1 事故のトラウマを抱えた男の中枢が、愈々、気色ばんでいく
「カクタス1549便 滑走路4 離陸を許可」
「カクタス1549 離陸する」
離陸直後の操縦席の交信。
「メーデー(事故だ)、カクタス1549、両エンジン、推力喪失」と機長。
「再点火、不能」と副機長。
「カクタス1549 滑走路13に着陸か?」と管制官。
「了解。ラガーディアに引き返す」
USエアウェイズは、両エンジンに火を噴きながら、空港に引き返す。
高度不足により、飛行機はオフィス街のビルに直撃する。
夢だった。
夢で起こされたのは、サレンバーガー機長(以下、サリー)。
そんなサリーは、ジョギングした後、テレビを点けた。
そこには、自らが操縦する飛行機がハドソン川に着水した状況が映し出されていた。
「経験豊かな機長の判断と、奇跡的は運に恵まれ、見事に生還。数名のケガ人だけで、全員が無事でした」
このように報道で英雄扱いされているサリーは、副機長・ジェフと共に、NSTB(国家運輸安全委員会)を聴取を受けている。
「今日は、1549便墜落の、人的要因について調べる」とチャールズ調査員。
「“着水”です。墜落ではありません。意図した結果です。墜落ではなく、あれは不時着水です」
「なぜ、引き返さなかった?」とベン調査員。
「高度が不十分だったからです。長さと幅があり、安全なのはハドソン川だけでした」
「“ラガーディアに戻る”と交信後、そうしなかった」とベン。
「左旋回を始めた時点で、不可能だと判断した。戻るのは誤りです。他の選択肢を奪う」
「高度と降下率の計算は?」
「その時間はなく、40年以上、何千回もの飛行経験から判断しました」
「根拠は何も?」
「視認によって…乗客を救うチャンスは、着水だけ…迷いはないです」
「航空技術者は、“引き返せる状態にあった”と」
「彼らはパイロットではない。間違っている。状況を知らない」
「引き返す場合の可能性を、1549便の数値で試算する。推力喪失、飛行高度、まったく同じ条件で」」
「私も立ち会わせて下さい」
「調査中なのでダメだ」
「報告によると、鳥衝突で、両エンジンが停止だとか」
「前例がない」
「何事も初めて起きるまで、“前例”はない」
その後、サリーは睡眠時間や低血糖値、飲酒、麻薬、家族関係など、人格に関わる問題を追及されるのだ。
NSTB(国家運輸安全委員会)の聴取後の、車内での会話。
「なぜ我々のミスを探そうとする?」とジェフ。
「航空会社と保険会社のためだ。手厳しいぞ」と同僚。
「調査が彼らの仕事なんだ。事実が分かれば、すべて収まる」とサリー。
サリーは、自宅に報道陣が押し寄せ、疲弊している妻ローリーにホテルから電話する。
「僕はできる限りのことをした」
「もちろんよ。全員を救ったわ」
ホテルで眠りに就けないサリーは、ジェフを誘って外に出た。
「体が震えないか?悪夢や動機」とジェフ。
「自分のことは自分で決めたい」とサリー。
「あなたは、よくやった。人々の記憶に残る」
「妙なものだ。40年間、多くの旅客を乗せて飛んだが、最後に、わずか208秒のことで裁かれる」
翌日、サリーはテレビ番組に出演し、インタビューを受ける。
「ハドソンへの着水は、とても大きな賭けでは?」
「自信がありました」
「“英雄”と呼ばれるのは、どんな気分ですか?」
「英雄だとは思いません。やるべき仕事をやっただけです」
事故のトラウマを抱えた男の中枢が、愈々(いよいよ)、気色(けしき)ばんでいく。
人生論的映画評論・続: 「第六感」=「ヒューリスティック」が極限状態をブレークスルーする 映画「ハドソン川の奇跡」('16) クリント・イーストウッド より