形容しがたい悲哀が晒されていた。
ラストカットである。